ジュージューと肉の焼ける音がする。
広大な鉄板の果てにはのっぺりとした海が空へと伸びている……でも、大事なのはこの鉄板の中心だ。そこにはジュージューと肌を焼かれた私たちの体が転げ回っているんだから。
アツぁッ、あっ、あぁぁああ~!???
立ち上がっては転び、着いた手が熱くて、また転がって。運動の熱か鉄板の熱かもわからず、やがては痛みより疲労が上回って……ぐったりした全身に火が通っていく。
陽炎でさんざめく海の空。きれいだ。
空に二本の柱が浮かぶ。天国へ続く柱……っていうのは冗談だ。鬼の持つ巨大な箸が私の肋骨を挟み込み、持ち上げようとするが、背面の肉が鉄板に貼り付いていた。
箸は私の体を左右に揺すって強引に引っぺがそうとするが、頭皮や背中の皮膚が千切れたところで私の体は鉄板に投げ出された。
支給の人脂が安すぎるんだ。
鬼が小言を言って私のふとももをつつく。こんがり焼かれた私の足は肉汁をしみ出しながら鉄板から剥がされ、あらぬ角度まで曲がってく。
再び箸が私の体へ。今度は箸を下に潜り込ませ、肩から胸の間を通すように掴もうとしたようだったが、私の体がひっくり返っただけだ。鬼が舌打ちし、柔らかいお腹に箸を突き刺す。私の体が頭を下に持ち上がる。遠くの空がよく見渡せてこの瞬間は嫌いじゃない。
もうちょっとの辛抱だ。私の体は甘辛いたれによく浸され、白米の上でワンバンされると、巨大な鬼の口へと運ばれる。歯で引っ掛けながら串代わりの箸を抜く。一口だ。
濃厚な匂いに包まれる。涎と絡まりながら、私の体は切られ、砕かれ、ばらばらになって擦り潰されて、飲み込まれていく。その奥で溶解されて、栄養として吸収されて、残りは全部トイレでうんちやおしっことして排泄される。
私の体は下水道を巡り、水と混ざり合いながら世界へと旅立つのだ。
この瞬間が唯一楽しい時間かもしれない。役立つ水として世界中に運ばれてもいいけど、一番感じていたいのは雨だった。干上がった水は空気となって空へと昇り、世界と混じりあいながら広がっていく。降る雨の全部が私のようで、私の体が地上を濡らしていく。
雨は緑の葉を滴り、地上で砕けて波紋を打つ。空も地上も全部が私のようで、一滴ごとに世界は裏返る。雨は私の体の奥底でも静かに波紋を広げ、その一つ一つに耳をそばだてていたかった。
鬼だけじゃなく、色んな生き物の栄養になって、うんちやおしっこになって、そうやって世界を巡っているうち、あちこちに持ってかれていた私が合流して、目が覚めてしまう。平たい皿の上で、たくさんの女の子たちに紛れた一人の私がそこにいた。
巨大な鬼の目が空を遮り現れる。鬼は怯える私たちを宥めながらその巨大な手で、手慣れた様子で私たちの服を脱がせていく。
「私、何してるんだろう」
誰かに聞いたわけじゃなかったけど、答えてくれた子がいた。
「あなたは生きているのです」
見ると、ロングのスカートにカーデガンという落ち着いた格好の女の人がいた。たぶん、私より年上だ。
「あなたは?」
「私はヤマノマユ。尼僧になるために宗教学を専攻してました」
「はぁ」
「あなたは今何度目ですか」
「あー、数えてないっす」
「なるほど。私はまだ三回目です。ですから……きゃっ」
そこでマユさんが鬼の手に捕まり、丁寧に服を剥かれていく。私の前に下ろされたマユさんはすっぽんぽんになっていた。
「ま、まあ、まだ慣れてなくて。恥ずかしいですね」
胸とあそこを手で覆い、マユさんは照れたように笑っていた。
「あ、ここまでみたいです」
「え?」
上から伸びてきた箸がマユさんを掴み、人脂の敷かれた鉄板に落とされる。
やああぁあああああああ!
裸マユさんが鉄板の上でのたうち回る。もはやこちらに目を合わせる気力もないようだった。あ、私もか……。
私の体は軽く、箸につままれた。
――
「つまりですね、ここは地獄です。それも肉体への執着を断とうとしているタイプの地獄に見えます」
つらつらと述べるのは裸に剥かれたマユさんだった。
「はぁ」
一応相槌をうつと、マユさんは続けてくれた。
「恐らくですけど、私たちは生前、肉体に対して酷く執着し、罪を犯している……身に覚えはありませんか?」
「んー、ないかな」
そう言いつつも私は左手をそっと背中に回す。そして誤魔化すように聞く。
「マユさんは何か罪を犯したの?」
「はい、犯しました!」
マユさんはなぜか自慢するような調子で言い放つ。
「経典研究サークルのみんなで大〇交S〇Xパーティーを連日連夜ぶちかましてやりましたよ!」
は?
「ついにはえっらいバテレン教授も巻き込んで……あ、ちょっと待って! まだ自慢したいことが……いやぁあああああ!」
マユさんは鉄板へぽとり。まあ、マユさんの地獄落ちは妥当としても、私は……。
私は左腕を見下ろした。たくさんの切り傷。自分の体を大事に扱ってないことの証明だった。真逆じゃない? わけわかんない。
さんざんの迷い箸の末にこちらへ伸びてくる箸に向けて、私は尋ねた。
「ねえ、私たちのこと、どう思ってるの?」
箸が止まる。鬼はわざわざその巨大な目で私の目を覗き込んでくる。巨大な口がもごもごしたあとでゆっくりと開く。黒ずんだ乱ぐい歯が覗く。
「感謝している」
「感謝? 罰じゃなくて?」
「罰でもあるが、まず何よりおぬしらはメシだ。わしらが腹を満たせるのはおぬしらが為。わしらはおぬしらの生涯に感謝している」
私は舌打ちしていた。好き嫌いを叱ってきた女の先生の顔が思い浮かんだからだった。
みんながごちそうさまをし、掃除をして、休み時間に遊びに行っても私だけは顔を伏せて、嫌いなピーマンやニンジンを見つめ続けていたあの時間。あれがあるから学校が嫌いだった。
「では、いただきます」
野太い声とともに箸が伸びてくる。
「っ⁉」
私は逃げ出そうと踵を返す、が、あえなく箸に捕まった。いつもきれいだと眺めていた風景には目もくれず、私は箸から抜け出そうと身をよじり、抵抗する。が、浮遊感、私は鉄板へと落ちていく。あとはもう、変わらなかった。
――
雨の音が全身を打つ。私は目を開けた。先に起きてたらしい、マユさんがこちらを見下ろしていた。
「どうしようもないじゃん。バカみたい」
私は起き上がり、マユさんの横に並び立つ。自然と遠くの海を見ていた。マユさんも私の目線を追いかけて海へと顔を向けた。
「泣いてるんですか? どこか痛いとか? 悲しいことでもありましたか?」
こんな場所ですごく普通なことを聞いてくるマユさんは凄く変だ。確かにこの海は滲んでいた。私は目元をぬぐいながらマユさんに笑いかけた。
「私たちって鬼なんかのために生きてきたわけじゃないよね?」
マユさんはいつものように、胸を張って答えた。
「当然ですよ。因果に目的などありません。私たちの罪は私たちだけのものです」
私はあっはっは……と自分の発する声の調子を確かめるように笑った。笑って言う。
「死にたいなあ」
これにもやっぱり、マユさんは答えてくれる。
「もう死んでますよ」
「マユさん」
「はい」
「ありがとう」
「あらぁ~、いえいえ」
マユさんは謙虚だ。こんな状況で人を気遣える、優しい人格者だ。大〇交S〇Xパーティーなんてしなければこんな場所には来なかったに違いない。
「マユさんはどう? 肉体への執着、捨てれそう?」
私はマユさんにほほ笑んで尋ねた。マユさんも笑って答える。
「いいえ、ギンギンです! もうはち切れそうでして! もはや女性でもいいような……あ、やめてください、ここからが本番なのに……!」
あーれーっ……! と運ばれていくマユさん。今日は鉄板の上で脂が跳ねていて身震いする。でも、私は遠くの海を見ていた。
海の上には雨雲が広がっている。私にはまだ雨音が聞こえていた。