アビドス高等学校の真のファウスト 作:リハビリ作者
朝日が昇り始める頃。郊外にある商店街にて。
十六夜ノノミと藤堂ユキヤは買い出しのために出歩いていた。
「ユキヤ先輩、こっちですよ~」
「分かってるよ。てか、なんで俺まで買い出しに?」
「だって、一人より二人の方が楽しいじゃないですか~」
そう言いながら、ノノミはユキヤの右腕にぎゅっと抱きつく。
怪訝な顔をした彼が離そうとして腕を振り回すも、まるで何かで貼り付けられてるかのように、ピクリとも離すことが出来なかった。
「……お前、買い物する気あるのか?」
「もちろんありますよ~。今日は必要なものをたくさん買いますから」
「なら腕を離してくれ。歩きにくい」
「嫌です♪ 今日は絶対離しませんから」
「たく……俺の腕に抱きついて何が楽しいのやら」
彼は呆れたようにため息を吐くが、諦めてしまったのかそのままにして歩く。ノノミは楽しそうに微笑みながら、さらに腕へ寄り添い、肩に頬をスリスリした。
「こうしてると、なんだかデートみたいですね~」
「デートじゃない。買い出しだ」
「でも、二人で商店街を歩いてますよ。なので、私の中ではデートです」
「無茶苦茶だなその理屈」
「ふふふ。こうしてユキヤ先輩とデートする日々は楽しいですね〜。帰ったら皆さんに自慢しちゃいましょう」
嬉しそうにそう言言いながら胸を押し付けると、ユキヤは腕から感じる柔らかいものに顔を赤くしながら、思わず視線を反らした。ノノミはそれを見て、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「ん〜? どうしたんですか。ユキヤせーんぱい」
「変な声音で話すな。なんでもねえよ」
「そうですか〜? でも、本当に大丈夫なんですか。ユキヤせーんぱい?」
「大丈夫だから。ほら、早く行くぞ」
そう言って、彼は急かすように早歩きし、ノノミもついていく。
「ふふっ。今日はたーくさん楽しみましょうね。ユキヤせーんぱい」
「その呼び方やめろ。なんか落ち着かねえ」
まずはスーパーに向かい、食料を買うことになった。ノノミは買い物かごを片手に抱え、もう片方の腕は変わらずユキヤに抱きついたまま、楽しそうに買い物している。
「ではでは、まずは野菜を買いましょう」
「買うのは良いとして。お前、本当にこの状態で買い物できるのか?」
「もちろんですよ。こうすれば余裕です♪」
彼女は買い物かごを一瞬だけ手放し、素早く目当ての食材を入れてから、落ちる前にかごを掴んだ。ユキヤは何が起こったのか全く見えておらず、目をパチクリさせる。
「……どういう技術だそれ」
「乙女の嗜みですよ」
「どこの乙女がそんな曲芸するんだか」
「ここにいますよ〜。えーと、後はジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ニラ、にんにく、にら、アボカド、山芋」
ノノミはその後も、目当ての食材をかごにポンポン入れていった。ユキヤはどうやってそんな離れ業をしてるのか気になってたが、考えても分からないと判断して考えるのをやめた。そもそも、彼女の腕の動きが見えてない時点で話にならないのだが。
「さてと。後はお肉ですかね〜」
「肉は安い方でいいだろ。今日は特売のやつがある」
「いえいえ。せっかくですし、このお肉にしましょう♪」
「待てこら」
ノノミが手に取ったのは特売品ではなく、その隣に置かれていた少し高級そうなパック。値段もかなりお高めであり、他の肉に比べて2倍以上の値段である。
「なんでそっちを選ぶ」
「だって美味しそうですから~。皆には美味しいお肉を食べてほしいですし、支払いなら私のゴールドカードがありますし」
「駄目だ」
ユキヤはノノミの取った肉を元の場所に戻す。彼女は尚もかごに入れようとするが、彼はそれを何度も防いでいく。
「むー。なんで邪魔するんですか。こっちの方が美味しそうですよ~?」
「それは分かるけど、今を買う必要がないだろ」
「でも、せっかくのご飯ですよ? みんなで美味しいものを食べた方が元気が出るじゃないですか」
「それはそうだが、そんな事言ってたら金がいくらあっても足りない」
ユキヤは高級肉の隣にある特売品を手に取ってかごに入れる。
「これで良いだろ。値段も安いし、量もある」
「う~ん……でもせっかくなら高級肉で元気になってもらわないと」
「こっちでも元気は出る。それに、ノノミのカードがあるからって、それを当たり前みたいに使うのは俺は好きじゃない」
「……ユキヤ先輩」
委員会の運営費用、学校で必要になる備品、食材、修理費、その他諸々、そういった日々の支出はユキヤがニヤニヤ教授から受け取っている報酬と、ノノミのカードでどうにかやりくりしている。
そのため、彼女が持つゴールドカードは、アビドスにとって非常に大きな支えとなっているのだ。それでも彼は、ノノミのカードに頼り切ることを快く思っていなかった。
「ノノミのカードは便利だけどな。だからって、俺たちが何も考えずに使っていい金じゃないだろ」
「私は気にしてませんよ~?」
「お前が気にするかどうかの話じゃない」
「……ふふ。ユキヤ先輩らしいですね」
「何がだ?」
「自分のお金はそこまで気にしないくせに、私のお金は大切にする所とかですよ」
「……別に普通だろ」
「そうですかね。ユキヤ先輩。最近は自分のお金のことになると随分と無頓着じゃありません?」
「そうか?」
「はい。アルバイトを増やしたって言って、帰りが遅くなる日も増えましたし」
その言葉に、ユキヤの足が僅かに止まり、ノノミはそれを見逃さなかった。だが、彼の瞳の奥にある後ろめたいものを抱える後悔までは見れなかった。
「心配するな。ちゃんと休んでる」
「本当ですか? なら、どうして最近そんなに疲れた顔をしてるんでしょう?」
ユキヤはその質問に答えず、ノノミから視線を反らした。彼女も含めたアビドスの生徒たちは知らない。彼が「アルバイト」と呼んでいるものは、普通のアルバイトではない。ニヤニヤ教授から受けた裏の依頼。そこで得た報酬をアビドスのために使っている。
しかし、ユキヤはその事実をアビドスにいる仲間たちに知られたくなかった。そんな無茶を抱え込んでいると心配されたくないから、皆には幸せでいてほしいから。だから彼は、嘘と偽りという仮面で真実を隠す。
「色々あっていそがしいだけだ。俺が好きでやってることだから気にしなくて良い」
「そう言われると、余計に気になりますよ。ユキヤ先輩って、自分のことを後回しにするところがありますから。アビドスのことになると、自分が傷つくことも平気で選んじゃいますよね」
「……そんなことない」
「ありますよ~」
「ない」
「あります」
「……相変わらず頑固だな」
「ユキヤ先輩程ではないですよ~」
そう言ってノノミは笑うが、その笑顔の奥には明確な心配があった。何を隠しているのか、どんなバイトをしてるのか、危険なことではないのか、体は大丈夫なのか、聞きたいことは山ほどあった。しかし、今のユキヤにそれを聞いても、曖昧にはぐらかされるだけだと彼女は理解してる。
だからせめて、決して離れたくないという意思を伝えるように、抱きつく力を強くし、彼の肩に頬を寄せる。
「……無理だけはしないでくださいね。ユキヤ先輩も含めてアビドス対策委員会なんです。だから、絶対に離れないで下さい」
「分かってる」
「本当に?」
「ああ」
「約束ですよ~?」
「……約束だ」
一瞬だけ間が開いたことに、ノノミは心配そうな顔をするが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべた。
「ふふっ。それなら安心です♪ じゃあ買い物を続けましょうか」
「ああ。そうだな」
その後も二人は店内を回り、野菜や調味料、保存食品などを次々と買い物かごへ入れていった。
「ユキヤ先輩、これも必要ですよ~」
「それはまだ残ってる」
「では、こっちは?」
「それも必要ない」
「ではでは、これは?」
「……お前、さっきから俺に確認するのが楽しくなってないか?」
「ばれました?」
「ばれるわ。しょうもないことしてないで早く済ませるぞ」
そんなやり取りを続けながら買い物を終えて会計を済ませると、ノノミが袋を持とうとしたが、ユキヤが止める
「俺が持つ」
「でも、これ結構重いですよ?」
「これくらい平気だ」
「……本当に自分ばっかり無理しますね。けど、ユキヤ先輩にだけ無理はさせません。半分は私が持ちますから」
「いや、別にノノミが持つ必要はないだろ」
「聞きませーん。これは私の持つ荷物ですから」
「……はあ。好きにしろ」
2人で半分ずつ買い物袋を持って商店街を歩く。ノノミはそんな彼の隣を歩きながら、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、この後はどうしましょう?」
「もう帰るんじゃないのか?」
「せっかく早起きして商店街まで来たんですから、少しくらい寄り道しませんか?」
「寄り道?」
「はい♪ 近くに公園がありますよ」
「……まあ、少しくらいならいいか」
「やった~」
二人は商店街から少し離れた公園へ向かった。朝の公園にはまだ人が少なく、早起きした子供や散歩に来た老人がちらほらいる程度だ。
「静かだな」
「そうですね~」
ユキヤはベンチへ腰掛け、買い物袋を足元に置き、ノノミも隣へ座る。
「ふぅ。結構重いですね。これ」
「疲れたか?」
「少しだけ。でも、楽しかったですよ」
「ただの買い物だぞ?」
「ユキヤ先輩と一緒だったからですよ~」
「……そういうことを平然と言うよな、お前。変な勘違いしそうになるんだが」
彼女は少しだけ顔を赤くしたあと、それから悪戯っぽく笑った。
「勘違いしてもいいんですよ~?」
「おい」
「ふふっ。冗談です♪」
「絶対、冗談じゃなかっただろ」
「どうでしょうね~?」
ノノミは楽しそうに笑いながら、ユキヤの肩に頭をのせ、彼の膝に自分の手をのせた。
「でも、ユキヤ先輩とこうして二人でいる時間、私は好きですよ」
「……そうか」
彼はその言葉に顔を赤らめ、少しだけ視線を逸らす。ノノミはそんな彼を見つめながら、胸の内にある言葉を飲み込む。
──好きです。
そう伝えたい。けれど、今はまだ言えない。言える勇気が無い。だから代わりに、いつもの調子で笑う。
「なので、また一緒に買い物してくださいね?」
「別に構わないが、次は普通に歩いてくれよ」
「それは考えておきますね~♪」
「絶対しない奴の言い方だよなそれ。次は離れろ。歩きにくいんだ」
「ふふふ……考えておきますね〜」
「……たく。お前ってやつは」
ユキヤは呆れたようにため息を付くも、その表情はどこか楽しそうにしていた。
そしてノノミは、隣にいるユキヤの横顔を見ながら、小さく呟く。
「……約束、破らないで下さいね。ユキヤ先輩」
「? 何か言ったか?」
「なんでもありませんよ」
そう言って、ノノミは彼の手に自分の手を重ね合わせる。しばらくの間、二人は何も言わずに並んで座っていた。
ユキヤは、こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいと、空を見上げ、ノノミを見てそう思う。
同時に、この時間を守るためなら、自分がどれだけ傷ついても構わないという考えが、心の奥底に深く根付いていた。
アビドスへ戻ったユキヤたちが対策委員会の部屋へ入ると、いつものように皆が出迎えてくれた。
「おかえり〜、ユキヤくん、ノノミちゃん」
「おかえりなさい、ユキヤ先輩、ノノミ先輩」
「ん。おかえり」
「おかえり、ユキヤ先輩、ノノミ先輩」
「おう。ただいま」
「ただいまです。今日も色々買ってきましたよ〜」
ノノミがそう言って袋の中身を取り出して広げていると、ユキヤの端末が鳴る。彼が画面に表示された名前を見た瞬間、表情が僅かに曇った。
「……悪い。ちょっと電話してくる」
「うん? 分かったよ~」
彼は皆から離れて人気のない廊下へ向かい、通話を繋いだ。
『あーたらーしいー昼が来た~♪』
「そのうざい歌をやめろ。用件だけ話せ」
『ほむほむ。相変わらず手厳しいですねぇ』
「何の用だ」
『もちろん、お仕事の依頼ですよ。今回の標的は、ゲヘナ学園、 万魔殿所属の棗イロハ。そして丹花イブキ』
「……何?」
『簡単です。二人を襲撃して、怪我を負わせてください。出来れば、この前の温泉開発部の時よりもでかい怪我を負わせてください』
「ふざけるな。温泉開発部ならまだ分かる。あいつらはアビドスの近くで勝手に掘削作業をしようとした。だが万魔殿は違うだろ。ゲヘナでやらかしてる噂は聞くが、それは俺たちには関係ない」
『ええ。今回のお二人は、アビドスに何かしたわけではありませんね』
「なら、俺が戦う理由なんてない」
『報酬は一億五千万円ですけど、どうです? 受ける気になりましたか』
「金で人を殴らせようとするな。悪いが、俺にも譲れない最低ラインってのはある。今回の依頼は断らせてもらう」
『ほむ……残念ですねぇ』
彼女はおよよよと泣いてる演技をしながら、悲しそうにそう言った。しかし次の瞬間、その声は氷のように冷たい声へと変わる。
『では、仕方ありません。依頼は別の人にお願いしましょう』
「別の人?」
『ええ。私の手元には、あなたよりずっと扱いやすい人材がいますから』
『例えば、あなたが断った直後に、その人たちをアビドスへ向かわせることもできます』
「……脅してるのか?」
『まさか。私は可能性を説明しているだけですよ』
ニヤニヤ教授はほむほむと笑いながら、楽しそうに続ける。
『学校だけではありませんよ。あなたたちが普段どこで生活しているのかも、私は把握しています。黒見セリカ、十六夜ノノミ、砂狼シロコ、奥空アヤネ、小鳥遊ホシノ。皆さんの生活圏、住所、行動パターンも調査済みです。私がその気になれば、彼女たちの家にテロリストを向かわせることなど造作もありません』
「……お前」
『どうします? 一億五千万円を受け取って、二人を少しばかり痛めつける。それとも、アビドスの皆さんが巻き込まれる方を選びますか?』
ユキヤが目を閉じると、頭の中に、仲間たちの顔が浮かぶ。セリカ、ノノミ、シロコ、アヤネ、そしてホシノ。彼女たちを守るために、ニヤニヤ教授と取引をすることを決めた。しかし、今となっては自分の取引が彼女たちの危険となってしまっている。
どうしようもない思いを抱え、彼は悔しそうに、拳を強く握りしめた。
「最低だな」
『ほむ。最高の褒め言葉ですね。で、依頼はどうしますか?』
「……引き受ける。だから、アビドスの仲間は誰も傷つけないと約束しろ」
『約束しますよ。あなたが依頼を完遂してくださる限りは。なんだかんだ言っても最後はちゃんと依頼を受けてくれる。それでこそユキヤさんです。今のあなたは、誰よりも人形に相応しい』
「黙ってろ犯罪コンサルタント。襲うのは良いが、条件がある。後遺症が残るような傷は負わせないし、殺すこともしない。それが条件だ」
『構いませんよ。では、後ほど詳細を送りますね』
そうして通話が切れ、彼はしばらく廊下に立ち尽くしていた。
「……俺は一体、何をしてるんだ」
それでも彼は、端末に送られてきた依頼内容を実行するしかない
標的は棗イロハと丹花イブキ。
彼は悔しそうに拳を握りしめ、誰にも知られないように端末を閉じた。