神様にはなれない私たち   作:琴ノ葉しずく

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第34話 聖女の視線、空回る象徴

 

 

「――実技試験、開始!!」

 

期末試験当日、爆音のサイレンと共に、広大な市街地演習場のステージに重々しいアナウンスが響き渡った。

 

 

緑谷出久&爆豪勝己 vs オールマイト

轟焦凍&八百万百 vs イレイザーヘッド

切島鋭児郎&砂藤力道 vs セメントス

麗日お茶子&青山優雅 vs 13号

蛙吹梅雨&常闇踏陰 vs エクトプラズム

飯田天哉&尾白猿夫 vs パワーローダー

芦戸三奈&上鳴電気 vs 根津校長

峰田実&瀬呂範太 vs ミッドナイト

口田甲司&耳郎響香 vs プレゼント・マイク

葉隠透&障子目蔵 vs スナイプ

 

 

1年A組の実技試験、そのなかでも注目されていたのは、緑谷出久・爆豪勝己の不仲ツートップVS――「平和の象徴」オールマイト。

 

お互いに歩み寄ることすらできず、開始早々から激しい言葉をぶつけ合う緑谷と爆豪。だが、彼らが対峙する遥か前方に立つ世界最強の男――オールマイトの胸の内は、別の意味で爆発寸前の混沌に陥っていた。

 

(見られている……ッ! 神代先生が、救護待機として、私の戦いを、すぐ後ろで見つめている……ッ!!)

 

市街地ステージの後方に設置された特設救護テント。そこには、自分が開発部に特注したあの白黒の戦闘服に身を包み、大スリットから神々しい生足を惜しげもなく晒した祈が、シンプルな円環の杖を手に携えて、レースのヴェールの向こうからじっとこちらを見つめていた。

 

数日前、廊下でその生足の神々しさに直撃し、「ジーザス……ッ!!!」と吐血しながら床に崩れ落ちた記憶が、オールマイトの脳裏を走馬灯のように駆け巡る。

 

(男として、かつて最愛の男と呼ばれた(気がする)者として、あのような素晴らしい衣装を着こなしてご機嫌な彼女の前で、醜態を晒すわけにはいかない……! 圧倒的に、最高に格好いい『本物のヒーロー』としての背中を、今ここで神代先生の瞳に焼き付けるんだ、八木俊典ぇぇぇ!!)

 

凄まじい劇画タッチの決意と共に、オールマイトの全身からブワッと、いつも以上の異常なまでの威圧感が膨れ上がった。その熱量は、対峙する緑谷と爆豪が「な、何だこのプレッシャーは……!? USJの時とは比べものにならない……!」と本能的な戦慄に背筋を凍らせるほどだった。

 

 

「来い、少年たち!! 『平和の象徴』の壁を、超えてみせよ!!」

 

 

笑顔のままオールマイトが一歩を踏み出した。

だが、祈の視線を意識しすぎて完全にトランス状態に入っていた世界最強の男の力加減は、すでに「実技試験の試験官」としての理性を遥かに置き去りにしていた。

 

ドン、とただ地面を蹴っただけのはずだった。

しかし、祈に良いところを見せたいオールマイトの爆発的な脚力は、市街地の分厚いアスファルトを一瞬にして消し飛ばし、衝撃波だけで周囲のビル数棟の窓ガラスを派手に全損させた。

 

「ぶふぉっ!?」

「がはっ……ぁぁ!?」

 

まだ何もしていない。ただオールマイトが接近してきただけで、その凄まじい突風に巻き込まれた緑谷と爆豪は、木の葉のように空中を錐揉み回転しながら遥か後方の壁へと叩きつけられた。

 

(いかん! 派手にやらかした!! 加減を間違えた!! だが神代先生が見ている! ここで『あ、ごめん』なんて情けない顔は絶対にできない……! 私はクールで圧倒的な最強でなければならないんだ……ッ!!)

 

完全に引くに引けなくなったオールマイトは、さらに笑顔を固定し、劇画調の陰影を顔面にこれでもかと描き込みながら、壁に埋まった爆豪の元へと最速で肉薄した。

 

「おいおいどうした爆豪少年! 体育祭の王者がその程度かぁぁ!」

「て、テめぇ……! しねぇぇぇ!!」

 

爆豪が怒髪天を衝く勢いで特大の爆破をオールマイトの顔面に叩き込む。腕を掴まれて叩き伏せることも可能だが、祈の視線を背中に浴びている今のオールマイトの反射神経は、神の領域に達していた。

 

「甘いな!!」

 

スカッと爆破を紙一重でかわしたオールマイトは、そのまま爆豪の胸ぐらを掴んで地面に叩きつけようとした――が、またしても意識の100%が後方の「神々しい生足」に向いていたせいで、出力の微調整が完全に崩壊した。

 

ドッゴォォォォォン!!!

「ふ、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!」

 

爆豪を叩きつけた衝撃で、演習場の地面が文字通り陥没し、巨大なクレーターが出現した。爆豪は白目を剥き、地面の底深くへと埋まっていった。プロの加減を完全に超越した、ただの『やらかし』である。

 

「かっちゃん!? ――テラ・スマッシュ!!」

 

緑谷がワンフォーオールを限界まで引き上げ、背後からオールマイトの背中に捨て身の突撃を仕掛ける。

 

(神代先生が、私を……私の広い背中を見ているッ! 頼むから緑谷少年、今だけは私に綺麗なカウンターを決めさせてくれぇぇぇ!!)

 

無言の悲鳴を上げながら、オールマイトは振り返りざまに拳を振るった。

祈へのアピールのために放たれたその拳は、空気を圧縮して特大の空気弾を形成し、緑谷のスマッシュと激突した瞬間に、演習場の気圧を急激に変動させた。

 

ズガガガガガガッ!!!

 

「う、嘘だろ……、あ、足が浮く……!?」

「おい待て、何だこの竜巻はァァァ!!」

 

オールマイトのパンチが巻き起こした超烈風により、市街地の電柱や放置車両が次々と巻き上げられ、演習場の中に局地的な巨大竜巻が発生するという、未曾有の大惨事へと発展した。緑谷と爆豪は、試験の合格条件である「脱出ゲート」を目指すどころか、浮き上がった車や瓦礫と共に空中で洗濯機のように揉みくちゃにされていた。

 

(ジーザス!!! 竜巻まで作ってしまった!! 私は生徒を試験するヒーローのはずなのに、これではただの災害じゃないか!!!)

 

心の中で血の涙とを流しながら、オールマイトはガタガタとマシンのように震えつつ、それでも笑顔だけは崩さずに、空中を舞う少年たちを見上げた。

 

一方、そのあまりにも派手すぎる大破壊を、特設救護テントの前で静かに見守っていた神代は、シンプルな円環の杖をぽん、と地面につき、レースのヴェールの向こうから、いつもの穏やかで非の打ち所がない微笑みを浮かべて呟いた。

 

「……ふふ、オールマイト先生は、今日もずいぶんと上機嫌なのですね。私がきちんと新しいコスチュームを身につけていることがそれほどまでに嬉しかったのでしょうか」

 

全く噛み合っていない。

だが、彼女がそうやって上機嫌に微笑んでくれている姿を風圧の隙間から目撃したオールマイトは、さらに脳の血管を破裂させそうなほどの狂気的な歓喜に包まれ、再び「ジーザス……ッ!!」と心の中で叫びながら、さらに出力を跳ね上げていくのだった。

地面に埋まり、宙を舞い、プロの『本気』の暴虐に巻き込まれて死にかける緑谷と爆豪の受難は、期末試験の終了まで、まだまだ終わる気配を見せないのだった。

 

ピーーーーッ、という試験終了のけたたましいサイレンが、半壊した市街地演習場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

ようやくして。

 

局地的な巨大竜巻が収まり、巻き上げられていた放置車両や瓦礫がバラバラと地面に降り注ぐなか、そこには文字通り「文字通りの満身創痍」となった緑谷出久と爆豪勝己が転がっていた。

 

ゲートへの脱出こそギリギリで果たしたものの、プロの「加減」を全身に浴び続けた二人の制服はボロボロに引き裂かれ、あちこちから煙が上がっている。

 

「……少年たち、よくぞ私の壁を、超えてくれた……」

 

普段の快活な声とは程遠い、どこか虚脱したような声で告げたオールマイトは、笑顔のまま直立不動で佇んでいた。だがその実、顔面には劇画調の濃い斜線がこれでもかと描き込まれており、背後にいる祈の神々しい生足を意識しすぎた反動で、精神のスタミナは完全にゼロになっていた。

 

「皆様、そこまでです。本当にお疲れ様でした」

 

純白のレースのヴェールを夕風に揺らし、新調された白黒の戦闘服の裾を軽やかに翻しながら、祈が二人の元へと駆け寄る。その大スリットから覗く、相変わらず神々しい生足が夕日に照らされて眩く輝いた瞬間、オールマイトは「ジーザス……ッ!!!」と心の中で血の涙を流しながら、今度こそ完全にトゥルーフォームへと戻り、草むらへと崩れ落ちた。

 

「出久くん、勝己くん、すぐに治療をいたしますね」

 

神代はシンプルな円環の杖を傍らに置くと、ボロボロになった二人の身体へ、優しく、そして驚くほど精密にコントロールされた白光を宿した両手を翳した。今回は開発部に特注させたコスチュームのおかげで、首元の黒い電子首輪が警告音を上げることもなく、非常にスムーズに異能が流し込まれていく。

 

「あ…………」

「……っチ」

 

急速に肉体の痛みが引き、瑞々しい活力が組み上がっていく感覚に、緑谷は祈を見上げた。

 

(神代先生、オールマイトの治療はいいのかな…)

 

一方、完治した自身の拳を凝視していた爆豪は、相変わらず不機嫌そうにフイッと顔を背けた。

 

(あのクソババァ、相変わらず手際だけは一丁前だ。……だが、あの普通科の野良犬の時みてえに、上機嫌じゃねえのが気に入らねえ……ッ)

 

爆豪は、先日の合同授業で心操と組手をした際の、彼女の少し楽しげな声を思い出し、胸の奥のドロドロとした独占欲と苛立ちをさらに肥大化させていた。

そんな少年たちの、それぞれの理由による歪な執着を知る由もなく、祈はただ「皆様のお役に立てて、私としてもこれ以上の喜びはありません」と、いつもの穏やかで非の打ち所がない微笑みを浮かべているだけだった。

 

 

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

 

 

同じ頃、夕闇に包まれた、とある薄暗いヴィラン連合のアジト。

 

不気味に明滅する古いモニターの前に、死柄木弔は座っていた。画面に映し出されているのは、ネットの裏社会で爆発的に拡散され続けている「ステインの思想動画」だ。

だが、死柄木が狂気的な手つきで何度も首筋を掻きむしりながら、一時停止と再生を繰り返しているのは、ステインの演説のシーンではなかった。

 

「……何んだよ、コイツは。先生の言ってた『不老の聖女』って、コイツのことか……?」

 

画面に映っているのは、保須市の暗い路地裏で、ステインの『凝血』を完全に無効化し、「私に状態異常の個性は効かないのです」と淡々と言い放つ、黒い修道服を纏った神代祈の姿。

 

そして、いつも穏やかに微笑むはずのその顔から笑みを消し去り、昏い瞳で「その善意を搾取されるべき存在ではない」と世界を拒絶するように冷酷に言い放つ、決定的な瞬間だった。

 

「ステインのクソ野郎が、コイツを前にした時だけ一瞬、動きを止めた……。アイツが認めた『本物の光』の裏に、こんな悍ましいバグが隠れてたなんてな……。なぁ、黒霧。コイツ、雄英にいるんだろ?」

 

死柄木の五本の指が、画面の中の祈の顔を愛おしそうに、しかし今にも崩壊させんばかりの狂気を孕んでなぞる。

 

「はい。体育祭でも救護補佐として大衆の目に晒されておりました。公安の管理下にあるようですが、現在は雄英高校に籍を置いています」

 

黒霧が静かに答えると、部屋の隅にいた荼毘が、壁に背を預けたままフッと醜い火傷の顔を歪めて笑った。

 

「善意を搾取されるべきではない、か……。システムに首輪を嵌められた操り人形のくせに、随分と上等な本音を吐くじゃねえか、あのシスター。ステインの思想はどうでもいいが……あの女の吐いた『泥』は、ちょっとばかし俺の好みに合うねぇ」

「可愛い……っ。あの真っ黒なお洋服も素敵だけど、このお姉さんの、中身のドロドロしたところ、もっと近くで見てみたいなぁ……!」

 

ナイフを胸に抱きしめながら、恍惚とした声を上げて身をよじるトガヒミコ。

死柄木や荼毘は、彼女をステインへの狂信や、純粋なヴィランとしての衝動で動く仲間として見ている。

 

――だが、トガのその爛々とした瞳の奥に宿る熱量は、他の連中のそれとは決定的に異なっていた。

 

(……見つけました、筑紫師匠。あなたがずっと探していた、あのお姉さん……)

 

実は、トガは孤独に壊れてヴィラン連合へ流れ着いたわけではなかった。衝動に狂い、世界に拒絶されかかっていたあの絶望の夜、彼女を裏社会の泥水の中から救い出し、その異常性を「肯定」して匿ってくれた存在がいた。それこそが、元公安の筑紫聡であった。

 

トガにとって筑紫は絶対的な救い主であり、心から慕うボス。彼女が今こうしてヴィラン連合に身を置いているのも、ステインへの興味以上に、裏社会で虎視眈々と牙を研ぐ筑紫からの『雄英と公安、そして神代祈の動向を探れ』という極秘の命令を遂行するためだったのだ。

動画の中で、いつもは穏やかに笑う聖女が漏らした「善意の搾取」という昏い本音。

トガは、筑紫がかつて公安で味わったであろう不条理や、彼が今なお神代祈という存在に歪な執着を抱き続けている理由を、その動画の残像のなかに直感的に理解していた。

 

(筑紫師匠が欲しがる理由が、すっごくよく分かります……。あの綺麗なお姉さん、早くあなたに届けてあげたいな……!)

 

死柄木の狂気に満ちた「次の林間合宿で、お前をその鳥籠から引きずり出してやる」という呟きを背中で聞きながら、トガは袖に隠した通信端末の感触を確かめ、小さく、妖しく微笑んだ。

 

ステインが遺していった「狂った秒針」は、思想の拡散だけに留まらない。

いつも穏やかな笑顔で人を救う聖女が、一瞬だけ見せた現世への怨嗟。その昏い側面に触れてしまったヴィランたち、そしてその裏で糸を引く元公安・筑紫聡の執念。

 

すべてを巻き込む運命の歯車は、引き返せない破滅のカウントダウンを刻みながら、いよいよ最悪の混沌が待ち受ける林間合宿編へと、その速度を上げて突入していくのだった。

 

 

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