透明な配達人   作:ながずぼん

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#19

 午後8時、大阪府大阪(おおさか)市中央(ちゅうおう)区宗右衛門町(そうえもんちょう)。道頓堀《どうとんぼり》沿いのえびすタワー。

 男は黄色い支柱の脇に立ち、遊覧船の出航を眺めていた。

 

 依頼人から『荷物』の受け渡し場所と時刻と共に「ネクタイ着用で」となぜかドレスコードまで指示があった。

 ジェイソン・ステイサムがどうとか言う石川のこだわりを聞き、由加里と陽菜がネット通販で一式注文してくれた。届いた商品を着た男が姿見を見て「誰かのお葬式に行くんですか?」と言った。

 

 松本《まつもと》から特急に乗り2時間ほど揺られ名古屋《なごや》へ行き、新幹線に乗り換えて新大阪へ。

 地下鉄御堂筋(みどうすじ)線で難波《なんば》駅まで行き、陽菜のメモ書きを頼りに14番出口から地上に出ると、目の前にひょうたんの形に穴の開いたビルがあった。

 高架が見える側の反対方向というメモに従い歩いていくと道頓堀に架かる橋の上から観覧車が見えた。

 

 大勢の人に混じり川沿いを歩く。松本《まつもと》市内を歩いていれば「誰だあいつは」という目を向けられるが、ここでは誰も気になどしない。

 喪服のようなスーツを着ている記憶喪失の男だろうが、寒空にTシャツのムキムキ外国人観光客だろうがその他大勢でしかない。

 どこまで常識から外れた格好をすれば周りの目が向けられるのだろうかと男は思った。あのグリコの看板と同じ格好をしたら半分ぐらいの人は視線を向けるだろうか。

 

 少し早めに観覧車乗り場に到着し、黄色い支柱の脇で依頼人を待つ。

 観光客たちが遊覧船に乗り込み出航を見送ると、青魚のような光沢のあるグレーのスーツを着てアタッシュケースを持った男性が、長い睫毛の若い女性二人と楽し気にお喋りしながら観覧車乗り場にやってくる。

 男性と目が合うと彼は女性たちを少し離れたところで待たせ、「六星さんの方ですか?」と尋ねてくる。男が「そうです」と答えると男性は依頼人の会社名を言い「牧野です」と言った。

 

「じゃ、『荷物』をお渡ししますので並びましょか」

 

 牧野はそう言って女性たちを手招きして観覧車の乗り口で大人4名分のチケットを購入して列に並んだ。

 女性たちは「これ乗るの初めてー」「まじやばーい」と嬉しそうだったが、男はどうして受け渡しのために観覧車に乗る必要があるのかわからなかった。

 やがて順番が来てゴンドラに乗り込む。女性たちを川側に座らせ、牧野と相向かいに座る。

 

「鞄持ってへんかったらどないしよ思うてましたけど、ええもん持ってはって良かったですわ」

 

 牧野は声を落としてそう言い、自分のアタッシュケースを開けていきなり茶封筒を男に渡してくる。男はそれを受け取り陽菜の地図の入った小さめのキャリーケースを開けて仕舞い込んだ。

 男が「これが『荷物』ですよね?」と確認すると「そうです」と牧野は答えた。

 一連の短いやり取りの間、女性たちは「あべのハルカス見えるー」「まじやばーい」と嬌声を上げてガラスの向こうの景色に夢中だった。

 

 観覧車を降りると牧野は「さて、再会を祝して飲みに行きましょか」と言い、男は女性たちの勤める店に連れて行かれる。事態が飲みこめていない。

 階段で地下に降りてドアを入ったところにいる黒い服の男に「この人、新人とちゃうで。お客さんやから」と牧野は笑って声を掛けた。確かに男と店員は同じような格好をしていた。

 別の黒い服に案内され、牧野と女性たちと4人でテーブルに着く。男の隣は「まじやばーい」の女性。

 

 黒い服に飲み物の注文を聞かれ「アイスコーヒーを」と男が言うと隣で「アイスコーヒーて、まじやばーい」と女性が笑う。

 全員分の飲み物が揃ったところで乾杯となる。

 

「ねえねえ、お兄さんは牧野さんとはどういうお知り合い?お仕事?」

 

 男が「まあ」と言いかけたとき牧野が口を挟み「ちゃうねん。この人、俺が東京におったときの後輩やねん」と息をするように嘘を吐いた。

―――なるほど後輩なのか。

 牧野は終始へらへらしているがやっていることは手が込んでいる。この場はなんらかのカムフラージュであることを男は認識し、牧野に合わせることにした。

 

「そうそう。大学のテニスサークルの先輩でね。飲み会で女の子にチューハイ飲ませて悪戯しようとしてたけど、いつも顔にジェットで吐かれるか女の子の方が強くてこっちがマーライオンになってたよ」

 

「ぷっ。なにそれきたなーい!まじやばーい」

 

「顔にかけられると臭くて貰いゲロするじゃん?二往復ぐらいしながらエクソシスト呼んでくれって思ってたよね」

 

「あかん、お兄さんなに言ってるかわからんわ」

 

 なんだかんだ中身のない会話を50分+50分して、黒い服が再延長するか尋ねてくると牧野が「そろそろ帰る」と言い会計伝票が届けられる。

 牧野は男に「ここは俺が」と言って黒い服にクレジットカードを渡すと、男の隣に座る女性が「ねえ、連絡先交換しようよ」と男に言う。

 

「携帯電話持ってないんだ。SIMカードもこのまえ捨てたし」

 

「え、やばーい。なんで?」

 

「必要ないから?」

 

 男が終始真顔でそう言うと、女性はもうそれ以上なにも言わなかった。

 

 店を出ると牧野がタクシーで天王寺《てんのうじ》のホテルまで送ってくれた。

 彼も一緒にタクシーを降りて、ここまで見せなかった真剣な顔で男を見る。

 

「絶対に気取られるなと上司に言われておりまして、勝手な茶番に付き合わせてしまってすみません。どうかよろしくお願いします」

 

 松本を出る前に石川が言っていた、同じ会社を買収しようとしている東京の仲介会社のことだろうと男は察した。

 頭を下げた牧野に「はい。間違いなく」と男は返事をすると、牧野はまた態度を崩し「ほななー、気ぃつけてなー」と役作りをして手を振り去って行った。

 

 翌朝、ホテルを出て動物園の向こう側まで歩く。

 指定の自動車販売店はすぐに見つかった。プレハブ小屋の事務所で「六星の者です」と声を掛けると、つなぎを着たオーナーっぽい初老の男性が応対をしてくれる。

 案内された車はハッチバックのようなSUVのような車で、見たことのないエンブレムが付いていた。蝶々のような稲妻のようなマーク。

 

「これ、なんて車ですか?」

 

「シトロエンのDS4だよ。あんま見かけないやろうけど、ほらここ、ダブルシェブロンになってるやろ?」

 

「ああ、そうですね」

 

 男はそう言ったがダブルシェブロンの意味を知らない。―――エビのことだっけ?

 

 鍵を受け取り、運転席に乗り込みキャリーケースを開けて地図を助手席に置く。

 キーを差し込みエンジンを掛けると、グォンと力強く始動する。

 

「そいつ、ブレーキにクセあるけどすぐに慣れるやろ。あと、後ろの窓は開かへんから暑かったらエアコン使い」

 

「開かない?故障しているんですか?」

 

「いいや、元々開かへんのよ。ガラスが嵌めてあるだけや」

 

 なぜそんなことになっているのか不思議だったが、まあ運転席と助手席の窓が開いてエアコンが使えれば問題ないだろう。

 その後、クルーズコントロールについて尋ねて操作方法を教えてもらう。

 男は男性に「それじゃ」とだけ言い残してドアを開けて発進させる。

 駐車場から道に出る手前でブレーキを踏むと、むちうちになる恐れがある程にカックンと強力な制動力を誇示される。遊びがないというか踏みしろがおかしいというか。

 とにかく慎重にブレーキ操作を行い、阪神高速のえびす町の乗り口を目指す。

 

 阪神高速に乗り、環状線をなんば方面から北へ向かい、中之島《なかのしま》ジャンクションから11号線へ。豊中《とよなか》インターから名神高速に入るとクルコンを操作し、眠たくなるのを我慢しつつ、新城《しんしろ》を目指して東へ向かう。

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