2時間の拘束時間が終わり、「夕食の時間です」というゴクチョーからの定時連絡と共に少女達の監房の鍵が開く。
ルールがあるということは、ルールを守っている限りは身の安全は保証される……そんなある種の希望的観測は、彼女らの間で自然と共通認識のようになっていた。
これじゃ味気ない、と部屋の模様替えを目論み、計画を立てるマーゴにマイは声を掛けた。
「宝生さん、夕食だそうですよ。行きませんか?」
「そうね。でもこのお屋敷の環境を考えるとそんな大したものは出なさそう。味なんて度外視、むしろ吐いちゃいそうなゲテモノばっかり並べられてるんじゃないかしら?」
「そうですね、そうだと思います。ですが、誰かが作ってくれた、私のために用意してくれたというだけで、私は十分ですから」
「……ふふっ、それもそうね。同じ食卓で一緒に文句を言いましょう♡」
廊下に出ると、既に一足先に食堂に向かった少女も多く、あまり物音は聞こえてこない。
だが数少ない例外として聞こえてきたのが、隣の部屋のスプレー音だった。
横を通ったついでに覗き込むと、部屋は真っ赤に塗り潰されていてかなりの刺激臭が鼻を突いた。
「こほっ……何をしてるのかしら、ノアちゃん?」
「のあ? のあはお絵描き中!」
「そうですか。なら……こちらに、私のために描いていただくことは出来ますか?」
問いかけとともにマイが宙から取り出したのは、何枚も束ねられた、大きくて真っ白なコピー用紙。
鉄格子越しに受け取ると、ノアは新たな画材に目を輝かせた。
「!! これ、のあ使っていいの!?」
「はい。筆跡が好きなので、絵筆で描いていただけるとありがたいのですが」
「分かった!」
元気よく返事をすると、スプレーの代わりに絵筆でぺたぺたと色を乗せる作業に没頭していくノア。
マイは応援の言葉を掛けた後、その部屋を後にした。
「なぁに? 今の紙。もしかしてマイちゃんの【魔法】かしら?」
「ええ、はい。私の魔法は【印刷】。考えてること、知っていることをそのまま紙ごと出力することが出来るんです。逆に何も考えなければ、さっきのように白紙だけが」
「あら、中々便利な力ね? でも……」
本当なら、マーゴは尋ねるつもりだった。
これから殺し合いが始まるかもしれないのに、手札を晒していいのかと。
けれどその言葉が口から出ることは無かった。
口にしてしまえば、彼女の純真さを自らの手で壊してしまうと思ったから。
そんなマーゴの心境を理解したかのように、マイもまた彼女の魔法について尋ねることはしなかった。
「……それにしても、皆で揃って同じご飯なんて。なんだか給食みたいでワクワクしちゃうわぁ♡」
「お好きなんですね、給食。ええ、私もでした。ちゃんとしたご飯が食べられるので」
「……そう、そうね。マイちゃんは何が好きだった? 私はあげパン。残った砂糖を牛乳に溶かすのが好きだったの」
「意外です。宝生さんからそんなことが聞けるなんて。見た目からは想像もつきません。……そうですね、私はクラムチャウダーが。思ったよりも人気がないので、たくさん食べられたんです」
くすっと笑いながら、マイは懐かしそうに言った。
語る文言とは裏腹に、整った長髪を靡かせながらの所作は生粋の令嬢のようだった。
躾けられ、愛され、恵まれた人間のそれか、あるいはそうでなければ生きていけなかった人間のそれか。
観察すればするほど、マーゴの警戒心は結び目のように解かれていった。
「……駄目ね、こんな話をしていたら。せっかくのご飯が余計にまずくなっちゃうもの」
「そうですか? ……ええ、そうですね」
◇◇◇
「おや、マイくんにマーゴくんじゃないか」
「はい、ご無沙汰してます」
食堂に二人が入ると、真っ先に気がついたレイアが軽く手を挙げた。
食堂は他にヒロ、ココ、ミリア、アンアンを擁するレイアグループとシェリー、ハンナ、メルル、エマのエマグループの2つに分かれ、さらにそれを遠巻きに眺めながらそれぞれ1人で食事を取るナノカにアリサ。
2人はその真ん中辺りの席を取ると、ビュッフェ形式のこれまた気味の悪い料理を幾つか、試すように皿に盛り付けた。
突くと絶妙に糸を引き、ゲテモノじみた悪臭が漂う。
マイはスプーンに一掬いすると、そのまま口に運んだ。
「それで、どんなお味かしら?」
「見た目通りです。期待していた通りの味がします」
「あら、それは悪い知らせね」
それからマーゴも一口食べると、数秒の間、彼女の表情は1枚の差分に固定された。
真顔、というには少しだけ辛そうだった。
「……ええ、想像していた通りね」
「はい。それに──」
マイが何か言いかけたところで、突然彼女の顔に何らかの汁が飛び散る。
弱酸性のそれはマイの目に飛び込み、彼女に声にならない声を漏らさせた。
「わっ! マイちゃん大丈夫!?」
「ええ、はい。目が少しピリピリしますが、それだけです」
「ごめんなさいマイさん、ちょっと気合い入れすぎました……」
「いえ、それより、桜羽さん達は何を?」
「あ、うん。今はシェリーちゃんの魔法を見せてもらってたんだ!」
「魔法って、こんなの誰でも出来ることですよ?」
「そんなわけないでしょ!? その馬鹿力があなたの魔法!!」
ハンナは相変わらず不自然なお嬢様口調だが、そのツッコミは鋭い。
その鋭さとは違って魔法は10cmほど浮けるだけと、現時点ではそう驚かされるものではない。
せいぜいかなりの疲れを伴って、それと引き換えにシェリーを拍手喝采させられる程度のものである。
「ウフフッ、可愛い子がじゃれ合ってるのは見てて飽きないわね♡」
「楽しそうですね、宝生さん」
そして2人はなんとか盛り付けた分だけは平らげると、皿を下げてから食堂を後にした。
マイの背後に、レイアの視線が刺さっていた。
共犯者の皆様、是非高評価や感想などよろしくお願い致します。