序章 永久を生きる国
この世界には二つの種族が暮らしている。
およそ数千年前、この世界で大きな争いが起こった。そのきっかけとなったのは、それぞれの信仰する宗教上での対立だった。全世界を巻き込み、空を、大地を、海を、川を傷つけた戦いは何年にも渡り、世界を破滅へと導く寸前であった。草木は枯れ、生き物はことごとく倒れていった。もちろん、人間もその例外ではなかった。戦いに直接参加していた兵士たちもそうだが、一般市民の犠牲者も多かった。おまけに、戦時中に使用された化学兵器により、体が体として機能しなくなった者も多かった。全世界の人口のうち、約半数が二度と蘇らぬ死者となり、五体満足で生き残ったのは千人にも満たなかった。そうなって初めて、各国の首脳部は事態の深刻さに気がついた。だが、それももはや時すでに遅く、人間たちは、このままでは絶滅を待つのみとなった状態であった。各国は戦争を停止し、急遽ひとところに集まって会議を開いた。人類の存亡を決める、重要なものだ。国王を始めとし、それぞれの国で随一とうたわれた賢者たちが集った。その会議は三日三晩続き、そして鉱山に恵まれた国の賢者がある案を考え出した。
「人間たちの体を水晶に変えてみてはどうか」
それは、禁じられた術だった。理論としては確立しているが、その危険さから、誰も試したことがなかったために、何しろ実例がなかった。反対する者も多かったが、人類が生きるためにはそれ以外には方法はなかった。ゆえに、仕方なくその案を受け入れることとなった。そして、準備はただちに整えられた。
まずは、一般市民で実験し、徐々にその人数を増やしていく。その術に必要な量の水晶は世界中の鉱山からかき集め、水晶を変形しやすくさせるための熱を作り出すため、空気が乾燥し風が強くなる季節を見計らって天をも焦がしてしまいそうなほど大きな火を起こした。その術をほどこすことができるのは、世界でもごく限られた賢者のみであった。炎で水晶をあぶり、出てきた液体のようなものを体に練り込む。それを続けることによって、身体中の細胞が少しずつ水晶にすり変わり、やがて、体全体が硬い水晶で覆われる。髪の一本から足の指の先まで。
だが、これを行うことによって人間には多くの変化が訪れる。一つは寿命がなくなること。劣化しない水晶で体が構築されているのだから、当然のことだ。病気もしないし、たとえ腕や足が欠けてもそれ専用の地面に埋めてしばらく待てば、元どおりに修復される。二つ目は激しい感情がなくなること。寿命、というこの世の理を犯した者の代償なのか、多少のことでは動じなくなる。その代表的なものが悲しみであって、水晶化した人間は涙を流すことができなくなる。文字通り、その心までもが冷たい水晶と化してしまうのだ。三つ目は、自分の血の入った子孫を残せなくなるということ。水晶化した体に生殖機能は備わっていない。形式のみの性器ならば存在するが、ただの飾りも同然だ。子供を作りたいのなら、水晶から作り出すほかなくなる。まあ、愛の証が欲しいと願うほど、人を愛することが水晶化した彼らにてきるはずもないのだが。
そのようなわけで、数々の反対や欠点も抱えながら、世界政府は「人類水晶化計画」を強行した。始めに何人かで試し、その技術が保証されてからは、片っ端から人類を水晶化していった。一般市民、貴族、軍人、王族。強制ではなかったが、命をつなぐために水晶化を望む者は後を絶たなかった。怪我や病気の人間はもちろんのこと、健康な人間もそれを望んだ。戦争の際に思い知ったのだろう。ただ、死ぬのが怖いという理由で水晶化を願い出る者も少なくなかった。水晶化計画を民に公布してから数ヶ月足らずで、全世界の八割の人間の水晶化が完了していた。どれだけ働いても過労死の心配はなく、基本的に睡眠や食事を必要としない水晶人たちは、急速に戦争で破壊しつくされた都市を復興していった。その速さには眼を見張るものがあった。水晶化の評判は軒並み良いものだった。
しかし、その中でも、限りある命こそが人間の人間たる所以であると言って水晶化を拒む人々もいた。彼らは神に与えられた限りある命を、いかに有意義に過ごすことが人間としての価値を決めるのではないか、永久を生きたところで虚しいだけではないのかと、水晶人たちの行為の愚かさを説き続けた。水晶化を拒んだ人々は侮辱の意味も含めて「死待人」と呼ばれた。死を待つ人、それが彼らの呼ばれ方であった。その呼び名は定着し「死待人」というのは愚か者の象徴でもあった。死待人たちは蔑まれ、家畜のように扱われた。都を離れて隠居する者もいたが、長年の戦のために痩せ切った大地で、作物を育てようなど不可能に近いことであった。そのため、多くの死待人は奴隷化されるとわかっていても、仕方なく都にとどまるしかなかったのである。なんとひどい話だ、と眉をひそめる者もいた。それでも、どうしてもこの世では多数派が正義となってしまう。そのため、死待人の考えを肯定する水晶人たちも、そのことを口には出さずに生きるしかなかった。
そして現在。
死待人は今でもその扱われ方は変わっていない。むしろひどくなっていたくらいである。水晶人たちによって復興を遂げた国々は、性懲りもなく他国の侵略に乗り出した。その戦争で、水晶人たちが思ったよりも脆いことがわかり、盾を導入することになった。盾、といっても手で持つものではなく、ニンゲンの壁である。水晶人ではなく、いくら死んでも替えがある壁。それは「死待人」という名を与えられた者たち以外にはいなかった。戦争で盾としての役割を与えられてから、死待人の数は爆発的に少なくなってしまい、とうとう死待人は世界で一人だけとなった。その、最後の一人が本作の主人公、ゼクノ・エテルノである。そして、その彼が仕えるのが 、水晶人の中でも有名なお嬢様であるユーア・アウロラであった。
彼らの住む国は"エターナ・アウーロ"、すなわち「永遠の国」の異名を持っていた。