アビドス高等学校の真のファウスト 作:リハビリ作者
ユキヤがアビドス高校へと向かっていたその頃──。
アビドス自治区から少し離れた、荒涼とした砂地。そこには、もはや原形を留めていない巨大な掘削車両。周囲には破壊された工具や爆薬、倒れた温泉開発部の部員たちが倒れていた。その他に応急処置用の医療テントが作られており、負傷した鬼怒川カスミと下倉メグが風紀委員たちによって救護されている。
そして、現場調査をしている者が2人いた。1人はゲヘナ学園3年生にして、学園および自治区の風紀・治安を司る風紀委員会を束ねる委員長『空崎ヒナ』
もう1人はゲヘナ学園2年生にして、風紀委員会の斬り込み隊長『銀鏡イオリ』。
ヒナは、惨状を見渡しながら小さく息を吐いた。
「随分と酷い有様ね」
その隣では、銀髪のツインテールを揺らしながら銀鏡イオリが眉をひそめている。
「ヒナ委員長。これ、誰がやったんだ?」
「分からない」
ヒナは倒壊した車両へ視線を向ける。巨大な車両は、まるで内部から何かに破壊されたかのようにエンジン部分が完全に潰されている。地面には無数の弾痕、奇妙な細長い傷跡。
「けど、相当な実力者であることは確か」
「だよな。温泉開発部の連中が全員やられてる。しかも、これだけの人数を相手にして逃げ切ったんだろ? 相当な手練れだな」
ヒナは返事をせず、地面へしゃがみ込んだ。砂の上には、戦闘の痕跡が残されている。しかし、それだけだった。
「……おかしい」
「何が?」
「逃げた方向が分からない」
ヒナは周囲を見回す。足跡、車両の轍、薬莢、破壊された建物、それらは大量に残っている。だが、犯人の痕跡だけがない。
「普通なら、何か一つくらい残るはず」
「砂嵐とかで消えたんじゃないか?」
「それなら戦闘中の痕跡も、もっと消えているはずよ」
「……確かに」
ヒナは立ち上がると、風紀委員たちへ指示を出した。
「捜索部隊は、半径2キロまで広げて調査して。足跡、車両、監視カメラ、通信記録。何でもいい。犯人に繋がるものを探して」
『了解しました!』
風紀委員たちが一斉に散っていき、イオリも周囲を歩きながら、砂地を注意深く調べ始める。
しかし、数時間経っても痕跡は見つからず、分かったのは細長い傷跡を残す武器を扱うこと、そしてメグやカスミの証言から、仮面を被った何者かと言うことだけたった。声を聞いたメグの証言からして男という可能性は高いが、ボイスチェンジャー等で声を誤魔化してる可能性もあるため、断定は出来ない。
「イオリ。そっちはどうだった?」
「何もなし。車両で逃げた形跡もない」
「私の方も同じ……まるで最初から、ここにいなかったみたい」
「そんなことあるか?」
「普通ならない。でもカスミたちの証言から、相手はワープのような力を持つと聞いてる」
「ワープ……そんなわけの分からない能力が本当にあるのかよ」
「分からない。でも、メグたちはそう証言してる」
「もし本当にワープ持ちだったら、相手は相当厄介だぞ」
「ええ、そうね」
ヒナは再び地面へ視線を落とした。砂の上に残る細長い傷跡、銃撃によって穿たれた無数の穴。現場は酷いことになってるが、死者は一人もいない。
「……仮面の人間は、温泉開発部を殺していない」
「え?」
「これだけの人数を相手にして、死者がゼロ。カスミもメグも重傷だけど生きている。本気で殺すつもりだったなら、もっと簡単に殺せたはず。それだけの力量を、仮面の人間は持っていたはず」
「……つまり、手加減してたってことか?」
「そう考えるのが自然ね」
イオリは破壊された巨大車両やあちこち悲惨なことになってる地面を見渡す。
「でも、手加減してこれ? 怖っ……」
思わずイオリの口から本音が漏れた。そんな中、ヒナは少しだけ目を細め、何かを考え込んでいた。
「仮面の人間が、ただの無差別な襲撃犯とは思えない。そいつには、何か目的がある」
「目的?」
「ええ。温泉開発部を倒すことそのものが目的だったのか。それとも、何かを守るために戦ったのか」
「……守るため? そういや、メグが気になること言ってたな」
イオリとヒナは、メグの証言を思い出していた。
──仮面の男はこんな事言ってたね。『俺が火傷したら、あいつらに隠せなくなるだろうが』『お前が知る必要のない、大切な人たちだ!』とか──
そして、ヒナはポツリと呟く。
「今回の事件。単純なゲヘナへの敵対行動じゃないのかもしれない。何かしらの思惑がある」
イオリはしばらく黙り込んだ。そして、ふと何かを思いついたように顔を上げる。
「ヒナ委員長」
「何?」
「もし、仮面の奴が言ってた『大切な人たち』っていうのが、この辺りに住んでる人間だとしたら? だから、仮面の人間は温泉開発部を止め、その大切な人たちを守ったとか」
「……推理としては、特におかしな所はないわね」
「だろ? で、もし大切な人たちがこのあたりに住んでる人間って考えると、犯人はアビドスの生徒って事にならないか? ほら、この付近に住んでるのってアビドスの生徒ぐらいだし。大切な人がアビドスの生徒だって考えると辻褄は合う。ボイスチェンジャーとかで声を誤魔化してる可能性もあるから、男性か女性かは分からないけど、仮面の奴はアビドスの生徒に間違いない!」
一見すると正解のようにも思える推理だが、ヒナはどこか納得が行ってなさそうだった。
「確かにアビドス自治区の近くだし、可能性も無くはない」
「じゃあ、アビドスの生徒の誰かが」
「けどおかしな所がある。もしアビドスの生徒が犯人なら、痕跡を消したり、逃げたりする必要はないはずよ。むしろ私たちが来るのを待って、話をする方が向こうにとっても得でしょう。じゃないと面倒なことになるのは分かりきってるだろうし」
「うーん……私たちが話し合いもせず、即暴力に訴えるのを恐れたとか?」
「だとしても、話し合いをするという姿勢は見せるべきと思わない? 仮にアビドスの生徒がやったのだとしたら、正当な理由で温泉開発部を攻撃しているし、後ろめたいことは何もないはず。今回の事件、勝手に他所の自治区近くに侵攻した温泉開発部に非があるのは明らかなのだし」
「……確かに。もし私がアビドスの生徒で、この事件を起こした犯人だとしたら、温泉開発部が勝手に侵攻してきたんで撃退しましたって言うかな」
「そう。それが普通のはず。だから、私はアビドス説を完全には否定しないけど、可能性としてはかなり低いと思ってる。この犯人は、最初から自分が誰なのか知られないことを徹底している。まるで、絶対に知られちゃいけない理由があるみたいに」
ヒナは現場検証をしながら、イオリと共に歩いていく。
「もう1つ気になる所がある。もしアビドスの生徒たちがこの事件を起こしていたのだとしたら、学校側に何らかの動きがあってもおかしくない。でも今のところ、アビドスからはそういった報告や動きはない」
「じゃあアビドスの生徒じゃなくて、別の学校の生徒ってことか?」
「それもまだ分からない」
「分からない事ばかりだな」
「だからこそ調査する必要がある。今回の事件の目的が、一体何だったのかを。何のために温泉開発部を攻撃したのかを」
ヒナはそこで言葉を切った。吹き抜ける風が砂を巻き上げ、荒れ果てた現場を覆っていく。
「一つだけ確かなことがある。仮面の人間は、温泉開発部を憎んでいるわけじゃない。カスミたちへの攻撃は苛烈だったけど、殺してはいない。むしろ、最後まで殺さないように戦っていたと見るのが自然」
ヒナは医療テントの方へ視線を向け、イオリも同じ方向を見る。
「目的は排除。殺すことではない。そして、メグ達からの証言やイオリの推理を元にすると、大切な人たちを守ること、そして誰かの期待に応えるために、温泉開発部を止めたという可能性が最も高い。まあ、仮面の人間が嘘をついてないという前提ではあるけど」
イオリはその言葉を聞いて、メグたちから聞いた証言の一つを思い出す。
──確かあいつ、あの女からの期待には添えただろうし、攻撃する理由もないとかも言ってたね
「じゃあ、その『大切な人たち』や『あの女』が誰なのか分かれば、仮面の奴に辿り着ける?」
「多分ね。アビドスだけじゃない。それ以外の学校も全部調べる必要がありそうだし、忙しくなるわよ。イオリ」
「大丈夫! 忙しいのには慣れてるからな」
「頼もしいわね」
ヒナはそう言って微笑んだ後、すぐに表情を切り替え、どこか遠くを見るようにアビドス砂漠を睨みつける。
「必ず見つけるわ。この事件の犯人を」