逃れられぬ運命   作:緑ちょこ

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プロローグ「数ある運命の1つ」

「俺が時を止めた。⋯⋯9秒の時点で」

 

「ク、クソ⋯がァ⋯⋯!」

 

橋の元で転がる金髪の男。目の前の瀕死体は見た目こそ人間ながら、その実態は牙を持つ怪物────『吸血鬼』と称される者だ。元はと言えば、この長い旅の発端であるジョースター家の血筋、祖先が男を仕留めていればなんら問題はなかったのだが。

 

それは置いておこう。この場で重要なのは目の前の男が旅の発端で、必ず始末しなくちゃあならない『悪』だと言うこと。この空条承太郎が思い、実行すべき事はただそれだけだった。

 

「スタープラチ────ぶっ⋯⋯ぁ」

 

「嘘か誠かと半信半疑だったが、本当だったのか。命を狙われているというのは」

 

神父服を着た黒人──否、見た目の若さからまだ神父には早い。神学校に通っている学生だろうか。とどめを刺さんとDIOの前に立ちはだかった承太郎の胸部を背後から突き刺す白い貫手。

 

生身の人間では叶わぬ、肉体を貫く拳の一撃。現実ではありえぬ超常現象。歪な見た目をした人型のそれは『スタンド』。まだDIOの残党が残っていたのだろう。

 

「は⋯⋯はぁ。ありがとう、友よ。疑いながらも信じ、助けて貰って。このDIOは⋯⋯私は、君の助けに恩を返さなくてはな」

 

胸部にポッカリと穴が空く承太郎の肉体。倒れた体に瀕死体のDIOの手がゆっくりと伸ばされて────、

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

半壊した建物の瓦礫に塞がれる道路。進行不可能な状況と化した道を前に車の渋滞が発生している夜の街。エジプトのカイロには悪夢が広がっていた。もはや歩道を歩く者はおらず、渋滞にて停止した車両のどれもに運転手はいない。まるで怪物が街を襲い、それから逃げ出したかのような異様さ。

 

その現実とは思えぬ光景の中に一人。銀髪の男が倒れていた。頭からは血を垂れ流し、肉体の至る所の骨が折れていて、瀕死体と言っても過言ではない重体。生きているかも定かではなく、息がないかのようにピクリとも動かずに路地裏で眠りに沈んでいた。

 

「⋯⋯ぁ」

 

眠りが覚めて最初に感じたのは痛みではなく意識の混沌さ。先程までに何をしていたか、全身にのしかかる重みの原因は何か。寝起きで頭が動かぬように男の脳は現状に置かれた状況を理解できていなかった。魂では、本心では何が起きたのかなんて把握して、理解しきっているはずなのに。

 

両手で地面を押し出すようにしてバランスを支え、寝転がっていた体勢から無理矢理に立ち上がる。痛みよりも肉体全身に感じる突き刺さった瓦礫の重さと異物感が気持ち悪い。立ち眩みに吐き気と頭痛。二日酔いを酷くしたかのような意識の混濁さが男の精神を、胸に渦巻く不安を増加させる。

 

頭では分かっている。もしも戦いが終わっていたとしたら男はこんな場所にはいない。終わっていたとすれば例の財団が救出し、今頃はベッドの上にでも寝転がりながら治療を受け終えた後だろう。そうでないという事は戦闘は未だ終わっておらず、戦っているか。はたまた望まぬ勝者が生まれたか。

 

「痛っ──、クソ。俺の一撃は確かに頭を貫いたはずだっ⋯⋯!」

 

背後からの奇襲は後頭部から貫き、眉間からレイピアが顔を出すかのように貫通。出血は無論ながら、いくら吸血鬼であろうとも急所である脳を破壊されれば一溜りもない。仮に殺せていなかろうとも致命傷となり、少しでも戦闘の役に立てたはずだ。

 

渋滞が続く道路を尻目に左足を引こずりながら歩道を歩く。ガラスの破片や建物の瓦礫など、ただ歩くだけでも一苦労の正にいばらの道。しかし、決着の結果を知らなくては沈むに沈めない。一人分の足音が聞こえる方向に歩き続け、確かな声を耳に挟む。

 

その音は夜の静かな街中に響く一つの笑い声だ。奴と互角以上の力を持っているのは一人だけなのだから、勝者の特権である笑いは二人のどちらか。関係は浅くども旅を共にした仲間だ。街中にまで響く大笑いを彼がするとは思わない。

 

夜の街灯に照らされる1台の車。その上にてポタポタと音を立てて落ちる雫と腕を媒体にそれを吸収している男がいた。金髪に日本とはかけ離れた、それどころか人からはかけ離れた身体的特徴をした男。この旅の原因でもあり、出会いのきっかけでもある男。それは、

 

「D(デ)、IO(ィオ)⋯⋯」

 

「馴染むッ! 実に馴染むぞ! ハハハハハ!!!」

 

DIO。石仮面を使って人間から脱却した吸血鬼と言う名の怪物。敗者は承太郎で勝者は憎きDIO。背後からの奇襲もなんの意味を成さなかったらしい。所詮、刃一つ如きでは化け物を射止める事はできなかったという事だろう。

 

今なら警戒をしていない。勝利の所以に浸って油断の中だ。今の銀髪の男にはDIOを倒す力はないだろう。そうする義務も必要も無い。しかし、恩人を、親友を殺されたのなら、そうせざるおえない。なぜかと言われればそれが銀髪の男『ジャン・P・ポルナレフ』と言う男を形作る要素の大半だからとしか言いようがない。

 

「ぶっ殺⋯⋯ぁ、は?」

 

3歩進んで残り2歩。射程距離としては十分な近さだ。スタンドを出し、刃を伸ばせば容易くと後頭部を貫く事ができる。が、目の前に広がる光景に目を止めなくてはならない。血を吸われて生気をなくした肉体から黄金のような煙が現れる。

 

スタンドと言う摩訶不思議な能力を持ちながらもポルナレフと言う男は超常現象を信じていない。神だとか幽霊だとか、日本の妖怪だなんて以ての外だ。その文化を否定するわけではないが、馬鹿な人間が幻覚を見て作り出した空想にしか思えない。

 

だからこそ目を見離せない。肉体から噴出する黄金の煙が、形を成して親友の、承太郎としての見た目を作り出している現状に。顔、胴体、手足に服と帽子。まるで彫刻のように狂いなく、正確にその姿を煙が完璧に再現している。

 

『ポルナレフ。やれやれ⋯⋯まずは幸いと言った所か。爺と同じようにこうなるなんてなんだかな。⋯⋯ポルナレフ。今の俺は死んで幽霊みたいなもんだ。辛うじてこの場に存在を留めてる、そういうやつだ』

 

「承、太郎」

 

声が聞こえた。脳内に、ではなく耳に直接的に訴えてくる男らしい低い声が。どうやらDIOには聞こえていないらしい。

 

『DIOのクソ野郎を倒すにはジョースター家の血筋が必須だとかスピードワゴン財団の占い師は言ってたらしい。そんでもって俺らは死んだ。ジョースター家の血筋は途絶えちまったっつー事だ。だから詰み⋯⋯って訳じゃあねぇ』

 

『皮肉なもんだが』と実体のない口で言葉を続けながら、

 

『爺には隠し子がいる。旅の途中で本人から明かされた事実だ。生涯愛すのはお前ただ一人だなんて言いながら、別の女を抱いてたんだから、やれやれ⋯⋯スージーおばあちゃんに怒られるのは自業自得としか言えねぇ。ともあれ、だ。爺は死ぬ直前にスピードワゴン財団に連絡を発した。生存者がいたら回収し、隠し子の捜索にあたれと』

 

「承太郎⋯⋯で、でも。俺は、俺は! 俺には無理だ!!!」

 

生物としての直感でポルナレフは理解した。DIOと言う生命体には決して勝てないと。今でも承太郎の血を吸って新たな力を手に入れようとしている。ポルナレフのスタンドでは歯が立たないのだ。

 

『⋯⋯俺は相撲が好きだ』

 

「⋯⋯? 承太郎?」

 

『最初は痩せてて弱かった奴も沢山食べて太って強くなる。誰でもやりゃあ強くなれるっつー所を見せてくれる相撲が好きだ。だからポルナレフ。お前もたくさん食べて力を蓄えろ。お前一人じゃ勝てなくても、俺のおかげで勝てたんだぜって胸を、誇れ、るように』

 

薄れゆく煙。黄金の承太郎が雲から射す光に照らされながら天へと上り詰める。

 

『が、んば、れ』

 

「っぐ⋯⋯う。分かった、分かったぜ。『ジョースター家の覚悟』を!!!」

 

カイロを後にして去る銀髪の男の背中には友を失った悲しみも、犯人に対する怒りなんて感情も存在しなかった。そこにあったのは『覚悟』だけだ。血筋ではなくども、旅に関わった一人として『ジョースター家の使命』を引き継ぐ者として。

 

ひっそりと待機している財団の飛行機に足を運ぶ。今は叶わずとも、一人では叶わずとも、いつかは叶うかもしれない未来に手を伸ばすべく。託された意志を胸にゆっくりと歩いていった。

 

 

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