集中を切らさないように気を引き締めながら国道を進み、すぐまた迂回すべき地点になる。コマ図には「見落とし注意!」と書かれている。
白河《しらかわ》インター入口の信号を過ぎて右手にある2つのガソリンスタンドのちょうど中間あたりに左へ迂回する道がある。ラーメン屋の手前。
うまく見つけられたので左折し、道なりに進んで突き当りを右へ、信号も右折してカーブの先のY字路を左の細い方へ。
突き当りを左折して道なりに生活道路を進む。次の曲がるポイントは「右手に斜めに松が生えている家の先」とメモ書き。今までで一番ややこしい注文だったが、おそらく目印としてそれしかなかったのだろう。
スピードを落として右手の住宅を確認しながら進むと、確かに立派な松が塀の上に門のように生えている家があった。よく手入れのされている生垣が途切れたところに右に入る道があり、そこで右折。その先の信号で無事国道へ戻ることができた。
―――あのメモ、隣で口やかましくナビをしてるみたいだ。
そしてまた迂回地点に差し掛かる。すぐ近くに迂回路のないカーブに設置されたライブカメラを躱すため。
泉田《いずみだ》の信号を右折して坂を下り、ラブホテルの入り口の次に現れる丁字路で左折、細い道を上りしばらく道なりに進む。広い道の三差路を左折し、下ってきたぶんだけ登っていくと国道の信号に出る。
またすぐに今度はNシステムの迂回。ラーメン屋の先を左に入り、並走する東北自動車道の側道を進み、丁字路を右折して国道に戻る。
次の迂回地点はしばらく先だったので、矢吹町《やぶきまち》のミニストップへ寄ることに。
男にとって知らないわけではないがあまり馴染みのないコンビニで、珈琲を注文するにもグアテマラだのフェアトレードだのと戸惑って、レジを挟んで店員と二人して固まったりもしたが、無事にホットコーヒーMサイズでいいのだと気付いて注文できた。
マシンドリップの珈琲を持って車に戻り、先へ進む。
例によって窓を開けて煙草を吸う。夜風は昨夜の小諸《こもろ》と同じぐらいの冷たさ。
鏡石町《かがみいしまち》のNシステム回避は道路区画の形状が素晴らしかった。
役場前入口の信号を右折し、役場の先の信号で左折。あとは直進するだけ。
4号線が緩く右にカーブしているところで勝手に合流した。
―――福島《ふくしま》県に入ってから迂回路が親切だ。
次は須賀川《すかがわ》駅の先のあたりのNシステム。福島県内国道4号線にライブカメラはほぼ設置されていない。
左手にドライブインが現れたら店の先を左に入り、四つ角を右折、その先で右折、そして国道に戻る。ワンブロック迂回するだけで回避できてタイムロスも小さい。
―――優しさで満ちているな福島県。
男が運転するボルボは郡山《こおりやま》市に入り、日和田町《ひわだまち》の陸橋に設置されたNシステムを回避する。
道路が高架になる前の荒池下《あらいけした》の信号で左折し、S字を描くように側道に入る。あとはそれを直進するだけ。勝手に回避し勝手に合流する。
さらに北上して安達《あだち》郡
―――この調子なら今夜は明け方までかからなさそうだ。
二本松《にほんまつ》市の迂回はちょっと様子が違った。
国道沿いの黒いラーメン屋の先のランプを降りて交差点ではオフセットになっている直進方向の側道に入る。国道の土手下を進み、丁字路では左折して国道から離れる。
目の前の土手は国道のサービスエリア的な道の駅。
この道の駅の駐車場から当然国道には戻れるのだが、もう一つ先のNシステムもついでに迂回するため、道の駅には入らず道なりに進む。
東北本線の踏切を渡り、ずっと道なりに進んでいくと県道147号線との交差点に出るので信号を右折して上り坂の住宅地を抜けると田んぼが広がり坂を下る。
水原川《みずはらがわ》を渡り、再び住宅地を道なりに進んでいくと左正面にローソンのある交差点にでる。そこを右折すれば国道のランプに出るので左折して国道に合流。
走行距離はあったが2つまとめて回避できたので男は得した気分だった。
二本松市街地を抜けると高速道路のような両脇になにもない道になる。
それなりに上っているので山を越えて福島市に入っていく。坂を下りきった先のNシステムについては、出発前に陽菜から直接指示を受けていた。
□□□
「ここの交差点の真ん中にNシステムがあるんだけど直前までずっと坂道で、この地図で見えてる左右の道は立体交差になっていて入れないの」
「じゃあ、かなり手前から迂回する?」
「それも考えたんだけど、未舗装路のお墓のための道になるのよね。さすがに嫌でしょ?で、その手前からでも全然普通の道で走れるんだけど悔しいじゃない」
「別に悔しくはないけど……」
「いや、負けた気がして嫌なの!だからね、探したの。なんとか回避する方法を」
□□□
坂を下り始めると眼下に福島市内の明かりが見える。
周囲との段差を示すように国道沿いの住宅は二階部分しか見えない。転落防止も兼ねてだろうか背の低い遮音板がずっと続いている。
やがて坂を下りきると、陽菜から指示のあった紳士服屋の看板が見えた。
その奥の吉野家の駐車場に入り男は「すまんね」と思いながら裏道へ抜ける。
ただそれだけのことだった。
裏道を北へ。国道で向かっていた方向へ進むと、Nシステムのある交差点へ繋がる道を跨いでそのまま斜め方向から国道へと合流できた。
―――勝ったという気持ちはわからなくもないな。
阿武隈川《あぶくまがわ》を二度渡り福島の市街地へ入る。国道4号と県道387号線の交差点にNシステムがご丁寧に3つもある。
とはいえ隣の交差点で通過すればいいだけなので、少し手前の卸団地《おろしだんち》入口の信号を左折して最初の信号を右折、直進して県道387号線を通過。
阿武隈急行のボックスをくぐり、新興住宅街のような街並みを抜けていく。
丁字路を右折しすぐの信号を左折そしてまた右折したら信号のある交差点で4号線に戻ることができた。
北へ進み、東北中央自動車道の伊達桑折《だてごおり》インターの先にNシステムがある。
高架をくぐった先に左に入る未舗装路があるのでそこへ入る。ランプウェイに沿って丸くカーブする砂利道をガタガタと進むと舗装路に出る。そこで右折すると信号のある交差点で国道に合流する。
真っ暗な田園地帯をヘッドランプの明かりを頼りに東へと向かうボルボV60。
運転席の男は窓を開け、煙草の煙をふうーっと吐き出しながら自身の感情の変化について思考を巡らせていた。
昨年12月、男は自分の記憶を失った。
なにもかもを忘れてしまったわけではないが、多くのことが思い出せなかった。
特に自分自身のことについては、どんな人間であったのか全く思い出すことができなかったため、元の自分に戻らなければならないと思い込んでいるところがあった。
記憶を失くして以降「元の自分ならどうしたか」ということを基準にし、現在の自分の意見を求められても「わからない」と返答を保留することも多々あった。
ゼロ・フットプリント配達で幻であるかのような存在になることで、自分自身の失われた記憶とが重なり「探してもないものはない、存在すら曖昧なものに固執しても意味がない」と思うようになっていった。
失っているものに縋って生きるのは、今を無駄にしているようだ。元の自分がどうであれ、いまの自分が感じたままに生きるべきだ。
誰もいない独りぼっちの道を運転しながら男は、はっきりとそう思った。