アビドス高等学校の真のファウスト   作:リハビリ作者

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第3話 温泉開発部への襲撃

 翌日。

 

 アビドス自治区から少し離れた場所にある、荒涼とした砂地。人の姿はなく、乾いた風が砂を巻き上げ、遠くには崩れかけた建造物がいくつも並んでいる。

 その一角に、藤堂ユキヤは立っていた。銀色の髪は黒いフードの中へ隠し、顔には無機質な白銀色の仮面を着けている。制服の上から黒い外套を羽織り、腰には愛銃の銃剣付きハンドガン『イカロス』。

 両腕の袖の奥には、それぞれ4本ずつの鎖が待機している。

 

「本当に来るんだろうな」

 

 彼がそう聞くと、通信端末から声が返ってくる。

 

『ほむ。もちろんですよ』

 

 明るく楽しげで、どこか怪しい雰囲気を持つ女の声。聞き慣れたニヤニヤ教授の声が。

 

『今一度確認しておきます。今回の標的は、ゲヘナ学園の温泉開発部。殺せれば一番良いですが、無理して命を奪う必要はありません。数ヶ月ほど病院送りにするくらいののダメージを与えれば、後はゲヘナ学園が勝手に回収するでしょう』

「了解。にしても、温泉開発部か」

『何か気になりますか?』

「まあな。奴らが問題児なのは知ってる。建物を見つければ爆破し、源泉があると判断すれば、そこが他校の自治区だろうと構わず掘りまくる迷惑な犯罪者集団。アビドスでも、何度か名前を聞いたことはあった」

『問題児なら、あなたが何をしても、気にすることはないでしょう』

「気にするに決まってるだろ。確かに奴らは危険だが、だからといって、ゲヘナの生徒を俺が一方的に襲っていい理由にはならない」

『ほむ。真面目ですねぇ、ユキヤさんは。ですが、今回の依頼には大きな意味があります』

「その意味を教えろ。今回の仕事に何の意味があるんだ」

『残念ながら、それは秘密です。この辺は、あなたは知る必要のない事ですから』

「人を使うなら、その秘密を説明するくらいはしてほしいんだが」

『嫌です。人形如きに計画を全て話すほど、私も暇ではないので。まあ、説明しなくてもいいじゃないですが。今回の報酬は一億円ですよ。この大金は、アビドスのために必要でしょう? 受けた方が良いと想いますけどね』

 

 その言葉に、ユキヤは黙るしかなかった。莫大な借金と膨大な利子。そして砂漠化や廃校の危機。それらを救うためには、一億円という金額はあまりにも魅力的だった。最も、報酬の件を抜きにしても、彼は断ることなど出来ない。

 

『どうしても嫌だと言うのなら、断っても構いませんよ。ただし、その場合は今回の報酬は無しになります。さらには、今後の契約も全て白紙です。私が何かを頼むことは二度とありませんし、砂漠化に関する調査もしません。ついでに、お支払いした報酬についても、9割くらいは返金させてもらうことになりますよ〜』

「……お前は、本当に嫌な奴だよ。お前以上に性格の悪い女を、俺は他に知らない」

『最高の褒め言葉ですね』

「黙ってろ。犯罪コンサルタント」

 

 そう言って、彼は強引に通信が切った。覚悟を決めるように拳を握り、自分に言い聞かせるように小さく呟く。

 

「アビドスのためだ。それに問題児を止めるだけ。殺すわけじゃない。ゲヘナの問題児がアビドスに迷惑をかけないよう止めるだけだ」

 

 そう呟いた後、遠くから何かが聞こえてきた。

 

 ドドドドドド……。

 

 ユキヤが顔を上げると、砂煙をあげ、何台もの車両がこちらに走ってきていた。先頭は巨大な掘削機、その後ろには、大量の工具や爆薬を積み込んだ車両。そして。

 

「温泉、温泉、温泉、温泉だあああ!!!」

 

 やたらと元気な声が砂漠に響き渡る。そして車両が止まると、温泉開発部部長の鬼怒川カスミと現場班長の下倉メグを始め、多くの部員たちが降り立つ。

 

「ふっふっふっふ。メグよ。この辺りには間違いなく、絶対に良質な源泉が眠っているぞ!」

「カスミ部長ー! この辺でいいんですかー!」

「もちろんだメグ。いやぁ~、今日は絶好の温泉開発日和だな! こんなにも素晴らしい天気も珍しい。この辺一帯をぜーんぶ掘り返して、温泉旅館を建てよう!」

『いええええええええい!!!』

 

 ユキヤは遠巻きに、無言で温泉開発部たちの騒ぎを見ていた。

 

「随分と愉快な一団だなやる気は起きないが……それでもやるしかないか」

 

 彼が温泉開発部の元へ向かって歩いていくと、カスミも彼のことを視認したようで、足を止める。

 

「……誰かいるね」

 

 カスミの観てる方をメグも見て、ユキヤを見つける

 

「本当だ。誰だろう?」

 

 カスミはユキヤをじっと観察する。黒い外套に仮面、腰にある銃剣付きのハンドガン、袖から僅かに覗く鎖。

 

「……随分と物騒な格好しているね。私たちに何か用かな?」

 

 ユキヤはその質問に答えない。代わりにイカロスを抜いて銃口を向ける。その行動にメグが目を輝かせた。

 

「おお。やる気満々みたいだね。だったら」

「待てメグ。早まるな」

 

 戦おうとするメグを、カスミがそう言って止める。普段の間の抜けた雰囲気が消え、その黄色い瞳は鋭く細められた。

 

「……迂闊に手を出して良いタイプじゃないな。話し合いで何とかしたいが、それでどうにかするタイプじゃなさそうだ」

 

 ユキヤの両袖から、ジャラッと金属音が響き、8本の鎖がゆっくりと地面へ垂れ落ちる。そしてまるで意思を持つ蛇のように、砂の上を這い始めた。メグはそれを見て首を傾げる。

 

「鎖? 珍しい武器を使うんだね。それにカッコいい!」

「気をつけろメグ。明らかに雰囲気が変わり始めた。何者かは知らないが、下手に攻め込むとこっちが食われるぞ」

 

 カスミは、天敵である空崎ヒナを彷彿とさせる圧を放つ仮面の男を警戒する。感じる圧力はただの威嚇ではない。こちらが一歩でも踏み込めば、即全滅する。そう直感できるほど、異様な緊張感が砂漠を支配していた。

 

「……なるほど。メグ。部員を下げろ。ここは撤退だ」

「えっ? でもカスミ部長、こいつ一人だよ?」

「一人だからこそ警戒するんだよ。普通なら、大勢の温泉開発部を前にして一人で近づいてくるなんて真似はしない。つまり、一人で十分だという確信がある」

「……へえ」

 

 メグが感心したようにユキヤを見る。その目はどんな強さを秘めてるのかワクワクしてるといった様子でキラキラ輝いていた。

 

「なんだか気になるね。鎖を使ってどう戦うのかな」

「そんな事気にしてる場合じゃないぞ。さっさと部員たちを下げて」

 

 カスミが話し終える前に、ユキヤの姿が消えた。そして次の瞬間。

 

「ぎゃあ!?」

 

 後ろにいた部員たちの1人が蹴り飛ばされた。あまりの速さにカスミたちが驚愕する中、攻撃しようとする温泉開発部の部員たちの体に鎖が突き刺さり、周りにいる部員たちを巻き込みながら刺された部員たちはハンマー投げのように投げ飛ばされていく。

 

「ぎゃああああ!?」

「う、撃て! 撃てえええええ!!」

 

 部員たちが銃を撃ちまくるも、ユキヤは簡単に躱し、鎖を突き刺し、イカロスを撃ちまくって次々と戦闘不能にしていく。だが、部下たちを何人もやられてメグとカスミは黙っていない。

 

「やってくれるねえ仮面さん。ならこれはどうかな! 皆下がって!」

 

 メグは部員たちを撤退させ、武器の火炎放射器「メグマパワー!」の狙いをユキヤに向けて火炎放射を放つも、ユキヤは簡単に避ける。

 

「危ないな。火傷したらあいつらに隠せなくなるだろうが」

「知らないよそんなの! てかあいつらって誰のこと!」

「お前が知る必要のない、大切な人たちだ!」

 

 その言葉と同時に、ユキヤの鎖が大きく弧を描き、メグが振り下ろした火炎放射器の銃身を鎖が弾き飛ばす。

 

「うわっ!?」

 

 メグが体勢を崩した。その隙を逃さず、1本の鎖が彼女の肩を突き刺さる。

 

「いった!? 何この鎖──ってうわあ!」

 

 そしてぐいっと引っ張られて身体が宙へ浮き、地面に投げ飛ばされ、そのまま砂地を何度も転がっていく。

 

「メグ!」

 

 カスミが叫んで駆け寄ろうとするも、彼女自身にも鎖が迫っていた。

 

「ちっ!」

 

 カスミは横へ跳ぶ。その直後、先ほどまで立っていた場所へ鎖が突き刺さって砂が大きく跳ね、一瞬の目眩ましとなる。そこから抜けようとする前に、いつの間にか背後に来てたユキヤがゼロ距離でイカロスの弾丸を何発も放ち、彼女はふっ飛ばされた。

 

「がっ!? この」

 

 ふっとばされながらも、自身の武器、レッド・レクターで撃とうとするが、鎖で弾かれてしまう。尚も抵抗としようとするも、一気に距離を詰めたユキヤにみぞおちを思いっきり蹴り飛ばされ、さらに吹っ飛んで転がり、建物に激突した。

 

「ぐっ……とんでもなく速いな。しかも、あの鎖は単純な武器じゃないな。メグたちの体に容易に刺さった事といい、妙な挙動と言い、どんな仕掛けを施してるのかな?」

 

 ユキヤは答えない。仮面の奥から、冷たい視線だけを向けている。

 

「無視か。こう見えて、私はお喋りを無視されるのは傷つくんだけどね」

 

 カスミが軽口を叩きながらも観察する中、ふっ飛ばされていたメグが、カスミの元へ駆け寄る。

 

「部長、大丈夫?」

「問題ない。メグこそ大丈夫か?」

「まあ……なんとかね」

 

 メグが砂の中から起き上がる。肩からは血を流しており、地面に落ちた際に額も切ったようで、頭から一筋の血が流れている。

 

「カスミ部長……あいつ、強いよ」

「分かっている」

「でも、ちょっと楽しくなってきたかも!」

 

 メグがキラキラとした目をしながら、拾った火炎放射器を構え直す。カスミはそんな彼女に頭を抱えそうになる。

 

「……やっぱりそうなるか。メグ。楽しくなってきたのは構わないが、勝手に突っ込むなよ。あいつは真正面から相手をするタイプじゃない」

「でも!」

「私の言うことを聞け」

「……分かった!」

 

 メグが渋々下がり、相手の出方を見る。

 

「でもさ、カスミ部長。あいつ、絶対まだ本気じゃないよね?」

「……そうだな」

 

 カスミは仮面の男──ユキヤを見つめる。メグの言う通りだった。先ほどから圧倒的な速度と鎖による攻撃を見せているにもかかわらず、あの男には焦りや疲れというものが感じられない。

 

「それに」

 

 彼女は自身の脇腹を押さえる。ユキヤの蹴りを受けた箇所がズキズキと痛む。だがそれだけだ。メグの肩も血を流してはいるが、致命傷にはなっていない。倒れた部員たちも血を流してこそいるが、生死に関わるほどでないのは明白だった。

 

「私たちを殺す気がない」

「え、なんでそんな事わかるの? 私たち、あいつにボコボコにされまくってるけど」

「殺すつもりなら、もっと速くに終わってるはずだ。メグに刺さった鎖もそうだ。刺す場所を心臓か頭に変えれば簡単に殺せる。それができないあいつじゃない」

 

 その言葉にメグはユキヤを見て、周囲の倒れてる部員たちを見る。

 

「確かに……致命傷になりそうな攻撃は一度もしていないね。変な奴」

「だが、その変な奴のおかげで、こちらが利用できる隙が生まれるんだ」

 

 カスミは周囲を見回した。倒れた部員、大量に積まれた工具、爆薬、温泉開発用に特注した掘削機付きの巨大車両。

 

「メグ。あの車は動かせるか?」

「もちろん!」

「なら動かせ。そして地面を破壊して煙を起こし、後はお前の好きにしろ」

「了解! さすがカスミ部長!」

「褒めてる暇があるなら動け!」

「はーい!」

 

 メグが車両へと駆け出す。ユキヤは彼女めがけて鎖を放とうとするが、まだ生きていた温泉開発部の部員たちが一斉に銃を乱射していく。彼はその攻撃を、鎖を周囲に展開して防いだ。

 

「悪いが、メグの邪魔はさせないぞ。既にここら一帯には、いくつもの爆弾を仕込ませてるのでな。とくと味わえ!」

 

 カスミがいつの間にか用意したボタンを押すと、地面に仕掛けられてた爆弾が爆発し、彼の視界を奪う。

 

「ちっ……何をする気だ」

「ふん。温泉開発部が何をするかなんて、決まってるだろ?」

 

 突如、掘削機が唸りを上げた。巨大なドリルが回転を始めて砂地を激しく削っていき、大量の砂が吹き飛んで周囲が砂煙に包まれていく。

 

「おいおい……ここまでやるか」

「温泉開発部を甘く見たな。仮面の男よ! あーはっはっはっはっは! メグ!」

「OK部長! 全力で行くよ。安心して仮面さん。この車は、生徒を感知するとスピードが遅くなって、気絶させる程度のダメージしか与えられなくなる作りになってるから!」

「全く安心できないなそれは!」

 

 カスミが高笑いを上げる中、メグは乗り込んだ巨大車両を突進させる。温泉開発部たちのメンバーは全員、既に砂嵐対策のゴーグルをしているので視界は良好。一方のユキヤはアビドス生であるため砂嵐には慣れてるが、それでも視界の悪さはどうしようもなかった。

 

「ちっ。流石に鎖じゃ防げないか」

 

 咄嗟に横に跳んで躱し、着地したその瞬間。

 

 ドゴオオオン! 

 

 カスミが仕掛けた爆弾が爆発した。鎖を下に展開して直撃は防いだものの、衝撃と爆風までは殺しきれず、その力によりユキヤの身体が宙へ浮く。そこへ、部員たちの銃口が向けられる。

 

「空中なら避けられん。やれ、お前たち!」

「甘い!」

 

 カスミの命令で放たれた無数の弾丸。砂嵐のせいで回避や防御が間に合わず、何発も被弾してダメージを受ける。

 

「くそっ。流石に無傷とは行かないか」

 

 彼は攻撃に受けながらも空中で鎖を伸ばし、近くの崩れた建物へ突き刺す。そして鎖を引っ張り、その反動を利用して身体を動かして紙一重で回避して着地した。だが。

 

「そこだぁぁぁ!」

 

 メグが操縦席の窓から叫びながら、火炎放射器を構えていた。放たれた灼熱の炎が砂漠を薙ぎ払う。

 

「またそれか!」

 

 ユキヤは砂嵐の生で避けるのが間に合わず、体を少しばかり焼かれてしまう。そして、火炎放射から逃げるために後方に跳ぶと、カスミが待ち構えていた。

 

「逃がさないよ!」

 

 レッド・レクターから何発もの弾丸が放たれる。彼は数本の鎖を前方へ展開して弾道を逸らし、そのまま一本の鎖をカスミへ向けて放つ。

 

「うわっと!?」

 

 カスミが横へ転がり、先ほどまでいた場所に鎖が突き刺さる。

 

「今だよ、メグ!」

「分かってる!」

 

 メグが車両を急旋回させ、さらにスピードを上げて突進してユキヤへ迫っていく。

 

「……仕方ない。せっかくある機能なんだ。存分に使わせてもらおう」

 

 彼はそう言って、鎖を纏うように展開する。すると、鎖は突如として紫色の光を放ち、その光と共に、彼の体がその場から消えた。

 

「なっ!? 一体どこに。メグ、反応は!?」

「ちょっと待って! ええと、あいつの位置は」

 

 探そうとしてる最中、彼はいつのまにか巨大車両の上に立っていた。

 

「ええっ!? いつの間にそこに!?」

 

 メグやカスミたちが目を見開いて驚く中、 ユキヤは8本の鎖を展開し、広範囲に伸びた鎖が車両のエンジン部分めがけて何度も貫いた。

 

「!? まずい。逃げろメグ!」

 

 危機を察知したカスミが叫ぶも間に合わず。

 

ドゴオオオオオン!!! 

 

 車両が大爆発し、轟音と共に砂漠を一瞬だけ白く染めた。巨大な車体は破壊されてバラバラになり、部品が砂の上へ散らばっていく。

 

「きゃあああああああっ!?」

 

 操縦席にいたメグの悲鳴が響いた。車両の上にいたはずのユキヤは、いつの間にか遠くに避難しており、爆発から逃れている。大きな爆発をした後、破壊された車両はその後も何度か爆発し、原形がなくなるほど粉々になっており、爆発に巻き込まれた建物の瓦礫と共に酷い有様となっている。

 

「メグ。メグ、返事をしろ!」

「う……うぅ……」

 

 破壊された部品たちと瓦礫の中から、メグがゆっくりと身体を起こす。全身には火傷と打撲、肩からも血が流れ、呼吸も荒い。

 

「カスミ……部長」

「喋るな!」

「でも……まだ……やれる」

「馬鹿! 今のお前が戦えるわけないだろ!」

 

 カスミが駆け寄ろうとする。しかし、ジャラっと乾いた金属音と共に、彼女の足元へ一本の鎖が突き刺さり、カスミが足を止める。

 仮面をつけた男、ユキヤが、静かにこちらを見ていた。

 

「その赤髪の女には悪いことをした。だが、これ以上続ければ本当に死ぬぞ」

「……随分と上から言ってくれるね」

 

 カスミはメグの前へ立つ。

 

「部長」

「下がってろ」

「でも……私はまだ」

「下がってろと言っただろ。これは命令だ」

 

 カスミの声に、普段の軽薄そうな雰囲気は一切なかった。その目は冷たくユキヤをにらみつけている。

 

「私が時間を稼ぐ。お前は部員たちと一緒に撤退しろ」

「嫌だ……部長を置いて逃げるなんてできないよ!」

 

 それを聞いて、カスミは呆れたように笑うも、どこか嬉しそうにしていた。

 

「……まったく。そういうところだけは、本当に頑固だな」

 

 そして振り返る。そこには、まだ立っている部員たちがいた。

 

「」

 

 カスミが声を張り上げる。

 

「良いか、お前たち。こいつは私たちを殺すつもりはない! だからまだやれる。勝つ見込みはまだあるぞ! 怖いのは分かる! だが、温泉開発部がここで尻尾を巻いて逃げたなんて、後でメグに笑われるぞ!」

「笑わないよ!」

「じゃあ私が笑ってやる!」

「なんで!?」

「それが嫌なら立て!」

「……おおおおおっ!」

 

 部員たちが一斉に武器を構える。ユキヤは無言で、冷静に状況を見ていた。

 

「まだやるのか」

「当然だろ。私たち温泉開発部はね。掘ると決めたら、最後まで掘るんだよ!」

「……そうか。なら、ここからは本気でやってやる」

 

 次の瞬間、八本の鎖が一斉に走った。

 

「撃てぇ!」

 

 部員たちの放った銃弾が砂漠を埋め尽くす。ユキヤは鎖を盾のように展開し、弾丸を弾きながら前進する。そして、4本の鎖で身を守りつつも、残りの4本の鎖を展開して部員たちの四肢を突き刺し、空中に投げた後、地面に叩きつけて行動不能にしていく。

 

「くっ!」

 

 カスミが銃を連射するも、ユキヤは身体を捻って避け、鎖を一本だけ伸ばした。

 

「そこだ!」

 

 カスミが鎖を避ける。そして隙をつこうとした瞬間、彼は鎖を纏うように展開し、再び紫色の光と共に姿を消して、彼女の懐へ入っていた。

 

「な──」

「終わりだ」

 

 2本の鎖がカスミの両足をを突き刺し、その勢いで彼女の身体は後ろに吹き飛んでいく。

 

「部長!」

 

 メグが叫ぶ。カスミは痛みに顔を歪めながらも、銃口を向けようとする

 

「まだ……だ」

 

 膝が震える。それでもレッド・レクターを握る。

 

「私が……部長なんだから」

「もう十分だ。眠れ」

 

 その瞬間、ユキヤが鎖を力いっぱい引く。その力で彼女の身体が大きく振り回され、建物へ叩きつけられ、足から鈍い音が響いた

 

「……っ!? あがっ」

 

 カスミの表情が凍る。立ち上がろうとしても、体に力が入らない

 

「部長!?」

 

 メグが叫んで駆け寄ろうとするも、彼女にはそんな力は残っておらず、ただ手を伸ばすことしか出来なかった。

 

「……大丈夫だ。これくらい」

 

 そんなメグを不安にさせないよう、カスミは不敵な笑みを浮かべて立ち上がろうとするも激痛が走り、まともに動けなかった。

 

「……なるほど。ここまでやるか」

「これぐらいしないと止まらなさそうだからな」

「だからって……これはやりすぎだろ」

 

 カスミは呼吸を荒くし、意識が消えそうになりながらも、なぜか不敵な笑みを浮かべた。

 

「でも、お前……やっぱり変だな。本当に殺す気なら、もっと別の手段があるはず。この程度で止めて」

 

 彼女の瞳が、観察するようにその仮面を射抜く。

 

「何か理由があるんだろ? どうにもお前は、あの風紀委員長たちのように正義感で動いてるように見えない。何らかの事情があると見た」

「黙ってろ」

 

 ユキヤは仮面越しに、殺気を放って威圧するも、カスミはまるで動揺しなかった。

 

「図星か。どうやら、相当切羽詰まってるようだな。ふふふふ。その仮面のベールを是非剥がしてみたいものだよ」

「黙ってろと言ったはずだ。これ以上は抵抗するな。そうすれば、傷が酷くなる事はない。あの女からの期待には添えただろうし、攻撃する理由もない」

 

 カスミはしばらく黙っていた。ユキヤはやっと終わったかと思って安堵しかけたが、彼女は残った力を振り絞り、激痛に耐えながらも立ち上がった。メグはその姿に目を見開いて驚く。

 

「カスミ部長!?」

「まだ終わってない」

 

 折れた脚を引きずりながら、レッド・レクターを拾い、銃口を向ける。

 

「私たちがここで何もせずに倒れたら、温泉開発部の名が泣くからね!」

「……本当に頑固だな。なら」

 

 彼がそう言った次の瞬間、鎖がカスミの腕を弾き、銃が宙を舞った。さらに一本が身体へ絡みつく。

 

「しまっ──」

 

 身体が空高く浮かび上がる。そして彼は鎖を引き、彼女を砂地へ叩き落とした。

 

「──がっ!」

 

 今度こそ、彼女は動けなくなった。意識を完全に失っていて、指1本動く気配もない。

 

「安心しろ。気絶してるだけだ。命に別状がないレベルには抑えた」

 

 彼はカスミを見下ろし、脈を確認する。呼吸はあり、脈も一応は安定している。そして遠くをみると、ゲヘナ風紀委員会の車両が何台も向かって来ていた。

 

「風紀委員会も到着したか。これなら全員助かるだろう。赤髪の女、お前もそれ以上動くな。取り返しがつかなくなるぞ」

 

 メグはそう言われながらも動こうとするが、かなわず、悔しさと憎しみを込めて拳を強く握りしめる。

 

「カスミ部長を、こんな目に遭わせて……絶対忘れないから」

 

 メグは悔しそうにユキヤを睨む。彼はそんな彼女に何も言わず、袖の中へ鎖を戻して去っていく。

 

 

 

 

 風紀委員会の車両が到着する頃には、ユキヤは遠く離れており、人のいない廃墟の陰まで移動していた。そして仮面を外し、黒いフードから銀髪がこぼれ落ちる。通信端末を取り出し、ニヤニヤ教授へ連絡を入れた。

 

「終わった。お前のくれた鎖が役に立ったよ」

『ほむ。それは何よりです。どうでしたか? 私からの餞別は。お気に召しましたか?』

「気に入ったというか……便利すぎて怖い」

 

 ユキヤは袖の中へ視線を落とす。袖の中にある8本の鎖。それはニヤニヤ教授から餞別として与えられた、普通の武器ではない鎖。終焉をもたらす厄災、『色彩』の力が宿ってると言われている。だが、彼はその力について詳しく知らない。

 

「これ、一体何なんだ? 色彩ってのはどういう存在だ」

『それを知る必要はありませんよ。今のあなたには、ね』

「……またそれか」

『ほむ。ですが、あなたが知る時は……いつか来るかもしれません』

「意味深なことを言うな。鬱陶しい」

『それはすいません。ほむほむ。まあそれより、今回のお仕事は大成功です。報酬は予定通り一億円、アビドスの借金返済用口座に振り込んでおきましょう』

「……そうか」

 

 ユキヤは目を閉じる。一億円。莫大な金額だが、アビドスを救うためには、まだ足りない。それでも、大きな一歩にはなる。

 

『では、ユキヤさん。お疲れ様でした』

「ああ」

 

 通信を切り、廃墟の中に静寂が訪れる。その静寂の中、彼は今回の事について考えていた。金を返すため、問題児をとめるため。そんな取ってつけたような建前の元、彼は温泉開発部を叩きのめした。その罪は、彼の心に重くのしかかっていた。ユキヤはしばらく俯いたまま、拳を握りしめる。

 

「……最悪の気分だな。もう、こんな依頼をすることが無いことを願うばかりだ」

 

 だが現実は甘くない。一億円を手に入れても、アビドスの借金は残っている。砂漠化の問題も片付いていない。もしかしたら今後、こういう依頼は増える可能性はあるが、借金返済のためには受ける道しかない。

 

「俺は、あと何人傷つければいいんだ」

 

 答える者はいない。ただ、袖の中で八本の鎖が微かに蠢いた。その異様な感触に、ユキヤは眉をひそめる。

 

「色彩か。お前は一体、なんなんだろうな」

 

 ニヤニヤ教授は何かを知っている。だが、決して教えようとはしない。自分を都合良く扱うだけだ。まるで人形のように。

 

「まあいい。今はアビドスだ……早く帰るとしよう」

 

 彼はそう呟いてフードを被り直し、廃墟を後にした。

 

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