アビドス高等学校の真のファウスト 作:リハビリ作者
力が欲しかった。
どんな理不尽も跳ね除ける力が。守りたいものを守れる力が
金が欲しかった。
どんなものでも買えるだけの金が。願いを買えるだけの大金が。
ピンク髪の可愛いあの女の子。いつも俺やユメ先輩に優しく笑いかけてくれた彼女を守りたかった。絶望した彼女のあんな涙を二度と見たくなかったから
俺は……悪魔に魂を売った
夜のキヴォトス。
人気のない路地裏には、硝煙と鉄の匂いが漂っていた。地面に倒れ伏してるのは、犯罪者集団の構成員たち。死者はいないが、構成員たちは全身ボロボロになっており、しばらく起き上がることは無いだろう。
その中心に立つは1人の青年、藤堂ユキヤ。銀色の髪をポニーテールでまとめ、青い瞳と赤い瞳のオッドアイとなっている。目つきは鋭く、どこか近寄りがたい雰囲気がある。
着ているのは黒いローブであり、そのローブの中からは、男性用にこしらえたアビドス高等学校の制服を着用していた。
「標的の討伐完了。あとはヴァルキューレに投げるだけか」
彼はそう呟くと、翼のような装飾が施されてる専用武器の銃剣付きハンドガン『イカロス』をホルスターに収納した。そして、両腕から4本ずつ伸びている鎖が、まるで生きているかのように動き回り、金属音を立てながら彼の袖の中へと収納されていく。
彼が倒したのは、ただの犯罪者集団ではない。悪徳商人や腐敗した富裕層から金品を奪い、それを貧困層へとばら撒く──いわゆる義賊集団だった。正義の味方として扱う支持者やファンも非常に多いが。
「正義の味方、ね」
ユキヤは小さく吐き捨てた。彼らがどれだけ善行を積んでいようと、自分には関係ない。依頼されたから倒した。それだけの事だった。そんな中、耳元の通信機が短い電子音を鳴らす。
『ほむ。お疲れ様です、ユキヤさん』
どこか愉快そうに話す少女の声に、彼は露骨に嫌そうな顔をした。
「……ニヤニヤ教授か」
『ええ、私ですよ。素晴らしい働きでした。これでまた一つ、中途半端に秩序を守る愚か者たちが消えましたね。いやー、おかげでガッポガッポですよ』
「お前にとっては、あいつらも邪魔だっただけだろ」
『当然です。私にとっては、混沌こそ世界に必要な正義。平和なんていう生温いものは破壊すべき悪なのです。このキヴォトスは、混沌に満ちていれば満ちているほど美しいですから』
「相変わらず狂ってるな……そんなお前を頼る俺も、かなり狂ってるが」
少しの沈黙。そして、ニヤニヤ教授の声がわずかに柔らかくなった。
『そんなことありませんよ』
「……あ?」
『あなたの判断は正しいですよ。アビドスの借金は九億を超えるほどの莫大なもの。しかも利子も高い。普通の学生生活を送りながら返済できるような額ではありません。返済のために大量の金を得られる裏の仕事をこなす。実に合理的な判断です』
淡々とした口調。まるでユキヤの選択を肯定するような言葉だった。
『とはいえ、裏の世界に入れる覚悟のある人間は、そうはいませんが』
「褒めてるつもりか?」
『どうでしょうかね? ほむほむほむ』
「気持ち悪い笑い方するな」
『ひどいですねぇ』
軽口を交わしながらも、ユキヤの視線は暗い夜空へ向けられていた。
アビドス高等学校。かつてはキヴォトスで最も長い歴史を誇り多数の生徒が通う、キヴォトス最大の学園として名を馳せていたが、今となっては本館校舎が砂漠に飲み込まれ、九億を超える借金を抱える虚しい学校となっている。
そして、自分の仲間たち、小鳥遊ホシノたちは知らない。自分がどんな仕事をしているのか。どれだけ危険な場所に足を踏み入れているのか。知らなくていい、とユキヤは思っていた。いや、知らない方がいい。
「報酬は?」
『既に指定口座へ送金済みです』
通信端末を確認する。送金された額は1000万円。それを見て、ユキヤは一瞬だけ目を細めた。
「……相変わらず気前がいいな」
『あなたには、まだまだ働いて貰わないと困りますからね』
「使い潰す気満々ってわけか」
『ほむ。どうでしょうかね』
その返答に、彼は小さくため息をついた。ニヤニヤ教授という少女は信用できない。
破壊と混乱を愛し、他人を駒として扱うことに躊躇がない。それでも、アビドスの砂漠化について調べ、解決方法を探すための情報を持っている可能性がある。だから彼女を利用する。彼女もまた、自分を利用している。それだけの関係だ。
『ああ、そうそう』
通信を切ろうとした瞬間、教授の声が呼び止めた。
「なんだ」
『最近、あまり眠っていないでしょう?』
『裏の仕事に、学校に、アビドスの砂漠化対策。流石に色々やりすぎですし、いつか壊れますよ』
「……お前が人の心配とは珍しいな」
『あなたが壊れると困るんです。優秀な手駒が1人減りますから』
「やっぱりそれか」
『まあ……ほかの理由もありますけどね』
「……?」
教授の言葉に疑問を持ったが、彼がどういう意味か聞き返すよりも先に通信は切れてしまった。
「……何なんだ、あいつ」
そう呟き、踵を返して帰ろうとすると、ポケットの中の携帯電話が少し震えた。それはアビドス生徒たちとの通話に利用してる電話であった。
電話を取り出して開き、画面に表示された名前を見て、ユキヤの表情が僅かに変わる。
『小鳥遊ホシノ』
通知をタップしてモモトークを開くと、短いメッセージが一件来ていた。
> 『ユキヤくーん。こんな時間までどこ行ってるの〜?』
彼はそのメッセージを見て無言になった。既読が着いたことに気づいたのか、続けてもう一件のメッセージが来る。
> 『……ちゃんと帰ってくるよね?』
その一文を見つめながら、彼は静かに目を閉じる。
「……帰るよ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて返信した。
> 『もう時期帰る。心配するな』
送信すると、既読は、ものの数秒でついてまた返事が返ってくる。
> 『ほんとー? じゃあ、待ってるね』
続けて、間髪入れずにスタンプが送られてくる。眠そうな顔をした、どこか間の抜けたキャラクターのスタンプ。
彼は画面を見つめたまま、ほんの僅かに口元を緩めた。
「……子供かよ」
そう呟きながら、携帯をポケットへ戻して歩き始める。
「……待ってる、か」
たった一言。それだけなのに、胸の奥に妙な重さが生まれた。帰れば、ホシノがいる。セリカが怒鳴ってくるかもしれない。ノノミはいつものように笑って迎えてくれるだろう。シロコは何も言わずにこちらを見るだけかもしれない。あの騒がしくも明るい日常。それが彼は大好きだった。
その日常を守るためなら、彼ははどんなことでもすると心に誓った。
2年前、ユメ先輩を失い、絶望に暮れていたあの日。ホシノの顔から笑顔が消え、その瞳から光が消えたあの日。あの日のことを、彼が忘ることはない。
──守れなかった。自分が弱いせいで、何もかも失い、好きだった彼女にあんな顔をさせ、無理をさせるようになってしまった。
その事実だけが、今も胸の奥に突き刺さっている。
「……今度は、守る」
小さな声でそう呟く。
綺麗事だけではどうにもならないものが、この世界には多すぎる。想いだけでは大切な物を守れない。守るためには、全てをねじ伏せる圧倒的な力が必要だと理解した。
だからこそ、彼は裏側へ足を踏み入れた。アビドスを守るために。振りかかる理不尽な災いから、大切な皆を守り、いつもの日常を過ごすために。
校門へ近づくと、薄暗い街灯の下に見慣れた小柄な人影があった。
長いピンク色の髪、頭頂部から伸びた特徴的なアホ毛。そして、いつものようにどこか気だるそうな雰囲気の少女『小鳥遊ホシノ』
彼は思わず足を止めた。こんな時間まで、こんな場所で、たった一人で待っている理由など、考えるまでもなかった。
「こんな時間まで何してるんだ」
「ん〜?」
ホシノはゆっくりと顔を上げる。
「何って。ユキヤくんを待ってたんだけど〜?」
「……俺を?」
「そーだよ〜」
まるで当然のことのように答える。だが、その声にはいつもの気楽さとは違うものが混じっていた。
「馬鹿じゃないのか。もう何時だと思ってる。ガキは寝る時間だぞ」
「ガキじゃないもーん。おじさんは夜更かしに強いんだよ〜」
「まだ18歳にもなってないだろ」
「ユキヤくんもね〜」
彼女はそう言って、ゆっくり彼の元へ近づいた。黄色と青のオッドアイが、何かを探るように、彼をじっと見つめていた。
「それで。今日は何してたの? いつもの秘密のバイトってやつ?」
一瞬。ユキヤの表情が止まった。ホシノは変わらず笑っているように見えるが、その目は笑っていなかった。
「まあ……そんな所だ」
「ふ〜ん。こんな時間まで働かせるなんて、随分とブラックなバイトなんだね〜」
「そういうところなんだよ。その代わりとして、給料だけは高くて良いバイトなんだ」
「へぇ〜」
間延びした声で返すが、視線だけは離していない。彼はその視線に居心地の悪さを感じながら、何食わぬ顔で校門へ向かって歩き出す。
「ほら。帰るぞ」
「うん」
ホシノも隣を歩き始め、二人分の足音だけが、夜のアビドス自治区に響いていた。しばらくして、彼女が口を開く。
「ねぇ、ユキヤくん」
「なんだ」
「そのバイトってさ。危ないこととか、してないよね?」
彼の足がほんの一瞬だけ止まるが、すぐに歩き出した。
「してない」
「即答だね〜」
「そんな危ないバイトをやるわけないだろ。ばかばかしい」
「そっかぁ。それなら良いんだけどね」
彼女はそう言って笑うが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「じゃあ、信じるよ」
「……ああ」
「でもね〜。もし危ないことしてるなら、おじさんにちゃんと相談してね?」
「お前に?」
「そうだよ〜。これでも対策委員会の委員長だからね」
「頼りになるのか?」
「なるなる。たぶん」
「たぶんって……」
ユキヤが呆れたように息を吐く。その様子を見て、ホシノは少しだけ嬉しそうに笑った。
「……ユキヤくんが一人で全部背負わなくてもいいんだからさ」
その言葉に、彼は返事をしなかった。ホシノも何かを怪しむかのような視線を向けるが、それ以上は追及しない。ただ、隣を歩く。二人の間には、少しだけ静かな時間が流れた。
「なぁ、ホシノ」
「ん〜?」
「なんで待ってたんだ」
「……なんとなくだよ〜」
「なんとなくでこんな時間まで校門にいる馬鹿がいるか」
「いるんだなぁ、これが」
「……本当に馬鹿だな」
「ひどいなぁ〜」
ホシノは頬を膨らませる。しかし、その直後。ほんの少しだけ頬を赤くしながら、小さな声で呟いた。
「……心配だったんだよ」
「? 何か言ったか?」
「なんでもないよ」
「いや、今確実に何か言った気が」
「ほらほらほら。早く帰ろう。おじさんもう眠たくて仕方ないよ。夜更かしはおじさんにとって結構辛いんだからね」
「お前、さっきは夜更かしに強いとか言ってただろ」
「そんなの覚えてませ〜ん」
ホシノは逃げるように先へ歩いていく。
「……変な奴だな」
ユキヤは呆れたように呟く。しかしその口元には、ほんの僅かな笑みが浮かんでいて、楽しそうにしていた。