シャッセール本部に、バイオネット傘下のテロ組織による市街地襲撃の報が舞い込んだ。重武装したテロリスト集団と、彼らが持ち込んだ大型戦闘用ロボット。事態の未然防衛と即時鎮圧のため、シャッセールは急遽、戦線へ繰り出すこととなる。そしてこの戦いが、極秘防衛機関CODEから派遣された7歳の少年エージェント、不動レンの初実戦となった。イークイップしたルネがレンに指示する。
【市街地・戦闘エリア】
ルネ「いいかい?あんたはあくまで後方支援だ。前に出て邪魔だけはするんじゃないよ?」
レン「はい!」
爆煙が立ち込め、破壊された建造物の破片が散乱する街頭。テロリストたちが自動小銃を乱射しながら陣地を構築しようとしていたが、その目論見は影のように忍び寄る一人の少年によって完全に砕かれようとしていた。
レン「ルネさん、前方の物陰に三基。左側のビルの二階に狙撃手が潜伏しています」
通信機越しに響くのは、驚くほど冷静で澄んだ幼い声。ルネが指示を出す間もなく、乾いた単発の銃声が連続して響いた。
ガァン!ガン!ガン——!
特注の小口径ライフルを構えたレンが放つ弾丸は、過剰な殺傷を避けるかのように、寸分違わず敵の膝皿や足首だけを正確に撃ち抜いていた。
テロリスト「グアッ!? あ、足が……ッ!」
テロリスト「どこから撃たれて——ぶはっ!?」
足を撃ち抜かれ体勢を崩したテロリストへ、即座にルネが踏み込み、鋭い蹴りと打撃で意識を刈り取る。流れるような無力化。ルネ自身が回避や防御に割くリソースは激減し、圧倒的な速度で敵陣が制圧されていく。
ルネ「チッ……手際が良すぎるね、まったく!」
一方、大通りでは光竜と闇竜が、バイオネットの大型戦闘用ロボットと交戦していた。
光竜「きゃああっ! このロボット、装甲が硬くて攻撃が効かないよ〜!」
闇竜「光竜、取り乱してはいけません! 私のミサイルで牽制を……くっ、旋回速度が速い!?」
二機が重装甲に苦戦していたその時、突如として激しいエンジン音が響き渡る。近くの工事現場に放置されていた大型油圧ショベルが、信じられない挙動で急加速し、ロボットの死角から突撃してきたのだ。運転席に座っているのは、ペダルに足を伸ばし、レバーを巧みに操るレンだった。既にレンは次の支援に映っていた。
レン「光竜さん、闇竜さん、そのまま射線を維持してください」
ショベルカーのアームがまるで手足のようにしなやかに動き、巨大なバケットがロボットの膝関節の隙間へ強引に叩き込まれる。ギャリギャリと金属が削れる凄まじい異音が響き、ロボットの片脚が破壊されて体勢が大きく傾いた。
闇竜「関節部分の破壊……! なんという搦手!」
レン「光竜さん、闇竜さん、今です!」
光竜「よーし! プライムローズの月ーっ!」
闇竜「シェルブールの雨!」
体制を崩した巨大ロボットへ、光竜と闇竜の集中砲火が叩き込まれ、一瞬で大爆発を起こして機能停止した。さらに、爆風の波及で崩れかけた建物から悲鳴が聞こえると、レンはショベルカーから飛び降り、即座に駆け出した。
レン「大丈夫ですか? こちらへ逃げてください。足元に気を付けて」
怯える市民の手を引いて安全圏へ誘導し、倒壊した瓦礫の下に閉じ込められていた生存者を見つけると、二振りのコマンドナイフで巧みに隙間を押し広げ、迅速に救出してみせる。テロリストの無力化、巨大ロボットの関節破壊、そして市民の避難誘導と救助——。戦いが終わってみれば、結果は「シャッセール隊員の被弾率ゼロ」「市民の死傷者ゼロ」。後方支援に徹底した7歳の少年の完璧すぎる手腕により、ミッションは100%の成功を収めたのだった。
撤退準備に入るレン。そこへやってくるルネは複雑な表情を浮かべてながら気遣う。
ルネ「……怪我はしてないか?」
レン「問題ありません。」
レンはテキパキと後片付けを終えるとそのままヘリに向かう。その背中を見たルネは何とも言えない苦々しい表情を浮かべていた。
【シャッセール・作戦会議室】
作戦終了後、本部に戻ったメンバーは報告書を前に静まり返っていた。シャッセールとしての戦果だけを見れば、これ以上ない万々歳の結果である。だが、室内には重苦しい沈黙が流れていた。
ルネ「……ハッ、完璧な作戦完了、ね。笑えてくるよ」
パイプ椅子に深く腰掛け、腕を組みながら吐き捨てるルネ。その表情は苦虫を噛み潰したようだった。
ルネ「(被弾ゼロ、死傷者ゼロ……文句のつけどころがない完璧な補佐さ。だけどね……あんな7歳のガキに背中を守られて、完璧にお膳立てされて勝っただなんて、何の冗談だい。あいつのあの無駄のない動き、どれだけの地獄をくぐり抜ければ身につくってんだ? 7歳で大人を守るための殺陣を熟知してるなんて……胸くそ悪くて反吐が出るよ)」
ルネの心にあったのは、プライドを傷つけられた悔しさ以上に、自分と同じく「過酷な運命に巻き込まれて戦う牙を植え付けられた子供」に対する、割り切れない怒りと激しい同情だった。
パピヨン「お疲れ様、レン。温かいお茶でも飲む?」
パピヨンは静かに紅茶を淹れ、レンの前に置いた。その眼差しは、戦果を称えるものではなく、どこまでも切ない憂いを帯びている。
パピヨン「(戦果としてはこれ以上のものはありません。でも……私のセンシングマインドが捉える彼の波動は、あまりにも静かで、あまりにも冷たい。壊れた機械のように完璧に仕事をこなしながら、その奥底では『誰も傷つけたくない』という悲鳴が聞こえる……。こんな幼い子に命を救われ、守られているという現実が、ただただ愛おしく、そして苦しいわ……)」
光竜「レンくん、すごかったよー! ショベルカーであんなことできるなんて、あたしビックリしちゃった!」
光竜は無邪気にレンの隣で手を叩いていたが、どこかいつものような元気良さには欠けていた。
光竜「(レンくん、すごくかっこよかったけど……でもね、あたし、ちょっと怖かったの。ロボットの足をつぶすときも、人を助けるときも、レンくん全然笑ってなかった。おにいちゃんたちやルネお姉ちゃんと戦うときは、みんな熱い気持ちになるのに……レンくんの戦いは、すごく冷たくて悲しい感じがしたの。あたし、レンくんにもっと笑ってほしいな……)」
闇竜は静かに佇み、己の胸部に手を当てながらレンを見つめていた。
闇竜「レンさん、見事なサポートでした。感謝いたします……ですが(完璧なサポートでした。ですが……私たちは勇者ロボットとして、人々を守るために作られた存在です。それなのに、人間の子どもであり、まだ守られるべき年齢のレンさんに、ここまで完璧に守られてしまうなんて……。自分の不甲斐なさと、彼が背負わされてきた『銀の闇』という業の深さに、心が締め付けられる思いです)」
全員の複雑な視線と溢れ出る想いを受けながらも、レンは出されたお茶に一礼し、相変わらず表情を変えずにポツリと言った。
レン「ルネさん、パピヨンさん、光竜さん、闇竜さん。皆さんにお怪我がなくて良かったです。僕のサポートでお邪魔になっていなければ幸いです」
7歳とは思えぬ謙虚で丁寧な言葉遣い。テロを心から憎みながらも、根底にある優しさをひた隠しにし、淡々と「道具」として振る舞おうとする少年。死傷者ゼロという最高の結果を残しながらも、シャッセールのメンバーたちは、自分たちの前に立つ「あまりにも歪で心優しい少年」を前に、誰一人として素直に勝利を喜ぶことができずにいた。レンは事後報告を終えると立ち去ろうとするが、パピヨンがお茶を飲まないのかと言うと彼はこう返す。
レン「すみません。嗜好品を禁じられているので、CODEから支給されている飲料物と食事以外は受け取れません。」
パピヨン「……え?」
レン「この後スケジュールに沿って行動しなければならないので失礼します。」
ルネ「なんだいスケジュールって…。」
ルネはふと、レンの持ち物の中に挟まれていたアイパッドに目を留めた。それは「CODEエージェント管理規定・日課スケジュール表」と題された、極秘刻印の押されたアイパッドだった。そこに記載されていたのは、おおよそ7歳の子供の生活とはかけ離れた、過酷という言葉すら生ぬるい恐ろしい日課だった。
【CODE指定・不動レン 日常基本スケジュール】
・04:00 _ 起床、ストレッチ、10分のインターバルダッシュ、ボックスジャンプ10回
・04:30 _ 5〜8キロのロードワーク(直後に腕立て400回、スクワット400回、上体起こし400回)
・06:00 _ 朝食(栄養補給用カロリーバー)
・07:00 _ 学問・専門知識履修(大学レベルの教科、拷問術、銃器分解・整備、尋問術など)
・12:00 _ 昼食(栄養補給用カロリーバー)
・12:30 _ シャッセール本部トレーニングルーム貸切による射撃訓練
・13:30 _ 銃器高速組み立て・構造把握練習
・14:30〜18:30 _ 訓練場一室貸切、CODE持ち込みシミュレーターによる戦闘カリキュラム
・19:30 _ 夕食(栄養補給用カロリーバー)
・20:30〜21:00 _ CODE本部への定例業務報告
・21:30 _ 当日トレーニングの復習および反省課題の履修
・23:30 _ 就寝
※緊急出動時を除き厳格に適用。1日でも履行を怠った場合、重度ペナルティを科す。
スケジュールを凝視していたルネ冷や汗をかき始める。ルネは勉強を始めているレンに対して話しかける。
ルネ「レン…なんだこれ?」
レン「はい、ルネさん。CODEから義務付けられている僕の日課表です。何か不備がありましたでしょうか。」
ルネ「不備どころの話じゃないよ! 4時起床で深夜23時半就寝!? 筋トレの数も狂ってるし、勉強の内容も拷問だの尋問だの……! それに食事は朝昼晩全部カロリーバーだって!?」
レン「そうです、いつもやってることです。」
絶句するルネの横で、パピヨン、光竜、闇竜もその会話を聞き、言葉を失っていた。
光竜「遊んだり……しないの?おにごっこしたり、お人形であそんだり……お菓子を食べたり……」
レン「お菓子……。エージェントの体調管理およびパフォーマンス低下を防ぐため、CODEでは嗜好品の摂取は一切禁止されています。ですから、食べたことはありません。カロリーバーで必要な栄養素とカロリーはすべて計算されていますので、問題ありません」
淡々と、まるで他人の事のように語るレン。その声には悲壮感すらなく、それが当たり前の日常として完全に洗脳・順応させられていることが伺えた。
闇竜「レンさん!このスケジュールを一日でもサボったらどうなるのですか……? 重大ペナルティとは……」
レン「はい、闇竜さん。規定のカリキュラムに穴を開けた場合、筋肉の弛緩や反応速度の低下とみなされ、再教育プログラムという名の『肉体再構築訓練』が施されます。以前、風邪で高熱を出してロードワークを中断した際、ペナルティを受けました。……二度と受けたくない内容ですので、サボるつもりはありません」
何気なく語られたその言葉の裏にある「苛烈な虐待」と同義のペナルティ。パピヨンは思わず胸元を押さえ、悲痛な表情で視線を落とした。
パピヨン「(なんてこと……。7歳の男の子に、人間らしい生活も、食事の楽しみも、遊ぶ歓びすら与えず……ただ『効率的な殺傷兵器』として維持するためだけに時間を管理しているなんて……!)」
ルネはぎりっと奥歯を噛み締め、レンに詰め寄る。
ルネ「ふざけるんじゃないよCODEのクソ野郎どもが……! ガキを何だと思ってやがる! レン、アンタねぇ……こんなもん守る必要はない! シャッセールにいる間は、アタシが——」
レン「ルネさん、お気持ちはありがとうございます」
ルネの言葉を遮り、レンはまっすぐに彼女の目を見つめ返した。その青い瞳には、7歳とは思えないほど深く、悲しい意志が宿っていた。
レン「ですが、僕は強くなければならないんです。二度と、僕のような思いをする子供を生まないために。バイオネットを壊滅させるためには、僕がCODEの完璧な兵器であり続けなければいけないんです。……だから、これでいいんです」
「これでいい」——そう言う少年の顔には、一切の笑顔も、怒りも、甘えもなかった。ただひたすらに、己の命と青春をテロ根絶の代償として捧げつくした少年の、悲壮な諦観だけが存在していた。
ルネ「……ちっくしょうが……ッ!」
ルネは壁際に向かうと、壁を激しく殴りつけた。壊れた世界と過酷な組織に染まりながらも、根底にある「誰かを守りたい」という優しさだけを捨てずに戦い続ける7歳の少年。シャッセールのメンバーたちは、自分たちの無力さと、目の前で静かにカロリーバーの袋を破る少年の背中の小ささに、胸を締め付けられる思いを抱き続けるのだった。
レンの真骨頂はまだまだこれからです