透明な配達人   作:ながずぼん

26 / 29
#26

 男が明確に新しい人生を生きるのだと強く思ったとき、折しも仙台へ向かうメイン道路を国道4号線から新国道349号線に切り替えるために、国見町《くにみちょう》役場前で右折し県道320号線で東進している最中だった。

 まるで過去の自分への執着を手放すように、という話ではない。決して。

 この先で国道4号線上に回避不可能な地点があるからだ。

 

 阿武隈川《あぶくまがわ》に沿って伸びる国道349号線の西側に新しい349号が走っているのだが、ここに監視カメラやNシステムはない。ほとんどの区間が長大なトンネルだから。

 トンネルのない区間も新しく整備された山を削って作ったような道で家や店はない。

 ないから欲しくなるのは人の性で、男はそろそろ飲み物が欲しいと思っていた。

 国道113号線との重複区間に入るとスーパーマーケットやコンビニが現れる。

 男はセブンイレブンの駐車場に車を停め珈琲とチョコレートを買う。

 この先でNシステムの迂回があるため、間違いのないように脳の働きを活性化させるべく糖分摂取を試みているわけだが、それは由加里が甘い物を食べるために言い訳をしていたものを聞いた話であり、男の記憶にあったものではない。

 

 車に戻りチョコレートの箱を助手席に置いて、中にアーモンドが入っている茶色の粒を一つ口に放り込み、コリッと噛むのと同時にエンジンを掛ける。

 国道を北進し、セメント工場の先に堆く積まれたタイヤの山を通り過ぎ、タイヤショップの手前を左折。田んぼの中の道を進み四つ角を右折。2ブロック直進したところの四つ角を右に曲がり国道へ戻る。

 

 このまま国道349号線で北進すると白石川《しらいしがわ》を渡ることになるのだが、そこには栃木県からのアドバイスでもあったかのようにNシステムが2つ仕掛けられている。

 おまけに渡った先にはご丁寧に監視カメラが待ち構えている。

 ―――宮城県は優しくない。栃木と仲間だ。

 そういったわけで、阿武隈川と尾袋川《おぶくろがわ》の中州の江尻《えじり》の信号を右折し県道14号に入り、東根橋《ひがしねばし》で阿武隈川を渡る。渡った先の坂津田《さかづた》の信号を左折し、そのまま北進。

 Y字路がいくつか連続して出てくるも、黄色いセンターラインの引かれた県道14号を道なりに進む。田園地帯を抜けたら峠越え。とはいえ坂はきついがカーブは緩い。

 上ったら下るのが峠道であり、下った先の亘理町の最初の信号を右折し、次の信号で左折して国道6号線に入る。

 

 阿武隈橋で阿武隈川をもう一度渡り、渡った先で吸収合併される。

 国道4号線に。過去と決別とかそういう話ではないのだ。

 

 岩沼《いわぬま》市の県道125号線手前の国交省の事務所には再び「鉄塔上にライブカメラあり」と陽菜のメモがある。やはり栃木県と手を結んでいるとしか思えない所業。

 少し手前のすき家の角で左折し、四つ角を右折。そのまま直進し、寝静まっている住宅地を8ブロックほど通過していく。

 丁字路に突き当たったら右折し、県道25号線で国道に復帰する。

 

 名取《なとり》市内では、左手に野菜の直売所がある信号を右折し、住宅地を進む。

 最初の四つ角を左折し、緩やかなS字カーブを描く道をそのまま進み、住宅が途切れ両サイドに田んぼが現れた丁字路を左折。

 重機のレンタル屋のある信号で国道に戻る。―――あの角で合っててよかった。

 

 いよいよ最後の迂回ルートになる。

 名取川を渡る橋は3本あるが、それに通ずる国道4号線、県道273号線、258号線、そのどれもにNシステムが設置されているのでこれを回避。

 国道が一番酷い位置にある。―――福島県ならあんなことしないはず。

 仙台市中田七丁目の信号を左折し、住宅地を進んでいき踏切を渡って左折し、常磐線《じょうばんせん》沿いに進む。

 南仙台《みなみせんだい》駅の脇をクランクするように通過し、県道39号線に出る。そこを右折。

 信号付きの東北新幹線の高架をくぐった先の側道へ右折で入り、今度は新幹線沿いに進む。

 名取川の堤防に出るので左折してそのまま堤防の上を西へ向かう。

 県道258号線に出るので、仙台方面から来る車たちの車列が途切れるのを待って右折する。その太白大橋《たいはくおおはし》で名取川を渡り、仙台市内へ。

 

 休む前にボルボを持ち込む車屋を確認するため、直進してセブンイレブンの交差点を右折し、旧笊川《きゅうざるがわ》を渡った先で右折して路地に入ると、数軒先に車屋があった。

 すでに人の気配はなかったので明日の昼間に持ち込むことにして、近くで寝られる場所を探すことにした。

 大きい地図でNシステムや監視カメラの位置を確認し、ひとまずぐるっと回って路地に入る前の道に戻る。

 路地に入らず直進して新幹線のガードをくぐり東に向かって進むと、国道4号線を越えた先にホテル街がありそこで寝ることにした。時刻は午前零時過ぎ。

 

 シャワーを浴びてベッドに入り明かりを消してみたものの、日中は寝てばかりだったので眠気がなかなかやって来ない。

 そういえばこの前、陽菜からエロい気分がどうとか言われたなと思い、リモコンでテレビを点けポルノのチャンネルに合わせる。

 四つん這いになった若い女の後ろで男が腰を振っている。その様子を眺め、男は何かを思い出せそうな気持ちになった。―――エロい気持ちを思い出すのか。

 しばらく眺めていたが変化がなかったので、男は起き上がって立ち膝になり、テレビに映る男優の真似をして腰を振ってみたが具体的なことは思い出せなかった。

 体勢が変わり、男が女に覆い被さる格好で腰を振り始めたので男もそれに倣う。

 自分でも意味がわからないなと思いながら画面の男の真似をし続けていると、息が切れてきてうっすら汗もかき始めたので止める。画面の男は汗だくだった。

 もう一度シャワーに入りエアコンの冷房温度を下げて涼んでいると、ちょうどいい睡眠前のエクササイズになったようで、眠気がやってきた。

 

 翌日、男が目覚めるとアレも起床していたが、性的に興奮しているわけではないことを自覚していた。トイレで用を足すと沈静化し、昨晩のことを陽菜に報告すべきかどうか少し考え、別に言う必要はないと決めた。

 ―――たぶんセックスの経験はあるけれど百戦錬磨ではないだろう。

 

 正午、男はスーツを着て精算機で金を払い、駐車場に停めた車に乗り込み車屋に向かう。防犯カメラには映り込んではいるだろうが、いろいろと差し障りのある人もいるだろうから民間会社や探偵あたりから見せてくれと言われても応じないだろう。

 

 車屋に到着して店の前に車を停めると、プレハブの事務所から小太りのおじさんが牛丼を片手に出て来た。

 男は彼に「これ、松本《まつもと》から運んできました」と告げると「ああ、遠くからご苦労様」ともぐつきながら労われた。

 鍵を渡すと牛丼を脇に置いて一通りボルボの状態をチェックし、荷室の毛布について尋ねられたので「すみませんが処分してください」とお願いすると「まあ、使わないこともないからいいか」と引き取ってもらえた。

 なんだか全体的に『てきとう』な感じの人だった。

 

 車屋を後にし、仙台駅に向かって陽菜の用意した仙台市内の監視カメラとNシステムの位置が記された地図を見ながら歩き始めた。

 

 車屋から仙台駅まで歩いて1時間半かかった。膝がおかしくなりそうだった。

 

 約束の午後2時まで30分余り。昼飯を食べている余裕もなく、スーツケースの中からアタッシュケースを取り出し、コインロッカーにスーツケースを預けてホテルの駐車場に向かう。

 ふと思い立って、ホテルの目の前のローソンに入りガムテープを買ってトイレを借りる。中で偽装工作を施し、ホテルのロビーからエレベーターで地下駐車場へ。

 

 石川から男の容姿や特徴について連絡がいっていたのか、折り目正しい中年男性から「六星ロジスティクスの方ですね。お待ちしておりました」と声を掛けられた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。