「ノーズワイズや、うちの子にならんか?」
リベルタ
「アバダケダブラ!!」
「スリザリンッ!!」
汚らしい帽子の叫びを合図に、隣のテーブルから拍手が鳴り響く。
幾千の星が煌めく偽りの夜空と宙を漂う数千の蝋燭、その光が降り注ぐ長テーブルには金の皿やゴブレットが並び、数十のゴーストがその間を飛び回る。
魔法という言葉を体現したかのような大広間に数百人のホグワーツ生が集まり、新しい寮の仲間を歓迎するべく組分け帽子の言葉に耳を傾けている。
「グリフィンドールッ!!」
ハッフルパフとは真反対にある長テーブルから、これ以上ない程の喝采が響く。どの寮でも拍手喝采は起こるものだけど、やはり目立ちたがり屋が集まるグリフィンドールのそれは一際大きい。グリフィンドールとハッフルパフのテーブルが離れていて本当に良かったよ。
黄土色の髪をした少年、確かシェーマスと言ったかな。が安堵した様な表情で組分け帽子を椅子に置き、グリフィンドールの席へと向かう。
しかし時間に厳しいマクゴナガル先生はその着席を待つ事なく、次の生徒の名を高々に宣言する。
おや、見覚えのある顔だ。
「グレンジャー・ハーマイオニー!!」
栗色のフサフサとした髪に、特徴的な前歯。というか名前が同じなのだから間違えようがない、先程ホグワーツ特急でドラコと怒鳴り合いをしていた、早口で、思い込みの激しい、マグル生まれの少女、ハーマイオニー・グレンジャーだ。
僕の予想ではほぼほぼレイブンクローだけれど、はてさてどうなるか・・・。
「グリフィンドールッ!!」
またもやグリフィンドールのテーブルから喝采が起こる。
「・・・相変わらず基準がわからないね、一度どうにかして調べるしか無さそうだ。・・・校長室の警備が強化されてないと良いけど」
「当然の様に校長室への侵入を企てるのはやめてくれ」
「・・・あぁ今年はどれだけ減点されるんだろうか、・・・さようなら寮杯・・・」
まるでドラコにおけるクラッブとゴイルの様に僕の両隣に座っているセドリックとジョニーが、何やらぼやいている。僕が余計な事をしない様に見張っているのだろうけど、こんな人目がある場所で問題を起こす訳ないじゃ無いか。
その後も例年通り、滞りなく組分けは進んでいく。流石はマルフォイというべきか、ドラコの組分けは早かったね、最早本当に被ったのか疑わしいよ。
「ポッター・ハリー!!」
おっと、今回の組み分けの主役が登場した様だ。手入れのされていないボサボサの髪と壊れかけの眼鏡、それに加えて不健康なまでに痩せ細ったその体。一月前に見た時とそっくりそのままだ、彼には人前に出る時くらい身嗜みを整えるという思考は無いのだろうか。
ハリー・ポッターの名前に静まり返る大広間、そこにいる千人近い生徒達の視線に晒されるのが耐え難かったのか、その視線から逃れる様にハリーは組み分け帽子を目深にかぶる。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえてくる。それ程までに静まり切った時間が一分、二分進み、そろそろウィーズリーの双子が騒ぎ出すのではないかと思い始めた頃、漸く組み分け帽子が声を張り上げた。
「グリフィンドールッ!!!」
耳を聾する程の拍手喝采が大広間を揺るがす。しかしそれだけでは足りないのか先程までは無かった筈の歓声や口笛、果ては食器を叩く音までもがグリフィンドールから発せられる。行儀が悪いね、全く。
「流石にポッターは取れなかったかぁ・・・、去年はメルリヌスを取れたし、もしかしたらと思ったんだけどなぁ」
「まぁ良いじゃ無いか、そのメルリヌスもとんでもない問題児だったんだ。もう有名人はこりごりだよ」
「失礼だね、君達は」
問題児という自覚はあるけれど、それを本人の前で言うのは如何なのだろうか?
僕の疑問などつゆ知らず、ハリーが明るい表情でグリフィンドールのテーブルへ向かう。それを眺めるグリフィンドールを除く寮からは明らかな失望の色が伝わってくる。如何やら僕が思っている以上に、ホグワーツにはハリー・ポッターのファンが多いらしい。
新入生の名簿であろう巻き紙と、役目を終えた組み分け帽子をマクゴナガル先生が片付けるのを待ち、ダンブルドア先生が席を立つ。
「入学おめでとう!新入生諸君!歓迎会を始める前に二言、三言、言わせて頂きたい!・・・そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!・・・以上ッ!」
ダンブルドア先生が席につくのと同時に大広間中から歓声が上がり拍手喝采が降り注ぐ。この学校にまともな人間は居ないのだろうか?今の発言のどこに拍手する要素があったのか、何よりどうしてあんなに自慢気な顔ができるのか、さっぱり分からないよ。
「俺から言わせれば、君もダンブルドアも似た様な物だけどね。寧ろ変人度合いで言うなら君の方が上じゃないかな?」
「確かに変わってはいるけど・・・、偉大な先生だと思うよ。うん」
「偉大というのは・・・、まぁ認めるけども。少なくとも歓声が上がる発言では無かったろうに」
それと、今の発言は聞かなかったことにしておくよ、ジョニー。
頭のおかしな校長とそれに歓声を上げる、これまたおかしなホグワーツ生に疑問を抱きながらも、いつの間にかテーブルの上に現れていた食事に手を付ける。うん、美味しいね。ヴィンターの作った物にも劣らない、素晴らしい料理だ。
一同が平和に食事を進める、ある場所では在校生が新入生に話しかけ、また別の場所ではハリーの噂が飛び交い、その横で僕の悪戯を防ぐ算段を立てている。本当に失礼だね、ウィーズリーの双子と一緒にしないでもらいたい、僕のは悪戯ではなく実験なのだから。
しかし、そんなパーティーも次第に落ち着き始める。デザートの残りも少なくなり、新入生達もそれぞれの寮に馴染み始めた頃、ダンブルドア先生が再び席を立ち、えへん。と注目を集める様に一つ咳払いをする。
「皆、よく食べよく飲んだ事じゃろうからまた二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
先程までの喧騒が嘘の様に静まり返る大広間を、ダンブルドア先生が見渡す。
「一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいかん。これは上級生にも、特に何人かの生徒にも注意しておく」
一度話を区切り、そのキラキラとした目をウィーズリーの双子に向ける。のみでは終わらずに、そのまま視線を横に、ハッフルパフのテーブルにまで滑らせてくる。
「なんかこっちを、というか君を見てる気がするんだけれど」
「気のせいだろう、君くらいの年頃は自意識過剰になる物だからね」
やけに長い沈黙の後、漸くダンブルドア先生が口を開く。
「次に、管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わない様に、との注意があった。気をつける様に」
再びダンブルドア先生が口を閉じ、再びハッフルパフへと視線を向ける。ふぅん、まるで特定の誰かに向けて喋っているかのようだね。
「・・・やっぱり見てるって!君の事を穴が開くほど見てるって!!」
「気のせいだよ、目の錯覚でそう見えているだけさ」
最早その異常なまでにキラキラした目を僕から逸らす気はないのだろう、視線を固定したまま喋り始める。
「最後に、今年いっぱい四階右側の廊下に入ってはならん、とても痛い死に方をしたく無い者はの」
その言葉を最後に、睨みつけているのでは無いかと疑う程の視線が止む。どうやら漸く話が終わったらしい。
しかし、何故四階右側の廊下に入ってはいけないのだろうか。少なくとも前年度調べた時は、特に何も無かった筈なんだけれど。
「ふぅん。痛い死に方をしたくなければ、とは穏やかじゃ無いね。こういう事は前にもあったのかい?少なくとも去年は無かった気がするけれど」
「一昨年は一度あったよ。どうやったのかは知らないけど、誰かがホグワーツにビリーウィグを持ち込んでね。それが大繁殖しちゃったんだ」
「あれは酷かったね。七階が丸ごと立ち入り禁止になったんだ、おかげで何度遅刻したことか。・・・でもおかしいな、そういう時は普通説明してくれる筈なんだけど・・・」
ふぅん。どうやら四階右側の何処かに、生徒には説明できない問題が起きているらしい。それだけ説明して立ち入り禁止とは・・・、これが所謂『フリ』というやつなのだろうか。
早速、用意した物が役に立ちそうだ。
「また悪い顔をしてる・・・。やめてくれよ?後輩が悲惨な死を遂げたなんて聞きたく無いからね?」
「あぁ何でリベルタと一つしか年が違わないのだろうか。七年間で寮杯を一度も貰えないなんて・・・、将来就職に響かないと良いけど・・・」
「大丈夫だよ、上手くやるとも」
「・・・そもそもやらないでほしいんだけどなぁ」
セドリックのボヤキを聞き流し、今夜の行動に思考を巡らせる。初日だからといって見回りの計画が緩い事は無いだろうけど、先生方の気持ち的にはそこまで警戒していない筈。
先ずはピーブズを探さなくては。
「では、寝る前に校歌を歌うとしよう!」
ダンブルドア先生が声を張り上げ、杖を振るう。するとその切先から黄金の光が溢れ出し、宙に文字を編み校歌を綴る。
・・・ダンブルドア先生を除く先生方の顔が歪む、きっと僕も似た様な顔をしているのだろう。しかし、この聞くに耐えない騒音さえ我慢すれば入学パーティーは幕を閉じ、皆それぞれの寮へと向かい床に着く。そこまでいけば、漸く行動を開始できる。
ちなみに、セドリックはとても音痴だ。
闇に呑まれた廊下の先から
「クソッ!?初日の夜からどうなってるんだ!ピーブスか!?それとも生徒か!!?」
浅ましい顔つきをしたフィルチが耳障りな音に顔を顰め、悪態を吐きながらミセス・ノリスを追いかける。
「・・・大丈夫だったかい?ノーズワイズ。・・・しかし思った通り、正常に動作はしないけれど稼働させるだけならホグワーツ内でも大丈夫みたいだね」
僕は不快そうな顔をしたノーズワイズを宥めながらピーブスに持たせたマグル製のカセットプレイヤーに思考を回す。
カセットプレイヤーの構造はそう難しくは無い、磁気記録されたカセットテープをモーターによって巻き取り、接触した内部の部品で読み取り音を出す。
先程の音からして、一定の速度を保ってはいないがモーターは動いていた、だけどそれはとても音楽と言える物では無い、であれば。
「磁気の読み取りがめちゃくちゃになり、モーターの回転数にも誤差が生じた。つまり魔法という現象自体が磁力を帯びている、或いは磁場を発生させている。ってところかな?」
「にゃん」
「うん、そんなに外れてはいなさそうだね。後は魔法の種類と魔法力が関係するかどうかだけど・・・、流石に今は無理か」
ホグワーツ程では無いけれど、強力な魔法使いが保護を施したメルリヌス家ではカセットプレイヤーは正常に動いた、という事は魔法力の強弱では無く使った魔法の種類が関係していそうだけど・・・、違う違う。考察は後だ、流石に初日から罰則で時間を奪われるのは面倒だからね、今は目の前の事に集中しよう。
先導するノーズワイズを追いかける。ここはホグワーツ城四階にある3C教室、つまり闇の魔術に対する防衛術の教室近くだ。
入学パーティーの閉幕後、ハッフルパフの談話室に戻った僕は他の生徒に怪しまれないように早めにベッドに入り、皆が就寝するのを待った。
セドリックを筆頭とする幾人かの生徒は僕の脱走を阻止するべく、男子寮と談話室の出入り口で交代で見張りを立てていたが、どうやら僕の方が一枚上手だったようだ。そんな事もあろうかと用意していた、僕手製の睡眠ガスで全員夢の中に送り出してあげた。
「にゃあ」
「ふぅん、そこか」
妖精の魔法教室を過ぎた先にある扉の前でノーズワイズが振り向き僕を呼ぶ。どうやらこの先が禁じられた廊下のようだ。・・・しかし禁止される理由が分からない、この先には地下の物置へ繋がる仕掛け扉しか無かったような気がするけれど。
まぁ開ければ分かるか。
「にゃ」
「わかってるよ、ノーズワイズ。・・・"レベリオ"・・・。異常なし、秘密発見機も・・・、反応は無いね」
暴露呪文と隠し事を暴く魔法道具を扉に試すも、異常は見つからない。熟練の魔法使いであれば感覚で魔法の痕跡を察知するらしいけど、たかだか十二年と数ヶ月しか生きていない若輩の身では、こういう物に頼らざるを得ないんだ。
「鍵は・・・、流石に掛かってるか。"アロホモラ"・・・」
うん。問題なく解錠出来た、本当に普通の扉だったらしい。侵入を禁止するのであれば、魔法による保護を掛けるべきだと、僕は思うけれど。
ローブに施した防護呪文に綻びが無いか確認し、一度辺りを見回す。・・・周囲には僕とノーズワイズ以外の気配は無い、思ったよりピーブズが頑張ってくれてるらしい。・・・これなら問題ないだろう。
「さぁ、行こうか」
「にゃ!」
万全の態勢を整え、意を決して扉を開け放つ。
「ふぅん」
そして、そっと扉を閉める。
「あれは・・・、ケルベロスかな?何故校内に?」
僕の見間違いでなければ、開け放った扉の先に見上げる程の体躯を誇る三つの首の番犬がいた。前に図鑑で見たものとは少し種類が違うようだが、他に三つの首を持つ犬なんて聞いたことがない。
「もう一回確認した方が良いだろうか・・・」
「にゃあ」
「うん。・・・ここまで来たんだ、せめて犬種くらいは確認しときたいものね」
「にゃ」
もう一度、ドアノブに手を掛ける。今度は先程とは違いゆっくりと、そして優しく。仮称ケルベロスを刺激しないよう、静かに扉を開ける。
光を呑み込む黒い体毛、腐臭が漂う黄色い歯。そして此方を睨みつける血走った
スンスン、と鼻をひくつかせるそれを刺激しないよう、再びそっと扉を閉める。
「ふぅ・・・、ピットブルか」
「惜しい。スタッフォードシャー・ブル・テリアじゃよ、リベルタ」
・・・・どうやら、僕の考えはお見通しだった様だ。振り返れば、そこにはノーズワイズを抱きかかえた、今世紀最も偉大な魔法使いが立っている。
こら、喉を鳴らして甘えるんじゃ無い。
「それで、突破出来そうかな?」
「・・・はてさて、僕は魔法動物の専門家では無いもので、今この場で挑戦するのは避けたいですね」
「そうかそうか!それは重畳、折角の番犬がそう簡単に手懐けられては困るからのう!君がそう言うのであれば当分は大丈夫そうじゃ!」
何が面白いのか、ダンブルドア先生はニコニコと笑みを浮かべながら言う。
・・・ふぅん、あのケルベロスは番犬で合っていたらしい。そもそもホグワーツでケルベロスを飼うのであれば、禁じられた森にでも放しておけば良いのだ、それをわざわざ校内に配置しているという事はやはり、何かを守らせていると見るのが自然だろう。
問題は、その
「・・・ところで、ダンブルドア先生はここで何を?まさか僕に答えを教えに来てくれたわけでは無いでしょう?」
「何、ただの散歩じゃよ。パーティーの興奮が冷めやらぬものでのう?・・・安心しなさい、答え合わせなどというつまらん事をする気はない。・・・わしの様な老耄に若者の楽しみを奪う権利はないからのう」
・・・あれだけ近付くなと言っておいて、危険だと語っておいて、僕に対してはまるで推奨するかの様な言動を取る。・・・何を企んでいるのだろうか、一生徒如きでは何も出来まい、という自信か。・・・或いは僕に何かをやらせようとしているのか。
ふぅん、どうしたものかな。
「しかし、今日はここまでじゃ。もう寮に戻って寝なさい。ピーブズを使うのは良い考えじゃったが、新学期初日にやるのは不味かった。先生方はカンカンじゃぞ?」
「・・・確かに、それは未知の魔法生物と戦うよりよっぽど恐ろしい」
他の先生方は兎も角、マクゴナガル先生は怒ると怖いからね、今日は犬種が判明した喜びに浸って眠るとしよう。
「それではダンブルドア先生、おやすみなさい」
「あぁおやすみ、リベルタ」
一先ず今日は引こうか。どうせただの下調べだ、僕も別に初見でホグワーツの謎を解明できるとは思っていないとも。
取り敢えずは、ケルベロスの生態を調べるところからかな。
「リベルタ・メルリヌスツ!」
「はい、マクゴナガル先生」
翌日、新学期最初の授業である変身術を学んでいる最中、我慢の限界と言わんばかりの様相でマクゴナガル先生が僕の名を叫ぶ。
勘弁してほしいね、今回に関しては僕の落ち度じゃないだろうに。
「何故ッ!ハッフルパフの男子生徒が貴方一人なのですか!?」
「さぁ?寝坊じゃないでしょうか、僕が寮を出た時にはまだ寝てたので」
最早怒りを通り越し、頭を抱えてしまったマクゴナガル先生は、しかし次第に落ち着きを取り戻した様で静かに何かを計算し出す。
「・・・ふぅッ!新学期初日に大量遅刻!これは前代未聞です!よって、罰として遅刻した生徒一人当たり三点、計四十八点減点しますッ!!」
同寮の女子生徒から絶望のうめきが漏れ出る、まぁ当然だろう。中々ないだろうからね、新学期最初の授業で五十点近くも減点される寮なんて。
けれど絶望するのはまだ早い。問題は、おそらく全ての授業においても同じやりとりがされていることだ。
僕を除いたハッフルパフの男子生徒百二十八名、全員が未だ寮で眠っている。一人当たり三点としても、計三百八十四点。彼女達がこの事実を知るのはもう少し後だろう。
昨夜、よほど夜更かしでもしていたのだろうか、二日目にして寝坊とはね。全く、信じられん馬鹿どもだよ。
これが理由で、少しの間ハップルパフの男女間に亀裂が走ったとか。