ニチアサ魔法少女モノに転生したら性癖終わってる奴らしかいない件 作:レイ
「あー……明日から学校かぁ」
ぼんやりと街中を歩きながら、俺は憂鬱極まりないとばかりに力なく呟きその瞳をどんよりと曇らせていた―――今日は夏休み最終日。体力作りと始めた日向さんとのトレーニングも約3週間ほど毎日欠かさず続けた結果、今ではたった3分で根を上げた初回と比べてペースはゆっくりだが頑張れば10分以上は走れるようになり、よわよわな身としては十分な成長と言えるであろう。だが、明日からは学校が始まり流石に夏休み中のように2人で……というわけにはいかない。これからは彼女抜きで一人でもしっかりと体力を付けていかなければ……そして、俺は先ほどのトレーニング終わりに日向さんに深々と頭を下げ。
『日向さん!私のトレーニングに付き合ってくださりありがとうございました……!』
そう、心の底からの感謝の言葉を伝えたのだった……先日の幹部ブレイクとの一件でも俺は彼女に命を救われてるし、本当に返しきれないほどの恩が溜まっている。そんな経緯もあってか俺の態度は何とも堅苦しいものになってしまったけれど、対照的に日向さんは柔らかな笑顔で。
『お礼なんていいんだよ!私、愛音ちゃんの力になれてすっごく嬉しいな!』
なんて、元気に返してくれて……ああ、本当にこの人はどこまで優しい人なのだろう。俺は胸がじーんと熱くなった、最もその後日向さんが『こうして愛音ちゃんとの距離も近づける事が出来たんだから文句なんて出るわけないよぉ♡それに今まではヨワニーしか知らなかったけど、好きな人を想いながらするオ〇ニー……スキニー(???)がこんなに気持ちいいだなんてね。えへへ……♡』と、小声で何かを言っていたように聞こえたのだがまあ俺の気のせいだろう。それとその瞬間、彼女の両目にハートマークが宿っているように見えたのもきっと錯覚に違いない。暑さって怖いね。
そして日向さんと別れて一人になった途端、明日から2学期だという現実が容赦なく頭に襲い掛かってきて俺は一気に気分を落とし……今に至るというわけだ。
「……今までを考えれば学校へ行けるのは嬉しい事なんだけど、正直喜び以上に苦労が多くて大変なんだよね……」
ロクに人と接する事すら叶わなかった前世から、セカンドチャンスを与えられた身で文句を言うのは贅沢だと思われてしまうかもしれないが……本当に大変なのだ。教室内で常に、それこそ授業中であろうと360度全方位から向けられる熱視線に耐え続けなければいけなかったり……問題はこれ以外にもあるのだが、全てを挙げるとキリがないし何より俺の心が持たないからどうか勘弁してほしい。
「明日起きたら謎の8月32日へ突入しててくれないかな……ハァ……」
現実逃避の感情で意味のない妄言を俯きながら呟き、大きなため息を吐いていると。
「―――浅上さん?」
「ん……?」
聞き覚えのある声に俺が顔を上げると、そこには彼方さんの姿があった。きっちりと手入れしているであろう艶やかな青のロングヘアを揺らし、白の涼しげなノースリーブブラウスと紺色のフレアスカートを上下に日傘を片手に佇む様は名家のお嬢様そのもので……いや実際そうなのだが。
「何やら深々とため息をついていましたが……悩みでもあるのですか?」
「悩みではないんですけど……その、明日から新学期じゃないですか。私としてはそれが憂鬱で仕方ないと言いますかね、あはは……」
「なるほど……」
俺の返答を聞いた彼方さんは納得したように小さく頷き、そして何故か一大事だと言わんばかりに真剣な顔つきを浮かべながら。
「浅上さんの美しい瞳に濁りが見えます―――これは大問題ですね」
「に、濁りですか?」
「ええ……それは負の感情から生まれるもの……早急に何とかしなければいけません」
「は、はぁ……?」
冗談で言ってるようには思えない彼方さんの真面目な表情と声で、俺の脳裏にこの前のファストフード店での彼方さんの言動が蘇った。『……貴方のその宝石のように光り輝く蒼眼、何度見ても息を呑むほど美しいです』と頬に手を当ててうっとりしていた彼女、そしてそのまましばらく見つめられるという謎の鑑賞会が発生したのだが……よく分からないけれど、彼方さんはどうやら俺の瞳に何か関心を抱いているらしい。
本当に何故……内心困惑一色の俺を前に彼方さんはその険しい表情を一転フッと緩め、優しく微笑み。
「実はこれからこの街の美術館で、今日から期間限定で開かれているとあるアートイベントへ行く予定なのです。もしよろしければ……浅上さんも一緒にどうですか?ちなみにお金の事で悩まれるならそこは特別展示ですので、入場料はかからないので安心してください」
そう、突然のお誘いを受け……芸術の類に詳しいであろう彼方さんと違い、俺なんてただのオタクでそんな知識など当然微塵も持っちゃいない。けれど―――このまま家に帰り一人自室で鬱屈とした気持ちを抱え明日を待つくらいなら、一切分からない分野であるにしろ友達である彼方さんと一緒に居た方がずっと良いと思った。
「……分かりました、美術の事はさっぱりのこんな私でもよければお付き合いしますよ」
「……ふふ、ありがとうございます。きっと浅上さんも飾られている美しき絵画達をその目に入れれば元気が出ると思います」
「そう、ですか?」
「ええ、間違いなく」
彼方さんはふわりと確信めいた笑みを浮かべており……本当に俺でも理解出来るだろうか?そんな不安を抱きつつ共に美術館へと足を進めるのであった。
「ね、ねぇ見てよお母さん、あの子の瞳すっごく綺麗……まるで地中海のように青く透き通ってる……!」
「…………ごめんなさい遥奈、貴方を産んでもう長らく一人の母として生きてきたのに―――女、思い出しちゃった。ふしだらな母と笑いなさい」
「お母さん!?」
……美術館は冷房が心地よく効き真夏の息苦しさを感じさせない、そして今日から開催されているのはドイツ人の天才画家―――ガンキュウ・フェチーネの絵画展、サブタイトルは『美しき瞳の世界』である。アートの展示スペースには生前ガンキュウ・フェチーネが描いた絵画が飾られており、キャンバス全体を使い瞳だけが描かれていてその題材は若き男女や老人に子供、果ては人間以外の生き物の瞳までもだ。
「―――見てください浅上さん!あの作品のグラデーション、そして角膜の表面に反射する繊細な光の粒を!ガンキュウ・フェチーネさんの中に眠る瞳への狂おしいほどの情熱がキャンバスから溢れ出ているではありませんか……!!」
「……あ、ハイ、そうですね……」
俺の隣で目をキラキラと輝かせて熱弁している彼方さん、本当にごめんなさい…………ガンキュウ・フェチーネって名前のせいで正直何も頭に入ってこないんですよ。あっサラッと家元化してた母親の事はスルーで。
「絵画における目とは単なる視覚器官ではありません、それは魂の窓であると言えるでしょう」
「そうなんですか」
「そしてその窓を一度覗き込んでしまえば、誰もが虜になるのです!」
「そうなんですか」
これを会話を呼んでいいかは分からないが、ガンキュウ・フェチーネに支配された脳で必死に戦っている方だと思う……後もうこれ以上名前書いたら流石にウザがられそうなのでやめますね……
やがて、一通り展示室を巡り終え俺達は美術館から出て外にあるベンチへと腰を下ろしていた。
「ああ……とても充実した素晴らしい時を過ごせました……!」
彼方さんは言葉通り、幸せそうに顔を綻ばせている。俺はまあ……画家の名前のインパクトを差し置いても、美術的な教養が無いからか月並みな凄いという感想ぐらいしか出てきてくれなかった。
「浅上さんもあの美しい絵を見て、それはそれは元気いっぱいになりましたよね!」
「あ……えっと、その」
嬉しそうな彼方さんの手前、俺はこの空気を壊したくないのもあり本音を誤魔化すつもりだったが咄嗟に聞かれてつい言葉を詰まらせてしまった……そして彼方さんは笑顔から一転、不安げな表情へと代わり。
「……もしかして、あまり楽しめませんでしたか……?」
彼方さんは膝の上で手をギュッと組み、俯いてしまい。
「これなら絶対に憂鬱な気分を吹き飛ばして元気を取り戻してくれると思ったのですが、どうしましょう……でもこれ以上に彼女を喜ばせられる場所が私には思いつきません……」
本当に悔しそうにそんな言葉を漏らす彼方さんを見て俺は思わず呆気に取られてしまった、そして―――
「ふっ……あははっ」
「あ、浅上さん……?」
思わずクスッと笑みが零れて……彼方さんは目を丸くし戸惑ったように首を傾げている……友達が、あのいつでも凛々しく頼りがいがあって魔法少女のリーダーである彼方さんがそこまで自分の事を想ってくれたというのが嬉しかった。俺は彼女の瞳を真っすぐ見つめながら。
「展示の絵に関しては……正直言って私にはよく分からなかったです、でも彼方さんが私に元気を出してほしいと、そう本気で思ってくれていた事が嬉しいんです」
「……浅上、さん」
「だから彼方さんの想定とは違ったかもしれませんけど―――ちゃんと元気は出ましたよ!ありがとうございます!」
「うっ!?」
……確かに友達として元気を出してほしいという気持ちは確かに存在した、けれど結局それ以上に大部分を占めるのは浅上愛音の瞳の濁りを解消し輝きを取り戻す、そんな完全に己の性癖に準じる下心満載であった。だからこそ、そんな純粋に感謝をぶつけられてしまうと流石の眼球狂い彼方沙織といえど気まずさを感じざるを得ない。
「その……私の内面は浅上さんの想像しているような綺麗なものではないかもしれませんよ?」
申し訳なさそうに目を逸らす彼方沙織、そんな彼女に……伊達にヨワラーの日向葵を落としてない鈍感極まるTS少女の浅上愛音は彼方沙織へとグイッとその顔を近づけ。
「別に私の為じゃなくても、それでも構いませんよ。だって実際元気になれましたからね、ありがとうございます―――彼方さん!」
「……ぁ」
至近距離で、浅上愛音の持つ宝石のように美しい蒼眼と、それに何より可憐なその―――おを視界全体で受けた彼方沙織の心はもはやオーバーヒート寸前。
「……浅上さんっ、貴方って人は……」
「え?」
「―――な、何でもありません!!」
耳まで真っ赤に染めながらも、やれる精一杯の抵抗と言えば浅上愛音を弱弱しく睨みつける事しか出来ない彼方沙織であった……今までと何かが明確に異なるような気がしてならない。
自分は彼女の綺麗な瞳に興奮を抱いているはずだ、でも……
(どうして……どうしてそこで瞳だけじゃなく、笑顔まで一緒に浮かんでくるんですかー!?)
彼方沙織の、そんな心の叫びに答えてくれる者はもちろん誰もいなかった。