エルフの集落のババア専 作:ジジイ
俺はおそらく、お年寄りフェチなのだろう。
あ、立ち振る舞い的な意味でね。
長い年月を生きてきた者ならではのゆったりとした物腰、というのたろうか。多少のことでは動じず、こちらが何を言ってもしょうのない若造だと笑って受け流してくれる余裕……
そういうものに、どうにも弱いらしい。
しかもその余裕が時々、俺の一言で崩れるのだ。
普段は涼しい顔で諭してくる美人が、不意に言葉に詰まったり目を逸らしたりする。そういう瞬間を見るたび胸のあたりが何とも言えない具合になる。
我ながら中々いい趣味だと思う。
集落の友人にはあまり分かってもらえないが。
とまあ、そんなわけで。
本日、俺は長老会議の場にお邪魔していた。
大樹を囲むように建てられた集会所には、窓から柔らかな日差しが差し込む。丸い卓を囲むのは、いずれもこの森で長く暮らしてきたハイエルフたちだ。
木目の美しい卓の上には茶器が並んで、中央の皿には木の実を練り込んだ焼き菓子。開け放した窓から風が入れば茶の湯気が形を変える。
そんな具合でやっていることは、長老会議。
何となく物々しい響きだが、要するに定期的な寄り合いである。
森の結界に変わりはないか。川の水量はどうか。倉の屋根を直すための木材は足りているか。そういった話が一通り終われば、あとはほとんど雑談だ。今も、今年の果実は甘いという話から数百年前の豊作の年へと話題が移りつつあった。
比較対象が遠い。
俺はまだ生まれてもいない。
そんな場所になぜ俺がいるのかといえば、まあ、頼み込んだからである。
お茶を淹れます。片付けもします。何でも手伝いますので、どうか皆様のお話を聞かせてください、と。
立派な志を持つ若者のように聞こえるが、実際のところは、好きな人たちの近くにいたいだけだった。そのためなら、お茶くらい何杯でも淹れる。
もちろん、長老には男性もいる。
そちらには純粋な敬意を込めて接していた。長く生きているだけあって話は面白いし、森のことも魔法のことも、尋ねれば俺の知らない知識がいくらでも出てくる。
感心して相槌を打ち、続きをせがんでいるうちに、最近では俺の姿を見ると、自分から隣の席を叩いてくれるようになった。
意外と、年長者に可愛がられる才能があるのかもしれない。下心が混ざっている相手もいるので、あまり胸を張れた話ではないが。
さて。
今日、俺が茶を注いでいる相手は、先日の彼女とは別の長老だった。
ヒルデガルトさん。
少し波打つ淡い金髪を肩の後ろへ流した、切れ長の目が印象的なハイエルフだ。背筋を伸ばして座る姿には凛としたものがあり、こちらを見る時も顎を少し上げる癖がある。言葉遣いはやや厳めしく、俺のことを貴様と呼ぶ。ただし、お茶を運べば必ず礼を言ってくれるし、菓子を配り終えれば俺の分が残っているかも気にしてくれる。
そういうところ、大好きです。
「今日は、いつにも増していい香りがしますね。あなたの隣にいると、せっかく淹れたお茶の香りを忘れてしまいそうです」
「ぬっ……」
茶器へ伸びかけていた指が止まった。
ヒルデガルトさんは俺を見上げ、それから自分の襟元へ目を落とす。
「貴様。それは、いわゆる……せくはら、というやつではないのか?」
「そんなつもりは。ただ、素敵だと思ったことを黙っているのはあなたに失礼かと」
「口の減らぬ男じゃな」
そう言いながらも追い払う様子はないヒルデガルトさん。むしろ卓の上に置いていた書類を少し寄せて、隣に立つ俺が茶器を置きやすいようにしてくれた。
「……香油を変えただけじゃ。大したものではない」
「では、その香りは覚えておきます。目を閉じていても、あなたがいらしたと分かるように」
「茶を注ぐのに、そこまで口を動かす必要があるか」
返事はそっけないけれど、唇を隠すように持ち上げられた茶器の向こうで目元がわずかに緩んでいる……と俺はしっかり確認済み。
ああ、いいな。
こういうところ、本当に。
……ここで、正直に白状しておこう。
俺が一目惚れした相手は先日、大樹の下で一緒に過ごした銀髪の長老だ。
名前はエルフリーデさんという。
今も少し離れた席に座り、静かに茶を飲んでいる。今日も綺麗だ。さっき挨拶をしたら、俺の顔を見てほんの少しだけ表情を和らげてくれた。
ただ、好きなハイエルフが彼女一人だけかといえば。
……そうでもないのである。
だって、仕方がないだろう。
こんな美人たちが、それぞれ違った魅力を備えたうえで俺の相手をしてくれるのだ。誰かの素敵なところを見つけるたび、素敵だと思ってしまうのはもうどうしようもない。
ちなみに言うと、誰ともお付き合いはしていない。好意を口にすることはあっても、恋人になってください、という正式な告白はまだだ。だから、浮気ではない。
……と、自分では思っている。
こうしてわざわざ言い訳を用意している時点で、何かが駄目な気もするけれど。
とはいえ、周囲の目には年老いた長老たちにせっせと話しかける若者と映っているはずだ。実際、近くに座る男性の長老などこちらを見て微笑ましそうに頷いている。
たぶん、孫が祖母の肩でも揉んでいるような感覚なのだろう。俺としてはかなり真剣に口説いているのだが。
「ところで、ヒルデガルトさん。今夜、お宅へ伺っても?」
俺は空になった茶の容器を脇へ置き、彼女の顔を覗き込んだ。
「この間のお話の続きも聞きたいですし、何より、あなたと二人で過ごした時間が忘れられなくて」
がたっ。
少し離れたところで、椅子が鳴った。
思わず目を向けると、エルフリーデさんが背筋を伸ばしていた。片手を卓の縁に置き、もう片方の手には茶器を持ったままこちらを見ている。翠の瞳が俺を捉えた後、すぐ隣のヒルデガルトさんへ移った。
「……どうかなさいましたか?」
別の長老が尋ねる。エルフリーデさんは一拍遅れて、何でもない、と答えた。
「少し、椅子が引っ掛かっただけじゃ」
床は平らだった。
何も言うまい。
ただ、ヒルデガルトさんは、そういう親切を持ち合わせていなかったらしい。茶器を置くとエルフリーデさんを眺めながら、ゆっくりと口の端を持ち上げた。
「……くくく。何じゃ、エルフリーデ。妬いたのか?」
「…………違う」
返事までの間が、少し長かった。本人もそれに気づいたのか、エルフリーデさんは静かに茶器を置き直す。
「会議の場で、何を話しておるのかと思っただけじゃ」
「ほう。先ほどまで、干した果実の戻し方を話しておった場でか」
「……今、それは関係なかろう」
もっともである。
どちらが、とは言わないが。
ヒルデガルトさんはますます楽しそうに目を細めると、俺の袖を指先で軽くつまんだ。用事でもあるのかと顔を向ければ、見上げてくる表情は妙に機嫌がいい。
「ちなみにこの前は、こやつがどうしてもと言うのでな。一緒に夜を過ごしてやったものよ」
言い方。
いや、間違ってはいない。
確かに俺からお願いしたし、夜を一緒に過ごしたのも事実だ。ただ、古い魔法の話を聞かせてもらいながらお茶を飲んでいたら、すっかり遅くなったというだけである。
帰ろうとした時、もう一杯くらい付き合え、と引き止められたことまで含め俺にとっては大変幸せな夜だ。だからこそ、また伺いたいわけだが。
今の言い方だと、そこ以外の部分まで色々と想像できてしまう気がする。
「…………そうか」
エルフリーデさんの声は静かだった。静かだったが……茶器の取っ手に添えた指が一度だけ持ち直される。
「ずいぶんと、親しくしておるのじゃな」
「寂しい年寄りの相手をしてくれる殊勝な若者じゃからのう。無下にはできまい」
ヒルデガルトさんの指が、まだ俺の袖をつまんでいる。しかも、エルフリーデさんからよく見える側だ。この人、絶対にわざとやっている。
エルフリーデさんはその指先を見て、それから俺へ目を向けた。いつもの少し眠たげな眼差し……ではなく、何か言いたいことがあるようで、それでも自分からは言いたくないような落ち着かない視線、といったところ。
俺は思わず、背筋を伸ばす。
やめて。
俺のために争わないで。
……などと、一度くらいは言ってみたくなる状況である。もちろん本当に口にしたら二人まとめて怒らせそうなので、そこは黙っておくけれど。
ヒルデガルトさんは楽しそうに笑っているし、エルフリーデさんは、まだこちらから目を逸らさない。そのくせ俺と目が合うと、唇をきゅっと結んで、ほんの少しだけ顎を引くのだ。
これはちゃんと困るべき場面のはずなのに、袖をつまむ指先にも遠くから向けられる視線にも、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。この場で一番浮かれているのは、たぶん俺だった。