クルーズコントロールを90km/hに設定し名神高速の走行車線をゆったりと流すように走るDS4。それでも追い付いてしまうトラックは追い抜いていく。
それよりも、追い越し車線を自分と同じ速度で走り、後ろに何台も従えているにもかかわらず加速も車線変更もしないワンボックスカーが男は不思議で仕方なかった。
―――みんなが迷惑しているって思わないのかな。走行車線走ればいいのに。
京都《きょうと》を抜け、琵琶湖《びわこ》をチラ見したら山の中へ。登り坂で速度が落ちそうになるとすぐに速度回復する。Fitの一旦5km/hほど速度が落ちたら急加速気味に速度回復するクルコンより随分乗りやすい。―――いい車だなこれ。
米原《まいはら》ジャンクションで北陸道へ向かうトラックが多いことに少し驚く。
昼を少し回った頃、尾張一宮《おわりいちのみや》パーキングで休憩を取る。
牛丼屋に入り、並盛を食べる。
―――さっきのワンボックスの運転手を問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。ってこれなんだっけ?
食べ終わったら喫煙所で煙草を吸い、車に戻って再び移動を開始する。
小牧《こまき》ジャンクションで東名高速に名前が変わる。いつの間にか車が増えている。
豊田東《とよたひがし》ジャンクションで新東名に入り、新城《しんしろ》インターを降りて国道151号線へ。
先々月の終わりに来たときより森が赤茶色に見える。
―――紅葉ってやつか。木が枯れて嬉しい気持ちがわからないな。
前回は三遠南信道《さんえんなんしんどう》を使って移動した区間もきょうは全部国道を走る。
ぐねぐね峠だったらブレーキに苦労しそうだと思ったが、そうでもなかった。
歩道付きの整備された道で、トルクのある車だったから登りも気にならない。唯一の難点は随所に現れる枯葉マークの軽自動車だった。
とにかく遅いのでブレーキを踏まされて最初は嫌だったが、そのうちにブレーキ操作にも慣れ枯葉マークの後ろにつくと《ありがとう師匠》と思うようになった。
東栄町《とうえいちょう》の先の九十九折も苦にならず駆け上り、その先の急坂もトルクのおかげで全く問題なかった。長野県との県境の先にあるNシステムは脇道に逸れて躱す。
新城で高速を降りてから塩尻までのルートに監視カメラはないので、迂回するのはNシステムだけ。迂回した先の道の駅に車を停めてトイレへ。
車に戻ると、近くにいた知らない中年男性から不意に声を掛けられる。
「かっこいい車だねえ、これなんていう車?」
男はこの配達で初めて機械より人の目の危険性に慄く。白川《しらかわ》村で外国人たちのカメラに映ったときとは比べ物にならないほど社会からの認識を受けている。
「あ、ああ、これシトロエンいいますねん。どってことおまへんで?」
必死で捻り出したカムフラージュが、なにわナンバーに合わせた関西弁だった。
―――もしかしてこのおじさん、東京の会社の回し者か?
「そうか、シトロエンなのか。いや、なんか急に話し掛けてすまんかったね」
「ああ、いえ。自分ビビリなんで。声掛けるでて先に言っといてもろて」
男が「ハハハー」と乾いた笑い声を上げると、申し訳なさそうに「じゃあ」と言って中年男性は停めてあった大型バイクに跨りヘルメットを被った。
男はなるべく自然にバイクのナンバープレートを確認できる位置まで移動すると、それは浜松《はままつ》ナンバーだった。
―――どうなんだ?浜松って東京と仲いいのか?この状況はピンチなのか?
キュルドゥンとバイクのエンジンを掛け、中年男性は軽く手を挙げて男に挨拶をして愛知県方面へと走り去っていった。
男はバイクを見送ると、煙草を吸っている場合じゃないなと思い、缶のボトル珈琲を買って車に乗り込み出発する。
下條《しもじょう》村でNシステムを迂回し飯田《いいだ》市へ。天竜峡《てんりゅうきょう》インターの手前で迂回して伊那八幡《いなやわた》駅付近も難なく迂回し、国道153号線との交差点で右折して153号線を進む。
しばらく道なりに進んでドン・キホーテを過ぎたあたりで迂回。
飯島《いいじま》町では脇道に入り、果樹園や竹藪の間を縫う細い道で交差点のNシステムをやり過ごして消防署の脇道から国道に復帰する。
伊那《いな》市内に入り天竜川と並走し始めるところで西の道へ逸れて躱し、伊北《いいほく》インターの手前では細い生活道路をコの字型に進んで躱す。
インターの先の信号で右折し、天竜川を渡って県道19号線へ。
然して幹線道路というような道ではなかったが帰宅ラッシュなのか車が多い。
そのまま北に進みセブンイレブンのある信号の手前の丁字路を左折し、細い道で天竜川沿いの道まで出る。
道幅は狭く蓋のない用水路があり、当然すれ違いは不可。
薄暗くなってきたこともあり林の陰になっているところでオートライトが点灯。
来るな来るなと思いつつ慎重に進んでいくと、白い営業ワゴンが広くなっているところで待っていてくれた。
―――助かった。あなたに幸あらんことを。
センターラインのある道に出て右折し、県道19号の直進方向である県道14号線へ入り、男はホッとする。
岡谷《おかや》市に入り天竜川と並走してクネクネと北へ進み、JRの高架の先のNシステムは住宅地を通って迂回、岡谷市街地へ。
本町の交差点で左折して岡谷インター方面に進み、途中一箇所躱したらガストの丁字路で左折して国道20号線に入る。
そこから先は甲府《こうふ》への往路で見覚えがあり、ようやく出て来た監視カメラも勝手知ったる裏道で躱して峠を越えて塩尻《しおじり》を通過し、混雑する国道で松本《まつもと》市内へ。
大阪を10時過ぎに出て、石川のタクシー会社に着いたのは午後7時の少し前だった。男は高速道路を走っていたのが昨日のことのように思えた。
石川と戸田が一緒に事務所から出てきて男を出迎えた。
「思ってたより早かったな。道、混んでなかったのか?」
「いや、あまり休憩を取らずに来ました。昼間はやっぱり人に見られるから」
「で、どうだった、これ?」
「すごくいい車ですよ。ブレーキも慣れれば平気だし。ただ、ウインカーの音がすごく変ていうか不穏ていうか」
「ああそれな、5種類切り替えられるらしいぞ。メーターの色も変わるらしい」
―――は?5種類?なんのために?色?なんのために?
「まあまあ、ぶっ通しで疲れてるだろうから、とりあえず休め。話はそれからだ」
男が資料の入ったキャリーケースと共に事務所に入ると、陽菜と由加里がいた。
初めての依頼で岐阜から戻ってきたときと同じように、陽菜は椅子に座ってくるくるしながら「おかえりー」と男を迎え、由加里は緑茶を急須で茶碗に注ぎ「疲れたでしょう。大阪って遠いわよね」と男を労った。
男は皆に道の駅で声を掛けられたことを説明し「やっぱり昼間はやばいかも」と自身も含めて慢心を諫めた。あれが警察だったら詰んでいた。
「となると仙台行きはどうする。夜間走行で昼間は寝て過ごす感じだと、3日ぐらいかかるんじゃないのか?」
「迂回を無視してノンストップで11時間だから、明日の夜に出たとして……、明後日の夜……、だから……、明々後日の営業中に伺う約束にすればいいんじゃない?」
石川の問い掛けに陽菜が答えた。男は疲れていてぼーっとしている。
戸田は口を挟む気がない様子で「決まったら教えてくれ」と顔に書いてある。
結局、明々後日の午前9時に車屋へ納車し、10時に先方へ届けることになった。
「あと、受け取りの時に大阪の会社の人、めちゃくちゃ気を遣ってました」
男の話にいち早く反応したのは戸田だった。
「インサイダーか。漏れたらとんでもねえことになりそうだよな」
「だろうな。それで、気を遣うってどういうことだよ?」
石川の問い掛けに男はざっくりとキャバクラの女性たちと観覧車に乗り、2セット飲んできたことを話した。全員が勘違いするには十分なお気楽エピソードだった。