夕食が終わり、長い自由時間。
娯楽室に向かったマーゴと分かれ、マイは図書室へと足を運んだ。
そこには季節外れというわけではないが不自然に満開な桜が咲き誇っており、それを囲むように幾つもの本棚や座席が並べられている。
床に散った花びらは汚れたりはせず、落ちてから少しの間を置いて溶けるように消えてしまう。
彼女はそれを少しつまんだり、眺めたりしてから本棚を物色し始めた。
「大変ですね。読めるものが何一つ見当たりません。言語学は浅くしか触れていないのですが」
彼女は辛うじて挿絵からジャンルを判断し、良い暇潰しになりそうなもの、情報を得られそうなものを何冊か選び取り、近くの席でゆっくりと捲り始める。
彼女がページを読み進める度、同じ内容の写しが1枚現れ、重ねられる。
そんな作業を続けていると、唐突に人影が一つ、図書室に姿を現した。
「あ! マイさんじゃないですか! こんなところで何してるんですか?」
「図書室なのだから読書ですよ、橘さん」
「あ、それはそうですよね! 何読んでるんですか?」
「さあ? 何なんでしょう、これ」
シェリーの問いかけにマイは微笑みながら首を傾げた。
謎なら名探偵におまかせ、と彼女は後ろからマイの手元を覗き込む。
数秒の沈黙が流れた。
「分かりませんね、さっぱり!」
「はい、そうですね。……ああ、ですが1つだけ、胸が騒がしくなるものがあったんです」
そう言ってマイは既に読み終わった何冊かの中から赤い厚表紙を手に取ると、そのうちの1ページを開いてみせた。
そこには鋭い爪や身体にヒビの入った魔女達が、大きなとんがり帽子を被った、まさしく童話のような魔女を囲んでいる挿絵があった。
「先程、ゴクチョーさんが【大魔女】と言っていたでしょう? もしかしたら、この本が関係あるのかもしれません」
「確かにその線はありますね。読めないことだけがネックですが!」
「はい。なので、少し解いてみようかと思いまして。よろしければ、名探偵の橘さんもいかがですか?」
マイは本とは別に積まれた紙束の一束を差し出す。
捲ってみると、シェリーはそれが本と全く同じ内容であることにすぐに気がついた。
名探偵を名乗るだけあり、そこは聡明なようだった。
「すごいですね! これ、今書き写したんですか?」
「いえ、橘さんの【怪力】と同じようなもの、私の【印刷】で写したものです。中身や性質はそのまま再現できていると思いますよ」
「なるほどなるほど……あ、だったらこれを皆さんの分用意して、皆で解いてみるっていうのはどうですか? それだったらもっと効率的に進むと思うんですが!」
「いいですね。とはいえもう少し皆さんの親交が深まれば、といったところですが」
シェリーの提案に賛成し、マイはもう1冊分を重ねて渡す。
彼女は屈託のない笑顔で礼を言うと、牢屋敷探索の旅を再開したようだった。
それから2時間ほど掛けて10冊そこらの本を写し終えると、彼女もその紙束を抱えて図書室を後にした。
◇◇◇
「あら、おかえりなさい」
「これは、何を?」
戻ってきたマイが尋ねると、マーゴは模様替えだと答えた。
部屋の中央には紫色の布生地が積まれ、その傍らにはろうそくやハーブ、それを燃やす香炉がまとめられている。
アンティークな机や椅子やらはどうやらラウンジや娯楽室からくすねてきたようだった。
暗がりでマイが目を凝らすと、マーゴは慣れない重労働で少し疲れ気味だった。
「さっき娯楽室でタロットカードを見つけて、気に入ったから持ってきちゃって。せっかくだから占いの館でも開こうかと準備してたの。よかったらマイちゃんも占ってあげるわ。もちろん、ちょっとしたお代はいただくけれど♡」
椅子に座り、トントンと机を叩くマーゴ。
「現物取引でよければ」
マイは先程の写しの一束を手渡し、席についた。
暗い部屋の中にカードを切る音が響く。
1枚だけ、マイの未来を占うだけの一発勝負。
「占いは好き?」
「人並み、でしょうか。一度は学校で流行るものですし」
そして並べ終えたタロットカードの群れからマーゴは1枚を選び取り、それをゆっくりとマイの方へと滑らせる。
マイの指はそのバトンパスを受け取ると、あっさりとそれをひっくり返した。
「……死神の正位置」
創造の前の破壊、再出発、リセット……
その1枚に込められた意味は多い。
けれど、牢屋敷という特異な環境が2人の思考、イメージをより単純化する。
彼女は受け入れるように、穏やかに微笑んだ。
「ええ、はい。死んでしまうんですね、私」