勇者一行です、通してください 作:もりもりら
妖刀を拾ってから、三日が経った。
その間にキスケは、この無銘の妖刀についていくつかのことを知った。まずやたらと喋る。次に、やたらと人を斬らせたがる。そして何より、うるさい。
『あるじ〜』
「…………」
『あるじってば。ねえ、聞こえてる? 無視しないでよぉ』
キスケは無言のまま歩き続けた。町を出てから、もう一刻近くこれである。
腰には二本の刀が差してあった。一本は以前から使っている物。そしてもう一本が、あの祠から持ち出した無銘である。その隣を華やかな着物姿の少女が歩いているが、もちろん道行く人間にその姿は見えていない。
『あるじ、お腹空いた』
「三日前に食っただろ」
『三日前だよ!?』
「三日くらい我慢しろ」
『あるじだって三日ご飯抜きにされたらいやでしょ?』
「俺とてめェを一緒にすんな」
『一緒だよぉ。お腹が空いたら悲しいもん』
「知るか」
無銘は不満そうに頬を膨らませると、キスケの周囲をうろうろし始めた。実体がないらしく、道端の木や岩にぶつかっても身体はそのまますり抜けていく。
『ねえ、あの人は?』
「駄目」
『まだ何も言ってない!』
「斬れって言うんだろ」
『うん!』
「駄目」
『あの馬車のおじさん』
「もっと駄目」
『じゃあ誰ならいいの?』
「俺に斬りかかってくる奴」
その答えに無銘は足を止め、少し考えるように首を傾げた。
『あるじに斬りかかってくる人なんて、そんなにいる?』
「いねェよ普通は」
『えぇ……』
この世の終わりのような顔をされた。
「人をなんだと思ってやがる」
『ごはん』
「…………」
『いたいいたいいたい! 柄つよく握らないで!』
「効くのかよ、これ」
意外な弱点を見つけた。
そんなやり取りをしながら、キスケは次の目的地を目指していた。
それなりに力のある領主が治める城塞都市ラウルグ。巨大な闘技場を抱えていることで知られる都市であり、普段ならキスケにとって何の興味もない場所だった。
しかし数日前から、周辺の町々ではある告知が盛んに張り出されていた。
──《勇者杯》開催。
国王による勇者選定の布告を受け、領主が所有する勇者の遺物《指輪》を大会の優勝者へ譲渡する。参加資格は問わず、身分も出身も戦歴も不問。己の力に自信がある者は闘技場へ集え。
話を聞いたキスケの決断は早かった。
「探す手間が省けたな」
遺物の持ち主を一から探し出し、どうにか譲ってもらうより遥かに簡単だった。大会に出て優勝し、指輪を貰う。それだけで残る遺物が一つ減るうえ、優勝賞金まで出るらしい。キスケにとっては、むしろそちらのほうが重要だった。
『勇者杯って、人いっぱい斬れる?』
「斬ったら失格だろ」
『えっ』
「殺し合いじゃねェんだから」
『じゃあ行く意味ないじゃん』
「俺にはあんだよ」
『あるじが斬らないなら、あたし何しに行くの?』
「知らねェよ。てめェは鞘ん中で寝てろ」
『やだ!』
「じゃあ売る」
『寝る!』
キスケは無銘を無視して道を進んだ。都市までは徒歩で数日。開催まで1ヶ月もある。急ぐ理由もないので、途中の町で酒を飲み、適当な宿に泊まりながら向かうつもりだった。
勇者杯に出て、指輪を手に入れる。ついでに賞金も貰い、終わったら美味い酒でも飲む。今のところ、何一つ問題のない計画だった。
そんなキスケの旅路から、少し離れた場所。同じ道を、一人の男が歩いていた。
男を一目見て、まず目につくのは顔を覆う鉄の仮面だった。
飾り気のない無骨な鉄板を顔の上半分へ押し当てたような代物で、奇妙なことに目を出すための穴すらない。どう見ても何も見えていないはずなのだが、男は一挙一動、歩きすら無駄がなく洗練されている。
軽装の上から、肩や腕、脚の要所だけを金属の防具で固め、腰には革のベルトや装具が幾重にも巻かれ、その上からマントを羽織っている。背には身の丈ほどもある大剣。その佇まいから、一見すれば旅の騎士に見えなくもない。
ただし、その金属防具や仮面はこの辺りでは見たことのない造りをしていた。素材は良質そうだが、青い亀裂はこの世界のものとはとても思えない。王国の騎士が使うものとも、北方の傭兵たちが好むものとも違う。細部の意匠から金属の加工法に至るまで、この土地のどの文化にも当てはまらない。
男──ロド・ファルシフォスは、道端に倒れた一頭の魔物を無言で見下ろしていた。大人の背丈を優に超える熊に似た魔物だったが、その巨体はすでに動かなくなっている。
「…………」
ロドはひどくつまらなそうに死骸を眺めたあと、大剣を背負い直して何事もなかったように歩き出した。
少し先から、武装した四人組の冒険者たちが歩いてくる。すれ違いざまにロドは彼らを一瞥し、通り過ぎてからわずかに振り返った。
「……弱い」
それだけ呟き、再び歩き出す。
ロド・ファルシフォスに明確な目的地はなかった。彼が求めているのは場所ではなく、強者だった。
国を渡り、海を渡り、ときには世界そのものさえ渡って、ひたすら強い者を探す。強者を見つければ戦い、負ければまた戦う。それでも負ければ、さらに戦う。勝つまで何度でも繰り返す。相手が迷惑しているかどうかなど、彼にとっては大した問題ではなかった。
そんなロドがこの世界へ流れ着いてから、しばらく経つ。
しかし、未だ満足できる相手には出会えていなかった。
その日の昼過ぎ、キスケは道の途中にある小さな茶屋で休んでいた。
「おかわり」
「兄ちゃん、よく食うねぇ」
「歩くと腹減んだよ」
店先の長椅子に腰掛け、串焼きの肉を頬張る。勇者杯の開催が近いからか、道を行き交う人間は多かった。剣や槍を携えた者も珍しくなく、おそらく彼らの中にも闘技場を目指している者がいるのだろう。
無銘はキスケの隣に座り、恨めしそうに串焼きを見つめていた。
『おいしそう』
「うめェぞ」
『いいなぁ』
「食えば?」
『食べられないの知ってるでしょ!』
「じゃあ見るなよ」
『あるじ性格悪い!』
「今更だろ」
キスケは無銘の目の前で、わざと残った肉を一口で食べた。
『ああっ! 絶対いつか祟ってやる!』
「もう呪われてるようなもんだろ、てめェに」
代金を置いて立ち上がったところで、先ほどまで騒いでいた無銘の声色がふいに変わった。
『あるじ。あの人、ずっとこっち見てるよ』
「あ?」
キスケが振り返ると、道を行き交う旅人たちの向こうに一人の騎士が立っていた。顔の上半分を鉄で隠した異様な男で、背中には巨大に見える大剣を負っている。
男は動かない。視線の先など鉄の仮面で分かるはずもないが、何故だかキスケは、自分に向いているように思えてならなかった。
「……なんだァ、あいつ」
『知り合い?』
「知らねェ」
『あるじのこと、すっごい見てる』
「気持ち悪ィな」
キスケは男から視線を外し、そのまま歩き出した。酔っ払いならともかく、あんな大剣を背負った男とわざわざ関わる理由はない。勇者杯へ向かう参加者だとしても、闘技場で会えばいいだけの話だ。
しかし、しばらく歩いたところで無銘が後ろを振り返った。
『あるじ、ついてきてるよ』
「…………」
キスケも振り返ると、先ほどの騎士が少し離れたところを歩いていた。試しに足を止めれば男も止まり、再び歩き出せば何事もなかったようについてくる。
「……なんなんだよ」
『お友達になりたいんじゃない?』
「だったら話しかけろよ」
『恥ずかしがり屋なんだよ、きっと』
「あのナリでか?」
試しに道の端へ寄ってみれば男も同じ方向へ寄り、反対側へ移ればやはりついてくる。
「喧嘩売ってんのか?」
キスケは無視することにしたが、それからさらに歩いても男は一定の距離を保ったままついてきた。距離を詰めるでも離れるでもなく、ただ黙々と後ろを歩いている。まさか勇者の遺物を狙う者だろうか。しかし、あれだけあからさまだと違う気もしてくる。
さすがに鬱陶しくなったキスケは人気のないひらけた地で足を止め、振り返った。
「おい。さっきからなんなんだ、てめェ。用があるなら言えよ。ねェなら失せろ」
男も立ち止まり、しばらくキスケを見つめていたが、やがて初めて口を開いた。
「貴様、強いな」
「……は?」
男──ロド・ファルシフォスは、それ以上何も説明しなかった。ただキスケの立ち方から腰に差した二本の刀、腕や脚の運びに至るまで、まるで品定めでもするように視線を走らせている。
『あるじぃ』
無銘が楽しそうに笑った。
『斬りかかってくる人、いるじゃん』
「チッ」
キスケは露骨に顔をしかめた。
「で? 俺が強かったらなんなんだよ」
その問いにもロドは答えず、代わりに背負っていた大剣の柄へ静かに手を伸ばした。
それを見た無銘の表情が、ぱっと明るくなった。
大剣が地面を抉った。
キスケは紙一重でその一撃をかわすと、踏み込みざまに刀を振り上げた。ロドは即座に大剣を引き戻して受け止める。甲高い音が響き、二人の刃が激しくぶつかり合った。
「……!」
重い。
これまで斬ってきた魔物とは比べ物にならない。大柄でもない身体のどこにこれほどの力があるのか、大剣越しに押し込まれるだけでキスケの足が地面を滑った。
「いいな、貴様」
鉄仮面の下で、ロドの口元がわずかに吊り上がる。
「久しぶりだ。こういうのは」
「俺はちっともよくねェよ!」
力任せに刃を弾き、キスケは間合いを取った。
ロドは追う。身の丈ほどもある大剣を振るっているとは思えない速さだった。横薙ぎ、切り返し、そのまま踏み込んでの斬り下ろし。どれもまともに受ければ刀ごと叩き潰されかねない。
キスケは受けずにかわした。
身体を沈め、頭上を通過した大剣の下へ潜り込む。ロドがすぐさま柄を引き戻すが、その一瞬だけキスケのほうが速かった。
「遅ェ!」
無銘が走った。
狙うのは防具に守られていない首。
刃が一閃する。
今までの刀なら骨に引っかかっていたかもしれない。しかし無銘の刃には、やはりほとんど手応えがなかった。
ロドの首が飛んだ。
鉄仮面をつけた頭部が宙を舞い、その身体は勢いのまま数歩進んでから地面へ崩れ落ちる。
少し離れた場所へ、頭が転がった。
「…………」
キスケは刀を振って血を払った。
「ったく、なんだったんだァ、こいつ」
道を歩いていただけなのに、いきなり強いだのなんだのと言われて襲いかかられたのだ。たまったものではない。
無銘はというと、先ほどから妙に静かだった。
「おい」
『…………』
「おい、刀」
『……んん?』
「なんだよ」
『なんだろ、この人……』
「あ?」
『なんか変』
「変なのは見りゃ分かんだろ」
『そうじゃなくてぇ……』
無銘は地面に倒れたロドを覗き込み、不思議そうに首を傾げている。
『魂が──』
そのとき、背後で物音がした。
キスケが振り返る。
「…………は?」
ロドが立っていた。
首もある。
鉄仮面もある。
大剣も握っている。
先ほどまで地面に転がっていた頭部も、倒れていた身体も、どこにもなかった。
まるで今までの戦いそのものをなかったことにしたかのように、ロドは五体満足でそこに立っている。
キスケが思わず自分の刀を見ると、刃にはまだ血が残っていた。間違いなく斬った。首が飛ぶところまで、この目で見たはずだ。
「…………」
キスケはもう一度ロドを見やる。
死んだはずの男の表情は相変わらず鉄仮面に隠されて分かりにくい。だが、その口元は大きく歪んでいた。
「もう一戦だ……!」
声には先ほどまでになかった熱が籠もっていた。
たしかに首を斬ったはずだ。
だのにロドは、自分が一度死んだことなど気にも留めていない。それどころか、負けたからもう一度やろうと迫ってくる。
まるで、めんこで負けた子どもが相手に泣きの一回を懇願するように。
「正気かよてめェ……」
キスケは後ずさった。
竜を相手にしたときですら、こんな反応をしたことはない。強いとか弱いとか、そういう問題ではなかった。
明らかに面倒臭い。
純粋に、関わりたくない。
ところがロドは一歩前へ出た。キスケが下がった分だけ、当然のように距離を詰めてくる。
「おい刀! あいつの魂食え、今すぐ!」
キスケは最早外聞忘れて喚いた。
この狂った状況をどうにかしてくれるなら、このうるさい刀に土下座してやっても良いくらいだった。しかし無銘はガタガタと身体を震わせている。
『むりだよぉ……なんか、なんかあれ、へんな感じがするぅ……』
「チッ、じゃあどうしろってんだよ!」
『しらないよお! 斬って、斬って! 斬れば大体のことは解決するんだから!』
「解決しなかったじゃねェか!」
『うわーん!』
無銘が頭を抱えて泣き出した。
ロドはそんなキスケを黙って眺めていた。
もちろん彼に無銘の姿は見えていないし、声も聞こえていない。傍から見れば、キスケが誰もいない空間に向かって突然怒鳴り始めただけである。
「存在しない声と会話するとは、貴様も正気ではないな」
「てめェのせいで俺まで頭がおかしい扱いされてんじゃねェかクソ刀!」
『うるさいやいうるさいやい!』
「うるせェのはてめェだ!!」
『あるじのほうがうるさいっ!!!』
ロドは大剣を構え直した。
「やはり貴様、頭がおかしいな。だが、まともではないほど、戦いとは面白いものだ」
「てめェと一緒にすんじゃねェよ気狂いがッ!」
キスケの怒声が辺り一帯に響き渡った。
直後、ロドが地面を蹴り、大剣を持っているとは思えない速度で間合いを詰めてきた。その勢いを乗せた横薙ぎが胴へ迫り、キスケは大きく後ろへ跳んでかわす。切っ先が着物の端を掠め、そのまま背後の木へ深々と食い込んだ。
「逃げるな!」
「誰が二回も付き合うか!」
キスケは着地するなり背を向けて走り出した。
『あるじ!? 戦わないの!?』
「逃げんだよ! 殺しても死なねェ奴とどう戦えってんだ!」
至極もっともな判断だったが、ロドは当然のように追ってきた。キスケが全速力で走っているというのに、背後から聞こえる足音は離れるどころか、少しずつ近づいてくる。
「待て! 戦え!」
「待つ馬鹿がいるか! 嫌だ!」
背後で風が唸り、キスケは迫る気配を感じて咄嗟に横へ飛んだ。直後、大剣がすぐ脇の地面へ叩きつけられ、砕けた石と大量の土が飛び散る。その一部を頭から浴びたキスケはとうとう足を止め、髪についた土を払いながら額に青筋を浮かべた。
「……てめェ、人が大人しく帰ろうとしてんのによォ……!」
「戦いの途中だ」
「終わったんだよ! 一回てめェ死んだだろうが!」
「だがオレはここにいる」
「それが気持ち悪ィっつってんだよ!」
逃げても追ってくる。殺しても蘇る。このまま放っておけば、目的地まで延々と追い回されかねない。……ならば、もう一度殺してから考えることにした。
キスケは盛大に舌打ちすると、とうとう無銘を抜いた。
『やったぁ! 次こそは食べるよー!』
「喜ぶなクソ刀!」
対するロドの口元がわずかに吊り上がった。
「来い」
「……ああ、分かったよ。そんなにやりてェなら、二度と立てねェようにしてやる」
今度はキスケから踏み込んだ。無銘と大剣が正面から激突し、甲高い音とともに腕へ凄まじい衝撃が走る。力では明らかにロドが上で、まともに押し合えばキスケの足が地面を滑っていく。
すぐに刃を外して横へ逃れると、間髪入れず追撃が来た。一撃目を身を沈めてかわし、返す二撃目から後ろへ退き、三撃目だけを無銘で受け流す。ロドは身の丈ほどもある大剣を振るっているとは思えないほど軽快で、一度攻勢に入れば息つく暇も与えない。
「いいぞ! 先ほどより動きがいい!」
「てめェが勝手に興奮してんだろ!」
速く、重く、それでいて雑ではない。単純な剣の腕なら、これまでキスケが戦ってきた相手の中でも間違いなく上位だった。
だからこそ、まともに剣で勝負する必要はなかった。
キスケは斬撃をかわしながら、少しずつ後ろへ下がっていく。一見すればロドの猛攻に押されているだけだが、その足取りにはわずかな余裕があった。
『あるじ、押されてない?』
「黙って見てろ」
短く答えながら、キスケは背後を一瞥した。
そこには先ほどロド自身が大剣で叩き割った地面がある。深く抉られた土は柔らかく崩れ、その周囲には砕けた石が散らばっていた。
キスケはさらに二歩下がり、その崩れた場所へ踏み込んだところで、足を取られたように大きく体勢を崩した。
「──ッ」
ロドは見逃さなかった。
「もらった!」
待ち望んだ隙を前に、ロドは大剣を高々と振り上げる。その声には、普段の無表情ぶりからは想像もつかないほどの喜色が滲んでいた。
それを見て、キスケは笑った。
「ばーーか!!」
崩したはずの体勢を強引に戻すと同時に、足元の柔らかな土を思い切り蹴り上げた。砂と小石がまとまってロドの顔面へ飛ぶ。
もちろん、鉄仮面にはそもそも目を出すための穴がない。そんな相手に目潰しが通用しないことくらい、キスケにも分かっていた。
狙ったのは、その下だった。
「なっ……!」
仮面から露出した鼻と口へ土砂をまともに浴び、ロドの呼吸が詰まる。ほんの一瞬、大剣を振り下ろす動きが鈍った。
それだけあれば充分だった。
キスケは振り下ろされる大剣の内側へ一気に潜り込み、無銘を横薙ぎに振るった。先ほどと寸分違わぬ場所を刃が通り抜け、鉄仮面をつけた頭部が宙を舞う。
だが、今度のキスケはそこで終わらなかった。
『あるじ?』
「首だけだから戻ってくんのかもしれねェだろ」
倒れかけた身体を蹴り飛ばし、仰向けになったロドの胸へ無銘を突き立てる。刃は防具の隙間から深々と入り、そのまま背中まで貫いた。
『ちょ、あるじ!?』
「念のためだ!」
『念入りすぎない!?』
「てめェ魂食えてねェんだろ!?」
『食べられないけどぉ!』
「じゃあ黙ってろ!」
無銘を引き抜いたキスケは、完全に動かなくなったロドをしばらく警戒していた。首を落とし、胸まで貫いた。ついでに足とかも胴体から切り離しておいた。これで立ち上がるようなら、もはや殺し方を考えるだけ無駄だろう。
「……今度こそ死んだ、今度こそ死んだ」
もはや祈りである。自分に言い聞かせているだけである。半信半疑で見上げてくる無銘をキスケは自分の精神衛生のために無視した。
刀についた血を払い、鞘へ収める。これ以上付き合っていられないとばかりに踵を返し、そのまま何事もなかったように歩き出した。
しかし、十歩も進まないうちに背後から声がした。
「いい戦いだった」
キスケの足が止まった。
『…………』
「…………」
『あるじ』
「言うな」
嫌々ながら振り返ると、そこにはやはりロドが立っていた。
落としたはずの首は当然のように繋がり、胸を貫いた傷も消えている。鉄仮面も防具も元通りで、当の本人に至っては死んだことなど些事とでも言わんばかりに、平然と大剣を担いでいた。
「もう一戦だ」
キスケの頬が引きつった。
第一戦では何かの間違いかもしれないと思った。だが、今度は首を落としたうえで胸まで貫いた。それでも目の前の男は何事もなかったように立っている。
「勘弁してくれ……」
どう殺すかという問題ではない。こいつは殺せない。
ならば、殺し方を考えるだけ無駄だった。
再び大剣へ手をかけようとするロドを見ながら、キスケは別の方法でこの男をどうにかできないか必死に頭を回した。
そして、ふと閃いた。
「……待て」
「なんだ」
「てめェ、負けたよな?」
「負けた」
「これで二回だ。間違いねェな?」
「そうだ」
あまりにも素直な返答に、キスケの口元にはろくでもない笑みが浮かぶ。
「だったら話は簡単じゃねェか。この世界はなァ、敗者は勝者の言うことを聞くルールなんだよ!」
『えっ?』
無銘が驚いたようにキスケを見たが、当然キスケは無視した。対するロドはしばらく黙り込み、本当にそんな決まりがあるのか考えているらしい。その様子を見て、キスケは内心ほくそ笑む。どうやら効いている。
「てめェが二回負けた。俺が二回勝った。なら、てめェは俺の言うことを聞かなきゃならねェ」
「そうなのか」
「そうだ!」
『あるじ……』
余計なことを言いかけた無銘を黙らせるように、キスケはその柄を思い切り握り込んだ。
『いひゃいいひゃい!』
そんなやり取りが見えているはずもないロドは腕を組み、しばらく考えた末に「なるほど」と呟いた。
「納得すんのかよ……」
あまりの素直さに思わず本音が漏れる。
「何か言ったか」
「なんでもねェ!」
「郷に入っては郷に従えという。この世界の法ならば従おう」
ロドはそう言ってついに構えをとき、大剣を背に負った。まさか本当に信じるとは思っていなかったキスケは若干面食らったものの、ようやくこの戦闘狂から解放されることに安堵し、「よっしゃあ!」とはしゃいだ。
「よし。今後俺と関わるな。いいな?」
「断る」
「んでだよ!」
キスケが怒鳴るのも意に介さず、ロドは腰に下げていた小さな革袋を外すと、無造作にこちらへ放った。反射的に受け取ったキスケの手に、ずしりとした重みがかかる。
「なんだこれ」
「金だ」
「……金?」
その一言で、キスケの目つきが変わった。
「次からオレが貴様に勝負を挑む。その際、貴様が勝てば金を渡そう」
「待て。そもそもこれは殺し合いだ。もしてめェが勝ったら、俺は死ぬわけだが……」
「そうだ」
「割に合ってねェだろ!」
ロドは何がおかしいのか分からないとでもいうように首を傾げた。
まともに取り合うだけ無駄だ。そう思ったキスケだったが、ふと手の中の革袋へ視線を落とした。試しに口を開いて中を覗いてみれば、そこには無視するには少々惜しい額の硬貨が詰まっている。
『あるじ』
「なんだよ」
『顔が悪いよ』
「元からだ」
キスケは何食わぬ顔で革袋の口を閉じ、そのまま懐へしまった。
「……一回いくらだ」
その言葉を聞いたロドの口元が、鉄仮面の下でほんのわずかに吊り上がった。ロドはたしかにまともではない。だが、キスケも同じくらいまともではなかった。
「交渉成立だな」
「まだ値段聞いただけだろうが」
「オレの名はロド・ファルシフォスだ。貴様は?」
「……フタガミキスケだ。おい、手差し出してくんじゃねェ、野郎と握手する趣味はねェよ」
これ以上話しているともっとろくでもない契約を結ばれそうだと感じ、キスケはさっさと背を向けて歩き出した。
ところが数歩も進まないうちに、背後から規則正しい足音がついてくる。嫌な予感とともに振り返れば、案の定、ロドが何食わぬ顔で後ろを歩いていた。
「……なんでついてくんだよ」
「次に戦うためだが?」
「どっか行け」
「断る」
「敗者は勝者の言うこと聞けっつっただろ!」
「金が欲しくないのか?」
「うぐっ……!」
痛いところを突かれ、キスケは言葉に詰まった。
『あるじ〜』
「今度はなんだ!」
無銘はそんな二人のやり取りがよほど気に入ったのか、楽しそうにロドを見上げている。
『旅、にぎやかになったね』
「なってねェよ!負けたら死ぬんだぞ!」
『でもお金で釣られちゃうんだねえ』
「うっ……」
こうしてキスケの旅に、一人増えた。
もっとも、仲間になったわけではない。ただの変態ストーカーだ。少なくともキスケは、断固としてそう主張した。