透明な配達人   作:ながずぼん

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#06

 甲府《こうふ》市内のスーパーを出発し、青梅《おうめ》街道に入る。

 何か所が迂回する場面があったが問題なくNシステムを躱し笛吹《ふえふき》市へ。

 笛吹川を渡って北東へ進み、勝沼《かつぬま》のワイナリーのあたりで迂回すれば、当面はこの街道を進むだけ。

 坂を上るにつれ民家が減っていき、南に見える山の稜線が仰ぎ見るほどの角度ではなくなる頃に集落は終わり、崖の中腹に穿たれた峠道になる。

 

 早朝の青梅街道、大菩薩《だいぼさつ》ラインと呼ばれる区間を走っている車はほとんどおらず、2速と3速を使ってぐんぐん坂を上っていく。

 ループトンネルを出た先で、真正面に富士山《ふじさん》が見えた。

 夜も明けてきたことで視界は良好となり、MINIの貧弱なハロゲンヘッドライトに頼らずともコーナー出口がはっきりと視認できた。

―――ここ、夜中だったらもっと走りにくかったかも。

 

 やがて丹波山《たばやま》の分岐に差し掛かり、右折して南に進路を取る。

 先のNシステムが回避できないためである。陽菜に渡された地図には直進方向に大きくバツ印が打ってある。

 小菅村の先の分岐で県道18号線に入る。グォーっと唸り声のようなエンジン音を放ちながら急坂上っていくと、対向車線から物凄い勢いで軽トラが飛び出してきて、ギャーッとスキール音を立てて後方のカーブの彼方へ去って行った。

 その後、連続する上りのヘアピンカーブを走っていると、異様に遅いおじいさんの運転する軽自動車とすれ違う。峠道で遅い車に塞がれて時間をロスするのは上り坂ではなく下り坂だ。上りは登坂車線があるけれど下りは追従するしかない。

―――さっきの軽トラ、相当イライラしてたな。

 

 坂を下りきったところの信号のない交差点で左折し、少し行った先で左折。県道522号線に入りさらに坂を下る。

 丁字路で左折し藤野《ふじの》へ。上り下りを繰り返し進むと、トンネルの手前で軽バンが停まっている。男は信号があるものだとして軽バンの後ろで停止。

 やがて一台の小型車がトンネルを抜け出てくるのを確認すると軽バンがトンネルに入り、男もそれに続く。

 トンネル内はすれ違いができないほど狭く、目視で順番待ちをしていたのだと知る。

 

 相模川《さがみがわ》を渡った先にあるローソンに入る。三階建てのアパートの1階部分が店舗になっている。駐車場は狭くどこに停めてもカメラに映りそうだったが、停まっている白いハイエースがカメラから隠してくれそうだったのでその隣に停める。

 トイレを借りてサンドイッチとカフェラテを購入する。

 

「ポンタカードはありますか?」

 

 夜勤明けで体力ゲージもやる気も残り僅かといった状況の店員の問い掛けに、心当たりがない男は「は?」と言うと店員は「え?」と言ってやり取りを強制終了させる。

 

 車に戻って腹を満たし、カフェラテを飲みながら一服したら再出発。

 すっかり陽が昇り、闇夜に紛れられない男は些かの不安を抱えながら県道518号を南下していく。

 道は非常に狭く、対向車が来ればすれ違うのに苦労しそうな道だったが、生活道路ではないようで、無事に国道413号線にまで出ることができた。

 この道にはカメラもNシステムもないので、農道のような田舎道を速度超過で止められないように東に進む。

 

 津久井《つくい》の辺りまで来ると街が開け始め、城山《しろやま》ダムの上を通過して相模川をもう一度渡り、そのまま東進して国道16号まで来れば八王子はもうすぐだった。

 八王子市内で迂回する場所はあまりなく、指定された弁護士事務所まではスムーズに辿り着けた。

 午前7時より少し前。事務所に誰かいるのか確認するために通りがかると、中の様子は伺い知れなかったものの、ブラインドが水平になっていたので人がいるものだと判断し、駅の反対側のコインパーキングへ車を停める。

 

 まだ出勤も通学もしてくる人の少ない閑散とした街を歩き、ブ厚い封筒を持って弁護士事務所の入っている小さなビルへ。

 フロア貸しになっているようで、2階は弁護士事務所だけだった。

 入り口の鉄製のドアをノックすると、ゴンゴンと思いがけず大きな音がして男が驚いていると、中から「はい」とはっきりとした返事があった。

 ドアが開けられ、落ち着いた雰囲気の男性が出迎えてくれた。

 

「あの、朝になってしまったんですけど、六星ロジ……荷物を持ってきました」

 

「はい。ご苦労様です。坂崎さんから遅れるって連絡もらってますので。どうぞ、お上がりください」

 

 玄関のところで靴を脱いで事務所の中へ入るよう言われ、男は「ずっと運転してたし……」と足の臭いを気にするものの、なにかこう、人として断ってはいけない雰囲気を察し、お邪魔しますといって事務所に上がる。

 「お掛けください」とガラスの衝立の向こうの、黒い革張りのソファに座るよう促され男は封筒を抱えたまま座る。

 弁護士は緑茶の入った茶碗を二つ持ってきて「あ、珈琲の方が良かったかな?」と尋ね「いえ。お茶も好きです」と男は答えた。

 

 対面に弁護士が腰を下ろしたら「じゃあこれ」と言って男は封筒を渡す。

 

「我々弁護士には守秘義務があって、坂崎さんの事情をあなたに話すことは適わないのですが、私からも一言御礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

 

 弁護士は封筒を受け取ると深々と頭を下げて男に向かって礼を述べた。

 

「こちらこそ、待ってて貰って助かりました。置いて帰るわけにもいかないんで」

 

「ええ。この書類が私の手元に届いたという連絡を坂崎さんも首を長くして待っていることでしょうから。いやあ、それにしてもよく駐車場で待機してくれましたね」

 

「え、いや、荷物ないと配達できないし」

 

 男は素っ気なくそう言って出されたお茶に口をつける。甘味があり出汁のようなコクのある緑茶の味に驚きながら二口目を啜る。―――なんだこのお茶すげえうまい。

 

 その後、弁護士から「どんなふうに監視を回避してきたのか」とか「なにか特別な車を使っているのか」「警察の検問などはどうするのか」など次々と質問される。

 その都度、男は「地図がある」とか「ただの中古車」、「警察の動きまでは知らない」などと努めて短く返事をし、茶を飲み干したら無言で立ち上がる。

 

「あっ、ああ、お引止めしてすみませんでした。確かに受け取りましたので」

 

 靴を履き事務所を出ようとする男の背中に弁護士が声を掛ける。

 

「あなたはきょう、一人の人間の名誉を守り、そしてまた一人の命を救ったんです。ありがとう。気を付けて」

 

 男は「大袈裟だな」と思いながら最後にペコリと頭を下げ、事務所を出た。

 

 出発前に石川から「届けたら帰りは相模湖のあたりから高速使っていい」と言われていたので、男はひとまず仮眠してから帰ることにする。

 5月といえど日差しが強くて車では眠りにくそうだと思い、駅前のネットカフェに入るも、メンバーズカードを作るために身分証を預けるよう言われ「やっぱいい」と店を出る。

 ラブホに入るのも気が引けたので、結局車のシートを倒して目を瞑った。

 

 暑い……と思って目を覚ますと、すっかり陽が昇り正午近くまで寝ていたようだった。すっかりぬるくなったカフェラテを一口飲み、窓を開けて煙草を吸う。

 駐車場を出たらガソリンスタンドに入り給油。

 来た道を戻り、国道413号線で相模湖インターを目指す。往路と全く同じ道なので自動的にNシステムは回避している。

 

 相模湖の脇を通過している際に、前方に遅い車がいるようで3速から2速へシフトダウンした際に、ギャリッと嫌な音がした。

 クラッチペダルはしっかり踏んでいたので操作ミスではない。ギアかシンクロの故障だった。

 男は走りながら何度かシフト操作をすると、どうやら2→3速のシンクロの故障のようだった。2速でクラッチを切りアクセルを踏み込んで回転数を上げ、4速の位置にシフトレバーを動かしてから3速に入れればいいことがわかった。

 

 幸いにして高速道路は4速しか使わないので、乗ってしまえば問題なかった。

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