【シャッセール本部・ルネ執務室】
胸の奥を激しくかき乱されるような不快感が、ルネの心を支配していた。あの過酷極まりないスケジュール。7歳の子供から「子供時代」のすべてを剥ぎ取り、ただの精巧な殺戮機械へと塗り替えていく無慈悲な管理。このままでは、あの少年の胸の奥に残された僅かな「人間の心」すら、完全に壊れて失われてしまう——。
パピヨン「スケジュールの改ざん?」
ルネ「…あぁ… CODEの管理サーバーを書き換えるなり、シャッセールの特別研修って名目で時間を引っこ抜くなり…なんとかならないか?…ガキに戦いを強いてるだけでも世も末なのに、あんなスケジュールじゃ神も仏もあったもんじゃない。」
パピヨン「心配なのね。」
ルネ「…別に……そんなんじゃないよ。」
パピヨン「分かっているわ。あの子の心が悲鳴を上げているのは、私のセンシングマインドにも痛いほど届いているもの。……任せて。CODEの定期監視システムに、シャッセールでの『必須適応訓練』という名目のダミーデータを上書きしてみせるわ。」
ルネ「頼む。」
数時間後、パピヨンの鮮やかなクラッキングと情報処理により、レンの日課の中に奇跡的に「2時間」の空白時間が生み出された。
レン「あれ?なんで?」
レンは不思議そうに日課のスケジュールを再度チェックする。ルネはすぐさまレンの元へ向かうと、少し不機嫌そうな照れ隠しの表情を浮かべながら、レンに話す。
ルネ「おい、レン!時間が空いたんだ、今からアタシたちと一緒に外へ行くよ! アンタのささやかな歓迎会だ。美味しいものでも食べにね!」
レン「え!?ですから僕は嗜好品は…!」
パピヨン「そう言わずに。ほら、こういったご馳走があるわ。」
レンはパピヨンが見せてくれたフランス料理の数々を見せる。レンは思わずゴクリと唾を飲み、誘惑に負けそうになる。
レン「ですが、まだカリキュラムが…」
パピヨン「大丈夫よ、レン。CODE本部には私から正式に『現地環境への適応訓練中』と報告してあるわ。さあ、行きましょう?」
パピヨンに手を引っ張られ連れられるレン。食事に興味があったのか特に抵抗しないで行くことにした。当然ながら光竜と闇竜は留守番ではあるが、端末のホログラムからルネ達の様子を見守る。
【パリ市内高級レストラン】
数々の高級料理を目にするレン。メニューを開いて固まっていた。
ルネ「決まったかい?」
レン「選択肢が多すぎます…」
ホログラムに映る光竜と闇竜がアドバイスを送る。
光竜『好きなの選べばいいんだよ!』
レン「ですから、その『好き』が……」
光竜『あ』
闇竜『でしたら、最初は一通りの物を少しずつ選んでいくつか皆で分けてみませんか?』
パピヨン「いい考えね」
レン「……よろしいんですか?」
ルネ「当たり前だろ。あんたが今日の主役なんだからな。」
こうして一通りの料理を注文したルネ達。レンはその中の一つで肉料理を一口食べる。頬を赤くして目を輝かせるレン。
ルネ「どうだい?」
レン「温かくて…美味しいです…」
ルネ「まだまだあるから、たくさん食べな。」
レン「はい…」
レストランでの食事は、レンにとって驚きの連続だった。温かいスープ、柔らかいお肉、色鮮やかな野菜——普段カロリーバーしか口にしてこなかったレンは、一口食べるごとに瞳を揺らし、その味を確かめるように静かに噛みしめていた。その姿を見られただけでも、連れ出した甲斐があったとルネたちは胸を撫でおろしていた。そして、食事を終えて会計へ向かおうとした時のことだった。
レン「あの……僕も自分の分はお支払いします」
そう言って、レンがポケットから小さな財布を取り出そうとした瞬間、ポロリと一冊の通帳が床へ落ちた。
ルネ「おっと、落とした——は?」
しゃがみ込んで通帳を拾い上げたルネだったが、何気なく開いたそのページに書かれた数字を目にした瞬間、動きが完全に凍りついた。
ルネ「な……っ!?? ……なんだい、この数字は……ッ!?」
パピヨン「ルネ、どうしたの……? 嘘……これ……」
覗き込んだパピヨンも息を呑み、光竜と闇竜も画面をスキャンして言葉を失った。そこに印字されていた最終残高——105万3,000スイスフラン(およそ2億円超)が記載されていた。7歳の子供の通帳に刻まれた、あまりにも異常な巨額の数字。それが何を意味するか、シャッセールのメンバーには痛いほど理解できた。命を懸けた危険なテロ討伐、血生臭い暗殺や裏工作——CODEから「成果報酬」として振り込まれ続けた、少年の血と涙と、奪ってきた命の対価。そのものだった。通帳を見られたレンは、気まずそうに視線を落とし、小さな手をモジモジと動かした。
レン「その……お金の使い道、よく分からなくて……溜まる一方で……だから……ここの食事代も、僕が全部支払います」
ルネの手に握られた通帳が、震えていた。こんな汚れた金で、この子の命を削って得た金で食事代を払わせるなんて、大人のプライドが、そして自分たちの尊厳が絶対に許さなかった。
ルネ「バカ言んじゃないよ……ッ! ガキが大人に奢ろうなんて、100年早いんだよ! この金はね、アンタが大人になって、いつかCODEをやめて本当の『自分の人生』を見つけた時に使う大事な金だ! 一分たりとも使わせやしないよ!」
ルネは通帳をしっかり閉じると、レンのポケットへ押し戻し、自分の財布から一括で支払いを済ませた。
パピヨン「そうよ、レン。このお金は、あなた自身の未来のために取っておきなさい。……私たちが、絶対に守ってみせるから」
レン「…ありがとうございます。ごちそうさまです…」
【帰り道・夜の街頭】
歓迎会の帰り道、光竜と闇竜、パピヨンが少し先を歩き、レンとルネは二歩ほど後ろを歩いていた。夜風が冷たく、街灯の光が二人の影を長く伸ばす。誰も口を開かない静寂の中、レンの隣を歩いているルネはずっと胸にくすぶっていた問いを、抑えきれずに投げかけた。
ルネ「……CODEって組織は、お前に何をさせてるんだよ…」
歩みを止めず、前を見つめたまま気まずそうに答えるレン。その声は、夜の静けさに溶けてしまいそうなほど弱々しく、そして酷く冷たかった。
レン「……何でもやります。テロ殲滅から・末端からの情報収集の為に尋問、拷問…100万ドルの兵器も任されたこともありますし。…テロの予防措置として赤ん坊も………………何度も殺したことがあります…………。」
ドクン、とルネの心臓が大きく跳ね上がった。赤ん坊すらも、テロの芽を摘むための「予防措置」として処理させられてきた——。
5歳や6歳という幼さで、どれほどの地獄を背負わされ、その小さな手にどれほどの血を塗らされてきたのか。
ルネ「っ………………!」
ルネは立ち止まり、拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどに。レンも足を止め、恐る恐るルネの顔を見上げた。きっと、自分の化け物じみた過去を聞いて、蔑まれ、拒絶されるのだと覚悟した顔で。だが、ルネが取った行動は、レンの予想とはまったく違うものだった。ガシッ、と力強い腕がレンの小さな身体を抱きしめた。
パピヨン「……え……ルネ!!だめっ…………よ…………?」
パピヨンは思わず止めた。そう、ルネは不完全なサイボーグ体(機械化率50%)であり、排熱機関が不十分なため、日常生活でも常に光熱を発してる。普段着ている白い「冷却コート」を着用した状態ですら、火傷を負わせてしまうほどの高熱を発するのだ。しかし、レンは火傷を全く追わなかった。パピヨンは端末で確認した所、ルネの体温が常人と変わらない温度で維持されている事が判明した。レンを抱きしめるルネの右手に宿ったGストーンが柔らかな光を発していた。
レン「え……? ルネ……さん……?」
サイボーグの冷たい金属の肌。だが、そこから伝わってくる熱は、間違いなくルネの「激しい怒り」と「温かい涙」の熱だった。
ルネ「……許さないよ……そんな腐りきった世界も、そんなことをアンタに強いたCODEって組織も……絶対に許さない……ッ!」
レンの頭を自分の胸に強く押し付けながら、ルネは声を詰まらせて叫んだ。
ルネ「アンタはね……化け物なんかじゃない! 誰よりも優しい、ただの子供なんだよ……! アタシが……アタシたちシャッセールが、絶対にアンタをそんな地獄に戻させやしないからね……ッ!」
腕の中で、レンは目を丸くしていた。「殺し屋」「銀の闇」「兵器」——そう呼ばれ続け、汚れ仕事しか与えられなかった自分を、これほどまでに激しく、温かく抱きしめてくれる存在。無表情のレンの澄んだ青い瞳から、自分でも気づかないうちに、ぽろぽろと大きな涙粒がこぼれ落ちた。両親を殺されて以来、ずっと凍りついていた少年の心が、ルネの温かな抱擁によって、少しずつ、確実に溶け始めていた。
ルネのGストーンが感情によって体質変化する設定にしております。