さてさて、先日の一件が終わった後、釣り船屋で働く為の面接を潜り抜けて。
学生の身なのでバイトという形ではあるが、一歩の早朝トレーニングの為の時間を確保出来ていると思えば上々だ。
今日も今日とて空も海も暗く、黒に塗れた時間をガッショガッショと氷入りクーラーボックスを6個担いで船に向かう。
重労働が済んだ後も顧客のチェック。何を釣りたいのか、どういうスポットが望みなのか、子供は来るのか?お年寄りは居るのか?船酔いは?
救命道具やその他もろもろ、その日その時に適した対応を模索しなければならない。
デッキの上の掃除だって、足が滑って客が海に投げ出された・・・なんて想像したら全力でやるしかない。
肉体労働と頭脳労働、さらにあらゆる不測の事態に対応するための準備。
中々ヘビーだが最悪の場合、人命に係わるから絶対に手を抜けない。
「ありがとうね、梅沢君。朝ごはんに豚汁とおにぎり用意しておいたから食べてね」
「あざっす!今日のリストと注意点を纏めて置いたんで、チェックお願いします!」
という社長とのやり取りも慣れたもの。
あったかいご飯を頂いてから学校へ行き、進学するつもりは無いからゆったりした気持ちで授業を受ける。
学業が終わったらもう一度釣り船屋に行き明日の打ち合わせをした後、一歩と基礎トレをしつつ。
「鴨川会長、凄いんだよ!ミット打ちの時・・・なんていうか構えた場所に吸い込まれるような感覚というか・・・」
「へぇ、すげぇんだな会長。あ、今日の客なんだけどリピーターになってくれそうな人が居てさ・・・」
そんな風に今日あった事をお互い報告しながらダッシュで競争したりどっちが腹筋を多くできるか勝負したりする、そんな穏やかな日常を送っていた。
そんな生活を続けて2か月、ついに今日一歩がプロテストを受ける日だ。
・・・本当に2か月でプロテストを受けるとはびっくりだなぁ・・・
あの会長がそれを許したんだから、大丈夫なんだろうが。
これは一つの節目というやつだろう。
早朝、二人とも時間が余ったので軽いランニングをしながら考える。
そろそろ俺も、俺の進む道を決めなければならない。
半年後には社会人、とはいえ既に半分家から出ている状態ではあるが。
・・・思えばなんで俺、一歩の家で寝泊まりしてるんだろうな?
朝の始業時間を考えればそれも仕方ないのだが。
一人暮らしする際の候補は決めてある。六畳一間で家賃は1万5000円のボロアパート。
交通の便は悪いが、一歩の家には走って行ける距離。
今の所、週4回のバイトで家賃・光熱費・税金・食費はおそらくまかなえる。
そういう意味でも節目だろう。
だから、俺は俺の覚悟を決めるために。
俺の物語を始めるために、一歩に話しかける
「なぁ一歩・・・今の俺のナチュラルウェイトって65kgなんだけどさ」
「うん、前にそう聞いたね。平均より少し重いらしいけど」
「うっせ。それより知ってっか?今現在、ウェルター級で世界王者になった日本人は・・・居ねぇ」
「そうなの?ミドル級以下は何人も居たと思ったけれど」
そう、軽い階級には日本人は世界王者にいくつも名を連ねている。
だがウェルター級には居ない。
「ああ、一人も居ねぇ。ウェルター級は、世界的に層が分厚い。日本人が目指すのは不可能だと言われてる。だから俺は・・・ウェルター級の世界王者を目指す」
言いきった俺に、ぽかーんとしている一歩。
「どうせやるなら天辺を目指す、そしてより面白そうなやつだ」
両手の拳をグッと握る。
「お前が今日、プロテストで合格したなら・・・俺も本気でその為の準備を始める。」
「えええぇぇぇ!?待ってよ!責任重大すぎる!」
わたわたしながら抗議してくる一歩だが。
「まぁ気楽にやれよ」
そう言いながら一歩の背中をバシバシ叩いて、思う。
本番に強い一歩の事だ。直前まで泣き言をいい、トイレで深呼吸しながらもやり通すだろう。
一歩の隣に立つために、その先を共に歩むために。
原作知識・前の世界のボクシング知識・この世界のボクシング事情を含めて、鉄の茨の道を歩く覚悟を決める。