「あっ、ここ空いてッ・・・!メ、メルリヌス・・・。なんでも無いやごめんね!」
これで何度目だろうか、返事をする間もなくコンパートメントの扉が閉められる。
「少し早く着き過ぎてしまったかもしれないね、ノーズワイズ」
「にゃあ」
九月一日、午前十時頃。ロンドン、キングスクロス駅九と四分の三番線。ホグワーツ特急最後尾のコンパートメントにおいて僕達は、僕とノーズワイズの一人と一匹は、車窓からプラットホームで行われる人間ドラマを観察していた。
僕達在校生にとっては我が家に等しい学舎への帰還でしか無いけれど、今年入学する新入生、特にマグル生まれの子達にとっては旅立ちに等しいのだろう。親も子も、まるで今世の別れかの様に涙を流して別れを惜しんでいる。全く、親父殿にも見せてあげたいね。
生きているかどうかも分からないけれど。
「ねぇ、ここ空いてる?他のコンパートメントは殆ど埋まっちゃってるの、空いてるところもあったんだけど友達同士で固まってるか、上級生の集まりだったりで居心地が悪くて。かと言って誰もいないコンパートメントを使うのも寂しもの。私、今年入学な上に親族に魔法族がいないから魔法界に詳しい人に話を聞きたいと思っていたの。あぁ、でも別に貴方が魔法界出身じゃなくても私は気にしないわ、寧ろ同じマグル生まれ同士仲良くしましょう?それで、ここ座っていいかしら」
「勿論、君の好きにしたら良い」
「そっ、ありがとう」
これはまた、随分と個性的な子がやってきた。早口で、思い込みが激しい、マグル生まれの女の子。何故だか彼女の中で僕がマグル生まれになってしまっている様な気がするけれど、まぁ些事か。
女の子はコンパートメントの扉を閉め、席へ着くと徐に右手を差し出してくる。
握手だろうか、或いは僕の膝の上で寛ぐノーズワイズを差し出せという事だろうか。後者の場合はホグワーツ特急で少女の遺体がホグワーツ魔法魔術学校に送り届けられるという大事件が起こってしまう。しかし新学期早々そんな大事件が起きればホグワーツ中の警備が強化され、僕も好き放題は出来なくなるだろう。前者である事を祈りながら少女の手を握り返す。
「初めまして、私はハーマイオニー・グレンジャー。さっきも言ったけど今年入学する一年生よ」
「初めまして、ハーマイオニー。僕はリベルタ、リベルタ・ベディヴィエル・アンブロシウス・メルリヌス。よろしくね」
どうやら握手で合っていたらしい、僕の名前を聞いて少女の、ハーマイオニーの目が見開かれる。この子もアーサー王伝説のファンなのかな?
「メルリヌス!?それってあのアンブロシウス・メルリヌスのこと!?それにベディヴィエル!私知ってるわ!【近代魔法史】や【ホグワーツの歴史】にも載ってたし、セブルス・マクール・アンブロシウス・メルリヌスの著書【墓、山、馬鹿】なんて何回も読んだわ!!」
すごいすごいと騒ぎ立てるハーマイオニーを尻目に、煩わし気に耳を伏せているノーズワイズを撫でて落ち着かせる。
ふぅん、珍しい反応だ。メルリヌスの名前を知らないならともかく、知って尚それを肯定的に受け取る人間は少ない。やっぱりちょっと変な子みたいだ。
「最初読んだ時は、何故この人はこんなにフランスを嫌うのか分からなかったけど、読み直す度に彼なりのフランスへの愛が見えて毎回新鮮な気持ちで読めるの!最初は唯の皮肉にしか見えなかった言葉も全てがマリーから託されたマリアを助ける為の物だって気付いた時は感動したわ!!貴方は知ってる?血は繋がってるのでしょう、彼が何故あそこまでマリアの為に命をかけたのか!?」
「あぁ、聞いた話になるけどマリーに惚れていたらしいよ。二人は幼馴染だったらしくてね」
「あぁ!やっぱりそうなのねロマンスだわ!作中では最後まで本心は書いてなかったけどマリアに突き放されてもそこに恨み節はひとつもなかったもの。彼は例え嫌われても愛しい人の娘が幸せになる道を選んだのね!!」
内容を要約すれば、唯のラブロマンスを好む年頃の少女なのにどうしてここまで情報量が増えるのだろうか。頭の回転は速いのだろうけど、それが悪い方向に働いている様に見える、友達いるのかな?
「あぁ、勿論読んだ本はこれだけじゃ無いわ、ホグワーツからの案内が来てからあまり時間がなかったかそんなに沢山は読めてはいないけど、教科書は全て暗記したの。これで授業について行ければ良いのだけど・・・」
「教科書を。へー、それは凄い。それなら何の問題も無いと思うよ、少なくとも去年の僕は教科書の丸暗記なんてしていなかった」
「あら、あなた年上だったのね。てっきり同じ新入生かと思ってたわ。なら寮は何処に入っているの?私は絶対グリフィンドールが良いわ!ダンブルドアもそこ出身だって聞いたもの、でもレイブンクローもいいわね・・・」
「僕はハッフルパフさ。君は・・・、レイブンクローの様な気がするけれど、例え望んで無い寮になっても気にする事はないよ。寮分けなんて適当だからね」
「やっぱりレイブンクローかしら・・・。でも珍しいわね、メルリヌスの一族は大抵スリザリンかレイブンクローなんでしょう?ベドリアントの血筋だとしてもグリフィンドールだろうし・・・。でもそうね!寮分けなんて気にする事はないわ、ハッフルパフだって立派なホグワーツの一員だもの!」
ねぇ、ノーズワイズ。僕は今勝手に同情された挙句、突然慰められた様な気がするんだけど気のせいかな?
「にゃん」
「あぁ、リベルタさん。ここに居たんですか」
ハーマイオニーが来てから三十分程か、彼女の長話に退屈を感じ始めた頃コンパートメントの扉が開きドラコが現れた。どうやら僕の事を探していたらしい、パーティーでも良く引き連れているクラッブとゴイルも一緒だ。
こらこらノーズワイズ、威嚇しちゃダメだよ。
「やぁ、ドラコ。それにクラッブとゴイルも、何か用事かい?」
「いえ、ただ先に挨拶をしておこうかと思って。ホグワーツに着いたらいつ喋れるか分からないじゃないですか」
律儀だね、わざわざ挨拶の為にこんな最後尾の車両まで探しに来るとは。そんなものたまたま会った時にでもすれば良いと思うけれど。
「・・・お邪魔でしたか?」
ちらりとハーマイオニーに目線を向けながらドラコが言う、良くない目だ。
「まさか、丁度退屈していたところだよ。君が来てくれて良かった」
「それは良かった。・・・ところで、彼女は何方ですか?見覚えがないのですが」
僕の退屈という発言に驚いているハーマイオニーを指しているのだろう、ドラコが質問を投げかけてくる。彼からすれば、名家や著名人が集まるパーティーで見た覚えのない人間が僕と一緒にいるのが不思議な様だ、声に少し見下しの色が混ざっている。
「初めまして、私はハーマイオニー・グレンジャー。今年入学する一年生よ」
「僕はマルフォイ、ドラコ・マルフォイだ。しかしグレンジャーなんて名前は聞いたことがないな。君、親の名前は?」
「言っても分からないと思うわ、だって私の両親は魔法族じゃないもの」
ハーマイオニーの言葉を聞いた瞬間、ドラコ達三人の目の色が変わった。先程までは何処かの一族の遠縁だと思っていたのだろう、けれど彼女の発言でマグル生まれだと理解した様だ。
「あぁ、通りで記憶にないはずだ。まさかマグルだとは、どうしてホグワーツに向かう列車に君の様な非魔法族がいるんだい?」
クスクスと、馬鹿にする様に、嘲る様に、蔑む様に、ドラコが言う。勿論取り巻きのクラッブとゴイルもだ。
その三人の態度に自分が、マグルが馬鹿にされていることに気付いたらしいハーマイオニーが強気な態度で口を開く。別の場所でやってくれないかな。
「ホグワーツから手紙が来たからよ、何か問題あるかしら?」
「これだから教養のないマグルは嫌なんだ、ホグワーツ
「あら知らなかったわ、ドラコ・マルフォイ御坊ちゃまがダンブルドアがお認めになった入学を却下出来る権利を持っているなんてね。それに貴方達が来る迄はそのメルリヌス家の魔法使いと楽しくお喋りしてたんですけどね!」
「嘘をつけ!退屈してたって仰ってたじゃないか!」
「貴方に気を遣ってお世辞を言ってくれてたのよ!そんな事もわからないなんて碌な教育も出来ない親御さんみたいね!」
おっと、それはまずい。
ハーマイオニーが親に言及した瞬間、ドラコの顔が一気に赤くなる。純血の人間に親族を馬鹿にする様な発言は禁句だよ、大抵の場合怒り狂うからね。
「・・・父上と母上を馬鹿にするな!!!」
ドラコの怒号と共にクラッブとゴイルが前に出る。あーあ、ホグワーツに着く前から暴力沙汰とはね、マルフォイ夫人が悲しむよ。
ハーマイオニーはここで漸く自分が地雷を踏んだ事に気付いたらしい、助けを求める様に此方に視線をよこす。でもごめんね、魔法界には魔法界のルールがあるんだ。古典的で、僕もあまり好きじゃないけれど。
「口に気をつけろ」
クラッブが拳を振り上げながら口にする。
「この穢れた血め」
ゴイルが蔑んだ様に吐き捨てる。
そして、
「ゴイルツ!!!」
先程まで顔を真っ赤にしていた筈のドラコが、血の気の引いた顔でゴイルを怒鳴りつける。
怒鳴られたゴイルは驚き硬直するが、直ぐに理由に思い至ったのか真っ青な顔で僕を見つめる。
「・・・申し訳ありません、リベルタさん。教育が行き届いていなくて、ゴイルには僕の方からキツく言っておくので・・・」
「あぁ、気にしなくて良いよ。その程度で気を悪くする程狭量なつもりは無いさ」
「ありがとうございます、・・・行くぞ、お前ら」
どうやら今は引くらしい、失言をしたゴイルを蹴り飛ばしながらドラコ達がコンパートメントから出て行く。クラッブとゴイルが出て行ったおかげで漸くノーズワイズも落ち着いてくれた。
「・・・何なのよ、あの嫌な奴ら」
三人が出て行って少し落ち着いたらしい。ハーマイオニーが苛立たし気に口を開く。
「クラッブ家、ゴイル家、そしてマルフォイ家。イギリス魔法界の有力な純血の一族だよ。そこに属する大半の魔法使いはマグル生まれを見下している、君みたいなマグル生まれをね」
「通りで鼻につく訳だわ。・・・それで、何で急に逃げていったの?穢れがどうとか言ってたけど」
「穢れた血。まぁこれもマグル生まれを差別する言葉だね、マグルの両親から産まれた癖に魔法を扱う連中、って言う意味で使われる。・・・ただもう一つ別の意味合いで使われることがあってね」
「別の意味・・・?」
「人外の血が混ざった存在の事だよ。君程の博識者なら知っているだろう?アンブロシウス・メルリヌス、或いはアンブローズ・マーリンの出生を」
「マーリンの・・・、あっ」
王族の娘の処女受胎。場合によっては奇跡と呼ばれる可能性もあったそれは、しかし不吉な物と見做された。見做される理由があった。
「そう、インキュバスの父と人間の母の間に生まれた
だからこそ、禁句。純血の前で親族を馬鹿にしてはいけない様に、メルリヌスの前で穢れた血と口にしてはいけない。これもまた、古典的な魔法界の
どうやら十一時を回ったらしい漸く動きめたホグワーツ特急に揺られながら僕はノーズワイズを撫で続ける。
「とはいえ、穢れた血と言われて怒るメルリヌスはあまりいないけどね」
「そうなの?それにしてはさっきの連中はかなり怯えてたみたいだけど」
「噂が一人歩きしてるだけさ、純血どころか純粋な人間でもないメルリヌスは他所の家とのつながりが薄いからね、パーティーにお呼ばれする事は多いけれど本当の意味で親戚といえる一族は数少ないんだ、だから聖二十八一族といえど我が家の内情は想像するしかない」
「その結果、勝手に恐ろしい噂を流されて、勝手に怯えられてるってわけね」
下らないと言いたげな顔でハーマイオニーが腕を組む。
とはいえ全部が全部ただの噂というわけじゃない。実際にメルリヌスの被害にあった一族もいる。婚約者を奪われたり、気まぐれで地球の裏側に連れていかれたりね?そういう一族にはしっかりとメルリヌスの異常性が伝わっているのだろう、人一倍僕達の名を恐れるんだ。
「ねぇ、君達!僕のヒキガエルリヌスゥッ!!?!??!!!!」
こんな風にね。
「やぁ、ネビル。久しぶりだねお祖母様はご健勝かな?」
「えあうあえあぁぁあ・・・」
「ははは、相変わらず意味がわからないねその謎言語は」
「言語じゃなくて慌ててるだけでしょ・・・、初めまして、私はハーマイオニー・グレンジャー。貴方は?」
「あわわわわわ・・・・・」
「重症ね、これは・・・」
逃げるでもなく、入るでもなく、コンパートメントの扉の前で慌てふためくネビルに、ハーマイオニーが溜息をつく。
しょうがない、いつまでもそこに居られるとと煩わしいからね。
「"プラッカル コルクル"」
ネビルに向けた杖の先から
「ぅえ?・・・やぁ、リベルタ・・・、久しぶり。うん、お祖母ちゃんは元気だよ。君が去年の誕生日に送ってくれた噛みつき入れ歯、あれ凄い気に入ってたよ」
「貴方何したの!?」
魔法の光が消えると同時に、寸前までイカれた庭小人の真似をしていたネビルが落ち着き、流暢に喋り出す。
うん、成功したみたいだね。
「【プラッカル コルクル】、僕が開発したオリジナルでね、鎮静水薬の効果を魔法で再現した物なんだ。鼓動を強制的に抑えて平常心に戻す呪文さ」
「何かとんでもないことしてないかしら・・・・?まぁ良いわ。それで貴方、ネビルって言ったわよね、何かあったの?」
「うん?・・・うん。そうだ、僕のヒキガエルが何処かに行っちゃったんだ。・・・そいつを探してたんだけど・・・、見なかった?」
「・・・ねぇ、その呪文副作用とか無いわよね。平常心というか気を失いそうなんだけれど」
「んー、少し加減を間違えたかな?でも生きてるなら大丈夫さ、この呪文の唯一の欠点は失敗したら心臓の鼓動が止まって死ぬってところだからね、今動いてるなら問題ないよ」
「問題大有りじゃない!!大丈夫ネビル!?」
「うん・・・、大丈夫だよトレバー・・・」
「誰よトレバーって!?」
ハーマイオニーがネビルに肩を貸し、コンパートメントから出て行く。どうやらヒキガエルの捜索を手伝う様だ、優しいねレイブンクローじゃなくてハッフルパフだったかな?
しかし、これで漸く静かになった。危険物の持ち込みが禁止されているせいで少し手持ち無沙汰ではあるけれど、流れ去って行く牧場を眺めながらノーズワイズを愛でる。こういう時間も偶には良いだろう。
「やぁ、リベルタ。今そこで死に掛けている新入生とすれ違ったんだけど何か知らないかい?」
「君達も同じ目に合わせてあげようか」
「何故!?」
「うーん、またマーリンだ。・・・いるかい?リベルタ」
「要らないよ、見飽きてるからね。暖炉の燃料にでもすると良い、よく燃えるよ」
蛙チョコを食べながら、ジョニーが差し出すそれを避ける様に車窓へと視線を移す。
キングスクロス駅を出発して七時間程だろうか、日が沈み始めた頃漸く我らがホグワーツがその姿を見せる。
此処までくればもう直ぐだ、十分も経たないうちにホグズミード駅に到着したホグワーツ特急から、コンパートメントに居座り続けたセドリックとジョニーの二人を連れ立ってプラットホームへと降り立つ。
「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」
遠くで嫌に大きな声が響き、やけに大きな図体が見える。凄いね、数百人の生徒がいる中でこれだけ目立つなんて。一年生を一箇所に集めるという点で言えば、あの巨体と声はさぞ役に立つだろう。
ハグリッドが一年生を引き連れ湖の方へ向かって行くのを見届け、僕達三人は生徒の波に流される様にしてホグワーツへと続く馬車道に出た。
「ふぅん?馬がいないね、自走する馬車なのかな?」
「いや、見えないだけだよ。実際はセストラルっていう馬みたいな魔法生物が引いているんだ」
「へー、見えない魔法生物なんているんだ。俺はてっきり特別な魔法道具だと思ってたよ」
セストラル、確か死を直接目撃した人間にしか見えないんだったかな。
確かに、周りの声に耳を傾ければ馬車に繋がれた存在が見えるらしい驚きの声が聞こえてくる。死を目撃する、ね。面白い生物だ。
「さ、後ろがつっかえている。早く乗り込もう」
セドリックに急かされ、馬車に乗り込む。車内はしっかりとした作りで座席のクッションも、まぁ悪くはない。しかし如何せん道が悪い。碌に舗装もされていない道がガタゴトと馬車を不快に揺らす。セストラルが引く馬車は、黴と藁の匂いを漂わせながら荘厳な鋳鉄の門を潜り抜け、確実にホグワーツ城へと向かって行く。
やはり素晴らしいね、此処は。前年度も時間の許す限り探索し、調べ尽くしたつもりではあったけれど、着いて数分で既に知らないものが溢れている。・・・本当に、ワクワクするよ。
「どうしたんだい、リベルタ。やけに楽しそうじゃないか」
「いやなに、今年はどんな事をしでかしてやろうかと思ってね。やりたい事で溢れて仕方ない、楽しみだね全く」
「・・・それ、俺達にとっては全く楽しみじゃ無いんだけど・・・・・。今年も寮杯は無理そうだ」
ジョニーの戯言を聞き流し、馬車から身を乗り出して我らが学舎を見上げる。
ただいま、ホグワーツ。
ハーマイオニー
「そういえば、さっきメルリヌスにあったわ」
ロン
「メルリヌス!?あの人を食べるっていう!?」
ハリー
「グリンゴッツであったけどそんな人には見えなかったよ」
ハグリッド
「喰うぞ」