神野の決戦を経た後の最初の戦闘訓練授業。
相澤の指示のもと、生徒たちがプロヒーロー仮免許試験の突破に向けた、独自の「必殺技」の習得へと頭を悩ませるなか、祈は新調されたその身を翻し、TDLの硬い床を踏み締めていた。
「…やはり、以前より身体が軽くなっていますね」
神野の戦いで、旧い戦闘服を失った後。
公安の協力のもと、祈が自ら選んだ新たな戦闘服。それは、かつてオールマイトが内心の凄まじい熱量と共に作ってくれたデザイン案のデータを、彼女が「道具の機能性」として大いに参考にして作らせたものだった。
「個性が馴染んだということでしょうか。それとも、感情による個性出力の向上か…」
汚れ一つない純白の外套に、顔の上部を覆う繊細なレースのヴェールはそのままに、インナーには美しい黒の修道服が合わされている。特筆すべきは、戦闘時の固定と動きやすさを両立するための黒いハーネスベルトと、ホルスターなどの装備を装着するための太ももベルトの存在だった。足元の強化、および戦闘時の機動性を極限まで重視したその姿は、聖性を保ちながらもどこか恐ろしいほどの洗練された機能美を放っている。
そしてその細い手には、公安によって精密に鍛造された、シンプルな円環を持つ新たな金属製の杖が握られており、胸元には、十字のペンダントが、静かに鈍い光を宿していた。
「神代先生ー! ヒーローはみんな必殺技を考えてますけど、救護班の先生にも、そういう『これが出たら勝ち』みたいな必殺技ってあるんですか?」
休憩の合間、額の汗を拭きながらやってきた切島が、純粋な好奇心からそう尋ねてきた。その言葉に、ノートを握りしめた緑谷を筆頭に、上鳴や芦戸、少し離れた場所にいた轟までもがピクリと耳を傾け、祈の周りへと集まってくる。
祈は新しい杖をコツンと床に立て、レースのヴェールの向こう側で、口元に手をやって答えた。
「いいえ、切島くん。私はヒーローではありませんので、皆様のように華やかな、必殺技になるような格好の良いものは何もありませんよ」
「あ、やっぱりそうですよね。救護班だもんなぁ」
「ええ。……ですが、この杖を触媒にして、相手の神経細胞をその場で強引に蘇生させ、痛覚を100倍にして直接脳へと叩き込む痛撃であれば、暴走する不届き者を無力化するのには非常に有効ですね。……応用として、その相手が『過去に負った傷による痛みをそっくりそのまま脳内で再現する』という方法もあります」
「えっぐ……」
切島の笑顔が、ピキリと凍りついた。
すかさず漏れ出た上鳴のドン引きの声に、緑谷のペンの動きが止まり、瀬呂がひぇ、と短い悲鳴を上げて一歩後退る。
過去の傷の再現。それは、かつて骨を折った者、肉を灼かれた者に対して、外傷ゼロのまま「あの時の最大の地獄」を脳内でフラッシュバックさせてショック死させるという、拷問以外の何物でもない生殺与奪の禁忌技術だった。
「出力を調整すればそこまで痛くないですよ?」
けれど、祈はそんな彼らの戦慄に全く気づいていない様子で、どこまでも朗らかな、本当に嬉しそうな柔らかい笑顔を浮かべて淡々と続けた。
「外傷は一切ありませんので、相手を気絶させるにはちょうどよいのですよ。私は皆様のように、そこまで純粋な筋力も、移動の速さもありませんので」
「え? でも、心操との模擬戦では神代先生、めちゃくちゃ素早く動けてたじゃないですか」
緑谷が、自身の分析ノートの過去のページをめくりながら、喉を鳴らすようにして疑問をぶつけた。あの体育祭の裏、あるいはこれまでの戦闘訓練で、祈が時折見せる「常人離れした正確な迎撃」と「弾丸をも躱すかのような足捌き」。あれが身体能力ではないと言うのか。
すると、祈はそっと人差し指を頬に当て、不思議そうに首を傾げた。
「あれは私の個性を使って、反射的に体を動かしているだけですね」
「反射的……?」
「はい。私の頭で『敵が来た、右に避けよう』などと一枚一枚考えて動いていたら、皆様の個性の速度には到底間に合いません。ですので、私の個性の出力を肉体の内側に回し、視覚情報が網膜に入った瞬間、脳の思考を反映して、神経と筋肉を直接つなげて、ほぼ自動で攻撃に対応できるようにしています」
「…………つまり?」
飯田が眼鏡の位置を直し、完全に理解が追いつかないという顔で声を漏らした。
祈は、にっこりと機嫌の良さそうな笑みを浮かべながら実も蓋もない結論を口にする。
「ええと、個性の応用ですね」
「なにをどうしたらそうなるの!?!?」
「神代先生の個性ってそんなこともできんの!? 治癒ってレベルじゃねえだろそれ!!」
「個性を同時にいくつも使ってるってことですか?器用すぎる…!!」
上鳴と切島が頭を抱えて同時に絶叫した。
脳で考えずに、異能の力で神経と筋肉を直結させて「オートマチックな肉体迎撃システム」として自らを駆動させている。それは格闘センスなどという生易しいものではなく、自らの肉体を文字通り精密な機械としてハッキングしているに等しい異常性だった。
「でもこれには致命的な欠点がありまして」
「いや、どこに欠点が」
「私が眠っているときは、あまり役に立ちません。寝ていますので」
「「「(た、たしかに…!!)」」
「あと、初手に全力で来られると力負けをしますし、大勢を相手にしなければならない場合は手数が足りません。一体一ならなんとか…という具合ですね」
「それでも十分だと思いまぁす…」
「前衛にするには力が足りないので、総合的に判断するとやはり後衛にいた方が使い勝手が良いのですよ、私は」
目の前で微笑む祈に対し、その場にいた生徒全員が思ったこと。
「「「(怒らせちゃいけない人だ!!!)」」」
「これから仮免試験、そして私生活も含めて、皆様の安全をお守りするのが私の役目です。ですから……もし言うことを聞かない『悪い子』がいましたら、容赦なくお仕置きをしてしまうかもしれませんね。ふふ、どうかお怪我をなさらないように頑張ってください」
お仕置き。
新調されたハーネスベルトに包まれた細い身体、そして純白の外套を揺らしながら、朗らかな笑顔のまま笑顔で「痛覚100倍の脳内過去再現」と「オート迎撃」をチラつかせる白の聖女。
あまりにもシュールで、けれど圧倒的に強者な彼女の宣言を前に、A組の生徒たちは、「神代先生の言うことだけは、何があっても絶対に大人しく聞いておこう」と、それぞれの胸の内にかつてない強烈な戦慄と、それ以上に彼女の手で「お仕置き」されてみたいという、思春期の子供たちの性癖を確実に歪めたのだった。
今回は短め。
頂いた感想は拝見しております、私の性癖に付き合って頂きありがとうございます。
癖のあるキャラクターが大好きなもので…これからますます癖強にしていきたいと思います。