【ちんじゃえ!の黙示録】
第一章:異界からの脅威、あるいは綿飴
その日、平穏だけが取り柄の大学生、カズマの六畳一間のアパートに、世界の終わりがやってきた。正確に言うなら、世界の終わりを自称する「何か」が、ベランダの隙間から滑り込んできたのだ。
「フハハハ! 震えよ、ひれ伏せ、矮小なる人間どもめ! 我こそは暗黒魔界の覇王、ヴォルデガルド・フォン・ディストピア! この世界のすべてを絶望の底に突き落とす者なり!」
凄まじい大音量を期待したのだろうが、実際にカズマの耳に届いたのは、まるでゴムのおもちゃを握りつぶしたときのような、きゅーきゅーとした愛らしい声だった。
カズマは床の上、ちょうどお気に入りの座布団の真ん中にいる声の主を探した。
体長は三十センチメートルほど。真っ白で、どこからどう見ても高級な洋菓子か、あるいはよく手入れされたポメラニアンのようだった。丸い頭部からは丸い耳が二つ生え、つぶらな瞳は夜空の星のように輝いている。
「……毛玉?」
カズマが呟くと、その白い毛玉は激昂した。顔を真っ赤にして、短い足をばたつかせる。
「毛玉ではない! 覇王だ! 貴様、我が一撃をもって魂を冥府へと送ってくれよう!」
白い毛玉――ヴォルデガルドは、短い両手を天に掲げた。周囲に微弱な静電気程度の紫色の火花が散る。カズマは半ば呆然としながら暗黒魔界の覇王が放つ、世界を滅ぼす禁忌の呪文を待った。
ヴォルデガルドは息を深く吸い込み、限界まで目を見開いて叫んだ。
「ちんじゃえーーー!!!」
静寂が部屋を支配した。何も起きない。壁が崩れることもなければ、雷が落ちることもない。
「……え?」
カズマが聞き返すと、ヴォルデガルドはふんぞり返り、満足げに腕を組んだ。
「フッ、どうだ。我が呪いの言葉の重みに、声も出んようだな」
「いや……今、なんて言った?」
「だから、『ちんじゃえ!』だ! 我が覇王の一族に伝わる、最恐最悪の即死呪文『神邪壊(しんじゃえ)』! これを浴びた者は例外なく肉体を塵と化すのだ!」
カズマはすべての事情を察した。この自称覇王は、深刻な舌足らずだった。本来なら「死んじゃえ!」と格好良く決めるはずだったのだろうが、壊滅的な滑舌のせいで、幼児が甘えているようにしか聞こえなくなっていた。
「なるほどね……『ちんじゃえ』か。うん、可愛い」
「な、何だと!?」
これが、カズマと、最凶の毛玉・ヴォルデガルド――通称「ボルちゃん」との、奇妙な同居生活の始まりだった。
第二章:覇王、現代社会を学ぶ
ボルちゃんが居座るようになってから一週間、毎日のように世界征服の計画を練り、カズマに「ちんじゃえ!」と呪いをかけ続けた。もちろん、カズマの体調には何の変化もない。むしろ、毎日ボルちゃんのふわふわな毛並みを撫で回しているおかげで日頃のストレスが綺麗に解消されていた。
「おい, カズマ。この『てれび』という魔導具に映っている男は一体何者だ。なぜこれほど多くの人間に崇められている?」
ボルちゃんが画面を指差した。映っていたのは、お笑い芸人がバラエティ番組で爆笑をかっさらっている姿だった。
「ああ、それは芸人だよ。面白いことを言って、みんなを笑わせるのが仕事んだ」
「ふむ……笑い、とな。恐怖による支配は反発を生むが、快楽による支配は従属を生む。この男、侮れん」
ボルちゃんの解釈は常に無駄に大袈裟で、そして絶妙にズレていた。
「それよりボルちゃん、今日の晩ご飯、チンジャオロースだよ」
「……ちんじゃお?」
ボルちゃんが目を見開いた。
「ピーマンと肉を細切りにして炒めた、中華の王道メニューだ」
「な、何だと!? 『チンジャオ』……だと!? 貴様、それは我が究極奥義『ちんじゃえ』の派生魔術か!?」
「いや、ただの料理だけど」
「欺かれるものか! その『ちんじゃお』とやらを我が直々に検分してやろう!」
フライパンからオイスターソースの香ばしい匂いが広がると、ボルちゃんの鼻がひくひくと動いた。お皿に盛られたチンジャオロースを差し出すと、ボルちゃんは恐る恐る一口食べた。
「……ッ!!」
ボルちゃんは衝撃のあまり硬直した。
「濃厚な旨味が口内で爆発し、シャキシャキとした野菜が絶妙なアクセントを加えている……! なんという破壊力だ! これぞまさに暗黒の毒薬! カズマ、貴様、これほどの兵器を隠し持っていたとはな!」
「気に入ったなら良かったよ」
「ふ、ふん、敵の兵器を分析するために摂取しているだけだ。決して、美味いからではないぞ!」
そう言いながら、ボルちゃんは小さな口をリスのようにパンパンにして、猛烈な勢いで平らげていった。その姿は、どう見てもただの食いしん坊なペットだった。
第三章:ちんじゃえ!の奇跡
ある日の午後、カズマはボルちゃんを猫用のキャリーバッグに入れ、近所の公園へ散歩に出かけた。
公園に到着すると、ボルちゃんはバッグから顔を出し、物珍しそうに緑の木々や走り回る子供たちを見回していた。
しかし、その平和は唐突に破られた。
公園の入り口付近で、突然大きな咆哮が響いた。大型の野良犬が、ゴミ捨て場を荒らして興奮し、周囲の人間を威嚇していたのだ。その犬は非常に大きく、今にも近くにいる幼い女の子に飛びかかりそうな気配だった。女の子は恐怖のあまり泣き叫び、周囲の大人たちも近づけずにいた。
「大変だ……!」
カズマが駆けだそうとしたその時、バッグの中から鋭い声が響いた。
「待て、カズマ。あ奴から放たれる瘴気、ただの獣ではない。あれは我が魔界の狂犬『ガルム』の血を引く魔獣だ。我が領土(アパート)の住人である貴様や、この弱き人間どもが傷つけられるのを見過ごすなど、覇王の名が廃るわ!」
ボルちゃんはキャリーバッグのジッパーを自らこじ開け、地面へと飛び降りた。そして、猛然と吼える巨大な野良犬の前に立ちはだかった。
体長三十センチの白い毛玉と、体長一メートルを超える凶暴な野良犬。周囲の人間からは「危ない!」と悲鳴が上がった。
野良犬は牙を剥き出しにし、一噛みで噛み殺そうと身構える。
しかし、ボルちゃんは一歩も引かなかった。短い後ろ足で大地を踏み締め、小さな胸を大きく膨らませた。彼の周囲に、これまで見たこともないような、濃密な紫色のオーラが立ち上る。
ボルちゃんは天を仰ぎ、全魔力をその小さな喉に集約させた。
「我が前に立ち塞がる愚者よ! 奈落の底で、永遠に悔いるが良い!!」
ボルちゃんは叫んだ。
「ちんじゃえーーーーーー!!!!!」
その瞬間、ボルちゃんから放たれた紫色の魔力は、空中でなぜか弾け、無数のキラキラとした美しい光の粒子へと変化した。
光の粒子は優しく、暖かく、興奮していた野良犬の身体を包み込んだ。
「グルルル……ワン?」
野良犬の目から凶暴性がすうっと消え、犬はきょとんとした表情を浮かべてその場に座り込んだ。そして、自分の目の前にいる白い毛玉に向かって尻尾を振り始めたのだ。
それだけではない。ボルちゃんの「ちんじゃえ!」の愛らしすぎる響きに、恐怖に震えていた女の子も大人たちも、全員が我を忘れて笑顔になっていた。
「ちんじゃえ、だって! 尊すぎるんだけど!」
一瞬にして「超弩級の癒やし空間」へと変貌した公園で、人々がボルちゃんの周りに集まってくる。次々と押し寄せる人間に囲まれ、ボルちゃんは揉みくちゃにされた。
「な、何をする! 触るな! 我を撫でるな! 顎の下は弱点……あふぅ、そこは気持ち良い……ではない! 我は覇王なのだぞ……!」
遠くからその様子を見ていたカズマは、苦笑しながらボルちゃんを救い出すために歩き出した。
第四章:覇王、SNSを震撼させる
あの一件以来、ボルちゃんの破壊力はネットを通じて世界へ広がった。
公園にいた誰かが撮影した、ボルちゃんが「ちんじゃえーーー!」と叫んでいる動画がSNSに投稿されたのだ。動画のタイトルは【世界一可愛い威嚇。即死呪文『ちんじゃえ』を放つ謎の白い毛玉】。
その動画は瞬く間に拡散され、わずか数日で数百万回再生を記録する大バズを引き起こした。
「可愛すぎて寿命が縮んだ」「ちんじゃえ!って言われながら全財産を貢ぎたい」といったコメントが殺到し、ボルちゃんは一躍、時の毛玉となった。
当のボルちゃんはというと、カズマのベッドの上でノートパソコンを器用に操作しながら、自分の動画のコメント欄を読んでいた。
「ふむ……計画通りだな」
「ボルちゃん、どこが計画通りなのさ。完全にネットのおもちゃになってるよ」
「愚か者め、これこそが我が真の狙いよ。この世界の人間どもは、恐怖ではなく『癒やし』によって容易に支配される。ならば、我が『ちんじゃえ』の呪いをもって人間どもの精神を骨抜きにし、我が忠実なる奴隷にしてくれるわ!」
「なるほど。つまり、みんなに可愛いって言われて嬉しいってことね」
「貴様ッ! なぜ我が崇高な精神をそのように俗っぽく翻訳するのだ! あ、カズマ、そこのちんじゃおろーすの残りを温めてくれ」
「はいはい」
ボルちゃんは完全に、この世界での「覇王としての生き方」を見出していた。彼の言う「世界征服」は、人類をその圧倒的な愛らしさで屈服させることへとシフトしていた。
第五章:ちんじゃえ!の黙示録
それから数ヶ月が経ち、ボルちゃんの存在は社会現象にまで発展した。テレビ番組からの出演オファーが相次ぎ、公式グッズが発売されれば瞬く間に完売した。ボルちゃんが気まぐれに「ちんじゃえ!」と呟くだけで、大人たちが涙を流して喜ぶという、ある意味では本当にボルちゃんが望んだ通りの「狂信的な世界」が完成しつつあった。
しかし、そんなある日、ベランダの窓が激しく叩かれ、真っ黒な霧が部屋の中に滑り込んできた。霧の中から現れたのは、ボルちゃんと同じような形をしていながら、全身が漆黒の毛で覆われ、鋭い角が生えた別の毛玉だった。
「見つけたぞ、ヴォルデガルド! 魔界を裏切り、人間界でぬくぬくと甘やかされている腑抜けめ!」
黒い毛玉――名をゾルディオスという魔界の将軍は、激しい声を上げた。
「魔王様がお怒りだ! 貴様がやらぬと言うのなら、この俺が今すぐこの世界を滅ぼしてやる!」
ゾルディオスが吠えると、彼の周囲に強力な黒い雷が走り始めた。
「やめろ、ゾルディオス! 軽率に手を出すな!」
ボルちゃんが叫ぶが、ゾルディオスは巨大な闇の魔力球を作り出し、カズマに向けて放とうとした。
「危ない!」
カズマが身構えたその瞬間、ボルちゃんが前に飛び出した。
「我が領土の奴隷(カズマ)に手を出すことは許さん! ゾルディオス、我が真の『ちんじゃえ』の重みを知るが良い!」
ボルちゃんは、かつてないほどの魔力を解放した。彼の白い毛並みが神々しい光を放ち、部屋全体が眩い純白の光に包まれる。二つの毛玉の魔力が激突しようとしたその時、ボルちゃんは全生命力を込めて叫んだ。
「ちんじゃえーーーーーーーーー!!!!!!!」
その声が響き渡った瞬間、ゾルディオスが放った凶悪な闇の魔力球は、一瞬にしてピンク色の巨大な「綿飴」へと変化し、ぽふんと床に落ちた。
さらに、ボルちゃんの声に含まれていた圧倒的な「純真無垢な愛らしさ」のエネルギーが、ゾルディオスの全身を包み込んだ。
「ぐわあああ! 身体の芯から力が抜けていく……! 怒りや憎しみが消えて、なんだか無性に誰かに優しくしたくなってしまう……!」
ゾルディオスの鋭かった角がみるみるうちに丸くなり、漆黒だった毛並みは優しいグレーへと変化した。目つきもトロンとした愛らしいものに変わっていく。
「あ、あれ……? 俺は一体、何をしようとしていたんだ……? きゅ〜ん」
ゾルディオスは、その場にへたり込み、小さく鳴いた。完全に牙を抜かれ、ただの可愛いグレーの毛玉になってしまったのだ。
「フッ、勝負はついたな、ゾルディオス。これが、我が人間界で得た新たな力……『癒やしの黙示録(ちんじゃえ)』だ」
カズマは床に落ちた綿飴を一口齧りながら言った。
「うん、やっぱりボルちゃんの滑舌のおかげで世界が救われたね」
「滑舌言うな!!」
その後、改心されたゾルディオスもまた、カズマのアパートに居座ることになった。名前は「ゾルちゃん」となり、二人で毎日カズマの作るチンジャオロースを取り合っている。
世界は今、二匹の超絶可愛い毛玉によって、着実に「支配」されつつあった。彼らが気まぐれに放つ「ちんじゃえ!」という呪いの言葉を聞くたびに、人類は今日も幸せな笑顔を浮かべ、彼らに極上のペットフードを捧げ続けるのだった。
(おわり)
まんまGoogleAIモードによる作品ですが、カズマの名字だけは消させてもらいました。
スティールしそうな名字だったので。
トップクラスに多い名字とはいえ、さすがにね。