亡霊少女ノ魔女裁判 作:1999bizzare summer
ゴクチョ―は飛び去っていった。
血に染まったラウンジの中で、動くのはヒロの遺体の片付けをする看守だけだった。
震える叫びと、押し殺した息遣い。少女たちは看守の動向を見守ることしかできない。
ふと、エマはヒロの遺体の側に落ちていた万年筆に気付いた。
ヒロが大切にしていたもので、誰かに渡したもの。それを形見のようにしまい込む。
やがて看守は遺体を抱えてラウンジから退出した。少女たちはようやく一息をつけた。
「自己紹介を続けるような空気ではなくなったね…」
腰にレイピアを携えた少女、蓮見レイアが切り出す。
「そこでだ、私から一つ提案がある。みんな、自分のポケットを見てほしい。
各自スマホが配給されているようだ」
ポケットを探ると、確かにスマホが入っていた。
ご丁寧にエマのものは桜羽という名前からか、桜の花柄のスマホカバーであった。
「残念ながら外部との連絡手段にはなり得ないが、スマホに入っている【魔女図鑑】というアプリの中に、私たちの顔と名前などの情報が入っていた。
とりあえずお互いの顔と名前はそれで確認することにしようじゃないか」
エマは驚いた。
これほど過酷な状況の中でも、堂々とみんなを牽引できる、そんな姿に憧れすら覚えた。
すると、先程まで隅で吐いていた猫耳の少女がレイアに話しかけた。
「あんさぁ、ちょっといい?あてぃし、あんたのことテレビで見たことあるような気がして」
慌てて魔女図鑑を開くと、彼女の名前は沢渡ココというらしい。
「芸能事務所に所属しているからね。色々活動はしているよ。
舞台が一番多いけど、テレビもよく出るかな」
さらりと言ってのけるレイアに、周囲が驚きの声を上げる。
しかしレイアも慣れているようで、軽く咳払いをして表情を引き締めた。
「みんな、落ち着いて聞いてほしい。私たちはどうやら、この牢屋敷で共同生活をしなくてはならない。いつまで続くのかは分からないが、今は大人しく従おう。私は君たちをできる限り守りたいと思う。先ほどの…二階堂ヒロくんのような暴走は、私たち全員に危険が及ぶかもしれない。であれば、看守のような化物に対抗できる方法を見つけるまでは、表面上は大人しくしておこうじゃないか」
「チッ…ざっけんな!」
黒フードに黒マスクの不良っぽい少女、紫藤アリサが反抗的に声を荒げる。
「ウチは守ってくれなんて頼んでねえ!魔女とか囚人とか知るかよ!
一秒だってこんなとこ居たくねえ。ウチはここを出るからな!」
「反抗的な態度を見せたら、看守に何をされるか分からないよ」
「おめえには関係ねえだろ、ほっとけよ!」
アリサは忌々しげにラウンジを出ていってしまう。レイアは少し大げさに肩をすくめる。
「【魔女図鑑】はルールブックにもなっているらしい。この【魔女図鑑】に記されたルールを遵守し、生活していこう。全員、しっかり目を通しておいてくれたまえ。
…他のみんなはちゃんと私に協力してくれるだろう?」
「…ボクも嫌だ」
エマは、思考するよりも早く行動していた。
足も声も震え、まともじゃない状態なのは明白なのに、みんなの前に立っていた。
「ヒロちゃんを殺した、あいつらに従うなんて嫌だッ!ボクはあいつらを許さない!」
それでも、そうきっぱりと言い放つエマの目は真っ直ぐだった。
レイアは面食らったような顔でエマを見た。
「なるほど。キミは…桜羽エマくんだね。その様子を見るに二階堂ヒロくんとは知り合いだったのかな?心中は察するよ…従うつもりがないのはわかった。強制はしない。
ただ、今はなるべく穏便に済ませたい。これだけは分かってくれるね?」
「…分かった。みんなには迷惑をかけないよ」
「はいはい!私もエマさんについていきますよぉ~!」
「わたくしもあなた側につきますわ。偉そうに仕切るヤツが嫌いなんですの」
橘シェリーと遠野ハンナがエマの側に集まる。
自然とレイアの考えに賛同するもの達のグループと相対する形になる。
「ありゃ、2つのグループに別れちゃったみたいですね」
シェリーが茶化すように言うと、レイアはしゅんとしてしまった。
「…どうやらそのようだね。みんなで協力するに越したことはないけど、意見が合わないなら仕方ない。私たちは一旦地下に戻るよ。ルールによれば、もうすぐ監房にいなくてはならない時間だ」
そういってレイアが歩き出すと、他の少女たちもあとに続いてラウンジから出ていった。
残ったのはエマ、シェリー、ハンナ、そしてメルルと西行寺幽々子の五人だった。
シェリーが目を輝かせてエマに詰め寄った。
「で?で?私たちはどうするんですか?みんなで協力して看守をぶっ殺します?」
「そ、そんなことできないよ。ヒロちゃんみたいに殺されちゃう」
エマはどこかほっとしているように見える。
自分についてきてくれる人がいるだけでも安心感があるのだろう。
「…とりあえず、ボクらも一度地下に戻ろう。規則には目を通しておかないと」
「まあそうなりますよね~」
エマたちも、地下に戻ることにした。
が、西行寺幽々子がメルルを引き止めた。
思えば、彼女はずっとメルルのことを見ていた気がする。
「な、なな、なんですか?幽々子さん、でしたよね」
「ええ。私たちは話すことがあるから、あなた達は先に行ってちょうだい」
「え?う…うん、分かった」
(ボクとヒロちゃんみたいに、メルルちゃんと友達だったのかな)
こうして三人は、メルルと西行寺幽々子を残してラウンジを去った。
「あの二人、知り合いだったんですの?」
「うーん、そうは見えなかったんですけど。
二人は同室のようですし、何か取り決めでもしたかったんじゃないですか?」
「それなら監房で話してもよかったんじゃないかな?」
「確かにそうですわ。怪しいですわね…」
「あはは!ハンナさん疑心暗鬼~」
「うるっさいですわね!まったく」
こうしてとりとめのない会話をするだけで、エマは幸福だった。
ヒロがいなくなってまた一人ぼっちになってしまうかと思ったけど、よかった。
「それじゃあエマさん、ハンナさん、またあとで!」
「ごきげんよう、ですわ」
「うん!二人ともまたね!」
エマは笑顔で二人に手を振り、監房に戻った。
中に入ったタイミングでスマホが震え、「ホーホー」というフクロウの鳴き声のような通知音が鳴った。スマホのチャットアプリを起動してみると、それはゴクチョ―からだった。
『自由時間は終わりです。皆さん、すみやかに自分の房へとお戻りください。ルールに従わない者は、懲罰房行きになっちゃうので…仕事とか、増やさないでいただけると…』
すると、メルルと西行寺幽々子が足早に廊下を駆けていった。
その後すぐ監房の扉から鍵が閉まる音がした。
(古そうな見た目なのに、オートロックなんだ。なんだか歪だな)
ベッドに腰掛けると、嫌な思考が頭をぐるぐると巡る。
エマは思考を振り切り、監房内を観察する。
六畳程度の空間に、洗面所やトイレ、机が並べられており、寝具が二段ベッドだからか、狭さもそこまで感じない。むしろエマにとっては広く感じてしまう。
「ヒロちゃん…」
涙が零れる。彼女に思いを馳せると止まらなくなりそうだった。
エマは袖口で涙を拭い、表情を整えた。
「ボクがヒロちゃんの分も生きるんだ!」
そう意気込んで、エマはスマホの【魔女図鑑】アプリを開く。
そこに記された規則を読み込んでいく。
その中に強く目を引く文章があった。
――完全な魔女になった者は、今持っている【魔法】が爆発的に向上する。
(…魔法?ボク、そんなもの持ってないんだけどな。他のみんなは持ってるのかな)
エマはベッドに倒れ込み、思考に耽る。
思い出すのは、家族のこと。
「お父さん、お母さん、心配してるかな」
高校では友だちたくさん作ろうと決めていたのに。
もう両親に心配をかけまいと決めていたのに。
家族のことを想うと目頭が熱くなる。
「会いたいよ…」
展開の遅さについては危惧しておりますので、そのうち一斉に改定するかもしれません。幽々子さんの活躍は次回から…