【シャッセール本部・執務室】
静寂を破り、足音もなく現れたその男は、部屋全体の空気を一瞬で氷点下へと叩き落とした。黒いスーツに身を包んだスマートな体躯。目の下には色濃い隈が刻まれ、どこか不健康で影のある顔立ち。だが、その瞳に宿る光は氷のように鋭く、冷徹そのものだった。男の右手薬指には、CODE最高幹部層のエージェントであることを証明する「3」の刻印が施された銀のリングが鈍く光っている。
CODE機動部隊のリーダーであり、レンの指導教官でもある男——CODE-No.3。彼が姿を現した瞬間、室内で待機していたレンの背筋がピンと伸び、直立不動の姿勢をとった。ルネが対応する。
ルネ「それで…わざわざ足を運んで何の用だい?」
No.3「派遣中のNo.4の状況報告および仕事の出来具合を、直接伺いに来た。……というのは建前だ」
高圧的で無愛想な声が響く。No.3は胸元から薄型タブレットを取り出し、淡々とデータを画面に表示させた。
No.3「CODEの管理サーバー上のデータと、実際のログに乖離がある。歓迎会と称した外食、無駄な外出時間、そしてカロリーバー以外の不必要な経口摂取……。No.4のスケジュールが巧妙に改ざんされている…説明しろ、No.4。」
No.4は答えようとするが、パピヨン・ノワールが前へ踏み出そうとした。
パピヨン「待って……! それは私がCODEのシステムに——」
ルネ「待ちなさい、パピヨン!」
パピヨンの告白を遮り、ルネが前へ躍り出ると、No.3を激しい眼光で睨みつけた。
ルネ「スケジュールを改ざんしたのはアタシだ!文句があるならアタシに言いな!ペナルティならアタシが受ける!」
だが、No.3の冷ややかな表情は1ミリも動かなかった。ルネの言葉を文字通り「一蹴」するように、吐き捨てる。
No.3「君には関係ない。改ざんを知った上で黙認し、規律を乱した責任はNo.4にある」
言うや否や、No.4に近づくとNo.3の手が目にも留まらぬ速さで閃いた。
バシッ……!!
乾いた打撃音が部屋に響きわたる。無抵抗のレンの幼い頬を、No.3の手のひらが容赦なく力任せに張り飛ばしたのだ。衝撃で小さな身体がよろめき、レンの端整な顔に鮮やかな赤みが広がる。
ルネ「てめぇ……ッ!!ガキ相手になにやってんだ!!」
No.3の腕にルネのサイボーグの拳が力任せに握り締められ、関節から激しい駆動音が鳴り響く。光竜と闇竜も瞬時に身構え、部屋中に緊張感が走り抜けた。レンの強さすら遙かに凌駕する圧倒的な圧迫感を放ちながら、No.3は顔色一つ変えずに告げた。
No.3「ペナルティとして、明日からのNo.4の訓練およびミッションスケジュールを倍増させる」
ルネ「ふざけるな!たかがメシ食ってちょっと遊んだ程度でこれかよ!!今だって7歳のガキが耐えられるスケジュールじゃないんだよ!倍にしたら死んじまうだろうが!!」
怒号を上げるルネに対し、No.3は黒い瞳で静かに見下ろした。
No.3「ルネ・カーディフ・獅子王捜査官。CODE-No.4は我々CODEの資産だ。あなたは何の権限で我々の資産を押収しようとしている? 忘れているようだが、CODE-No.4は派遣としてここに配属されている。気まぐれな同情心で勝手な真似をしてもらっては困る」
ルネ「資…産……だぁ………?」
「資産」——少年をただのモノとして扱う暴論に、ルネだけでなく、パピヨンも光竜も闇竜も、はらわたが煮えくり返るような激怒を覚えた。しかし、No.3の冷徹な追撃は終わらない。彼は倒れかけた姿勢から立ち直り、直立するレンへ視線を向けた。
No.3「今までお前は忠実に命令をこなしてきたが……血迷ったか、No.4。危険な任務を幾度となくこなしたお前には、それ相応の報酬(金)も与えてきたはずだがな」
レンは打たれた頬を押さえることもせず、静かに前を見据えた。その瞳には、かつてCODEに言われるがままだった機械のような諦念ではなく、確かに芽生えた「人間の意思」が宿っていた。
レン「……僕は……お金が欲しくて戦ってるわけじゃありません……。でも……欲しいものはあります!!」
No.3「言ってみろ」
レン「……ルネさん達と……友達になりたい…それだけです。」
少年の口から絞り出された切実な言葉。だが、No.3の反応は冷酷そのものだった。鼻で小さく嘲笑うように息を吐く。
No.3「無理だな……お前に友達など出来るわけがない。お前は今まで人を殺し続け、裏から平和を維持し続けてきた……血にまみれ過ぎたお前を誰が愛する?お前のような殺戮兵器を扱えるのはCODEだけだ」
レン「でも……!ルネさん達は僕の為にご飯を食べさせてくれた!!一緒に遊んでくれた!!! ……だから……きっと……友達だと……!」
必死に言葉を紡ぐレンに対し、No.3は心底鬱陶しそうに溜め息をついた。
No.3「フゥ……。……それはな、可愛い犬と変わらないだけだ。人は可愛いものを見ると反射的に構いたくなるものだ。特にお前のような幼いだけの子供はな。だが可愛いのは最初だけだ。いつか飽きて捨てられるだろう」
ルネ「……は……?」
静まり返る室内に、ルネの低く殺気立った声が落ちた。言葉の意味を理解した瞬間、シャッセールのメンバー全員の怒りが一線を超えた。普段温厚なパピヨンすらも凍り付いた目つきでNo.3を睨む。光竜の瞳から悔し涙が溢れ出したが、それは恐怖ではなく猛烈な怒りだった。「レンくんを……あたしたちの大事なレンくんを、犬扱いするな……っ!!」と拳を固く握りしめる。闇竜は静かに前へ歩み出ると、冷ややかな声で告げた。「不愉快極まりない……。人の好意をそのように歪んだ歪曲で切り捨てるなど、勇者の名にかけて断じて容認できません……!」
そして、ルネは、全身のGストーンエネルギーを逆流させるほどの殺気を撒き散らしながら、No.3の眼前に迫った。
ルネ「てめぇ……今なんつった……?犬だ……?飽きて捨てる……だ……!?」
ルネの胸の奥で、激痛のような怒りが爆発していた。レンが命を削って掴み取ろうとしている小さな希望を、シャッセールのみんなが命懸けで守ろうとしている少年の尊厳を、この男はただの「愛玩動物への気まぐれ」と吐き捨てたのだ。
ルネ「アタシたちが……レンを捨てるわけねぇだろうがァッ!! レンはね、命を懸けて街を守った立派な人間だ! アタシたちの大切な家族なんだよ!てめぇみたいな冷血なクソ野郎に、あいつの心を踏みにじらせてまるかッ!!」
No.3の胸倉を掴み上げルネの怒号が部屋を揺らしても、No.3の表情には微かな動揺すら浮かばなかった。ただ無機質に、任務の遂行と組織の合理性だけを追求する冷徹な瞳で全員を見渡す。掴まれた胸倉を払うNo.3は告げる。
No.3「……ある程度の信頼を得ているのであれば問題ない。だがスケジュール倍増は絶対だ。追って連絡するまで待機してろ。話は以上だ。」
それだけを言い残すと、No.3はルネたちの激高など存在しないかのように背を向け、滑らかな足取りで執務室を去っていった。終始高圧的で、世界平和というCODEの理念のためには仲間の心すら平然と踏みにじる冷血漢。その背中がドアの向こうへ消えるまで、張り詰めた殺気は消えなかった。
残された室内に、荒い息吐きと沈黙が降り積もる。頬を赤く腫らしたレンが、すまなさそうに俯いた。
レン「あの、ルネさん……僕のせいで……ごめんなさい……皆さんも…」
ルネは深呼吸を一つすると、レンの頭にガシッと優しく手を置き、乱暴に髪を撫で回した。そして、消えた扉の方を睨みつけたまま、静かに、だが恐ろしいほど低く地鳴りのような声で呟いた。
ルネ「ねぇ、パピヨン。あのクソッタレ冷血男の血が本当に冷たいか、蜂の巣にして確認してみないかい?」
パピヨンもまた、氷のように冷たく、けれど激しい怒りを孕んだ眼差しを浮かべていた。
パピヨン「ええ、ルネ……。いつでもロックオンできるわ。あの子の未来をあんな男たちに渡してなるものですか……!」
CODEが課す倍増のペナルティ、そして立ちはだかる「CODE-No.3」という圧倒的な冷酷の壁。だが、それ以上にシャッセールの面々とレンを結ぶ絆は、より強固に、より熱く燃え上がっていた。そして翌朝、CODEの暗号化回線を通じて、No.3から「倍増後」の改訂スケジュールが一方的に送信されてきた。端末に表示されたその過酷極まりない日程を目にした瞬間、ルネ・カーディフ・獅子王はデスクを粉々に叩き割りかねない勢いで怒号を上げた。
ルネ「ふざけるなッ!! なんだいこれは!? 『初犯だから負けてやった』だあ!? どこが負けてんだ、昼飯までカットして、ほぼ丸一日休む暇もなく痛めつけろって言ってんのかあのアホ男は!!」
■ 【CODE-No.4 改訂増量スケジュール】
03:00 — 起床、ストレッチ、10分インターバルダッシュ、ボックスジャンプ50回
04:30 — 20kmロードワーク(完走後:腕立て500回、スクワット500回、上体起こし500回)
06:00 — 朝食(高カロリーバー1本)
06:30 — 学術・特殊能力座学(大学レベルの専門教科、拷問術、銃器分解・整備、尋問術等)
12:30 — トレーニングルームにて射撃訓練
13:30 — 銃器高速組み立て・分解訓練
14:30〜18:30 — CODE専用シミュレーターによる戦闘カリキュラム(模擬戦)
19:30 — 夕食(高カロリーバー1本)
20:30〜21:00 — CODE本部へ日次業務報告
21:30 — 当日トレーニングおさらい・反省点洗い出し
22:00 — 反省文提出
23:30 — 消灯・就寝
やるべき内容の質を跳ね上げ、回数と運動量は文字通り倍増。その上、わずかな休息であった昼食の時間までもが丸々削り取られた地獄のメニュー。激昂するルネの横で、赤く腫らした頬に湿布を貼ったレンは、静かにスケジュールを見つめると、思いのほか穏やかな顔で頭を下げた。
レン「……いえ、僕はこの程度で済んで……本当に良かったと思っています」
ルネ「レン、アンタ……! 何言ってんだよ、こんなの拷問と変わらないじゃないか!」
レン「いいえ……CODEの規律からすれば、処分や解任、別の死地への転属になってもおかしくありませんでした。これを完璧にこなして成果を出し続ければ……僕はまだ、ルネさんたちのいるシャッセールにいられます。友達のいる場所に……居続けられるなら、このくらいなんてことありません」
幼い少年の健気すぎる決意。自分たちの傍にいたいがために、命を削るようなメニューを「感謝する」と言うレンの健気さに、ルネは胸を押し潰されるような苦しさを覚えた。そこへ、再び通信画面が切り替わり、冷徹なNo.3の音声が入った。
No.3『……追加で通達する。近々、我々のエージェントの一人をシャッセールに派遣させる。少々癖のある男だが使え。それと……No.4の目付け役でもある。二度とスケジュールを改ざんさせないようにな』
ピツ、と素っ気なく切れる通信。レンはNo.4の名を与えられまだ間もなく、その派遣されてくるエージェントの正体を知らなかった。
パピヨン「監視役まで送り込んでくるなんて……。これで外部からのスケジュール改ざんや、抜き打ちの息抜きを差し込むことも更に難しくなったわね……」
パピヨンは苦々しげに顔を歪めた。
光竜「そんなぁ……! レンくん、お昼ごはんも食べられないなんてひどすぎるよ……!」
闇竜「何という執拗さ……。ですがレンさん、決して一人で抱え込まないでください。私たちが必ず、あなたを影からサポートします」
レン「ありがとうございます。光竜さん、闇竜さん。……でも大丈夫です。僕、頑張りますから」
監視の目が強まり、逃げ場のない「倍増メニュー」が開始される。しかし、どれほど過酷な地獄が叩きつけられようとも、レンの胸の中にはもう、ルネたちシャッセールからもらった「温かな居場所」という消えない光が灯っていた。
次回も新たなエージェントが登場します。