その日、一歩がプロライセンスを手に入れた。
両手を振りながら
「やったよ!これで梅沢君もプロボクサー目指して動き始められるね!」
と言いながら駆け寄ってきた。
「ああ、おめでとう!。俺は次回のプロテストを受ける」
この2か月、一人でトレーニングをする時間が増え、トレーニング方法を模索していた。
ただ当然だがそれらのトレーニングは鴨川ジムに通った後、または早朝に行う想定だ。
なので、採用したのは短い時間で広背筋・・・背中周りを鍛えられる古タイヤとバットを使った疑似薪割り、同じく古タイヤを使った横方向の疑似杭打ち。
原作で言われていた一歩の足りない物を埋めるトレーニングであり、捻転に強い身体を作るためのものでもある。
不採用にしたが、某拳法漫画等あったトレーニング方法。棒の上に親指だけで立つとかも一応試していた。
でも、というか当たり前というか危険すぎて断念。少年漫画のトレーニング方法は危ないぜ・・・
なので、走り込みの時や日常生活の際に負荷をかける場所をイメージしてやっていた。
爪先立ちになったり、最初は足がプルプルしてて学校で笑われてたがな!
一歩にも古タイヤを使ったトレーニング方法を教えたんだが・・・
こいつバットじゃ軽すぎるからってハンマー買ってきやがった。
だから何で身体が平気なんだよお前。
「また思いつめた顔してる。豚汁の中の紅生姜の塊を噛んだ時みたいな顔してるよ」
「だからどんな顔なんだよ」
「こんな顔」
と言ってすっぱい物を食べた時のような、『米』みたいな顔をする一歩。
俺そんな顔してたの・・・?
「まぁいいや・・・会長からは『時間がある時は来い。パンチの打ち方、シャドーの仕方くらいなら教えてやるわ』って言って貰えてたんだ。月に1~2回か、出来れば週1くらいで見てもらいたいな。」
ちょっとワクワクしてきた。色々あってもっと時間をかけるつもりだったが前倒しできそうだ。
しかし、気に成る事もある。
一歩は鴨川ジムに入会してから今まで宮田の話題を一切振ってこないのだ。
他のジムメイトや八木さん、篠田さんの話はたまにするのに。
以前お邪魔した時も居なかったし、鴨川ジムを辞めたのか、それとも最初から入門しなかったのか。
宮田は父親という最高の見本、最高のトレーナーが居るから心配はいらないかも知れないが。
「今度は難しい顔してる。ボクシングのルールで納得行かないルールがあった時みたいな顔」
「だから・・・いや、もういいや。俺悟られすぎじゃね?」
「あはは・・・それで梅沢君もこれで動き始めるって話だったけれど、何からするの?」
「ああ、もう動いてる」
「もう!?プロテスト受かったらって言ってたじゃない!」
顔を近づけて来て大声で言われるが
「だって受かると思ってたし。会長にはアポとって、明日一時間練習を見てもらえる事になった。備品もその時に必要なものを教えて貰える。」
階級の・・・体重の調整もそうだが、考えなきゃいけない事が多すぎる。
俺はどういうボクシングスタイルが合っているのか?とか、今のウェルター級の情勢とか。
そういった事も含めて会長に相談できればいいんだけど、望みすぎかな?
「まだちゃんと鴨川ジムに入会するわけじゃねぇけど、これでお前とは兄弟弟子だな、よろしく!」
「突然すぎて驚いちゃったけれど・・・うん、よろしくね!」
右手同士、がっちり握手をかわす。
本当に、考える事が多い。
原作ではウェルター級は深く掘り下げられていなかったはずだ。
ブライアン・ホークがウェルター級王者となり、その後階級を上げて鷹村と対戦した、とか。
確か・・・鴨川会長の現役時代対戦したアンダーソンがウェルター級だったかな?とか。
そのくらいだったはずだ。他にも語られた選手が居たかも知れないが思い出せない。
だが、間違いなくこの世界のウェルター級も激戦区だろう。
まずは基礎の基礎。それから基礎。
基礎の上に城を作れるくらいのどでかい工事をしてやる!
「おし、こっから一歩の家まで競争!負けたらジュースおごりな!」
少し熱くなった右手で拳を作り、走り始める。