過酷な訓練と惨烈な戦いに明け渡されたレンの日程表の中に、ぽっかりと浮いた一日の「休暇」。
それはCODEに服従する際、レンが唯一自ら提示し、勝ち取った特別な条件だった。
光竜「ねえねえレンくん! 今日はお休みでしょ? 一緒にお買い物とか遊びに行こうよ!」
レン「光竜さん……ありがとうございます。でも、午前中はどうしても行かなければならない場所があるんです。午後からなら、喜んでお供します」
そう言ったレンの表情は、どこか遠くを見つめるように静かだった。一人で身支度を整え、出かけていく小さな背中。どうしても気になった光竜は、闇竜を巻き込んでこっそりと後を追うことにした。一方、シャッセール本部ではルネ・カーディフ・獅子王とパピヨン・ノワールが、パピヨンの超小型ドローンカメラ越しに彼の動向を静かに見守っていた。レンが辿り着いたのは、市街地の喧騒から離れた、静寂に包まれた墓地だった。整然と並ぶ墓石の奥、「不動 純一」「不動 かすみ」と刻まれた二つの墓標の前で、レンは足を止めた。
そう——今日は、バイオネットの襲撃によって両親が命を奪われた、忘れることのできない命日だったのだ。
レンは持参したバケツとたわしを使い、時間をかけて丁寧に、慈しむように墓石を洗った。お供えの花を飾り終えると、彼は二つの墓標の間にすっぽりと収まるように膝を抱え、体育座りをした。
レン「お父さん、お母さん……また一年、経ったよ」
見つめるモニター越し、そして木の陰から見守る光竜たちの瞳が丸くなった。そこにいたのは、ジョン・ビッグスを冷徹に追い詰め、暗闇で刃を振るっていた「CODE-No.4」ではなかった。柔らかく陽光を浴びながら、年相応の無邪気で温かな微笑みを浮かべる、どこにでもいる7歳の少年だった。
レン「最近ね……シャッセールっていうところでお世話になってるんだ。ルネさんっていう男勝りだけどすごく優しいサイボーグの人や、パピヨンさんっていう綺麗で温かい人がいて……それに、光竜さんや闇竜さんっていう賑やかなお姉ちゃんたちもいるんだよ」
墓石に向かって、最近の出来事を一つひとつ嬉しそうに報告するレン。
レン「みんな、僕に温かいごはんを食べさせてくれて……僕のことを心配して怒ってくれたり、抱きしめてくれたりするんだ。……できることならね、僕……あのみんなと、本当の『友達』になりたいな。コードネームじゃなくて、ただの『レン』として……」
そのささやかな願い。CODEでの血塗られた日常では決して口にすることの許されない本音が、両親の前でだけ、ぽろぽろと零れ落ちていく。一年で今日だけ、この場所だけが、レンにとって家族のぬくもりを感じられる唯一の時間だった。
レン「CODEにいると……自分の心が、どんどん血も涙もない怪物になっていくのが分かるんだ。……でも、シャッセールのみんなは、僕を『人間』にしてくれる……」
語りかけるうちに、レンの言葉が微かに途切れ始めた。脳裏を過ったのは、物心つく前に目の前で繰り広げられた、絶叫と血の匂い。記憶の奥底に封印されていた両親の最後の顔が、鮮烈なフラッシュバックとなって少年の幼い精神を襲う。
無意識のうちに、瞳から大きな涙が溢れ出し、頬を伝って落ちた。
レン「ねぇ……何か言ってよ……お父さん、お母さん……っ。なんで僕を置いて、先に逝っちゃったの……? 寂しいよ……僕を一人にしないでよ……っ」
膝に顔をうずめ、肩を小さく震わせながら、一人静かに涙を流し続けるレン。その姿を目にしたシャッセールの面々の胸に、波のような感情が押し寄せた。
陰で見守っていた光竜は、両手で口を覆いながら必死に泣きじゃくるのを耐えていた。「レンくん……そんな風に思っててくれたの……? あたしたち、友達だよ……ずっと友達だよ……っ!」と心の中で叫び、闇竜もまた、静かに目元を拭いながら「彼が背負う悲劇の深さに、言葉もありません……。ですが、私たちの差し伸べる手が彼の光になっているのなら、全力で支え続けなければ」と深く誓っていた。
そして、本部でドローン映像を見つめていたルネ・カーディフ・獅子王は、強く拳を握りしめ、溢れ出る涙をそのままに画面を凝視していた。
ルネ「(あたしたちと友達になりたい……だと……? バカ言んじゃないよ……! 友達どころか、アンタはもうアタシたちの家族なんだよ……! CODEの怪物になんてさせてたまるか……アタシが、絶対にアンタの『人間』としての場所を守り抜いてやる……ッ!)」
誰よりも深く、レンの心に同調していたのはパピヨン・ノワールだった。彼女の持つ「センシングマインド」が、レンの胸の奥から溢れ出す感情の波を、ダイレクトに感知していた。両親への愛おしさ。一人取り残された絶望的な孤独。自分の手が汚れていくことへの恐怖。そして——シャッセールで見つけた、消えそうなほど小さく、けれど確固たる「生への希望」。
パピヨン「(なんて……なんて愛おしくて、切ない波長なの……。CODEはあなたを兵器として縛り付けようとしているけれど、あなたの魂はこんなにも美しく、人間らしい温もりに満ちている……)」
パピヨンは胸に手を当て、溢れる涙を静かに流しながら、墓地で一人泣く少年に向けて、やさしく念じるように呟いた。
パピヨン「安心して、レンちゃん……。あなたのそのささやかな願い、私たちが絶対に叶えてあげるわ。あなたはもう、怪物なんかじゃない……私たちの、大切な大切な男の子よ……」
午後になれば、また「CODE-No.4」としての過酷な現実が彼を待っているかもしれない。けれど、墓石の前で泣きじゃくる少年の背中を、遠くから見守る4人の温かな眼差しと絆が、しっかりと、そして強く包み込んでいた。
次回、新たなエージェント現る