神様にはなれない私たち   作:琴ノ葉しずく

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第32話 生足注意報

 

期末試験を目前に控えた、ある日の放課後の演習場。

 

1年A組の生徒たちが集まる中、相澤の横に立つ祈の姿に、その場にいた全員の視線が釘付けになった。

 

「な、なぁ……神代先生、それ……」

 

切島が思わず声を漏らす。いつもの厳格な黒い修道服ではない。頭を覆う純白のレースのヴェールはそのままに、身に纏っているのは白と黒を基調とした、息をのむほど洗練された戦闘訓練用の装いだった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

実はこのコスチューム、体育祭や保須市での彼女の激闘と動画の拡散を受け、これ以上の無茶で肉体的な負担や首輪の暴走を減らせるようにと、オールマイトが裏で開発部に特注を依頼し、雄英高校から彼女への「贈り物」として用意されたものだった。

 

本人は「私はただの道具ですので、このような過分な支給品は……」といつものように穏やかに辞退しようとしたが、オールマイトが「お願いだから着てくれ、神代先生……!」と涙目で懇願したため、こうして袖を通すことになったのだ。

 

「うおおおおおおおおおお!! 何だあの神がかった衣装はァァァ!!」

 

案の定、真っ先に鼓膜が破れんばかりの絶叫を上げたのは峰田だった。頭のブドウを激しく毟り取りながら、血走った目で神代の足元を凝視している。

 

 

「白と黒の絶対領域! 動きやすさを考慮したとかいう名目の、あの大胆なスリットから覗く生足! 太ももを締め付ける黒いベルト! 清楚なヴェールと、その奥に隠されたお姉さんの暴力的なセクシーボディの融合! オールマイト発案!? 誰か知らねえが天才か! 神だ!! 俺を今すぐあのベルトで縛り上げてくれぇぇぇ!!」

「うるさいわよ、峰田ちゃん」

「神代先生、本当にすごく可愛いですわ……!」

 

蛙吹に舌で叩き伏せられながらも悶絶する峰田を余所に、八百万や麗日、芦戸、葉隠、耳郎といった女子たちも「修道服ベースなのに、すっごくオシャレ!」「めちゃくちゃ似合ってます、神代先生!」と大興奮で彼女を取り囲んでいた。

 

そんな喧騒のなか、緑谷と爆豪の二人は、少し離れた場所から静かに彼女を見つめていた。

動画の拡散や数々の因縁を経て、彼らの胸の奥には確かに歪な感情の種が燻っている。だが、こうして雄英の光の下で新しい服に身を包み、女子たちに囲まれて困ったように穏やかに微笑む彼女の姿は、彼らにとって、まだあの小学校低学年の夕暮れのお祭りで出会った「憧れの優しいお姉さん」そのものだった。

 

(神代先生、本当に綺麗だ……。でも、動きやすさを重視したってことは、やっぱりそれだけ戦闘に巻き込まれることを前提にされてるんだ……)

 

緑谷はノートを抱えたまま、憧憬の念と、彼女を取り巻く不穏な環境への憂いを瞳に宿す。

 

(チッ……あのババァ、何が道具だ。あんな格好しやがって、似合ってねえわけじゃねえのが余計にムカつくんだよ……)

 

爆豪はフイッと顔を背けながらも、彼女の手にあるシンプルな円環の杖と、戦闘用の軽装に、彼なりの不器用な視線を走らせていた。

 

そして、その輪から一歩引いた、訓練参加者の列のなかに――普通科の心操の姿があった。心操は、自分の感情を周囲に剥き出しにすることはしなかった。ただ、操縛布を首に巻いたまま、壁に背を預けて静かに、けれど熱を孕んだ瞳で、ちらちらと祈の姿を気にしていた。

 

(あの時、俺の洗脳すら一瞬で弾き飛ばした、圧倒的な力……。その人が、あんな格好で、俺たちの訓練を見るのか……)

 

心操の胸の奥で、彼女と同じヒーロー科の地平に立ち、少しでも近づきたいという歪な執着が、静かに、しかし確実にその炎を大きくしていく。

 

「よし、騒ぐのはそこまでだ。神代のコスチュームは、今後の前線での救護活動を見据えた雄英からの正式な支給品だ。……心操、前に出ろ」

 

相澤の声で、一気に演習場の空気が引き締まった。期末試験の対先生戦を控えたA組の、初見の敵への対応力を養うための合同戦闘訓練。相澤の推薦により特別参加した心操の、ヒーロー科編入への執念をかけた戦い。

 

祈は特設救護テントの中からその様子を見ることになった。

 

 

 

 

「――それじゃ、戦闘訓練を開始する。心操、お前の実力、A組の連中に見せてやれ」

 

相澤の冷徹な号令が響き、演習場に緊張感が走る。期末試験を前にしたA組の「初見の敵への対応訓練」。

 

その特別ゲストとして、首に操縛布を巻いた心操人使が前に出た。

 

「おいおい、普通科の心操じゃん! 体育祭以来だな!」

「よろしく頼むぜ、心操!」

 

切島や上鳴がいつもの調子で快活に声をかけるが、心操の瞳に宿る熱量は、体育祭の時とは比べものにならないほどに鋭く、そして昏かった。

 

心操の視線は、無意識に演習場の傍らに立つ祈へと向いていた。オールマイト発案の新しい白黒の戦闘服に身を包み、シンプルな円環の杖を手に携えた彼女が、レースのヴェールの向こうからその穏やかな瞳で自分たちを見つめている。

 

(俺はここで立ち止まるわけにはいかないんだ)

 

「……ああ、よろしく」

 

心操が低く呟いた、その一瞬だった。

 

「――っ、しまっ……!」

 

心操の言葉に無防備に返事をしてしまった上鳴の身体が、ピキリと硬直する。脳の信号を完全にハイジャックする、心操の絶対的な個性『洗脳』。体育祭の時と違い、今の心操は自分の個性の弱点や対策がA組に割れていることを完璧に理解していた。だからこそ、その先の「技術」を、相澤の指導のもとで死に物狂いで磨き上げてきたのだ。

 

「上鳴! 後ろに下がれ……ッ!」

 

切島が異変を察知して腕を硬化させ、突進しようとしたその瞬間。

 

バサァッ! と激しい風切り音と共に、心操の首元から放たれた灰色の布――『操縛布』が、生き物のように空中をのたうった。相澤のそれにはまだ及ばないものの、普通科の少年がこの短期間で習得したとは到底信じられないほどに精密で、素早い一撃。

 

「なっ……相澤先生の、包帯かよ!?」

「硬化する前に、動きを止めれば関係ない」

 

ガチリ、と硬化が完了する前の切島の足首に操縛布が絡みつき、心操は凄まじい体幹のブレなさと腕力で、切島の巨体を強引に地面へと叩き伏せた。さらに、洗脳状態の上鳴に対して「切島を拘束しろ」と冷徹に命令を下す。

 

「うわあああ! 上鳴の電気が俺にぃぃ!!」

「す、すまねえ切島、身体が勝手にぃぃ!」

 

身内同士で潰し合う形になり、一瞬にして混沌に陥るA組の戦線。

心操の体育祭からの劇的な成長、そして相澤直伝の操縛布の技術を取り入れた「洗脳」のコンビネーションは、A組の生徒たちを確実に翻弄していた。

その圧倒的な覚醒の裏にあるのは、ヒーロー科への意地、そして何よりも――祈への狂気的なまでの憧憬だった。

 

心操の繰り出す一挙手一投足は、まるで彼女に「俺を見てくれ」と訴えかけるような、執念の塊そのものだった。

 

「すごいな、心操くん……。体育祭の時とは、体のキレも個性の使い方も全然違う……!」

 

最前列でその戦いぶりを観察していた緑谷は、ノートを強く握りしめながら、心操の瞳の奥にある異様な熱量に微かな焦燥を覚えていた。それは、ステインの動画を経て自分が抱いたものとはまた違う、だが確実に祈という存在に引き寄せられている人間の、歪な執着の光だった。

 

「チッ……普通科のクソ雑魚が、調子に乗ってんじゃねえよ……」

 

後方で爆豪が、火花をパチパチと掌から散らしながら忌々しげに吐き捨てる。爆豪の視線は、心操の動きよりも、それを見守る祈の、あの剥き出しになった生足や、新しい戦闘服のシルエットへと向いていた。

自分たちが「憧れのお姉さん」として見上げる彼女のすぐ近くへ、新参者の普通科が泥に塗れながら手を伸ばそうとしている事実が、爆豪のプライドをこれ以上ないほどに苛立たせていた。

 

やがて、ひとしきりA組を翻弄し、訓練の終了を告げる相澤のホイッスルが鳴り響いた。

 

「そこまで。……心操、合格点だ。操縛布の扱いも、初見の相手へのハメ方も及第点。A組、お前たちは相手の個性が割れているという『驕り』が動きに出すぎだ。期末試験なら死んでるぞ」

「うう……面目ねえ……」

 

泥を払いながら、疲労困憊でと引き上げてくる生徒たち。

 

祈は新しい戦闘服の裾を揺らしながら、シンプルな円環の杖を傍らに置き、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて彼らを迎えた。

 

「皆様、お疲れ様でした。細かい擦り傷や打撲がありますね。すぐに『微調整』をいたします」

 

祈の白い手のひらから、透き通るような白光が溢れ出る。

 

今回は、彼女が動きやすいようにオールマイトが発案したコスチュームのおかげで、個性の出力がよりスムーズに、肉体的な負担を最小限に抑えた形で流し込まれていく。一瞬にして上鳴や切島の疲労と痛みが霧散し、瑞々しい活力が戻っていく。

 

そこへ、過酷な操縛布の連打で両腕をパンパンに腫らした心操が、救護テントの中に静かに入ってきた。

 

「心操くん。素晴らしい動きでしたね。相澤先生の技術を、これほどまでに己のものにされているとは……本当に感服いたしました」

 

祈がいつものように、誰に対しても平等な博愛の笑みを浮かべ、心操の腫れ上がった腕へと両手を翳す。

白光が心操の腕を包み込み、激痛が快感に似た活力へと変わっていくなかで、心操は、至近距離から祈のレースのヴェールの向こうの瞳をじっと見つめ返した。

 

心操は、自分の感情を周囲に剥き出しにはしなかった。だが、その瞳の奥にある尋常ではない「執念」と、彼女への深い独占欲の火種は、隠しきれずにギラギラと輝いていた。

 

「……俺は、必ずあなたのいる場所へ行きます。ヒーロー科へ編入して、ただの便利な道具なんかじゃない、あなたという人を……」

 

心操が口の中で小さく呟いたその言葉、そして彼が祈に向ける剥き出しの視線に、テントの入り口にいた緑谷と爆豪が、同時にピクリと眉を動かした。

 

(心操くん……君も、神代先生の『闇』に気づいて……)

(あのクソ雑魚……あのババァに、妙な目向けてんじゃねえぞ……)

 

白黒の新しい戦闘服を纏った祈を軸に、雄英のグラウンドに集う少年たちの歪な執着が、静かに、しかし確実に火花を散らし始める。

 

「神代」

「はい、相澤先生」

「心操、いけるか?」

「大丈夫ですよ」

「よし、じゃあこい」

 

テントの入口からひょいと顔を覗かせた相澤は、祈を見て言った。

 

「心操、ここからは『初見の敵の戦闘技術』の再現だ。神代、少し相手をしてやれ」

 

相澤の指示に、演習場が再び静まり返った。A組の生徒たちが「えっ、神代先生と!?」と驚きに目を見張るなか、祈は新しい白黒の戦闘服の裾を軽やかに揺らし、手にしたシンプルな円環の杖を小さく回して前に出た。

 

 

 

「はい、相澤先生。心操くん、実戦形式のサポーターとして、お相手をさせていただきますね」

 

 

 

ヴェールの向こうから響く、いつも通りの穏やかな敬語。だが、心操人使の全身の細胞が、かつて自身の『洗脳』を1ミリ秒で融解させたあの圧倒的な「強者」を前にして、本能的な歓喜と恐怖に震えていた。

 

「……光栄です。手加減、しないでくださいよ」

 

心操が低く呟くと同時に、首元から放たれた灰色の操縛布が、生き物のように祈の身体を目がけて鋭く殺到した。A組の面々を翻弄した、相澤直伝の超高速の変則軌道。

 

だが、神代は焦る風もなく、ただ静かに一歩、横へステップを踏んだ。

 

バサァッ! と風を切り裂く操縛布の軌道を、手に携えた杖を流れるような動作で一閃させ、その先端の円環で器用に、そして完璧に受け流してみせたのだ。

 

「――っ、速い……!」

 

心操がすぐさま操縛布を引き戻し、第二波、第三波と全方位からの拘束を仕掛ける。しかし、祈はオールマイトが発案したこの新しいコスチュームの軽快さを存分に活かし、大胆なスリットから覗く生足で地面を滑るように躍動していた。

 

USJの襲撃事件で、あの規格外の脳無と真正面から渡り合った経験を持つ彼女である。しかも、体育祭でのテレビ中継や根津校長の高度な情報戦を経て、公安側も彼女の有用性を認めざるを得なくなり、現在は首輪の上限値が以前よりも大幅に引き上げられていた。

 

首元の黒い首輪がピピッ、と静かに青白く明滅する。だが、火花が飛び散ることはない。そこそこの出力を綱渡りなしで自由に扱えるその戦いやすさに、感情を殺されているはずの彼女の胸の奥が、ほんの少しだけ弾んでいた。

 

「ふふ、意外と動きますね」

 

レースのヴェールの向こうから、どこか楽しげな、少しだけ上機嫌な鈴の音のような声が漏れ出る。

祈は防戦一方のままでは終わらない。操縛布の隙間を縫うようにして一瞬で心操の間合いへと踏み込むと、手にした杖を美しく払って心操の喉元へと鋭く突き付け、寸前でピタリと止めてみせた。

 

「そこまで。――神代の勝ちだ」

 

相澤のホイッスルが鳴り響く。

 

「はぁ、……っ、はぁ……!」

 

心操はその場に膝を突き、肩を大きく上下させて激しく息を切らせていた。額からは大量の汗が流れ落ち、全身の筋肉が悲鳴を上げている。全力の操縛布をすべて見切られ、手も足も出ずに圧倒された敗北感。

 

だが、その向かいに立つ祈は、あれほど激しく動いたというのに息一つ乱れていなかった。白黒の戦闘服は汚れ一つなく、ただ杖を胸元に抱え直して、いつものように穏やかで非の打ち所がない微笑みを浮かべている。

 

その圧倒的なまでの余裕と強者としての佇まいに、心操は恐怖を通り越し、魂の底から彼女に魅了されていた。

 

(やっぱり、この人はすごい……。俺なんかじゃ、まだ足元にも及ばない。だからこそ、俺は必ず……あんたの隣に立つ……!)

 

地面を見つめたまま、拳を強く握りしめて執念を燃やす心操。

 

そして、その二人の「手合わせ」を特設救護テントの影から凝視していた緑谷と爆豪の胸の内にも、言葉にできない複雑な火花が散っていた。

 

(神代さん、あんなに楽しそうに戦うなんて……。首輪の光も、前より苦しそうじゃない。でも、だからこそ、彼女の異質さが際立ってしまう……)

 

緑谷は彼女の強さに憧れながらも、その奥にある闇への焦燥を募らせる

。

(あのババァ、普通科の野良犬相手には随分とご機嫌じゃねえか……クソが……!)

 

爆豪は掌の火花を激しくパチパチと爆発させながら、心操と、そして神代の新しい戦闘服のシルエットを睨みつけていた。

 

新調されたコスチュームはなかなか動きやすく、祈はご機嫌だ。

 

(オールマイト先生にお礼を言わないといけませんね)

 

のちに、お礼のためオールマイトに話しかけた祈の姿を見た瞬間、その生足の神々しさに目を焼かれたオールマイトが「ジーザス……ッ!!!」と吐血しながら床に崩れ落ちた。

 

 

 

――――期末試験、そして林間合宿という荒波を前に、A組生徒たちは胸を躍らせるのだった。

 

 

 

 

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