バカが知らん島に飛ばされたらヒナに遭遇した件 作:UMC OGASOU
軋む、ひしゃげる、悲鳴を上げる。
センチュリー号の車輪が鉄のレールを噛むたびに、満身創痍の車体から痛々しい金属音が響き渡っていた。先ほどの巨大な異形、チャールズとの死闘の爪痕は、この装甲機関車のあちこちに深く、そして生々しく刻み込まれていた。引き裂かれた後部装甲板は風を受けるたびにバタバタと不吉な音を立て、ひしゃげた屋根の隙間からは、アランネア島特有の湿った冷たい霧が容赦なく車内へと入り込んでくる。ボイラー室から伸びる配管のいくつかからは、本来なら推進力となるはずの高圧蒸気がプシュー、プシューと規則的なリズムで漏れ出しており、機関車全体の出力が著しく低下していることは、素人の目にも明らかだった。
しかし、それでもセンチュリー号は止まらなかった。
前輪のシャフトが歪み、車体全体がガタガタと不自然に揺れようとも、操縦席に座る日新トシビが握る操縦桿は決してブレることはなく、燃え盛るボイラーの火は消えることなく暗闇を照らし続けていた。
「……よし。追ってきている気配はないな。完全に撒いた」
煤と機械油、そして自身の流した血と汗で真っ黒に汚れたトシビが、後方の確認窓から視線を戻し、深く、本当に深く息を吐き出した。その声は酷く掠れており、限界まで張り詰めていた緊張の糸がようやく緩んだことを示していた。
彼は操縦桿から片手を離し、震える指先で額の汗を拭うと、隣のベンチで静かに呼吸を整えている空崎ヒナへと視線を向けた。
「ヒナ、怪我はないか? さっきの衝撃でどこかぶつけたりは……」
「……ええ。私は大丈夫よ。擦り傷くらいはできたかもしれないけれど、ゲヘナの風紀委員長がこの程度で泣き言を言うわけにはいかないから」
ヒナはベンチに背を預けたまま、静かに首を横に振った。
彼女の顔色も決して良いとは言えなかった。異形の怪物に対する生理的な拒絶反応、極度の緊張、そして自身の体重よりも重い愛銃『終幕:デストロイヤー』を極限状態で振り回した反動。キヴォトス最強の一角と謳われる彼女の強靭な肉体をもってしても、今の疲労感は全身の骨の髄まで浸透し、指先ひとつ動かすのすら億劫に感じるほどだった。
しかし、彼女の頭上に浮かぶ紫色のヘイローは、先ほどまでの不安定な明滅を完全にやめ、力強く、そして美しく静かな光を放っていた。それは、彼女の精神がもはやあの理不尽な恐怖に支配されていないことの何よりの証明だった。
「……そうか。ならよかった」
トシビは安堵の笑みを浮かべると、再び前方へと向き直った。
「もう少しの辛抱だ。ユージンのじいさんが残してくれた地図によれば、この先の分岐を古い炭鉱の搬入路の方へ進めば、岩山をくり抜いて作られた旧式の整備ドックがあるはずなんだ。入り口が完全にカモフラージュされているから、狂信者どもにも、あの化け物にも見つかることはない。……そこまで行けば、ひとまずは安全だ」
「……わかったわ」
ヒナは短く応え、窓の外へと視線を向けた。
濃密な霧に包まれた森の景色が、徐々に切り立った岩肌へと変わっていく。トシビが手動でポイントの切り替えレバーを操作すると、センチュリー号は重々しい音を立てながら、本線から外れて薄暗い横道へと入り込んでいった。
やがて、岩肌の一部が不自然に開けた巨大な空洞が見えてきた。かつてこの島が鉱山として栄えていた頃に作られたであろう、巨大な鉄格子のゲート。トシビが機関車の前照灯を特定のパターンで点滅させると、ゲートの横に設置されていた古い光センサーが反応し、重々しい地響きとともに鉄格子がゆっくりと持ち上がった。
センチュリー号がドックの内部へと滑り込むと、ゲートは再び重々しい音を立てて閉ざされた。
外の霧と狂気の世界から完全に隔絶された、岩山の中の巨大な空洞。天井にはかすかに生き残っていた蛍光灯が数本、頼りなく点滅しており、広大な空間にはかつての整備士たちが使っていたであろう巨大なクレーンや工具棚、そして大量の予備部品が山のように積まれていた。
「……到着、だ」
プシュゥゥゥゥゥゥゥ……。
トシビが主電源を落とし、ボイラーの安全弁を開放すると、センチュリー号は最後に大きく蒸気を吐き出し、その巨大な鉄の塊としての動きを完全に停止させた。
車輪の駆動音が止み、エンジンが沈黙すると、ドックの中には圧倒的な「静寂」が訪れた。遠くで水滴が落ちる音と、機関車の金属が冷えていく際に鳴るピキ、パキという小さな音だけが響く。
その静寂が、二人の身体に限界が来ていることを残酷なまでに自覚させた。
「……っ」
トシビは操縦席から立ち上がろうとした瞬間、膝から力が抜け、そのまま床に手をついて崩れ落ちた。
限界まで酷使された筋肉が悲鳴を上げ、極度の集中力によって麻痺していた痛覚が一気に押し寄せてきたのだ。先ほどの狂信者たちとの戦いで受けた打撲、チャールズの攻撃による衝撃、そして何より、たった一人で装甲機関車を操りながら機銃を撃ち、石炭をくべ続けたという異常な運動量。彼の身体は、とっくに限界のメーターを振り切っていた。
「トシビ……!」
ヒナは慌ててベンチから立ち上がり、床に倒れ込んだ彼のもとへ駆け寄った。
小柄な体躯で彼の上半身を支え起こし、壁際にゆっくりと座らせる。間近で見ると、トシビの顔は異常なほど青ざめており、呼吸は浅く、全身が小刻みに震えていた。
「……ははっ、情けねえな……。ちょっと、気が抜けちまったみたいだ。……悪い、ヒナ。一分だけ、このまま休ませてくれ……」
トシビは力なく笑い、壁に後頭部を預けて目を閉じた。
ヒナはその姿を見て、胸の奥がギュッと締め付けられるような痛みを感じた。
(この人は……非戦闘員のエンジニアなのに。私なんかよりもずっとボロボロになるまで、矢面に立って戦い続けていた……)
風紀委員長として、常に誰かを守り、誰かの先頭に立つのが自分の役目だと信じて疑わなかった。だが、この異形の世界においては、自分は彼に守られ、彼に背中を押されて、ようやく立ち上がることができたのだ。その事実が、彼女に深い感謝と、そしてそれ以上の「責任」を感じさせていた。
「……一分と言わず、一時間でも一日でも休んでいなさい。あなたは十分にやったわ、トシビ。ここからは安全地帯なんでしょう? なら、今はただ眠ればいい」
ヒナはトシビの額に張り付いた前髪をそっと払いのけ、優しく、しかし確かな意志を込めて言った。
「……いや、そういうわけにはいかないんだ」
だが、トシビは薄く目を開け、頑なに首を横に振った。彼は震える手で壁を支えにし、再び立ち上がろうと力を込める。
「センチュリー号のダメージが深刻すぎる。前輪のシャフトの歪みは放置すれば脱線の原因になるし、何よりボイラーの配管がやられてる。このままじゃ次の起動時に圧力が抜けきって、走ることすらできなくなる。……休むのは、こいつの応急処置が終わってからだ」
「バカなこと言わないで!」
ヒナは思わず声を荒げ、トシビの肩を強く押して再び座らせた。
「今のあなたの身体でまともな修理なんてできるはずがないわ! 腕も足も震えているじゃない! もし工具を取り落として大怪我でもしたらどうするの!? 機関車は逃げないわ、まずはあなたの身体を……」
「逃げないからこそ、だ」
トシビはヒナの目を見つめ返し、真剣な声音で遮った。
「……あの化け物は、俺たちの匂いを覚えた。狂信者どもも、俺たちを神への生贄として執拗に付け狙ってくるだろう。この安全地帯だって、いつまでも安全とは限らない。もし奴らに嗅ぎつけられた時、センチュリー号が動かなければ、俺たちはこのドックで袋の鼠だ。……俺は、ユージンのじいさんに誓ったんだ。絶対にこいつの灯は消さないって。そのためには、一秒でも早くこいつを走れる状態に戻しておかなくちゃならないんだよ」
彼の言葉には、狂気の世界を生き抜いてきた者特有の、冷徹なまでの現実主義と、死んだ恩人に対する強烈な使命感が宿っていた。
ヒナは唇を噛み締めた。彼の言うことは正論だ。ゲヘナの風紀委員会においても、最前線の拠点防衛において「兵器のメンテナンス」は兵士の休息よりも優先される場合がある。だが、それを非戦闘員であるはずのトシビに強いる状況が、たまらなく歯痒かった。
「……わかったわ。あなたの言う通りね」
ヒナは一つ溜め息をつき、その場から立ち上がった。
そして、自分の羽織っていたボロボロのコートを脱ぎ捨て、制服の袖を二回、三回と丁寧に捲り上げた。
「……ヒナ?」
「あなたが休まないと言うのなら、仕方ないわ。私も手伝う。二人でやれば、一人の半分の時間で終わるでしょう?」
ヒナは落ちていた軍手を拾い上げ、パンパンと埃を払って自分の小さな手にはめた。
「なっ……何言ってんだよ! お前だって限界のはずだろ! さっきまであんなに吐き気に苦しんでて……それに、お前は戦闘のプロかもしれないが、機械の修理なんて……」
「舐めないで。私はゲヘナ学園風紀委員長よ。書類仕事から部下の不始末の尻拭い、果ては巨大兵器の解体まで、面倒くさいことは大抵やらされてきたの。それに……」
ヒナはトシビを見下ろし、ふっと柔らかく微笑んだ。
「あなたが戦って、私を守ってくれた。なら、今度は私があなたを助ける番。……友人として、これくらいはさせてちょうだい」
その言葉には、一切の反論を許さない絶対的な響きがあった。
トシビはしばらく呆然とヒナの顔を見上げていたが、やがて観念したように小さく笑い、壁を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
「……ははっ。風紀委員長様にそこまで言われちゃ、断るわけにはいかないな。……わかった、手伝ってもらう。ただし、無理は絶対にしないこと。いいな?」
「ええ、約束するわ」
こうして、極限状態の疲労を抱えた二人の、真夜中の修理作業が始まった。
ドックの奥から持ち出してきた大型の投光器を設置し、センチュリー号の損傷箇所を強烈な光で照らし出す。改めて明るい場所で見る車体の惨状は、想像以上に酷いものだった。
チャールズの巨大な脚によって引き裂かれた装甲板の断面は鋭くめくれ上がり、車輪を繋ぐ重要なシャフトは嫌な角度にひしゃげている。何より深刻なのは、ボイラー周辺の配管の破損だった。高圧に耐えるための頑丈なパイプが数箇所ひび割れ、黒いオイルと水滴がポタポタと床に滴り落ちている。
「まずは配管のパッチ当てからだ。ここから圧が漏れると、スピードが出ないどころかボイラーが爆発する危険がある」
トシビは重い工具箱を引きずりながら、ヒナに指示を出した。
「ヒナ、その青い工具箱から『パイプレンチ』と『耐熱シールテープ』を出してくれ。あと、俺がこの配管を押さえるから、お前は下からライトで隙間を照らしててくれ」
「……これね。わかったわ」
ヒナは慣れない工具の重さに少しだけ眉をひそめながらも、的確にトシビの指示に従った。
彼女は冷たいコンクリートの床に膝をつき、トシビが覗き込んでいる車体の下へと潜り込む。投光器の光が届かない暗い隙間に、手持ちのライトの光を的確に当てる。
トシビは油まみれの配管に手を伸ばし、ひび割れた箇所に耐熱シールを何重にも巻き付け、その上から金属製のパッチを当ててボルトで締め上げていく。
「……チッ、ボルトが錆びついてて回りが悪いな。力が入りきらない……」
トシビがパイプレンチに体重をかけるが、彼の疲労しきった腕力では固着したボルトを完全に締め切ることができない。何度かレンチが滑り、危うく手を打ち付けそうになる。
「……貸して。私がやるわ」
「えっ、でもこれ結構力がいるぞ……」
「誰に言っているの? 下がっていなさい」
ヒナはトシビの手から重いパイプレンチを受け取ると、狭い車体の下で器用に体勢を組み替えた。
彼女の細い腕から、キヴォトスの神秘に裏打ちされた強靭な力が発揮される。ギリギリ……ッという嫌な金属音とともに、トシビがどうしても回せなかった錆びたボルトが、確かな手応えとともに奥へと沈み込んでいく。
「……ふぅ。これでどうかしら」
「う、嘘だろ……あの錆び切ったボルトを、あんな体勢で……」
「私はいつも、もっと重い銃を振り回しているのよ。これくらいどうってことないわ。次は何をすればいい?」
ヒナは顔についた油汚れを手の甲で拭いながら、事も無げに言った。
トシビは目を丸くしていたが、すぐに頼もしそうに笑い、次の作業を指示した。
二人の作業は、驚くほどスムーズに進んだ。
トシビがミレニアムの工学知識に基づいた的確な修理プランを立て、彼には足りない力仕事や、狭い場所での繊細な作業をヒナが持ち前の身体能力でカバーする。
切断された配管を新しいものに繋ぎ変え、ひしゃげたシャフトを巨大なジャッキで持ち上げてバーナーで炙りながらハンマーで叩いて真っ直ぐに矯正する。引き裂かれた装甲板には、ドックに転がっていた分厚い鉄板を溶接して応急処置を施した。
火花が散り、金属を叩く甲高い音がドックに響き渡る。
ヒナの制服はすでに油と煤で真っ黒になり、綺麗な髪にも埃が絡みついていたが、彼女の表情は不思議と生き生きとしていた。
ゲヘナでの彼女の日常は、常に誰かの悪意や怠惰、不始末に対処する「終わりのないマイナスの作業」だった。書類の山、終わらない会議、そして暴徒たちの鎮圧。どれだけ完璧にこなしても、明日にはまた新たな問題が発生する。
だが、この修理作業はどうだ。
壊れたものを、自分たちの手で直していく。ボルトを一本締めるごとに、配管を一つ塞ぐごとに、確実にセンチュリー号は元の姿を取り戻していく。「プラスの作業」の確かな手応えが、彼女の荒んだ心に不思議な充実感を与えていたのだ。
「……よし、これで最後だ」
トシビが溶接機のマスクを外し、額の汗を拭った。
「ヒナ、そっちの圧力バルブのメインコックを開いてみてくれ。ゆっくりだぞ」
「わかったわ。……これね」
ヒナは指示された通り、赤い塗装の剥げた巨大なバルブに両手をかけ、慎重に力を込めた。
キィィィ……という金属音とともにバルブが開き、ボイラーに残っていた蒸気が配管を通って全体へと行き渡る音が響く。
シューッ、プシュウゥゥゥ……。
先ほどまであちこちから漏れ出していた蒸気漏れの音が、完全に消え去っている。圧力計の針は、正常な数値をピタリと指し示していた。
「……漏れはない。圧力も安定してる。シャフトの歪みも許容範囲内だ」
トシビが計器を一つ一つ確認し、最後にポン、と優しく計器盤を叩いた。
ヒナは持っていた軍手を外し、油で黒くなった手を腰に当てて、修復されたセンチュリー号を見上げた。
無骨な鉄板が溶接され、見た目はさらに継ぎ接ぎだらけの不格好な姿になったが、その佇まいには、どんな困難にも打ち勝つ不屈の魂が宿っているように見えた。
「ほら、できた」
ヒナは、ふっと息をつき、少しだけ誇らしげに微笑んで言った。
その顔には、先ほどまでの絶望や恐怖は微塵も残っていない。ただ、一つの仕事を成し遂げた純粋な達成感が浮かんでいた。
「……ああ。できたな」
トシビはヒナの顔を見て、心底嬉しそうに笑った。
「お前が手伝ってくれなかったら、朝までかかっても終わらなかったよ。……本当に、助かった。ありがとう、ヒナ」
「いいのよ。……私も、なんだか悪くない気分だから。面倒くさいことには変わりないけれど、目に見えて成果が出る作業っていうのも、たまにはいいものね」
ヒナは照れ隠しのようにそっぽを向きながら、肩をすくめた。
修理を終えた二人は、ドックの隅にあった古い休憩スペースへと移動した。
錆びたロッカーと、ボロボロのパイプ椅子。トシビがドックの備蓄から見つけ出したという、古びた金属製の水筒と、パサパサの固形食糧(レーション)がテーブルの上に置かれた。
「水は浄水フィルターを通してるから飲めるはずだ。食い物は……まあ、味には期待しないでくれ。ユージンのじいさんが残してくれた備蓄の残りだからな」
「文句なんて言わないわ。今は、口に入れられるものがあるだけで十分よ」
二人はパイプ椅子に深く腰掛け、無言のまま固形食糧を齧り、水で流し込んだ。
味のしないパサパサのブロック。だが、極限まで消耗した肉体にとっては、それがどんな高級料理よりも美味しく感じられた。胃の腑に落ちた食糧が熱に変わり、全身の細胞が歓喜の声を上げているのがわかる。
「……ふぅ。生き返った気分ね」
ヒナは水筒の水を最後の一滴まで飲み干し、深く息を吐き出した。
ドックの中は静かで、外の霧の冷たさも、化け物の気配も届かない。蛍光灯のわずかな光が、二人の疲労しきった顔を柔らかく照らし出していた。
身体のあちこちが痛み、筋肉は鉛のように重い。制服はボロボロで、手も顔も油まみれだ。
キヴォトスにいた頃のヒナなら、こんな不衛生で過酷な状況、一秒たりとも我慢できなかったかもしれない。
だが、不思議なことに、今の彼女の心の中には、かつてないほどの穏やかな凪が訪れていた。
隣には、信頼できる友人がいる。
自分たちの手で直した、頼れる鉄の馬がある。
そして何より、自分自身の心の中にある「絶対に諦めない」という確かな意志の炎が、再び力強く燃え上がっている。
「……なあ、ヒナ」
「ん?」
「俺たち、生き残れるよな。この狂った島から、絶対に抜け出して、キヴォトスに……ミレニアムやゲヘナに、帰れるよな」
トシビがぽつりと、虚空を見つめながら呟いた。
その声には、わずかな不安と、それを打ち消そうとする切実な願いが込められていた。
ヒナはパイプ椅子から立ち上がり、修復されたセンチュリー号の無骨な装甲をそっと撫でた。
鉄の表面から伝わってくるのは、冷たさではなく、彼らが注ぎ込んだ熱だった。
「……当たり前でしょう」
ヒナは振り返り、トシビに向かって、かつてなく力強く、美しい笑みを向けた。
ヘイローの紫色の光が、薄暗いドックの中で希望の灯火のように輝いている。
「私たちは負けない。あの化け物にも、この狂った世界にも。……私が、いえ、私たちが絶対に帰ってみせるわ。このセンチュリー号で、全ての理不尽を轢き潰してね」
その言葉は、もはや強がりでも慰めでもなかった。
絶望の底から這い上がり、自らの手で未来を掴み取ろうとする者の、揺るぎない覚悟だった。
トシビはそのヒナの姿を見て、大きく頷いた。
身体の疲労は限界を迎えている。明日はまた、狂信者たちやチャールズとの死闘が待っているかもしれない。
それでも、二人の精神は、いかなる暗闇も打ち払うほどの、まばゆい希望の光で満ち溢れていた。
「……そうだな。俺たちの旅は、これからだ」
静寂に包まれた岩山のドックの中で、二人は次の戦いに向けて、つかの間の、しかし何よりも深く温かい眠りについた。
センチュリー号のボイラーの火は、彼らの希望を象徴するかのように、小さく、しかし決して消えることなく燃え続けていた。