勇者一行です、通してください 作:もりもりら
キスケには貯蓄するという考えがない。だから金が手に入れば散財し、素寒貧になっては金策を模索し、面倒になってロドと戦うというのが最近のルーティンとなっている。
最初のうちは、それでもよかった。ロドとの勝負に勝てば金が貰える。多少面倒ではあるものの、働くより遥かに手っ取り早い。なによりキスケは今のところ一度も負けていなかった。
だが、攻略されているのをひしひしと感じていた。
ロドは同じ手に二度引っかからない。初めて戦ったときに通用した技は次には防がれ、防がれたから別の手で殺せば、その次にはそれにも対応してくる。戦うたびにキスケの癖を覚え、間合いを覚え、刀を振るうタイミングまで覚えていく。
そして何より厄介なのが、向こうには敗北の代償がないことだった。首を斬ろうが心臓を貫こうが、しばらくすれば何事もなかったように戻ってくる。一方のキスケは普通に死ぬ。たった一度負ければ、それで終わりである。
このままでは本当に殺されかねない。
久しく忘れていた死の恐怖を思い出し、キスケは案外焦っていた。
「金ってどうやって稼ぐんだ……?」
旅先の町の広場で、キスケは真剣に悩んでいた。
しかし、生まれてこの方まともに働いたことがない。村にいた頃も、たまに降りてくる竜を追い払っていただけで、それ以外は基本的に何もしていなかった。働かずに生きることにかけては相当な年季が入っている。歴戦のニートである。
そんな男にも、一応の成功体験はあった。
魔物に襲われている人間を助けると、金が貰える。それもたんまりと。
旅立って早々、商人を助けた一件がよろしくなかった。実際には報酬が少ないと脅し、挙げ句の果てに置き去りにされた荷物まで漁ったのだが、キスケの中ではいつの間にか「魔物を倒して人を助けると儲かる」という都合のいい部分だけが記憶に残っていた。
良くない成功体験が積まれてしまった。だがイカれた刀が訂正するわけもなく、イカれた戦闘狂が世間の常識を教えてくれるわけもない。
結果、キスケは人間が魔物に襲われるのを待つことにした。
町から少し離れた往来の多い道を見渡せる木陰に腰を下ろし、頬杖をついてじっと待つ。商人の馬車が通るたびに期待を込めて眺め、無事に通り過ぎていけば残念そうに見送った。老人が歩いてくれば魔物が出ないか周囲を見回し、子連れの旅人を見つけては、さすがにあれが襲われるのを期待するのは人としてどうなのだろうと考え直す程度の良識は残っていた。
バードウォッチングってこんな感じなのかな、とキスケは思った。
「なんで今日に限って魔物出ねェんだよ……」
普段なら喜ぶべきことに悪態をつきながら、キスケは町へ戻った。
このまま待っていても金にはならない。かといってロドと戦うのは避けたい。宿代は今夜までなら払えるが、酒を飲めば明日の朝食が消える程度の所持金しか残っていなかった。このままではラウルグに着く前に餓死してしまう。
そこでようやくキスケは、世の中には仕事というものがあることを思い出した。
もっとも、思い出したからといって働く気になったわけではない。なるべく働かず、なるべく簡単に、なるべくたくさん金が貰える何かを探そうとしただけである。
町を歩き回った末、その条件に最も近そうな場所として辿り着いたのが、冒険者ギルドだった。
大通りに面した二階建ての建物で、入口の上には剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。扉を開けば、中は酒場と役所を足して二で割ったような造りになっていた。いくつもの受付が横一列に並び、その反対側には大小様々な紙が隙間なく貼り出された巨大な掲示板がある。昼間だというのに人の出入りは多く、武器を携えた冒険者たちが受付へ素材を運び込んだり、掲示板の前で仲間と相談したりしていた。
キスケはしばらく入口に立って、その光景を眺めた。
どうにも場違いなところへ来た気がする。右を見ても左を見ても、いるのは武器や防具を身につけた冒険者ばかりで、酒を飲んでいる者でさえ卓上に地図を広げ、何やら真面目に話し合っている。働くために人が集まる場所というだけで、キスケには若干の居心地の悪さがあった。
とはいえ、背に腹は代えられない。
キスケは掲示板の前まで行くと、貼り出された依頼書を端から眺めていった。薬草の採取、街道に出没する魔物の討伐、隊商の護衛、鉱山に入り込んだ害獣の駆除。内容にはさほど興味を示さず、まず報酬額を確認してから、その横に書かれた仕事の内容を見る。
薬草採取は安すぎる。護衛は何日も拘束されるので論外。魔物討伐は悪くなかったが、数十匹という文字を見たところで面倒になった。
楽で、早く終わって、危険が少なく、なおかつ報酬が高い。
そんな都合のいい仕事を探しているのだから、なかなか見つからないのも当然だった。
『あるじ、これ──』
「しっ」
耳元で聞こえた声を遮るように、キスケは小さく舌を鳴らした。
隣には誰もいない。
正確には、他人には見えない無銘がいる。以前、人前で無銘と口論したせいでロドから頭のおかしい人間扱いされたことを根に持っているキスケは、それ以来、人のいるところではなるべく喋るなと言い聞かせていた。
無銘は何か言いたそうにしたものの、約束を思い出したらしい。素直に口を閉じ、掲示板を眺め始める。
やがて、掲示板の隅に貼られた一枚が目に留まった。あきらかに他のものより報酬が高かった。
依頼書を剥がして内容を読む。
依頼地は、ここから北西へ二日ほど行った山間の村。近頃、その村で邪神崇拝が行われているという噂があり、事実確認をしてほしいというものだった。噂の出所は行商人で、村人が奇妙な紋章を身につけている、夜になると森の奥へ集団で向かう、何かの鳴き声とも人の声ともつかない音が聞こえるなど、いくつか不審な証言が寄せられているらしい。
ただし、現時点で被害は確認されていない。
邪教徒と決まったわけでもないので、村人との接触は慎重に行い、あくまで調査を優先すること。危険を感じた場合は深入りせず帰還すること。
キスケは最後まで読み、少し考えた。
「……これだな」
戦わなくていい。
村へ行って、本当に邪神とやらを崇めているのか確かめて帰ってくる。それだけで、しばらく遊んで暮らせるだけの金が手に入る。
どうしてこんな簡単そうな仕事が残っているのかという疑問は浮かばなかった。
キスケは依頼書を持って受付へ向かった。
そして数分後、戻ってきた。
「冒険者じゃねェと受けられねェってよ」
『登録すればいいじゃん』
無銘が周囲を気にしながら、小さな声で言った。
「面倒臭ェ」
『じゃあどうするの?』
「考えてる」
冒険者登録そのものはできるらしい。ただし説明を受け、いくつか手続きを済ませ、登録料まで払わなければならない。金を稼ぎに来たのに、どうして最初に金を取られなければならないのか。キスケには到底納得できなかった。
何か抜け道はないものかとギルド内を見回したところで、掲示板の前に見覚えのある擦り切れた外套を見つけた。
ロドだった。
顔の上半分を鉄仮面で覆い、身の丈ほどもある大剣を背負った男は、珍しくキスケを追い回すでもなく、掲示板に並ぶ依頼書を眺めていた。
キスケは目を細めた。
冒険者でもない人間が依頼を探す理由はない。
「……おい」
声をかけると、ロドが振り向いた。
「キスケか」
「てめェ、冒険者なのか?」
「そうだ」
思わぬところに渡り船がいた。
キスケの中でロドの評価がほんの少しだけ上がった。各地を渡り歩きながら金を得られ、依頼によっては強い魔物とも戦える。強者を求めて彷徨うロドにとって、冒険者という立場は何かと都合がよかったようだ。
そして何より、身元もろくに分からない鉄仮面の男を登録したギルドの懐の広さにキスケは感心した。
ただ、ここですぐに食いついたら足元を見られる。相手は戦闘以外には大して頭を使わない男だが、それでも交渉というものは最初が肝心である。
「ふーん」
興味を失ったように返事をして、キスケはそのまま離れようとした。
「待て」
キスケは内心でほくそ笑みながら、面倒そうに振り返る。
「なんだよ」
「ここで会ったのも都合がいい。戦え」
「やだね」
「金は払う」
「今はそういう気分じゃねェんだよ」
ロドが黙った。
以前なら金を出すと言われればすぐに食いついていた。それを断ったことで、鉄仮面の奥から向けられる気配がわずかに変わった。
「では、何が望みだ」
「別に何も」
「なら戦え」
「嫌だっつってんだろ」
キスケは再び背を向ける。三歩ほど歩いたところで、思い出したように足を止めた。
「ああ、そういや一個あったな」
「なんだ」
「どーしても受けたい依頼があるんだが、冒険者じゃねェから受けられねェらしいんだよなァ」
あくまで今思い出したような口調で言いながら、先ほどの依頼書をひらひらと振ってみせる。
ロドは依頼書とキスケを交互に見た。
「オレに受けろと?」
「誰もそんなこと言ってねェだろ」
「顔に書いてある」
「仮面野郎に言われたくねェな?まあ、てめェがどうしても受けたいってんなら、俺もついてってやってもいいけどな」
「なぜオレがどうしても受けたがる」
「…………」
『あるじ、下手くそ』
無銘の囁きを無視する。
「細けェことはいいんだよ。で、どうすんだ?」
キスケは畳みかけるように依頼書を丸め、ロドの肩を叩いた。
「ま、別に嫌ならいいぜ? 俺は他の冒険者探すからよ。てめェ以外にも登録してる奴なんざ、ここにいくらでもいるしな」
「そいつと戦うのか」
「さあなァ」
キスケはわざと周囲を見回した。
「気が合えば、一戦くらい付き合ってやるかもしれねェな」
ロドの手が大剣の柄へ伸びた。
「おい。ここで抜くんじゃねェ」
「そいつは誰だ」
「まだ決めてねェよ!」
「決めろ」
「なんでだよ!」
ロドは少し黙ったあと、キスケの手にある依頼書へ顔を向けた。
「その依頼をオレが受ければ、貴様はオレと戦うのだな」
「ただしもうひとつ条件がある。報酬は全部俺が貰う」
「構わん」
「……本当にいいのか?」
「金には困っていない」
信じられない言葉だった。
キスケには到底理解できない価値観だが、本人がいらないと言っているのだから遠慮する理由もない。キスケは依頼書を掲げて勝ち誇った笑みを浮かべた。
「よーし!じゃあ報酬は全部俺。てめェは一銭も取るな。あと途中で気が変わったとかナシだからな!」
こうして二人が受けることになったのは、《ラドナ村における邪神崇拝の実態調査》。
依頼内容だけを見れば、戦闘すら想定されていない簡単な調査だった。
村へ行き、様子を調べ、帰って報告する。それだけでまとまった金が手に入る。
しかし働いた経験の乏しいキスケは知らなかった。
世の中、妙に報酬の高い仕事には、それなりの理由がある。