【シャッセール本部・作戦会議室】
CODE-No.3による理不尽な倍増メニューが言い渡された数日後。シャッセール本部の扉が開き、一人の青年が静かに姿を現した。シャツの上にタクティカルホルスターを装着し、目元に鋭くも落ち着いた理知的な光を宿した男。右手薬指には、CODEのエージェントであることを証明する「2」の刻印が刻まれた指輪が鈍く輝いている。
ルネをはじめ、シャッセールの面々は瞬時に全身の神経を張り詰めさせ、鋭い警戒の視線を向けた。前回のNo.3の例がある以上、またしてもCODEの冷血漢が乗り込んできたのだと身構えるのは至極当然だった。青年はルネたちの殺気立った視線を意に介する様子もなく、静かに口を開いた。
リンタロウ「CODE-No.2、火浦リンタロウ……よろしく」
感情を表に出さない無愛想な声。ルネたちに対して「CODE-No.2」というコードネームではなく、「火浦リンタロウ」と本名を名乗った青年は、そのまま一歩前へ出た。
レン「CODE-No.4です。今日から——」
レンが直立不動で挨拶を述べようとした瞬間、リンタロウはその言葉を遮るように手をかざした。
リンタロウ「スケジュールと教材、全部出せ」
レン「え……はい」
レンから差し出されたデータタブレットを受け取り、さらにはデスクの上に積み上げられていた大学レベルの難解な専門書や拷問・尋問術のテキストに、リンタロウは冷徹な眼差しを向けた。画面をスクロールし、一つ一つの項目を淡々と確認していくリンタロウ。ルネは「またあのNo.3みたいにイチャモンをつけに来たのか」と怒りを叩きつける準備をしていた。
だが、次の瞬間——。
ピ、とリンタロウの指先が画面のボタンを押し、データ上の「倍増スケジュール」をあっ気なく抹消した。それどころか、デスクに置かれていた山のような教材をごっそりと両腕で抱え上げると、躊躇なく部屋の大型ゴミ箱へドサリと投げ捨てた。
レン「え……? あ、あの……?」
予想外すぎる行動に目を丸くするレン。ルネたちも呆気にとられて言葉を失った。リンタロウは表情ひとつ変えず、投げ捨てたゴミ箱を見下ろしながらボソリと言い放った。
リンタロウ「クソだな。スケジュールは俺がまた作る」
あまりにも身も蓋もない一言。レンはおずおずと尋ねた。
レン「あの……その間、僕は何をしていれば……?」
リンタロウ「お前、好きな食いもんあるか?」
レン「え? 何でも……。」
リンタロウ「分かった。カレー煮てやる。まず食え」
「え?」と間抜けな声を上げたのはレンだけではなかった。光竜も闇竜も、そしてルネすらも口を半開きのままフリーズした。そのままリンタロウはすっと足を広げ、警戒を解かないまま立ち尽くしていたルネの前へと歩み寄った。
リンタロウ「資料で読んだが、あんたCODE-No.4を庇うために私にペナルティを与えろと言ったらしいな。おまけに全員でNo.3に喧嘩も売ったと聞いている」
ルネ「なに? 文句でもあるのかい?」
ルネが眉間にしわを寄せて睨み返すと、リンタロウはわずかに視線を落とし、低く呟いた。
リンタロウ「……無謀だな……だが度胸がある」
皮肉でも嘲笑でもない。ただ客観的な事実として、どこか感心したような響きを孕んだ言葉だった。そのままリンタロウは視線をパピヨン・ノワールへと向けた。
リンタロウ「別室があるなら案内してくれ。荷物を置きたい。」
パピヨン「え……ええ、こちらよ。案内するわ……」
パピヨンに促され、静かな足取りで部屋を去っていくリンタロウ。残された作戦会議室には、嵐が過ぎ去った後のような不思議な沈黙が流れていた。ゴミ箱に突っ込まれたCODEの最新教材。消去された地獄の倍増スケジュール。そして「カレーを煮てやる」という謎の宣言。ルネ達は顔を見合わせ、この異質な「ニューフェイス」についてそれぞれの思いを口にし始めた。
ルネ「……なんだいあいつは。No.3みたいな冷血漢が来たと思ったら、開口一番に教材をゴミ箱行きかい。まったく、読めない男だね……」
と呆れつつも、レンをただの「資産」として扱わなかったリンタロウの姿勢に、CODEへの警戒を維持しつつも毒気を抜かれている。自分の行動を無謀と言われつつも度胸を認められたことに内心では"フン、当たり前だろ。ガキ一人守れないで何がシャッセールだい"と鼻で笑いつつ、リンタロウが作るという"新しいスケジュール"と煮てくれるというカレーの味を静かに注視しようとしている。
光竜「ねえねえ! あの人すっごくかっこいいのに、いきなり教科書ゴミ箱にポイって捨てちゃったよ!? しかもカレー作ってくれるんだって! レンくん、よかったねー!」
と無邪気に喜んでいた光竜に対して闇竜は。
闇竜「無愛想で論理的……一見すると冷徹に見えますが、行動のすべてが『効率的なレンさんのケア』に向いています。言葉ではなく行動で示すタイプのようですね。獅子王隊長と同じ20歳とのことですが、実に頼もしい人物かもしれません」
と、その内に秘めた優しさを見抜いて好意的に受け止めている。
【シャッセール本部・別室】
案内された静かな別室で、リンタロウは机の上に分解した愛用のハンドガンを並べ、入念にメンテナンスを行っていた。トントン、とノックの音が響き、温かな珈琲を乗せたトレーを手にしたパピヨン・ノワールが入ってくる。
パピヨン「リンタロウさん、珈琲をどうぞ」
リンタロウ「……どうも」
短く答え、手元を止めずに珈琲を受け取るリンタロウ。パピヨンはその無愛想な横顔を優しく見つめながら、心を込めて言葉を紡いだ。
パピヨン「あの悪夢のようなスケジュールを帳消しにしてくれて、本当にありがとう……。あの子……レンね、私たちと『友達』になりたがっていたの。だから……本当に感謝しているわ」
愛おしそうにレンへの想いを語るパピヨン。その言葉を聞いたリンタロウは、一度作業の手を止め、珈琲に口をつけた。
リンタロウ「仕事してるだけだ。……というか、友達作りしたいなら来るところここじゃねぇけどな」
呆れたような、だがあまりにも至極まっとうな一言。その言葉に、パピヨンは胸を突かれたように内心で深く頷いた。(本当に……その通りね。あんな小さな子が『友達になりたい』なんてささやかな願いを抱かなきゃいけないなんて……。こんな血生臭い戦闘組織ではなく、本当なら学校に通わせるべきなのよ……)
冷徹な現実を捉えつつも、核心を突く彼の言葉に、パピヨンは改めてリンタロウという人間の懐の深さを感じていた。
リンタロウ「……キッチンあるか? まずはメシだ」
短くそう告げると、リンタロウは席を立ち、パピヨンに案内されて本部の調理場へと向かった。
【食堂】
しばらくすると、香ばしいスパイスと甘みの効いた野菜の香りが本部中に漂い始めた。リンタロウが手際よく煮込んだ特製スパイスカレーだ。しかも、その鍋はレンの分だけでなく、ルネやパピヨンの分までたっぷりと作られていた。
ルネ「う、うめぇ……! なんだいこのカレー! スパイスが効いてるのにコクがあって、手が止まらねぇよ!」
パピヨン「本当に……! お店のカレーみたいに深みがあって、いくらでも食べられちゃうわね……!」
普段は豪快なルネも、エレガントなパピヨンも、まるで子供のように夢中でスプーンを動かし、皿を綺麗にペロペロと平らげていく。食事がひと段落したところで、リンタロウは胸ポケットから一枚の紙を取り出し、レンの前に置いた。
リンタロウ「……今日からの新しいスケジュールだ。確認しろ」
■ 【火浦リンタロウ作成新・生活スケジュール】
07:00 ⇒ 起床
07:30 ⇒ ラジオ体操
08:00 ⇒ 朝食(ご飯・ハムエッグ・味噌汁・グリーンサラダ)
09:00 ⇒ 小学校低学年向け授業(算数、国語、社会、理科、体育)※適宜休み時間あり
12:00 ⇒ 昼食(日替わり)
13:00〜14:00 ⇒ 小学校低学年向け授業(道徳)
14:00〜18:00 ⇒ 自由時間(メンバーとのコミュニケーションなど)
18:00 ⇒ 夕食(日替わり)
19:00〜20:00 ⇒ 自由時間
20:00〜21:00 ⇒ お風呂・歯磨き
21:00 ⇒ 就寝
※土曜・日曜・祝日は完全休日(自由行動可)。体調不良時は即座に申告すること。遅刻は厳禁。
紙を覗き込んだルネとパピヨンの目が、驚きで大きく見開かれた。拷問術や暗殺訓練、過酷な肉体負荷は一切消え去り、そこにあったのは「普通の7歳の少年」が送るべき、健康的で温かな日常そのものだった。
リンタロウ「飯や授業は俺が担当する。明日から早速かかれ。……それと、今日は夕方の6時まで寝ろ」
レン「え? でも……まだお昼です……」
リンタロウ「あの睡眠時間で足りるか。少し寝ろ。夕飯時になったら起こしてやる」
言葉こそぶっきらぼうだが、衰弱しかけていたレンの体調を何よりも優先した配慮だった。
ルネ「いいじゃないか!リンタロウ、授業ならアタシたちも手伝うよ!体育ならアタシに任せな!」
パピヨン「ええ、私だって国語や理科なら教えられるわ。みんなでレンの『学校』を作りましょう!」
身を乗り出す二人に対し、リンタロウは興味なさそうに視線を外した。
リンタロウ「好きにしろ」
レンは胸がいっぱいになり、赤く腫れた頬を少しほころばせながら、まっすぐリンタロウを見つめた。
レン「火浦さん……!あの…ありがとうございま……!」
リンタロウ「仕事してるだけだ……それと名前は言ったが、組織に属してる以上はコードNoで呼べ。あと……今後CODEの緊急任務があったら、全部俺が請け負う。お前はシャッセールのバックアップだけに専念してろ。これは命令だ。CODE-No.3には後から俺が言っとく」
レン「えっ……!? で、でも……! No.2……流石にそれは負担が……僕も——」
リンタロウ「子供が大人の心配すんじゃねぇ」
レンの言葉をピシャリと遮ると、リンタロウはその場で通信端末を取り出し、CODEの暗号化回線を繋いだ。画面に現れたNo.3の冷徹な顔に対し、リンタロウは淡々と、だが一切の反論を許さない論理的な口調で語りかけた。
リンタロウ『No.3。No.4のスケジュールは俺の管理下で再構築した。過度の負荷による潰れは資産の浪費だ。それと、今後発生する単独の緊急案件はすべて俺(No.2)に回せ。No.4はシャッセールのバックアップに特化させ、組織のパイプとして機能させる。文句があるなら俺の戦果で証明する』
冷酷なNo.3の眼光と、リンタロウの静かな瞳が火花を散らす。だが、No.2の実力と合理性を知るNo.3は、短い沈黙の末に『……好きにしろ。結果が出なければ承知せん』と言い捨て、通信を切った。鮮やかに、そして無駄なくレンを地獄から引き揚げてみせたリンタロウ。その背中を見つめるシャッセールのメンバーたちの胸には、確固たる信頼と称賛が芽生えていた。
ルネ「ヘッ!・・・ッヘッヘッヘ!」
いきなり上機嫌になったルネはバンバン!とリンタロウの背中を叩きながらあっけらかんと笑う。
リンタロウ「なんだ急に?痛いだろ。」
ルネ「仏頂面してやることは男前じゃないか!気に入ったよ、火浦リンタロウ!アタシたちの仲間に相応しい男だね!」
リンタロウ「仕事してるだけだ。」
パピヨンはまたしてもルネが常温で他人に触れてる場面を見て不思議に思うが、リンタロウの内面を先に評価する。
パピヨン「(不器用だけれど、とっても温かい人……。CODEという過酷な組織の中で、よくぞあの優しさを失わずにいてくれたわ。彼が目付け役で本当によかった。あの子の子供時代を取り戻すために、私たちも精一杯協力しましょう)」
光竜「すっごーい!No.2さんってば、No.3の不機嫌男をあっさり論破しちゃった!かっこ良すぎるよ〜!レンくんのお兄ちゃんができたみたい!」
闇竜「(誇り高き精神……そして、己の身を挺してでも幼き弱者を護ろうとするその覚悟。……彼は無愛想な仮面を被っていますが、その胸中に宿るものは、GGG(ガッツィーギャラクシーガード)の勇者たちが持つ『勇気』の光そのものです。冷徹な組織にありながら、決して折れることのない真の勇者……彼となら、共に戦えます)」
次回、レンは今の授業に疑問を感じ始める