カスどもの救世 作:もりもりら
邪神を追い返したあと、村にかけられていた洗脳は解けた。
正確には、ナルニーナが解いた。
祭壇の水晶が砕けたことで広範囲に作用していた術式はほとんど機能を失っていたが、それでも長いあいだ魔法を受け続けていた影響は残るらしい。ナルニーナが村の中央で指を鳴らすと、村人たちは長い夢から覚めたように次々と我に返った。
そして、キスケはナルニーナをぶん殴った。ついでにあの変な踊りも踊らせた。ナルニーナは死ぬほど抗議して泣き喚いたが脅してやらせた。キスケとロドが受けた被害を考えれば当然である。
そこまではよかった。
問題はその後である。
「よし、行くぞ」
「どこに?」
「ギルドだよ。てめェを突き出す」
「ええっ!これ以上ボクを辱めてキミが得るものってあるのかなあ?可愛らしいボクのプリティフェイスをボコボコにして、屈辱的な踊りを踊らせて。キミってまさかドSな殿方なの?今どきモテないと思うなあ」
ナルニーナはうだうだと文句を言っているが、そもそも今回の依頼は邪神崇拝の疑いがある村の調査であり、実際に来てみれば村人は洗脳され、その元凶を辿ればこの女に行き着いた。途中で本物の邪神が出てくるという意味不明な事故はあったものの、それとこれとは別問題である。
なにより、ナルニーナを連れて帰れば依頼達成の証明になる。
つまり金になる。
「逃げたらロドに斬らせるからな」
「遠慮しておこう、あれとはもう戦いたくない」
「じゃあ俺がもう一発殴る」
「いやいやキスケくん、女の子を暴力で脅して言うことを聞かせるなんてどうかと思わない?」
「村一つ洗脳した女が倫理を語んな」
「それはそれ、これはこれだよ」
とはいえナルニーナは逃げなかった。拘束しろと言えば「痛いから嫌」と拒否したものの、逃げるつもりはないらしく、結局何の拘束もされないまま二人についてきた。
キスケとしては不気味だったが、理由を尋ねれば答えは簡単だった。
「だって面白そうじゃない?」
それだけだった。
村を出る前、ナルニーナは最後に一つだけ仕事をした。
邪神への信仰を捨てさせたのである。
もっとも、信仰そのものをなくしたわけではない。この国では女神信仰が国教として広く根付いている。それならば、とナルニーナは今まで邪神へ向けられていた信仰をそのまま女神へ置き換えた。
教義も変えた。
人に優しくしましょう。家族を大切にしましょう。困っている者がいれば助けましょう。喧嘩をしたら謝りましょう。
それまでキスケに変な踊りを強要したり、食事の前に意味不明な儀式を要求したりしていた戒律とは比較にならないほどまともだった。
「最初からこれでよかったんじゃねェの?」
「えーだってつまらないじゃん」
「てめェは一回女神様にぶん殴られろ」
「邪神様が本当にいたんだから、女神様も案外いるかもねえ」
「ひとつの世界に神は大概ひとつだろう」
「おやおやロドくん、キミ意外と思想強めのタイプ?」
面倒そうな話になりそうなので、キスケはそれ以上神について話すのをやめた。それに、また何か出てきたら堪ったものではない。
そうして三人は村を後にした。
後日、その村の信仰がどのようなものになったのか、キスケたちが知ることはない。
ナルニーナが最後に残した教え自体は、少なくとも以前より遥かにまともなものだった。だが、どれほど立派な教義であろうと、それをどう解釈し、どう使うかを決めるのは結局のところ人間である。
それが村を本当に良くしたのか。
あるいは、いつの日か別の誰かが都合よく捻じ曲げたのか。
それはまた、彼らの知らない話だった。
「こいつです」
数日後。
冒険者ギルドの受付で、キスケはナルニーナを指差していた。
「こいつが全部やりました」
「言い方!」
「村人を洗脳したのもこいつ。邪教広めたのもこいつ。変な戒律作ったのもこいつ。ついでに邪神呼んだのも多分こいつです」
「最後のは冤罪だよ!」
「うるせェ! てめェが助け求めたら出てきただろうが!」
「偶然だってば!」
「どんな偶然だよ!」
受付嬢は困惑していた。
無理もない。
依頼を受けて村へ向かった二人が、数日後にはシスターを一人増やして戻ってきた。それだけでも意味が分からないのに、報告書へ書き留めなければならない内容は、集団洗脳、偽の宗教、地下祭壇、正体不明の魔物、果てには邪神の顕現である。
横ではロドが腕を組んで立っていた。証言を求められれば事実だけは答えるが、それ以外は我関せずといった様子である。
「とにかく、依頼達成だろ? 村の洗脳は解いた。原因も連れてきた。報酬くれ」
「少々お待ちください。事実確認が必要になりますので、こちらの女性からも事情を──」
「どうぞどうぞ」
ナルニーナがやけににこやかに応じるので、キスケは眉をひそめた。こういうとき、この女は大概ろくでもないことを考えているに違いない。出会ってからまだ大して時間も経っていないというのに、それだけは妙な確信があった。
「……おい、変なことすんなよ」
「はあ、ボクをなんだと思ってるの?」
「詐欺師」
「だいせいかい!」
「やっぱ縛っとけこいつ!」
しかし遅かった。ナルニーナはひらひらと手を振りながら職員に連れられ、そのままギルドの奥へ消えていった。
キスケは待った。かなり待った。
最初のうちは大人しく椅子に座っていたものの、暇になったので食事を注文し、その代金が依頼報酬から差し引かれるわけではないと知って酒まで頼んだ。途中、向かいに座ったロドが「待っている間に一戦どうだ」と大剣を示してきたが、さすがにギルドの中で殺し合う気はなかったので無視した。さらに無銘がキスケにしか聞こえない声で『あの人おいしそう』などと近くの冒険者を品定めし始めたため、黙らせるために柄を殴っておいた。
そうして料理もほとんど食べ終え、酒杯の中身も残り少なくなった頃、ようやく奥の扉が開いた。
「お待たせー」
「おう」
何事もなかったように出てきたナルニーナを見て、キスケは酒杯を置いた。
最初は何がおかしいのか分からなかった。
それから、気づいた。
手錠がない。縄もない。それどころかナルニーナの後ろを歩いている職員には犯罪者を連行しているような緊張感が微塵もなく、むしろわざわざ出口まで客を見送りに来たような雰囲気さえある。
「……あ?」
「調査へのご協力、ありがとうございました」
「いえいえ。市民として当然のことをしたまでですよ」
「待て」
ナルニーナはキスケの制止など聞こえなかったように出口へ向かう。
「待て待て待て待て。なんで帰ってきてんだてめェ!」
「無罪だから?」
「有罪だろうが!」
思わず張り上げた声に、ギルド中の視線が集まった。食事をしていた冒険者たちまで何事かと振り返るなか、キスケは立ち上がって受付へ詰め寄る。
「こいつが犯人だっつっただろ!」
「何を仰っているのですか?」
「何って──」
「ナルニーナさんは村で異変が起きていることに気づき、司祭という立場を利用して内部から原因を探っていた協力者でしょう?」
「…………は?」
あまりにも当然のように言われ、キスケは言葉を失った。ゆっくりナルニーナへ目を向けると、当の本人は少し離れたところに立ち、いかにも清廉潔白な聖職者ですとでも言いたげな微笑みを浮かべている。
「また、住民に対する精神干渉についても、邪神を信仰する何者かによって行われた可能性が高いと──」
「こいつだよ! その何者かが今そこにいんだよ!」
「キスケくん」
ナルニーナが悲しそうに眉尻を下げた。
「いくらボクのことが嫌いだからって、そんな嘘はよくないよ」
「てめェ……!」
そこでキスケは、ようやく周囲の異様さに気づいた。
受付嬢も、ナルニーナを連れていった職員も、奥から様子を見に出てきた責任者らしき男も、誰一人として彼女を疑っていない。単に言い分を信用しているというだけではなかった。ナルニーナが犯人かもしれないという発想そのものが、最初から頭の中に存在しないように見える。
見覚えのある光景だった。
「……洗脳しやがったな?」
「なんのこと?」
ナルニーナは小首を傾げ、これ以上ないほど無垢な顔を作ってみせる。
「その顔やめろ!」
結局、ナルニーナは無罪放免となった。
地下に残されていた祭壇や魔物の死骸、さらに村人たちの証言によって異変そのものは事実だと確認されたため、依頼については問題なく達成扱いとなった。もちろん報酬も支払われる。
それを聞いた瞬間、キスケの怒りはかなり収まった。
ナルニーナが野放しになることについて思うところがないわけではない。だが、金は貰える。それなら、これ以上ギルドで騒ぎ立てて自分まで厄介者扱いされるほうが損だった。
「……なんでいる?」
町を出てしばらくしたところで、背後から増えている足音に気づいたキスケは立ち止まった。
振り返れば、まずロドがいる。これはいつものことなので、もういい。
問題はその隣だった。
「やあ」
「やあ、じゃねェが?」
金髪を風に揺らし、シスター服姿のナルニーナが当然のような顔で歩いている。偶然同じ道を通っているという距離ではない。明らかにこちらについてきていた。
「俺らについてきても何もねェぞ」
「嘘だあ」
ナルニーナは即答した。
「キスケくん。キミ、勇者の遺物を集めてるんでしょう? それに、殺しても戻ってくる不死身の騎士。キミにしか見えない何か。それだけでも充分なのに、存在しないはずの神様まで出てきた」
ナルニーナは指折り数えながら、まるでお気に入りの物語について語るように楽しげな声を弾ませる。
「こんな面白そうな物語、途中で降りるわけないじゃん」
「これは物語じゃねェ。俺が金持ちになるための旅だ」
「なおさら結末が気になるね」
「てめェ叩き斬られたいらしいな」
しかしナルニーナはキスケの邪険な態度に気を悪くするどころか、堪え切れないように声を上げて笑った。
その横では、ロドが今更ながら「勇者の遺物を集めていたのか」などと呟いている。これまで散々ついてきたくせに旅の目的すら知らなかったらしいが、知ったところで興味があるのはキスケとの戦いだけなのだろう。大した反応も見せず、一人で納得していた。
「でもさあ、ボクの洗脳能力はお得だよ?」
キスケの足が一瞬止まったのを、ナルニーナは見逃さなかった。
「ほら、興味あるでしょ?」
「……別に」
「嘘つけ」
ナルニーナが横から覗き込んでくるのを押し退けながら、キスケは歩き続けた。しかし、頭の中ではすでに別のことを考え始めていた。
洗脳。
冷静に考えれば、とんでもなく便利な能力である。
今回の件だけでも、ナルニーナは村人全員を長期間にわたって騙し続けたうえ、ギルドへ連行されたと思えば職員まで丸ごと騙して無罪で帰ってきた。しかも本人によれば、洗脳だけは一度として失敗したことがないという。
使い方次第では、金になる。それも、ものすごく。
例えば商人に──と考えたところで、キスケは一度思考を止めた。
ちらりとナルニーナを見る。
「なあに?」
笑っている。
嫌な笑いだった。
今度は、この女に金儲けを手伝わせた場合を想像してみる。
最初のうちは上手くいくだろう。ナルニーナなら商人だろうが貴族だろうが簡単に騙せるかもしれない。そうして順調に金が貯まってきたところで、こいつはきっと言う。
──なんか普通に儲かるだけじゃ、つまらなくない?
そして余計なことをする。
絶対に、する。断言できる。
金を全部ばら撒くかもしれない。洗脳した連中をけしかけて意味の分からない騒動を起こすかもしれない。下手をすれば、面白そうだからという理由だけでキスケまで巻き込むだろう。
というより、すでに村一つをその理由で巻き込んだ女である。
「……ダメだな」
「えっ、何が?」
「てめェを金儲けに使うのはダメだ」
「まだ何も言ってないのに!?」
「途中で絶対余計なことする」
「それはどうだろう。たしかにボクには悪癖がある。どうしようもないほどの悪癖だ。……でもそれって本当に悪癖と呼ばるのかな?退屈であること。それがどれほど人を殺すかキミは知らないのかい?いや、知っているはずだよ。キミの過去のことだけど……ああ、ところでボクは洗脳が得意だけどもうひとつ得意なことがあってね。それは情報収集さ。人間ってのは実は案外色々なことを知っているものさ、人間だけじゃない。この世の生きとし生けるもの全ては、情報を持っている。彼らにお話を聞けば、案外キミたちの過去を詳らかに知れてしまうわけだけど……」
キスケは即座に追い払うことを決めた。
「やっぱ帰れ。てめェ話が長いんだよ」
「えー」
「村に帰るなり他の奴についてくなり好きにしろ。とにかく俺にはついてくんな」
ナルニーナはしばらく不満そうにキスケを見ていた。やがて何かを思いついたらしく、ぽんと手を叩く。
「じゃあ、ボクを追い払ったら世界中のみんなを洗脳するね」
キスケの足が再び止まる。
「世界中のみんなに、ボクたちは勇者パーティだって認識させる」
「…………」
「行く先々で歓迎されるよ。よかったね、勇者様」
「…………」
「町に入ったら勇者様。宿に泊まっても勇者様。ご飯食べてても勇者様。もちろん王都に行っても──」
「待て待て待て」
「なあに、勇者様?」
「その呼び方やめろ」
「じゃあ一緒に行っていい?」
「ダメだ」
「勇者様」
「やめろ」
「世界を救う偉大なる勇者キスケ様」
「ぶっ殺すぞ!」
ナルニーナは楽しそうに笑っているが、キスケには笑い事ではなかった。
勇者になりたくないからこそ、遺物を集めた最後に王子へわざと負け、褒賞だけ貰って悠々自適に暮らすつもりなのだ。それが世界中から勇者として認識されてしまえば、たとえ王子に負けたところでどうなるか分からない。
何より、目立つ。
死ぬほど面倒臭い。
「……てめェ、本当にやる気か?」
「さあ?」
ナルニーナはにっこり笑った。
「ボク、詐欺師だからね」
やるとも、やらないとも言わない。
だがキスケには分かっていた。この女ならやりかねない。そして実行に移した場合、本当にできる可能性があることは、つい先ほどギルドで証明されたばかりだった。
キスケは頭を抱えた。
無銘が慰めるように声をかけてくる。
『あるじ〜、また変なの増えたね』
「……てめェもその一人だからな」
『あたしは刀だもん』
「一番まともじゃねェよ」
そのやり取りを聞き逃さなかったナルニーナが、すぐさまキスケの横へ寄ってきた。
「また誰かと喋ってる!」
「寄ってくんな」
「ねえねえ、やっぱり誰かいるんでしょ? 女の子? 男の子? 人間? 幽霊? もしかしてその刀? ねえ、ボクにも見せてよ」
「うるせェ! ついてくんな!」
「いいじゃん、減るものじゃないんだから」
「俺の平穏が減るんだよ!」
キスケは吐き捨てるように言って歩き出したが、当然ナルニーナもついてきた。そこで少しずつ歩調を速めてみるものの、彼女も何食わぬ顔で同じだけ速くなる。さらに速めても離れない。腹が立ったキスケがとうとう走り出すと、ナルニーナまでシスター服の裾を持ち上げて楽しそうに追いかけてきた。
「追ってくんな!」
「あはははっ! 待ってよキスケくーん!」
街道を全力で逃げるキスケと、それを笑いながら追いかけるナルニーナ。その後ろを、ロドだけが何をするでもなく、いつもの無表情で歩いていく。
こうしてキスケの旅に、また一人増えた。
仲間ではない。少なくとも、ロドのときと同じくキスケは断固としてそう主張した。
勇者の血を引く元ニート。異世界を渡り歩く戦闘狂。人の魂を喰らう妖刀。そして、存在しない神をでっち上げた挙げ句、本当にその神から寵愛されていた詐欺師。
魔王復活まで、あと三年。
世界を救うには、あまりにも人選を間違えた一行だった。