上越《じょうえつ》―金沢《かなざわ》間の隠蔽配達が無事に済んで数日後、石川は自宅から車で20分程の距離にある、安曇野《あずみの》市
一月ほど前に戸田に誘われた際、同伴競技者についてよく確認しないまま二つ返事で承諾したのだが、いま彼はそれを少し後悔している。
戸田からの誘いがあるまで、石川は半年以上クラブを握っていなかった。なにしろ暮れに記憶のない男を拾ってから生活が変わり慌ただしく過ごしていたから。
ベストスコア90にしても過去の”まぐれ”であり、実際のところこの日だって100を叩かなければいいと思っていた。
それでも戸田に負けまいとラウンドまでに何度か練習場には通ってきたのだが、まさか他2名がシングルプレイヤーだとは思いもしなかった。
「おはようございます。石川と申します。本日は一日よろしくお願いします」
1番ホールのティーグラウンドで、初対面の2人に石川は帽子を脱いで恭しく頭を下げて挨拶をする。
「重光(しげみつ)です。よろしく」
「後藤(ごとう)です。よろしくお願いします」
至極簡単に挨拶が済むと、戸田から、重光は自分たちより3つ年上で、出身は松本《まつもと》だが現在は名古屋《なごや》で福祉関係の会社をいくつか経営していると紹介される。
そして後藤は、埼玉県で産廃業を営んでおり、歳は……と戸田が言い淀むと「アラフォーです」と言って笑った。よく日焼けした顔から真っ白すぎる歯が眩しかった。
くじ引きでオナーは後藤となり、石川の打順は4番目になり胸を撫で下ろした。
平坦で真っ直ぐな398ヤードの1番ホール。
後藤の筋肉質な体躯から放たれたティーショットは、弾けるように真っ直ぐ飛んでいき、残り130ヤード付近のフェアウェイ上に止まった。
次の戸田の打球は左にひっかけ気味に飛んでいったものの、ラフで止まり事なきを得た。戸田は大袈裟に舌打ちをするも、石川にとってはミスショットの安心材料だった。
次の重光は綺麗なドローの飛球線を描きフェアウェイど真ん中へ。キャリーで240ヤードほどの飛距離があった。
緊張する石川だったが、アドレス時にふうっと息を吐いて力みを取り、上手く振り抜くことができた。右寄りに飛んで行ったもののフェアウェイバンカーの脇でボールは止まってくれた。
4人でカートに乗り前進すると、隣に座った重光から「石川さんはハンデ18枚で良かったんでしたっけ」と上機嫌に尋ねられる。
「いえいえ。あれはまぐれですから、実際は28枚ぐらいです。18枚じゃ明日から一家でもやし生活ですよ。あははは」
「じゃあ、間を取って23枚にしておきましょうか。僕は6枚で。それでいいですか?」
いいも何も断れる状況ではないと思った石川は腹を括り「ええ、お願いします」と承諾する。運転席から後藤が振り向き「俺は8枚でお願いします」と言い、石川は「ここってATMありましたっけ?あははは」とそちらも承諾し、にやにやする戸田を無言で睨みつけた。
□□□□□
9番ホールのグリーン上。最後に石川が80cmほど残したパターを入れてボギーとし、4人は前半戦を終えた。スコアは重光が38、後藤が41、石川が43、戸田が49だった。明らかに戸田の機嫌が悪く石川は上機嫌だった。
カートをキャディハウスへ戻し、エアでソールの芝を吹き飛ばしているときに、隣に来た重光から石川は声を掛けられる。
「まんまと騙されましたよ。23枚だなんて嘘じゃないですか。石川さんも悪い人だ。次にこっちに来ることがあったらスクラッチでやりましょう」
「いやいや、皆さんお上手なので引っ張ってもらっただけですよ。体力も持たないんで、たぶん後半ガタガタになりますって」
謙遜しつつ石川は、思わぬ臨時収入になるかもと内心ニヤついていた。
レストランに入り、左手にはめたグローブを重光が外したときに、石川の目に警戒心を最大限にまで高めるものが飛び込んで来た。
重光の左手の小指の先がなかったのだ。
石川は視線を宙に漂わせ、生唾をごくりと飲みこみ見なかったことにした。
一拍置いて、重光の方を見ないように後藤の方へ視線を向けると、メニューを持っている彼の左手の4本の指には『H E L L』とタトゥーがあった。
―――は?地獄?なんで地獄?つか、いま俺が地獄なんだが!
なるべく顔に出さないように、これまで通りの態度を心がけ、重光と後藤を持ち上げ戸田をからかい、せっかくのスコアを崩したくはなかったが次の機会に呼ばれるのを避けるため、ビールを飲みハイボールも飲んで後半戦の言い訳にした。
後半のラウンドへ向かう道すがら後藤から「アシ(記録)がつかない配達って、ヤバい荷物とかも運んだりするんですか?」とぼそっと尋ねられたときには「ま、まさか、全力で断りますよ。そんな度胸ないです」と石川は笑った。
「そうですか」と笑う後藤の口角は上がっていたが目は笑っていなかった。
生きた心地がせず、酔いも相まって後半戦の石川は大きく崩れ103でホールアウト。
重光、後藤にしっかり払い、戸田にもいくばくか払うことになった。
「またの機会があったらお願いしますよ」
重光と後藤は風呂に入らず、それぞれ車に乗り込み去って行った。
ロッカールームで入浴の支度をする戸田に「汗、気持ち悪くないのかな」と石川が問うと「あの二人は風呂には、な」と公共施設での入浴に難があることを示唆することを彼は言った。
石が張られた大きな浴槽で湯に浸かりながら、肩や腰、ふくらはぎなんかを揉みながら石川は戸田に今日の二人との付き合いについて尋ねる。
「おまえ、あの人達とどういう関係なの?なにかヤバい案件とかいじってるのか?」
「仕事の付き合いはねえな。たまにゴルフに誘われて行くだけだよ。カモだって思われてるかもしれないけどな。あははは」
「だって、片方は『元』だし、もう片方は現役のフロントだろ?」
「さあな。詳しくは知らねえんだよ。ただまあ金持ってそうだから、そのうち高級車でも買ってくれないかなって思ってるだけだ」
石川は戸田の胆力というか無頓着さが羨ましいと思った。
風呂を出て着替え、現金がほぼなくなった財布から会社のカードを取り出して精算する。そして戸田に「あの二人だったらもう誘わなくていい」とはっきり告げた。
「おまえ、それ言える立場なのかよ。すぐに払えとは言わねえけど、あんまりのんびり構えられてもウチも困るんだからな」
戸田も苛立ちを隠さずはっきりと石川に未払い代金のことを告げ帰っていった。
―――危ない橋を渡れってことかよ……
□□□□□
自宅に戻り、着替えた石川が事務所に顔を出すと、男が暇そうに漫画を読んでいた。
「あ、おつかれさまです。どうでした?久しぶりのゴルフは」
「ああ、まあまあだな。”おまえ”ゴルフに興味あるか?」
「いや、特には。道具揃えたりするのに金かかりそうだし」
「ならよかった。戸田に誘われても同じ返事しとけよ。興味出たら俺が面倒見るから」
男は石川の言葉の意味がわからなかったが、苦手な戸田に誘われても行く気になんかならないと思い「ウス」と短く返事をした。
そして石川は事務仕事をしている由加里を呼び「ちょっと話がある」と言って誰もいない乗務員の休憩室に二人で入っていき、しばらく話し込んでいた。