【シャッセール本部・作戦会議室】
獅子王凱が日本へ帰国してから数日後。シャッセール本部の空気は、ほんの少しだけ柔らかさを取り戻しつつあった。ルネはレンに人間らしい時間を与えようと画策し、光竜や闇竜も事あるごとにレンへ声をかけていた。だが、その日常は、一音の電子音によって容赦なく打ち砕かれた。
ピピ、ピピ——。
レンの胸元に装着されたCODE専用の通信端末が、無機質なアラート音を鳴らした。端末の画面を凝視した瞬間、少年の瞳からすべての「感情」が消え去った。温かみも、迷いも、幼さすらも。ただ暗く澄み渡った、絶対的な冷酷さを宿す「銀の闇」の眼へと変貌を遂げたのだ。レンは無言のまま立ち上がり、一切の躊躇なく出口へ向かって歩き出す。
ルネ「!?…おい、レン! どこへ行くんだい!?」
武器の整備をしていたルネが作業を止めてレンを呼び止めようと手を伸ばしたその瞬間、シャッセール本部のメインモニターへCODEからの緊急割り込み通信が入った。
『シャッセール各員へ通達。No.4はCODEの緊急任務出動のため、特例として単独での任務を最優先させる。極秘任務のため、シャッセールの一切の介入は不要とする』
淡々と告げられる無機質なアナウンス。ルネが「ふざけるな!」と怒鳴り散らす前に、レンの影はすでに滑らかな動作で扉の向こうへと消えていた。
パピヨン「ルネ、待って!追跡用の超小型ドローンを射出したわ。スクリーンに映像を回す。」
パピヨンが迅速に操作すると、モニターには市街地の裏路地を恐るべき速度と身のこなしで駆けるレンの姿が映し出された。
【パリ郊外・廃ビル街】
バイオネットの末端構成員、ウォルター・ダグラスは、背後の気配に気づく間すら与えられなかった。視界が不自然に傾いたと思った瞬間には、後頭部へ強烈な掌打を叩き込まれ、地面に叩きつけられていた。悲鳴を上げる間もなく、みぞおちへの無駄のない膝蹴りが叩き込まれ、呼吸を完全に遮断される。
ウォルター「カハッ……! ぐ、ガっ……!?」
痛みに悶絶するウォルターの額に、冷たい金属の質感が押し付けられた。見上げると、そこには銀髪を夜風に揺らした7歳の少年が立っていた。手に握られているのは特注の大型ハンドガン。その瞳には、一切の情情も、殺意すらもなく、ただ事務的な冷徹さだけが宿っていた。
レン「ウォルター・ダグラス、僕を見ろ」
少年——CODE-No.4の低く澄んだ声が、静まり返った路地に響く。ウォルターはCODEから既にマークされていた己のフルネームを呼ばれ、恐怖で全身の血が凍りついた。
レン「選択肢を3つ与える。その1、この銃は5万ボルトのテーザー銃だ。撃たれれば呼吸困難・臓器不全、そして膀胱も腸も痺れて糞尿を垂れ流す、それから逮捕されて取調室で聴取を受けるか?」
淡々と、しかし恐ろしいほど具体的な肉体的苦痛を告げられる。
レン「その2、お前達のボス"ジョン・ビッグス"が潜伏している居所を今すぐ吐いて逮捕されるか?」
レンの指が、静かにトリガーへとカチリと負荷をかける。
レン「その3、そのどれかも選ばず抵抗するなら死なない程度に痛めつけて強制連行して拷問部屋で居所を吐かせる。この場合は命の保証は無いからそのつもりでいろ。3秒以内に答えろ。過ぎれば自動的にその1の選択と見なす。こちらの質問にそぐわない返答をした場合も同様だ」
ウォルター「ひっ……! 嘘だろ、ガキ……な、なにを——」
レン「3」
カウントダウンが始まる。少年の瞳には1ミリの躊躇も存在しない。本当に「1」の選択肢を実行し、そのまま拷問部屋へ引きずっていく確信が、ウォルターの生本能を激しく揺さぶった。
レン「2」
ウォルター:「分かった! 話すから止めてくれ! ビッグスは、西地区の第三埠頭にあるB棟の倉庫だ! 今夜そこに潜伏してる! 本当だ、本当なんだ!!」
叫び散らすウォルターに対し、レンは銃口を突きつけたまま、じっと彼の目元と頸動脈へ視線を固定した。瞳孔のわずかな収縮、首筋の脈拍の上昇と拍動パターン。CODEで叩き込まれた人間心理学と尋問技術に基づき、嘘をついていないことをコンマ数秒で確定させる。確認を終えたレンは、銃口を少し下げると、何事もなかったかのように事務的な言葉を口にした。
レン「あなたには黙秘権、及び弁護士を雇う権利があります。その費用がなければ公選弁護士を雇う権利があります。以上です」
形式的なミランダ警告を通達し終えた直後、レンは一切の予備動作なく銃の柄(グリップウェイト)をウォルターの側頭部へ思い切り叩きつけた。鈍い打撃音とともに、ウォルターの意識は一瞬で途絶え、泥のように崩れ落ちた。
レン「協力に感謝します…こちらCODE-No.4。ウォルター・ダグラスの確保願いします。」
倒れた男へ一言だけ冷たく残し後始末をCODE本部に連絡して任せる。レンは一転して影のような静寂さを取り戻し、単身でテロリストの本拠地である第三埠頭へ向け、恐るべき躍動感と身のこなしで暗闇へと消えていった。
【シャッセール本部・作戦会議室】
ドローンが捉えた一部始終をモニター越しに見ていたシャッセールの室内は、凍りついたような静寂に包まれていた。
光竜「あ……あ……」
光竜は両手で口元を覆い、小さく震えていた。いつも「おとうと」のように接してくれようとしていた可愛い少年が、あまりにも迷いなく人間を追い詰め、拷問や死を淡々と突きつける姿。そのギャップと恐ろしさに、言葉を失っていた。
光竜「(レンくん……あんな冷たい声……出せるの……? 嘘でしょ……あんなの、あたしたちの知ってるレンくんじゃないよ……っ)」
闇竜は拳を握り締め、画面から目を逸らさずに絶句していた。
闇竜「(なんという手際……相手の心理的隙を完全に突き、一切の無駄なく情報を提示し、生体反応で発言の真偽までスキャンしてみせるなんて……。ルネさんに話していた過去は、何ひとつ誇張などではなかった……。彼は本当に、あの若さで修羅の拷問官であり、冷徹な死神だったのですね……)」
パピヨンは、胸元を強く締め付けられるような激痛を感じていた。
パピヨン「(これが……「銀の闇」の本領……。相手を追い詰めるあの完璧な手順の裏に、どれほどの血と地獄が隠されているの……? 5歳や6歳の子が、どれだけの恐怖と冷酷さを叩き込まれれば、あんな風に事務的に人を裁けるようになるというの……っ!)」
そして、ルネは——。
ルネ「っ………………ッ!」
ルネは激しい怒りと悲しみで、デスクを拳で力任せに殴りつけた。
ルネ「(冗談じゃない……! 冗談じゃないよ!! あいつが前に言ってたこと……赤ん坊の処理だの、拷問だのって話は、全部……全部本当のことだったんだ!!)」
数日前に抱きしめた時の、レンのあたたかな涙。凱に「勇気がある」と言われて揺らめいていたあの少年の心が、CODEの一通の指令によって、一瞬で冷徹な「殺戮兵器」へと引き戻されてしまったのだ。
ルネ「パピヨン!私は追うよ!!バックアップして!!」
パピヨン「えっ!? でもCODEからの通達が……!」
ルネ「知るかそんなクソ通達!! あんな7歳のガキに、一人でバイオネットの巣窟へ乗り込ませてたまるかい! シャッセールのルールだろうがCODEのルールだろうが、知ったこっちゃないね! アタシたちが追うんだよ!!」
光竜・闇竜「了解!!」
「銀の闇」としての圧倒的で孤独な強さを見せつけられながらも、シャッセールの面々は、その冷徹さの奥にある少年の悲痛な心を救い出すため、単身乗り込んだレンの後を追って出撃するのだった。
レンの復讐心が次回で更に上がる