カスどもの救世 作:もりもりら
城塞都市ラウルグ
城塞都市ラウルグは、遠目からでもそれと分かるほど巨大な壁に囲まれていた。
山から切り出した灰色の石を幾重にも積み上げた城壁は、ちょっとした崖ほどの高さがあり、その上では槍を携えた兵士たちが絶えず行き来している。街道の真正面に構えた城門も、辺境の小さな町なら丸ごと呑み込めそうなほど大きく、本来ならば敵軍の侵攻を拒むための物々しい城塞都市なのだろう。
ところが今、その門へ続く街道には旅人や商人を乗せた馬車が長い列を作り、武器を携えた冒険者や傭兵までが我先にと街へ押し寄せていた。
「……多いな」
列の最後尾へ並んだキスケは、前方を見て早々にうんざりした。
ラウルグが近づくにつれて人通りが増えているとは思っていたが、まさか城門へ入るだけで並ばされるとは思っていなかった。屈強な男たちだけならまだしも、着飾った家族連れや露店商らしき一団まで混じっており、どう考えても全員が大会へ出場するわけではない。
「みんな勇者杯がお目当てかな?」
ナルニーナが人垣の向こうを覗き込むように背伸びする。
「だろうな。クソ、こんな集まるとは聞いてねェぞ」
キスケがラウルグを目指した理由も、その勇者杯にあった。
国王による勇者選定の布告を受け、城塞都市ラウルグの領主は、自らが所有する勇者の遺物《久遠の指輪》を手放すことを決めた。ただし、誰か一人を選んで譲るつもりはないらしい。
参加資格は問わず、身分も出身も戦歴も不問。己の力に自信がある者は闘技場へ集え。
最後まで勝ち残った者へ、勇者の遺物《久遠の指輪》を譲渡する。
それが勇者杯だった。
なんとも馬鹿げた名前だが、これほどまでわかりやすい名前はないだろう。
「勇者の遺物を餌にして人間同士を殴り合わせるんだから、ここの領主様もいい趣味してるよねえ」
ナルニーナは批判しているのか褒めているのか分からない調子で笑った。
「俺には都合がいい。どこにあるか分かってて、勝てば貰えるんだからな」
持ち主を探し出して交渉する必要もなければ、どこかの遺跡を這い回る必要もない。大会に出て、邪魔な連中を全員倒せば指輪が手に入る。
キスケにしてみれば、これほど分かりやすい話もなかった。
「ところで知っているかい。この土地に闘技場が建っている理由を」
長話が始まりそうで、キスケは無関心を貫くため黙った。
「まぁ聞いてよ。そんな長い話じゃない。この土地には恐ろしい魔物が封印されているんだ。それも、勇者が殺しきれなかったくらい恐ろしい魔物をね。今もこの地の底で眠っている。その魔物は非常に残虐だったらしい。だから、闘技場での人間同士の争いを子守唄にして、大人しく眠ってもらっているんだ。そんな勇者と強く繋がりのある土地で開催される、遺物を巡った勇者杯」
彼女は一度言葉を切る。
そしてニコリと笑った。
「優勝したら勇者に一歩近づいちゃうね」
ナルニーナが言いたかったのはそこらしい。わざとらしく嬉しそうな声を出すと、キスケは嫌そうに眉を寄せた。
「金に一歩近づくんだよ。間違えんな」
キスケが欲しいのは勇者という肩書きではない。
遺物を集めた者には、最後に国王の息子との直接対決が待っている。そこで勝てば晴れて次代の勇者、負けたとしても莫大な報酬が与えられる。
ならば遺物だけ集めて王子にわざと負ければいい。
あとは金を抱えて一生働かずに暮らす。
完璧だった。
魔物が封印されてるだとか、魔王が三年後に復活するとか、その後誰が世界を救うのかとか、そんなものはキスケの知ったことではない。
『あるじ〜、お腹すいた』
腰元から聞こえてきた声に、キスケは面倒臭そうに視線を落とした。
「さっき食っただろ」
無銘はキスケの隣を歩きながら、不満そうに頬を膨らませる。
『あれはあるじが食べたんでしょ。あたし食べてないもん』
「てめェは刀だろうが」
その言葉に、前に並んでいた商人風の男が怪訝そうに振り返った。
キスケは黙った。
商人はキスケの隣を見て、それから反対側も確認する。当然ながら、そこには誰もいない。しばらく妙なものを見る目を向けた末、関わらないほうがいいと判断したのか、そそくさと前へ向き直った。
『ねえ、あるじ。なんで黙るの?』
無銘だけは何も気にせず、横からキスケの顔を覗き込んでくる。
「……後にしろ」
声を潜めて追い払おうとするが、無銘は離れない。
『お腹すいた』
「後にしろっつってんだろ」
今度はさらに小声で吐き捨てると、そのやり取りを見ていたナルニーナがすぐさま寄ってきた。
「また喋ってる」
面白そうに腰元を覗き込まれ、キスケは身体をずらして距離を取る。
「寄ってくんな」
「やっぱりその刀なんでしょう? 何て言ってるの?」
ナルニーナが指差す先で、無銘は彼女には見えていないことをいいことに周りをくるくる回った。
「腹減ったってよ」
キスケが仕方なく通訳すると、ナルニーナはますます興味を示す。
「刀がお腹空くの?」
『空くよ!』
聞こえるはずもない相手へ無銘が元気よく答えたので、キスケは代わりに伝えてやる。
「空くらしいぞ」
「へえ。何を食べるの?」
その問いに、無銘は満面の笑みを浮かべた。
『人間の魂!』
「聞かねェほうがいい」
「余計気になるんだけど」
ナルニーナが食い下がってくる横で、無銘は彼女をおちょくるように舌を出した。
『べろべろばー!」
「ガキかよ……いやガキだったな」
思わず返してから、キスケはまた周囲の視線が集まっていることに気づいた。
何もいない場所と会話する男。どう見ても気狂いである。
キスケは舌打ちして口を閉ざした。
そんなやり取りをしている間も、ロドだけは一言も発さなかった。
キスケの少し後ろに立ち、いつもの鉄仮面で顔の上半分を覆ったまま、城門を行き交う者たちを眺めている。相変わらず目穴一つない仮面なのに何が見えているのかは分からないが、本人が困っている様子はない。
「そういや、てめェには言ってなかったか」
キスケが声をかけると、ロドの鉄仮面がこちらを向いた。
「何をだ」
「ここに来た理由だよ。俺はこれから勇者杯って大会に出る。優勝賞品が、俺の集めてる勇者の遺物だ」
ロドはしばらく黙っていたが、大会そのものにはさほど興味を示さなかった。
「そうか」
「だから大会が終わるまでは余計な面倒起こすんじゃねェぞ。俺が失格になったら指輪が取れねェ」
先に釘を刺しておく。
ロドは勝手についてきているだけなので、キスケが遺物を集めていることすら先日ナルニーナの口から聞いて初めて知ったほどだ。放っておけば何をしでかすか分からない。
「どのような大会だ」
興味がなさそうだったロドが尋ねてきたので、キスケは何気なく答える。
「ただの闘技大会だよ。国中から腕に自信のある奴が集まって、最後まで勝ち残った奴が優勝──」
そこまで言って、失言に気づいた。
ロドの鉄仮面が僅かに動く。
「国中から強者が集まっているのか」
「……おい」
嫌な予感がした。
「都合がいい」
ロドは街の向こうを見た。城壁越しにも頭を覗かせている巨大な闘技場へ、目穴のない鉄仮面が真っ直ぐ向けられている。
「探す手間が省ける」
「てめェ、そこら辺の奴に斬りかかるんじゃねェぞ」
「なぜだ」
「大会があんだろうが! 戦いてェならそこでやれ!」
キスケが声を荒らげると、ロドは少し考えてから頷いた。
「なるほど」
妙に素直だった。
「ま、出なくても全然いいけどな」
「なるほど」
単純に聞いていないだけかもしれいない。
キスケも一度は考えた。この男は戦いにしか興味がない。ならば共に闘技大会に出てもらい、確率を上げるのだ。決勝で戦おうとかなんとか言えばほいほい着いてくるだろうし、優勝賞品を強請ればすぐにくれるだろう。だがその考えはすぐに捨てた。単純に戦いたくなかったからだ。昨日戦った時、キスケは初めて彼に対して魔法を使った。ロドは「第2形態か?!」などと訳の分からない事をのたまって興奮していたが、キスケとしては段々死に近づいているようで気が気ではなかった。
「……とにかく、面倒事は起こすなよ?」
念を押すキスケに、ロドは何の迷いもなく答える。
「ああ」
キスケはしばらく鉄仮面を睨んだ。
どうにも不安が残るものの、これ以上言ったところで仕方がない。
やがて列が進み、ようやく順番が回ってきた。門番に簡単な確認を受け、巨大な城門を抜ける。
その途端、外からでは分からなかった喧騒が一気に押し寄せてきた。
大通りの両側には色とりどりの旗が渡され、建物という建物から勇者杯を知らせる垂れ幕が下がっている。露店では串焼きや酒が売られ、商人たちは旅人を捕まえては宿だの武具だのを売り込んでいた。
道行く者たちの話題も似たようなもので、どこから来た剣士が強いだの、有名な傭兵が参加するだの、今年こそ地元の剣闘士が優勝するだの、聞く気がなくとも大会の話が耳に入ってくる。
そして何より目を引くのが、都市の中央にそびえる巨大な円形建造物だった。
「あれが闘技場かあ」
ナルニーナが眩しそうに目を細めながら見上げる。
周囲の建物より頭一つどころか二つほど抜けた大闘技場は、都市の中心に居座るもう一つの城のようだった。外壁には無数の旗が掲げられ、その周辺だけ人の密度が明らかに違う。
「さっさと受付済ませるぞ」
キスケは人混みを見て嫌そうにしながらも、迷わず闘技場へ向かった。
これだけ大勢が参加しようが関係ない。
全員倒せばいいだけである。
闘技場の受付は、想像していた以上に混雑していた。
剣士、槍使い、斧を背負った大男、見るからに魔術師らしい杖持ち。装備も年齢もばらばらな人間が長蛇の列を作っており、その周囲では大会目当ての商人が参加者向けの商品を売り込んでいる。
列へ並んでしばらく経ったところで、キスケは早くも飽きた。
『あるじ〜』
また腰元から声がする。
「今度はなんだ」
無銘は暇を持て余したように、キスケの周囲をふわふわ漂っていた。
『暇』
「俺もだよ」
『遊ぼ』
「何して」
無銘は少し考えた末、ぱっと思いついたように手を叩く。
『しりとり!』
「嫌だ」
『じゃあお話しよ』
「何の」
『昨日食べた魂の話』
「もっと嫌だ」
近くに並んでいた参加者がちらりとこちらを見る。キスケは気づかないふりをした。
『ねえねえ、あるじ。あの人強そうじゃない? 魂おいしいかな』
無銘が少し先に並んでいる大男を指差す。
キスケは答えない。
『あっちの人は? なんか高そうな鎧着てるよ。きっといいもの食べてるから魂もおいしいよ』
それでも無視する。
『あるじー』
無銘が肩に顎を乗せるようにして顔を覗き込んでくる。
「…………」
『ねえってば』
「…………」
『あるじぃ』
「うるせェ!」
ついに耐え切れず怒鳴ると、前後に並んでいた参加者が一斉にキスケから距離を取った。
キスケは舌打ちする。
「……やっぱ面倒臭ェな、これ」
その呟きを耳ざとく拾ったナルニーナが、妙にニヤニヤしながらすぐ横へ寄ってきた。
「何が?」
キスケは苦虫を噛み潰したような顔で無銘へ視線を落とす。
断じて仲間ではない。
ロドもナルニーナも勝手についてきているだけで、キスケから仲間にした覚えは一度としてない。
仲間ではない、が。
しかし無銘はよく喋る。ならば二人とも意思疎通してくれた方が楽なのだ。それに、何もない場所へ怒鳴るたび、頭のおかしい男だと思われるのも癪だった。
「……てめェ、魔法得意なんだろ」
キスケが尋ねると、ナルニーナは胸を張る。
「もちろん。ボクってば天才だからね」
「じゃあ、こいつを他の奴にも見えるようにできねェの?」
一瞬の間を置いて、ナルニーナの目が輝いた。
「できるかもしれないよ」
途端に食いついてきた彼女を鬱陶しそうに押し退けながら、キスケは続きを促す。
「声もか?」
「たぶんね。存在そのものがキミにしか知覚できない状態なら、その繋がりを辿って認識を──」
『やだ』
ナルニーナの説明を遮るように、無銘が即答した。
キスケは腰元へ視線を落とす。
「……あ?」
『やーだ!』
無銘は今度こそはっきり繰り返した。
「なんでだよ。便利だろうが」
キスケには拒否する理由がまるで分からない。しかし無銘は頬を膨らませ、キスケの背後へ隠れるように移動した。
『やなもんはやだもん』
「理由になってねェよ」
そのやり取りを聞くことのできないナルニーナが、興味津々でキスケの返事を待っている。
「本人は何て?」
「嫌だとよ」
「ほうほうなるほど?理由は?」
「俺が聞いてんだよ」
キスケは背後を振り返り、頭の後ろで手を組んでふんとそっぽ向いている無銘を睨んだ。
「おい。なんで嫌なんだ」
『やだから』
「だから理由を言えっつってんだろ」
しつこく問い詰められ、無銘は不満そうに口を尖らせた。
『あるじだけでいいもん』
「何が?」
無銘は少しだけ黙った。
それから、当たり前のことを言うように答える。
『あたしのこと見えるの、あるじだけでいい』
キスケはしばらく無銘を見つめた。
「……意味分かんねェ」
『分かんなくていいもん』
「面倒臭ェ刀だな」
その一言で無銘の頬がさらに膨らむ。
『あるじに言われたくない!』
「俺のどこが面倒臭ェんだよ」
『全部!』
「へし折るぞ!」
また何もない場所へ怒鳴ったキスケを見て、周囲の参加者がさらに離れていく。
「すでに手遅れじゃない?」
ナルニーナが周囲を見ながら笑った。
「うるせェ」
結局、無銘が断固として拒否したため、この話はそれで終わった。
キスケとしても、嫌がる刀を説得してまでどうにかしたいほどの問題ではない。今後も周囲から頭のおかしい男だと思われる可能性は残ったが、いざとなれば無銘が悪いと説明すればいい。
それで信じてもらえるかどうかは知らない。
やがて列が進み、ようやくキスケの番が来た。
「お名前をお願いします」
受付係が書類を広げる。
「フタガミ・キスケ」
名乗ると、受付係は慣れた手つきで羽根ペンを走らせた。
「所属は?」
「所属ゥ?」
「……冒険者ギルドなどの登録はされていますか?」
「してねェけど」
受付係は少し困ったようだったが、参加資格そのものには関係がないらしく、そのまま次の項目へ進む。
「何か戦歴などがございましたら」
「村で竜を何匹か殺した」
羽根ペンが止まった。
「……竜?」
「ああ」
キスケが平然と頷くと、受付係は恐る恐る尋ねる。
「何匹ほどでしょうか」
「知らねェ。数えてねェし」
受付係はキスケと書類を交互に見た。
明らかに信じていない。
「参加できねェの?」
「い、いえ。参加資格は一切問いませんので」
「じゃあ適当に書いとけ」
受付係が困惑しながら再び羽根ペンを動かし始める。
その間、キスケは暇そうに周囲を眺めた。
すると少し離れた別の受付で、一人の男が受付係を困らせていた。
「あの、申し訳ありません。一つだけ伺ってもよろしいでしょうか」
随分と腰の低い男だった。
年はキスケよりいくらか上だろうか。軽く上げた前髪の下には眼鏡をかけており、受付係を困らせている自覚があるのか、申し訳なさそうに笑っている。
身体をすっぽりと覆うローブは旅人が羽織るものとしては珍しくもない。しかし、歩くたびに裾から覗く衣服や革靴は、キスケでも何となく分かるくらいには上等そうだった。
「今回の参加者で、一番強い方をご存じありませんか?」
何を聞くのかと思えば、妙な質問だった。
「一番、と仰いましても……まだ大会も始まっておりませんので」
受付係が困ったように答えると、男は「ああ、やはりそうですよね」と小さく頷いた。
「すみません、変なことを聞いてしまって。でしたら、過去の戦績などから有力とされている方だけでも教えていただけませんか?」
また申し訳なさそうに笑う。
物腰だけを見れば、とてもこれから腕自慢が集まる大会に関わろうとしている人間には見えない。参加者ですらないらしく、受付用の書類も持っていなかった。
「有名な方でしたら、何名か……」
受付係が根負けしたように名簿を確認し、いくつか名前を挙げていく。
男は眼鏡の位置を直しながら、それを一つ一つ聞いていた。
「なるほど。その方は、どういった戦い方を?」
さらに尋ねてから、また困ったように笑う。
「……ああ、すみません。そこまでは分かりませんよね」
強い奴を探している。
目的は分からないが、それだけはキスケにも察せられた。
とはいえ、男自身が強そうにはまるで見えない。立ち姿にも威圧感はなく、腰に剣こそ差しているものの、それすら護身用と言われたほうが納得できる。
変な奴だな、とキスケは思った。
もっとも、隣には存在しない神をでっち上げた詐欺師がいて、魂が大好物の妖刀もいた。それらに比べれば、頼りなさそうな眼鏡の男が強者を探している程度は可愛いものだった。
「フタガミさん」
呼ばれて受付へ向き直る。
「登録が完了しました。こちらが参加証になります」
差し出された木札を受け取り、キスケは適当に懐へ放り込んだ。
「おう」
そのまま受付を離れようとしたところで、ふと視線を感じた。
先ほどの眼鏡の男だった。
一瞬だけ目が合う。
すると男は、見ていたことを咎められたとでも思ったのか、少し気まずそうに頭を下げた。
「……どうも」
キスケもわざわざ言葉を返す気にはならず、そのまま歩き出す。
背後では、男が再び受付係へ話しかけていた。
「すみません。もう一人だけ、お聞きしても?」
また謝っている。
妙な奴だと思ったが、キスケがその男──レイヴァン・クローデルに抱いた印象は、その程度のものだった。
「終わった。帰るぞ」
キスケが歩き出すと、ナルニーナもその後を追う。
「結構あっさりだったね」
「受付なんざこんなもんだろ」
数歩進んだところで、キスケは足を止めた。
何か足りない。
ナルニーナはいる。
腰には無銘もある。
「…………」
嫌な予感がした。
「どうしたの?」
ナルニーナに尋ねられ、キスケはゆっくり振り返った。
「……ロドは?」
あれだけ目立つ大剣も、擦り切れた外套も、目穴のない鉄仮面も見当たらない。
ナルニーナもつられて周囲を見回す。
「そういえば途中から見てないね」
「てめェ気づいてたなら言えよ!」
キスケが怒鳴ると、ナルニーナは悪びれもせず肩を竦めた。
「だって聞かれなかったから。キミはボクに何を求めてるのかな、そういえばこんなことわざがあ──」
「クソが!」
ナルニーナの冗長な長話が始まる前にキスケは遮るように悪態を吐いた。嫌な予感しかしなかったのだ。
キスケは人混みを見回した。
すると、闘技場から少し離れた広場のほうが妙に騒がしいことに気づいた。人が集まり、何人もの衛兵がそちらへ駆けていく。
「衛兵を呼べ!」
人垣の向こうから声が飛んでくる。
「もう来てる! 囲め!」
続いて別の声が聞こえた。
「またやったぞ! 今度は三人まとめてだ!」
キスケは目を閉じた。
まだ確認していない。
確認していないが、もう分かった。
「……何してんだあの馬鹿」
人だかりを押し退け騒ぎの中心へ向かう。広場へ出たところで、予想は確信に変わった。
数人の男が地面に転がっていた。
幸い死んではいないらしく、呻き声を上げながら身体を起こそうとしている。剣を折られた者、槍を弾き飛ばされた者、鎧ごと地面へ叩き伏せられた者。その全員が、いかにも腕に覚えがありそうな武装をしていた。
そして、その真ん中。
擦り切れた外套を背負い、顔の上半分を鉄仮面で覆った男が、身の丈ほどもある大剣を肩に担いで立っている。
「次は誰だ」
ロドが周囲を見渡す。
それに応えるように、取り囲んでいた衛兵たちが一斉に武器を構えた。
キスケは額を押さえた。
「……あれほど言っただろうが」
勇者杯は、まだ始まってすらいなかった。