神様にはなれない私たち   作:琴ノ葉しずく

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第27話 最速の男、画面越しの渇望

 

公安の中枢、喧騒から切り離された一室。

 

ホークス――鷹見啓悟は、いつもの気の抜けたような笑みを完全に消し去り、ソファの上でテレビの大型モニターをじっと見つめていた。

 

画面に映し出されているのは、日本中が熱狂している雄英高校の体育祭の生中継。

そのきらびやかな映像のなかで、カメラのレンズにまっすぐ視線を合わせ、心の底から愛おしさが零れ落ちたような、優しく、そして甘くとろけるような笑顔を「ついにっこり」と投げかけた純白の修道服の少女。

 

それは、彼が何よりも欲して、けれど今の自分には決して向けられることのない、かつて公安の本部で自分の手を引いてくれた「おねえさん」の、純度MAXの聖女の微笑みだった。

 

「……、」

 

画面のなかでは、その圧倒的な天然の美貌に色めき立った強面なプロヒーローたちが控室で大騒ぎし、マウントレディがギリィと悔しそうに歯噛みしている様子が、実況の笑い話として流れている。

 

さらにカメラが切り替わると、特設救護テントのなかで、泥だらけになったサポート科の発目明と手を握り合って意気投合し、果ては普通科の心操人使という少年の手を白く細い両手で包み込んで、その顔をリンゴのように真っ赤に茹で上がらせている彼女の姿が映し出された。

 

「……おねえさん、無自覚に男を引っ掛けすぎ。本当にさ、そういうとこだよ」

 

啓悟は手に持っていたリモコンをローテーブルに乱暴に放り出し、深くソファにもたれかかって、ボスンと頭を預けた。

 

背中の羽が、主の胸の内に渦巻く激しい嫉妬と独占欲、そしてやり場のない焦燥感に呼応するように、ギリギリと不快な音を立てて激しく波打っている。

数枚の羽が彼の意思とは無関係に剥がれ落ち、フローリングの床の上をあてもなく滑っていった。

 

 

 

 

先日のUSJ襲撃事件の戦闘ログを受け取った時、祈の前で平和の象徴としてのIQをマイナスにして吐血していたオールマイトの醜態には、「何このおじさん、怖っ……」と純粋にドン引きできた。筑紫聡が生きてこれを見ていたら、また『あのクソゴリラァアアアア!!』と壁を殴り壊してブチギレるんだろうなと、懐かしむ余裕さえあったのだ。

 

だが、テレビの電波に乗って全国の有象無象の男たちを無自覚に狂わせ、挙句の果てには目の前の思春期の男の子たちを優しく手懐けて赤面させている姿をリアルタイムで見せつけられるのは、彼のクソデカ感情にとって、あまりにも刺激が強すぎた。

 

魔性か。

それを無意識にやってのける祈が、どうにもやりきれない。

胸の奥が、焼け付くように熱くて、同時にひどく冷たかった。

 

(緑谷くんに、爆豪くんに……今度は心操くん、ですか。みんな、おねえさんに優しく触れてもらって、怪我を治してもらって。……あの普通科のガキ、あんなに顔を真っ赤にしちゃってさぁ。……ずるいよ、ずるすぎる)

 

鷹見は手袋に包まれた自分の両手をそっと見つめ、何度も開いては、強く握りしめた。

 

ただ無力に立ち尽くしていた自分から、死に物狂いで訓練を重ね、最速のヒーローへと駆け上がった。周囲の人間だけが歪に大人になって老いていくというのに、彼女だけが二十代の美しい姿のままあの真っ白な檻の中に残されていたから。

 

彼女の無事を常に祈り、その檻の鍵を、管理権限を、今やその両手の中にしっかりと握りしめる立場にまでなった。彼女を世界に繋ぎ止める檻の鎖は、間違いなく自分が握っているはずなのに。

 

それなのに、どうして自分は今、こんな無機質な部屋で一人、画面の向こうの彼女を遠くから見つめることしかできないのだろう。

沸き上がる黒い独占欲が、急速に、果てしない寂しさと孤独感へと反転していく。

 

「……いいなぁ」

 

ぽつり、と。

最速の男の口から、子供のように子供じみた、ひどく掠れて切ない本音の呟きが漏れ出た。

かつて公安の廊下で、彼女の修道服の裾を小さな手で握りしめていた自分に向けてくれたあの優しい温もり。それを今、他の誰かが受け取っているのだと思うだけで、胸が千切れそうになる。

 

画面の向こうの彼女は、感情の大部分をハイドに凍らされ、自らを「便利な道具」「スペア」と言い切りながら微笑んでいる。けれど、その奥底にある根っからの子供大好きな温もりを、自分以外のたくさんの子供たちに無自覚にばら撒いて、彼らの胸に消えることのない歪な執着の火種を植え付けている。生徒とはいえ、思春期まっしぐらの健全な男の子。…もちろん女子生徒もいるが、今のこの男の頭からはすっぽりと抜け落ちている。

 

(早く、俺だけのところに戻ってきてよ、おねえさん。他の誰の目にも触れない、俺しか知らない静かな場所へ――)

 

薄暗い部屋のなか、もう一度テレビの画面に映る純白のシスターの姿を、飢えた猛禽類のような鋭い瞳で、しかしどこか泣き出しそうな愛おしさを滲ませて見つめ直した。

 

表舞台で繰り広げられる雄英体育祭というまばゆい光の裏側で、祈の包囲網が音を立てて増えていく現実に、最速の羽は静かに、けれど誰よりも深く、狂気的な渇望の秒針を刻み込んでいくのだった。

 

 

 

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