アビドス高等学校の真のファウスト 作:リハビリ作者
昼頃
脱いだローブと仮面を自分の秘密部屋に隠し、ユキヤがアビドス高等学校へ戻ると、対策委員会の部屋には妙な緊張感が漂っていた。
「ただいま」
「……おかえりなさい、ユキヤ先輩」
いつもなら元気そうに話すアヤネの声が、今日はどこか硬い。ユキヤは彼女の机へ視線を向けた。
「どうした?」
「少し……気になることがありまして」
アヤネは眼鏡を押し上げ、机の上に並べられた資料を見せる。
「この前からアビドスの口座に入っている匿名の送金について調べていたんです」
「匿名の送金?」
「はい。金額もかなり大きいので、不正送金や何らかの詐欺に巻き込まれていないか確認していました。調べてみると、2カ月前から入金が始まってたみたいで」
ユキヤの表情が僅かに強張る。もちろん、その金の出所を彼は知っている。非合法な仕事で得たニヤニヤ教授からの報酬。だが、アヤネがここまで早く辿り着くのは予想外だった。
(入金の頻度がそれなりにあるとはいえ、こうも早く炙り出すとはな)
彼は内心、アヤネの能力に感心しつつ、それを悟らせないようにしながら話しかけた。
「送金元はどうなってるんだ?」
「毎回異なっています。名義も複数。ですが、最終的には必ずアビドスの返済用口座へ入っているんです。そしてその大金は、二カ月前から一定の間隔で送られています。こんな大金が2カ月も続けて偶然入ってくるなんて、普通は考えられません」
「ふむ。確かに話を聞く限り、偶然で考えるには不自然な所が多いな」
「ええ。
だから私は、誰かが意図的にアビドスを支援しているんじゃないかと思っています」
「ほお。うちみたいな限界集落学校に支援してくれるとは。随分な物好きもいたものだな」
「そうですね。本当に支援してくれているのなら、もちろんありがたいですよ。アビドスにとっては、喉から手が出るほど欲しいお金ですから」
「なら良いじゃないか。何を気にしてるんだ?」
「問題は、どうして匿名なのかです」
「……匿名には匿名なりの理由があるんだろ。名前を知られたくないとか、何か事情があるとか」
「それは分かります。でも、送金元が毎回違う名義なのは不自然です。それだけじゃありません。今日、ユキヤ先輩が帰ってくる数分ほど前に、アビドスの返済用口座に一億円が振り込まれていました」
ユキヤの心臓が僅かに跳ねたが、決して表には出さないように振る舞い、わざとらしく驚いた演技をする。
「おおお。そりゃ凄い金額だ。どこの物好きがしてくれたんだか」
「ただの物好きで居てくれたら良いんですけどね。送ってくれたこと自体には感謝しています。でも、どうして今日なんでしょう?」
「どうしてって?」
「二ヶ月前から定期的に送金されている。それだけでも十分不自然なのに、今日に限って一億円です」
「景気のいい支援者なんじゃないか? あるいは宝くじで大儲けでもして金を配りたくなったのか」
「ユキヤ先輩」
アヤネにしてはドスの聞いた感じで名前を呼び、珍しく鋭い瞳でユキヤのことを見つめる。何かを探られているようにも思え、彼は少々居心地が悪くなった。
「私は本気で調べています」
「分かってる」
「だったら、そんな適当な答えで誤魔化さないでください」
言葉だけだと穏やかな口調に感じるが、実際はかなり強めの圧を感じる恐ろしいもので、確かな警戒心があった。
「匿名で支援すること自体は、百歩譲って理解できます。名前を知られたくない事情があるのかもしれません。でも、毎回違う名義で複数の送金元。そして今日の一億円。金額も、送金のタイミングも、あまりにも不自然です。善意の支援だけというなら、それに越したことはありません。でも、もし後から何かを要求されたら? もしこの送金そのものが、アビドスを利用するためのものだったら?」
「考えすぎじゃないか?」
「そうかもしれません。ですが、何も考えずに受け取るよりはずっといいです。大金には、それだけ責任が伴いますから」
「……確かにな。にしても、相変わらず真面目だなアヤネは。そういう所にずっと助けられてるんだが」
ユキヤはそう言って、アヤネの頭を軽く撫でた。
「な、何ですか急に」
「改めてお礼を言おうと思ってさ。いつも助かってるよ。本当にありがとう。アヤネがいてくれるから、俺も安心できる。ここに来てくれてありがとうな」
「……っ」
すると、アヤネの肩がぴくりと跳ねる。小声でボソリとつぶやく
「そ、そういう不意打ちは、ずるいです」
眼鏡の奥の瞳が僅かに揺れ、頬がほんのり赤くなっていた。それを隠すかのように、彼女は書類を手に取って顔を埋める。
「どうした。ただ褒めただけなんだが」
「分かっています。分かっていますけど……まあ、ユキヤ先輩にそう言っていただけるなら、頑張った甲斐がありました」
「そうか。それは良かったよ」
互いに少し嬉しそうに笑い合ったが、アヤネはすぐに表情を引き締め、パソコンに向かい合う
「とにかく、送金元については調査を続けます。アビドスのお金に関わることですから。皆さんを守るためにも、出所くらいは把握しておきたいです」
「……ああ。それがいい」
ユキヤがそう言った直後、背後から間延びした声が聞こえてくる。
「へぇ~。ユキヤくん、またアヤネちゃんを褒めてるんだ~?」
「……ホシノ」
振り返ると、入口に小鳥遊ホシノが立っていた。いつもの眠そうな笑顔に見えるが、その黄色と青のオッドアイは、机の上の資料とユキヤを交互に見ていた。
「一億円ねぇ」
「何だよ」
「いや~? おじさん、ちょっと気になっちゃっただけだよ」
ホシノはうへへと笑いながら、ゆっくりユキヤへ近づいてくる。
「ユキヤくん。そのお金って……何処から来たんだろうね」
一瞬だけ、部屋の空気が静まり返ったように感じた。しかし、ユキヤは笑って誤魔化す。
「さあな。俺が知りたいくらいだよ。どこの物好きがしてくれたんだか」
軽く肩をすくめ、少しだけホシノから視線を反らす。ホシノは、そんな彼の顔を観察するように見つめていた。
「……そっかぁ」
「なんだよ、その顔」
「別に~。ただね。最近のユキヤくん、ちょっと変だなぁって思ってるだけ」
「俺が?」
「うん。帰りが遅い日が増えた。急に大金が入ってくるようになった。しかも、ユキヤくんが帰ってくる直前に一億円」
「偶然だろ」
「そうかもしれないね~。でもおじさんさ。昔からユキヤくんのこと見てきたから、嘘ついてる時の顔くらい、分かるんだよ?」
そう言われた途端、ユキヤの眉がほんの僅かに動く。その変化を、ホシノは見逃さなかった。
「……うへ〜、なーんてね。そんなの分かるわけないじゃーん」
「しょうもない冗談言うんじゃねえよ。ビビるだろうが」
「うへへ。怖い顔しないでよ~」
ホシノは笑いながら離れていく。しかし、その瞳はどこか探るようにユキヤを見ており、一挙手一投足、目の動きすら見逃さないようにしっかりと観察していた。
「まあ、今は聞かないでおくよ」
ホシノはそう言って、いつものようにへらりと笑い、だらーっとしながら椅子に座った。
「……今は?」
「うん。今はね~。ユキヤくんが話したくないことを、無理やり聞き出すのも違うかな〜と思うし?」
「そうかい。そりゃ助かるよ」
「でもね~。もし、本当に困ってるなら……おじさんにちゃんと相談してよ」
その言葉だけは、いつもの軽い口調ではない。その瞳はしっかりと彼を見つめており、ユキヤの袖をギュッと掴んでいた。
「私、ユキヤくんが一人で無茶するの、嫌だからさ」
「……分かってる」
「ほんと~?」
「ああ。心配するな。一人で抱え込む気なんてサラサラない。何かあったら頼らせてもらうよ」
「そっか……じゃあ、頼りにされたときはおじさん頑張っちゃおうかな〜。おじさんパワーマシマシで助けてあげるよ」
「ははは。それは面白いことになりそうだな」
軽口を叩きながらも、ホシノの瞳から疑念が消えたわけではない。むしろ、その疑念はより強くなっていた。
(……絶対、何か隠してる)
ホシノは心の中でそう確信していた。けれど、今は追及しない。 ユキヤが自分から話してくれる、その時を待つことにした。
「さてと~。おじさんは眠いから、ちょっと休んでくるね」
「お前、まだ昼だぞ」
「同級生を労わってよ〜甘やかしてよ〜。そして、あとで部屋に来て膝枕お願いするよ〜」
「たくっ……はいはい。了解しましたよ」
「うへへ。やっぱりユキヤくんは優しいねぇ。じゃ、また後で」
そう言って去っていくホシノ。その背中を見つめながら、ユキヤは小さく息を吐き、ボソリと呟く。
「……鋭すぎるだろ、あいつ」
そしてアヤネは、そんな二人のやり取りを黙って見つめながら、再び匿名送金の資料へ視線を落とした。
アビドスに流れ込む、出所不明の巨額の資金。
その正体を確かめるために。それが、ユキヤが非合法な仕事を請け負って集めてきた金ということに、アビドスの皆はまだ気づいていなかった。