カスどもの救世 作:もりもりら
ロド・ファルシフォスは逮捕された。
キスケたちが騒ぎの起きている広場へ辿り着いたときには、すでに数人の男が地面に転がっていた。剣を折られた者、槍を弾き飛ばされた者、鎧ごと地面へ叩き伏せられた者。そのどれもが勇者杯へ出場するためにラウルグを訪れた腕自慢らしく、呻きながらも自力で身体を起こそうとしているところを見るに、幸い死人はいない。ロドなりに加減はしていたようだった。
そして、その中心に当の本人がいた。
身の丈ほどもある大剣を片手に提げ、次の相手でも探すように周囲を見回している。当然ながら名乗り出る者などおらず、野次馬は遠巻きに取り囲み、呼びつけられた衛兵たちでさえ迂闊には近づこうとしない。だがロドはそんな連中には興味を示さず、人垣の向こうへ鉄仮面を巡らせていた。
「何してんだあの馬鹿……」
人垣の後ろからその有様を眺め、キスケは額を押さえた。
大会で戦えと言った。そこらの人間へ斬りかかるなとも言った。それなのに、勇者杯の受付を済ませるほんの僅かな間にこれである。どう解釈すればこんな結果になるのか、もはや考えるだけ無駄な気がしてきた。
「待てなかったんじゃない?」
隣でナルニーナが楽しそうに言う。
「ガキかよ」
呆れて吐き捨てた、そのときだった。
「道を空けろ! 領主様がお通りになる!」
広場の外から声が飛び、野次馬たちがざわめきながら左右へ分かれていく。
どうやら騒ぎとは関係なく、たまたま近くを通りかかったらしい。数人の護衛を引き連れた一人の男が、開いた人垣の向こうから姿を現した。
「なんだ、この騒ぎは」
男は不機嫌そうに広場を見回す。
護衛を引き連れて現れたのは、いかにも貴族然とした男だった。
丁寧に撫でつけた灰色の髪に、仕立てのいい上等な衣服。身なりだけを見れば、この都市を治める領主という肩書きにも納得がいく。
ただ、その顔つきがどうにも癇に障った。性格の悪さが長い年月をかけて染みついたように口元はひねくれ、眉間には不機嫌そうな皺が刻まれている。人を見る目つきにも妙な尊大さがあり、まだ一言も交わしていないというのに、なんとなく腹が立つ顔だった。
ザハル・アンドゥルグ
城塞都市ラウルグを治める領主にして、大闘技場の責任者。そして闘技場地下に設けられた監獄の監獄長でもある男だった。
「領主様、危険です! お下がりください!」
衛兵が慌てて制止する。
「何が──」
言いかけたザハルが、広場の中央に立つロドを見た。
同時に、ロドもザハルを見た。
その瞬間、それまで退屈そうに周囲を見回していたロドの様子が変わった。目穴のない鉄仮面の下、僅かに覗く口元がゆっくりと吊り上がる。
それを見たキスケが眉を動かすより早く、ロドは地面を蹴っていた。
「ひぃッ!?」
ザハルの悲鳴と同時に大剣が振り抜かれ、護衛の一人が咄嗟に主を突き飛ばす。直後、その眼前を巨大な刃が唸りを上げて通過した。
「領主様!」
「な、な、なんだこいつはぁ!?」
地面へ転がったザハルが、四つん這いのまま必死に後退する。その間にもロドは歩みを止めず、間へ割り込んだ衛兵たちが一斉に槍を突き出した。
「止まれ!」
幾本もの穂先が迫るが、ロドは大剣を横薙ぎに振るい、まとめて弾き飛ばした。ただし、誰一人として斬ってはいない。あくまで邪魔なものを退けただけで、その鉄仮面は衛兵たちの向こうで腰を抜かしているザハルだけへ向けられていた。
「ひっ……!」
ロドが一歩近づくたびに、ザハルは尻を地面につけたまま後退していく。
「く、来るな! 来るなぁ!」
ついには近くにいた衛兵の腕を掴み、盾にするように自分の前へ押し出した。
それを見たロドの口元が、さらに愉快そうに歪む。
その様子を眺めていたキスケは、そこでようやく妙なことに気づいた。
ロドは気狂いだ。見境なく戦いを求める戦闘狂で、旅先で面倒を起こすことに関してはもはや信用など欠片もない。だが、だからといって本当に誰彼構わず斬りかかるわけではなかった。
弱い奴には興味を示さない。
今しがた地面へ転がされた連中だって、勇者杯に出場するため各地から集まった腕自慢ばかりだ。無差別に暴れ回っているように見えて、あれなりに相手を選んでいたのである。
そのロドが、ザハルを見た瞬間に飛びかかった。
キスケは改めて領主を見る。
「た、助けろ! 早くそいつをどうにかしろ!」
護衛の背中に隠れながら喚く姿に、強者らしいところなど微塵も見当たらない。
「囲め! 全員で囲め!」
ザハルの叫びを受け、さらに衛兵が広場へ駆け込んでくる。瞬く間にその数は膨れ上がり、二十人近い兵士が武器を構えてロドを包囲した。
さすがに数は多い。だが、あれでロドを捕らえられるとはキスケには思えなかった。複数戦が苦手だと宣言はしていたが、この程度の練度の兵士ならば本人がその気なら全員まとめて斬り伏せ、何事もなかったように立ち去るだろう。
ところが、ロドは追撃しなかった。
大剣を下ろしたまま、自分を取り囲む衛兵たちを一瞥する。
「武器を捨てろ!」
衛兵の一人が叫ぶ。
何を思ったのか、ロドはあっさりと大剣を手放した。身の丈ほどもある刃が石畳へ落ち、腹の底まで響くような鈍い音を立てる。
あまりにも素直に従ったため、むしろ衛兵たちのほうが面食らっていた。それでも好機を逃すつもりはないらしく、数人が慎重に距離を詰め、いつでも飛び退けるよう身構えながらロドの両腕へ太い鉄枷を嵌める。
それでもロドは抵抗しなかった。
「おやおや……?」
ナルニーナが少し意外そうに呟く。
キスケも同感だった。どういう気まぐれかは知らないが、ロドが大人しく捕まるなど珍しい。
「そいつを地下へ入れろ!」
ようやく立ち上がったザハルが、衛兵の背後からロドを指差す。
「地下監獄だ! 一番頑丈な牢にぶち込め! 枷も外すな! 武器も絶対に返すなよ!」
その言葉を聞いた瞬間、キスケはこっそり力強く拳を握った。
『あるじうれしそう』
「ったりめェだろ」
思いがけない朗報だった。
大会前から強そうな奴へ片っ端から喧嘩を売る馬鹿が、向こうから地下監獄へ入ってくれる。しかも領主直々の命令で、一番頑丈な牢に入れ、枷も外すなという念の入れようである。
キスケが止める理由など一つもない。
むしろ大会が終わっても入れておいてほしい。できれば最高の居心地を用意して、二度と出たくないよう思わせてやって欲しいくらいだ。
「いいか、絶対に逃がすなよ! こいつは私を殺そうとしたんだぞ!」
ザハルはまだ喚いている。
「よく言った。もっと厳重にやれ!」とキスケは危うく声に出して賛同しそうになった。
やがて衛兵たちがロドを連れていく。本人は何を考えているのか、大人しくそれに従っていたが、その途中で一度だけ鉄仮面をザハルへ向けた。その顔には恐ろしいほどの笑みが満ちていた。
「ひいっ」
それだけでザハルは即座に護衛の後ろへ隠れた。そうしてロドは地下監獄へと連行されていった。
「ふうん」
隣から聞こえたナルニーナの声に、キスケはそちらを見る。
だが彼女の視線は、人垣の中にいる一人の女へ向けられている。腰に剣を帯びた、勇者杯の参加者らしき赤髪が印象に残る若い女だった。
周囲の野次馬が捕まったロドへ注目する中、その女だけは違う。
ザハルを睨んでいた。
それも、たった今の騒ぎで抱いた感情には見えない。ザハルが護衛に囲まれて立ち去っても、女は鋭い視線をその背中へ向け続けていた。
「へえ」
ナルニーナの口元が楽しそうに緩む。
「面白そうな物語があるじゃないか」
「はあ?なんだよ」
キスケが尋ねると、ナルニーナは何でもないように肩を竦めた。
「別に?」
やがて女も踵を返し、人混みへ消えていく。
ナルニーナはその背中を目で追いながら、しっかりと顔を覚えておいた。
一方のキスケは、そんなことなど知らない。
地下監獄へ連れていかれるロドを遠目に見送りながら、今後しばらくは勝手に喧嘩を売る馬鹿の面倒を見なくて済むという事実だけを噛み締めていた。
──これで大会が静かになる。
勇者杯は明日からだった。