逃れられぬ運命   作:緑ちょこ

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第3話「黒き王女の進行曲 その②」

博洋(ボーヤン)の生涯は荒くれ者と言う言葉に尽きる。幼少期を過ぎ去る頃には窃盗、傷害などの数多の事件を起こしていたし、青年期ともなった頃は死体の山を高く積める程に殺めた数を重ねていた程だ。

中年となって所属していた中国マフィアのトップとなり、部下を従える組長へと姿を変えた。それまでの過程に能力の行使で自分にとっての全て(・・)を失った事もあるが、失った対象に対しての懺悔の仕方を荒くれ者である博洋は知らない。だからこそ罪を重ねる。何度も何度も罪を重ね、それが幾重にも重なる事でいつか天に届き、無念が晴らされるかもしれないと信じていたからだ。

 

「君の有り余る力をうちで発揮する気はないか? 我らの⋯⋯スピードワゴン財団ならば罪を清算する事もできるだろう」

 

「気が向いたら行ってやっても良いがの。⋯⋯気が向いたらじゃぞ?」

 

だからこそダムドとの出会いは不思議だった。10数年も年下の男に、かつての育て親と同じような温もりを感じたのは。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

『ブレイクダウン』

 

博洋の手によって崩壊し、分離する大剣の剣先。ジョルノの断頭が止まると同時に背へと迫るロングソード。が、

 

ゴトッ

 

「訂正を入れなくちゃならんようじゃな。娘っ子にはスタンドを使うまでもない。までもないが────使った上で分解させてもらう。喋ること以外ができんくなる状態にまでな」

 

博洋の背中に出現する黒い霧。否、力を入れてよく目視すれば、それは霧ではなく黒色の砂粒の集まり。背中に纏うようにして現れたそれに、接触したロングソードまでもが不自然に崩壊。切断と言う武器の役割を放棄し、無防備を晒す。

 

「ほいやァ!」

 

ザァァァ⋯ガタッ

 

背後にいる隙だらけの長剣騎士に向け、馬のように後ろ蹴りを放って黒い砂を撒き散らす。さながら血を見つけたピラニアの軍勢のように長剣騎士の全身へと襲いかかる黒砂。骨付き肉から骨だけを残して肉を食うように、その甲冑を体ごとバラバラに地に落とす。

 

いくら武術家とは言え、ジョルノを抱えて走るほどの力を博洋は持っていない。逆に言えば、ジョルノを抱えなければ可能ということ。が、『走る』と言う事は別に逃げる為だけの行為ではない。戦闘における走りとは──、

 

「へっ、らァ!」

 

 

「────戻れ! 黒き騎士(ブラック・ナイト)!!」

 

──投擲。コンクリート製の地面を分解してくり抜き、振り向いた勢いで女へと投擲。くり抜くと言う行為自体がおかしい話であるが、不自然にもくり抜かれた地面の形は投げ槍のように投擲に適した完璧なる形。

 

攻撃を察知した女が大剣騎士を霧状に変化させ、自分の元に戻そうとする。が、それよりも早く槍が届く。回転がかけられたそれが、女の左脇付近を削り取るようにして貫通。左腕内側と胸部を微かに損傷させ、痛みと出血を与える。

 

大出血と言う程ではないものの、止血しなくては命に関わる傷。それ故に女は攻撃にだけ振るう事はできない。路地裏の中になんて止血する道具などないからだ。地に落ちているのは汚れた刃物や割れたガラスの破片等。止血に使うとして、極端にオイルに汚されたタイヤのゴム程度が関の山だ。

 

「娘っ子、お前さんの騎士でワシらを攻撃したって構わんが⋯⋯戦うとして、果たして止血は間に合うのかのォ。ワシの知識じゃ、人は1.5Lの血を失ったら死に至る。その上、槍はその辺の地面から削って作ったもんじゃからなァ〜。さぞ、菌まみれで汚れているじゃろうなァ〜」

 

たった一つの傷で1.5Lまでもの出血が起きる訳ではない。しかし、止血せずに放置した上で戦闘を継続した時、果たして女は無傷のままで老人に勝てるだろうか? 未だ分解程度の認識しか持っていない未知の能力を持った老人に、名称すらも不明な凶器を使いこなす武人に、女は勝てるのだろうか。

分からない。スタンドの使用による殺害の経験はあれど、こうして直接的に姿を表した上での戦闘経験は片手で数えれる程度だ。傷がどのように作用し、肉体の機能をどの程度にまで邪魔するか、戦い慣れていない女は分からない。

 

「それでも戦うと言うのなら、じゃ。ワシはこの老い先短い命を酷使してまでお前さんに反撃でもしてみようかの。数打ちゃ、1発ぐらいは当たるじゃろう。老いぼれの攻撃とて、刃物であったとしたら──なァ!」

 

 

再度の投擲。会話による油断と可能性の提示で起こす相手の心の不安。大きめのサイズの星型武器である投擲されたそれは、俗に言う手裏剣と呼ばれるもの。本来は日本(にっぽん)と呼ばれる国の忍者と言う役割の者が扱う暗器のようなものだ。回転を描き、女の首筋へと飛んでゆく。が、突如と無手から現れた黒き杖が攻撃を妨ぐ。杖の持ち手に突き刺さり、抜き捨てようと触れ──、

 

ボンッ

 

「ぢ、っィ!」

 

────る。微かな破裂音とともに炸裂する極小の爆発は、己の体に触れようとする指を弾き飛ばす。ああ、受けた時点で不幸かな。大型サイズの手裏剣は内蔵された爆薬によって内側から爆発し、包み込む外殻を破片に変えて周囲へと飛び散らす。首筋を掠め、肩に刺さり、数本の指を飛ばす。

 

直撃すれば致命傷は免れず、防具で受ければ行動阻害を起こす、特注爆発武器。既存の暗器では爆発する投擲物が少ない上、既に使用している暗器が吹き矢の上位互換のような物と刺突特化型の小型武器なので広範囲の攻撃が来るとは思うまい。

 

「童の腕は後で繋ぐ。退けるか?」

 

「動けはします。ですが退けるかどうか、だと退かない(・・・・)が正しい答えです。あなたが戦っているのに退く理由がない。それに⋯⋯」

 

『腕は既に繋ぎましたよ』とゴールド・エクスペリエンスを出しながら博洋の肩を借りて立ち上がるジョルノ。その瞳に先程までの痛みに狼狽える姿はなく、ただただ闘志に燃える戦士の顔だけがあった。

 

生命を生み出す能力によって作り出した新たな右腕が前へと突き出され、伸ばされる人差し指が女を指す。人の意志たる邪悪な黒き波にも負けず、黄金は光り輝く。が、

 

「だ、そうじゃが⋯娘っ子はどうするよ? 今のままじゃこっちが優勢じゃが」

 

「お生憎と"下がる"と言う言葉は私の辞書にはありませんのよ。特に私の騎士団(・・・)達は前進あるのみですの」

 

午後2時、太陽の位置が変化したのと相まり、路地には光が全くと言っていいほど指していなかった。遮蔽があるが故、希望の象徴とされる太陽の光は路地の外にジンジンと熱を宿して地を照らしている。

黒い霧。光の一切を通さぬ黒い霧が女の────王女の、黒き王女の前方へと横列で並ぶように現れる。霧は脚を、腹を、頭を、果てや腕をも作り出す。黒い霧は黒いシルエットのように人型を作り出す。

都合8体。目視で確認できるだけで8体の黒い騎士。が、空間が狭いが故に横列で見える騎士は8体のみ。娘もとい黒い騎士を使わせし王女の姿が見えない事からそこそこの厚みがある。黒い騎士は20体に届くまいか。

 

「それと言い忘れた事がもう一つ。私の黒き騎士(ブラック・ナイト)は飽くまで私の能力の一部でしてよ。王女の傷を塞ぐのもまた騎士の務め⋯⋯おっと、これ以上は時間が迫ってしまっているのでごめんあそばせ」

 

轟音。否、響く鈍き音は地へと到達した際の衝突音。騎士の形を作るとすれば鈍器も可能ではあろうが、微かな摩擦音と衝突音とはまた別の落下音(・・・)にも似た軽い音がした。つまるところ、大剣による植物の切断が可能性としては濃厚であり、辻褄は会うと言った所だろうか。

 

繋いだとはいえ、金髪の⋯ジョルノ・ジョバァーナの手首は不安定。起き上がるまでに時間があったのは馴染むまでの休憩時間とも思えるが、そうでなかった場合は聞いた事自体が敵への情報となる。

 

実戦経験はなさそうにしろ、あの手のタイプは情報を強く欲する。時間が迫っていると言いながら、情報を求めるが故にどこかで監視している事だろう。

 

「手遅れになる前に言っておくがの。足手まといにだけはなるんじゃあないぞ」

 

「尽力します。ただ、ご心配なく」

 

『手は既に打っていますから』と言葉を紡ぎ、

 

「ぎ、っゃあああああああ!!!」

 

ガタガタ⋯ゴトッ

 

悲鳴と共に震え出す騎士の軍団。そのどれもが振動の停止を元に膝から崩れ出す。何かしらの手を打つ素振りをしながら、既に打たれていた策によって、黄金の手が触れるまでもなく活動を終える。

 

「ゴールド・エクスペリエンス(・・・・・・・・・・・・・)。路地の道を塞いだ植物の根はジャングルにも生える強力な物です。たとえ大剣には負けるほどの脆さでも、蛇が住処にするには十分な程にね」

 

クサリヘビ科ヤジリハブ属に分類される毒蛇の一種のカイサカ。英語では直訳で『一般的な槍の頭』の意味を持つとされるCommon lancehead(コモン・ランスヘッド)の名を持ち、フランス語では別名『フェルデランス』。毒は強力な出血毒で組織の迅速な分解と血液の凝固阻止による持続的な出血。

 

熱帯雨林から果樹園と、国間ではメキシコからアメリカまでと生息地は幅広い。それに付け加え、アメリカにおける蛇で招き起こされる死者の90%がカイサカによる物だとされている。年間死者数こそ正確には発表されていないものの、生息地の広大さと強力な毒及び攻撃的な性格を元に被害は壮大。

 

血清なしでの致死率は約7%と言う脅威の低さではあるが、毒による影響は4時間以内に発症し、注入された毒液の量に応じてその致死率を底上げする。必然、複数のカイサカによって毒液を注入されてしまえば即効性もまた増加するだろう。

 

(童ながらも恐ろしき思考力。否、特筆すべきは若いながらも迅速に場に適用する対応力か。恐らくは交差点の時点で近接型ではないと推測し、対象を消耗させて逃走の選択を作らせた。相手の逃げ道をも絞り、塞いだ上での罠によって⋯)

 

「末恐ろしい童よ。幼子ながらも組織の頭になるだけの精神(・・)を持っておる」

黒き騎士団は黄金の手にて崩れ落ちる。輝きを元に邪悪を消して。が──、

 

ガシャ⋯

 

────不穏な黒が背に迫る。影か、あるいは渦か。その正体を、漆黒ながらも不透明なままに。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

21日、午後7時23分。暗闇が空を覆い、太陽の光を閉ざさんとしている最中、老人と青年の二人組は危うやな状態の路地裏の交戦から見事、青年の策によって抜け出し、繁華街とも言えるタイムズスクエアへと戻る事ができた。

 

黒き王女との戦闘から数時間。娘の殺害及びその遺体の行方が分からなくなったが故、単なる野良スタンド使いによる奇襲ではない事が確定し、なんらかの介入者がいると推測。早々にその場の調査を財団本部に所属する調査・研究部隊に依頼。

 

本来の目的である『ジョースターを名乗る謎の者』の捜索へと二人組は思考を戻す。知られざる秘密を知られたが故に刺客を差し向けたと言うのなら、黒き王女との関連性は見いだせる。が、

 

「交差点で粉をかけてきた時点で民衆の中にジョースター家も隠れていたはず。ならば少なからずとも容姿で判断できるはずじゃが⋯⋯」

 

『あ、ちなみに"粉をかけてきた"と言うのは比喩表現の方じゃぞ? 確かに黒い粉みたいなもんも実際はかけてきとったが』と軽口を叩きながら思考の間に休みを挟む博洋(ボーヤン)。

 

その言葉から考えられるに、王女と謎のジョースターの関連性はとても低いと思われる。ということは、見つけれていない理由は純粋に本人が探されていると自覚がないか、スタンド使いで能力が隠密に特化しているかの二択。

 

顎に手をやりながら、金髪の青年──ジョルノ・ジョバァーナは考えの方向性を絞る。自分の肉体にも流れるジョースターの血筋は奇妙な旅や運命を辿っていたらしい。自分の父親の事やズレた時間軸の問題。本来ならば自分はまだ生まれておらず、あるいは未熟な幼児の姿であるはずなのだ。

 

それから導き出される答えは謎のジョースター家もまた、ジョルノ自身と同様に異なる時間軸──平行世界からやってきたのではないのかと。

 

(考えれる答えはそれしかない。常識には当てはまらないが、スタンドと言う力と、今この状態が大きな証拠だ)

 

顎に手をやりながら、ジョルノ・ジョバァーナは頭に力を入れる。物理的に頭を強ばらせる、だなんて退屈な表現のつもりでジョルノは思っていない。他者よりも自分の知性が優れているとは思っていないが、それでも最適な答えを出す為に思考に集中する為に"頭に力を入れる"のだ。

 

もしかすると、思いのほか、その謎のジョースター家は既に近くにいたり──、

 

『して』と、心の思いが発言として零れかけた時だった。

 

ガギィン

 

「⋯ッ! 博洋さん。周りを」

「童。周囲を警戒せい」

 

ジョルノの思考は重き刃が如き、金属音にて打ち切られる。同様に、博洋もなんらかの考えをその頭の中で作っていたはずだ。ほぼ同時に発せられる同様の言葉。周囲の警戒及び索敵を催促する発言は身の危険が迫っていることを示す警告。

 

冒頭にジョルノが詩じみた言葉で表現していた『夜の訪れ』のことを、ジョルノ自身は誇りに思う。確かに午後7時と言う時間帯は空が暗くなり、街灯などに頼らざるおえなくなると言う状態になるのは至極、自然と言えるだろう。が、それを踏まえた上でもだ。

 

──圧倒的な暗闇。永遠に光を消す常闇をも彷彿とさせる漆黒の空。不思議と周囲に人はおらず、街灯までもが故障の証である点滅を開始する。否、改めて言葉を訂正する。周囲に人がいないんじゃあない。見えない(・・・・)のだ。なぜなら──、

 

「『ゴールド・エクスペリエンス!』 生まれろ!

新しい生命を!!」

 

────なぜなら、先程までにいた街の人々が黒く塗り潰されていたからだ。白いキャンバスの元に垂らした多彩かつカラフルな色。時間をかけて作ったお手製のそれが、たった1色の黒(・)で台無しになるように、人々が棒人間が如き、黒のシルエットへと成り果てていたのだ。

 

さて。咄嗟的に足元に植物を生み出し、空いた片側の手で博洋を掴んだ所まではいい。問題はここからで、空中では生命を生み出そうにも、その源である無機物が存在しない。衣類の類や、博洋がまだ懐に潜めさせているであろう、暗器を使っても良いのだが、小型の物では生み出す生命にも限りがある。

 

周囲にいないと思っていた人間は暗闇で塗り潰され、兵隊と化していて、否。なんの考えもなしに真正面から迫る絵面は統制を重んじる兵士とは程遠い。例えるならゾンビなどと言った知性なき屍と言えるだろう。そんなゾンビに囲まれた状態で、逃げ場なき空中で、はてさてどうした物かと頭を悩ませる。

 

「植物を⋯⋯たとえば枝を横方向に伸ばすとかはできんのか?」

 

「無理です。⋯⋯いいえ、正確に言えば可能ですが、我々の体重に耐えうる木の枝は現時点では存在しない。下のゾンビらを退けるという選択肢もありますが、彼らが生きたまま洗脳されている市民だとしたらあまりにも街への被害が大きすぎる。前提として、僕らだけではあの量は捌き切れない」

 

幸い、植物を破壊しようだとか、登ってこようとしている訳ではないので息をつける。問題なのは破壊しようとしてなくとも、ただバカ正直にこちらに向かって進んでいるが故、体当たりのようにじわじわとダメージが木へと蓄積されているという点だ。

 

そもそもとして、ゾンビ大群の出処はどこから来ている? 黒色という共通点から王女の能力が脳裏に浮かぶが、その生命は複数の毒で死亡しているはずだ。あるいは遺体自体が消えている事から、死んでいない可能性もある訳だが──、

 

「蛇の解毒はそう簡単にできる物じゃあない。解毒特化のスタンドなら可能性はあるが、今まで見た事なんかない」

 

──どう足掻いても死んでいる。それはゴールド・エクスペリエンスで生み出された毒蛇が噛んだ際の共感覚でジョルノは確かめている。ならば現状を打破する事だけに頭を働かせるべきであるが、もしもゾンビらが同一視されている場合、例の力(・・・)が有効打になる可能性がある訳だ。

 

反対にゾンビ軍団が一体一体に個別認識があった際、能力の発動は無意味になり、力を消耗した上で漏洩するばかり。やはり、逃げ道はないかもしれない。救いの手は降りず、神の裁きもなければ奇跡もない。現状のイバラの道(・・・・・)に歩みを邪魔されるのみ。だが、本当にそうだろうか。

 

否、そうではない。道とは己が切り開くもの。覚悟とは──、

 

「────『覚悟』とは! 暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事だッ(・・・・・・・・・・・・・)!!」

 

「ほう」

 

グニャアァ⋯⋯バツンッ!

 

生み出された植物にある枝の中でも一際大きく、根元が太い巨大な枝。そこに接触した黄金の手によって一部分が改変され、自切のような自然な形で地へと落ちていく。落下し、地に着地する前に植物の近くにいたゾンビの内の数人の頭部に直撃し、脳震盪を招き起こさせる。

 

気絶させる為にわざわざ自分らの居場所の面積をすり減らした訳ではない。ゴールド・エクスペリエンスの真髄を発揮すべく、会えて植物を切り捨てたのだ。生命を生み出す能力は新たな段階へと踏む。神の力にも等しい神々しき力。それは、

 

「名付けるとすれば『生命の神秘(ディバイン・フォース)』。単なる大木の枝を変化させました。前まではできなかった能力の応用ですが、ラベンダーとジャスミンを」

 

──ラベンダー。シソ科ラヴァンドラ属の半木本性植物の通称で和名は『薫衣草』。主成分である"リナロール"や"酢酸リナリル"が自律神経の一部である副交感神経を優位にし、リラックス状態を引き起こして質の良い睡眠を手助けしてくれる植物。

 

モクセイ科ソケイ属の植物の総称であるジャスミンも同様に同じ成分を含んでおり、その香りは睡眠を心地よくしてくれるもの。注意が必要なのは広く知られている"ジャスミン茶"のように直接的に摂取する際はカフェインも取り込む故に覚醒作用で睡眠を妨げるということ。

 

生命の神秘とは名ばかりに、ただ植物の種類を変えただけではないかと聞くばかりの者は思うだろう。その地味な一手が状況を打開する神の手である事を当事者以外は分からない。地味ながら、それは理に干渉する出来事なのだ。ただでさえ、無機物から生命を生み出すという異次元な力。それを──、

 

「それを、大まかに種類までも改変するとは」

 

我ながら恐怖に思う。自分の手にある力がどこまでの成長を残しているのかと。ともあれ、スタンド能力にて生み出された大量のラベンダーとジャスミンはファンタジー世界のように誘発的に睡眠を強制する物ではない。

 

単なるアロマやハーブのような類の物で、睡眠をする為の場を整えるムードメーカーのような役割を担う存在。いわば寝る為にベッドを用意するようなもの。しかし、この場において、用意されたベッドは大いに有利を生み出す。なにせ、そのベッドは知性なき者でさえもヨダレを垂らす程に上質な羽毛が如き、材質の良いベッドなのだから。

 

そんなこんなで本能に従っている肉体は少しのきっかけで容易くとも眠りに落ちる。ばたり、ばたりと1人、2人、3人。気づけば周囲の軍団は地に倒れ伏せ、心地よさそうに夢の旅へと歩を飛ばしている。

 

「博洋さん⋯⋯問題なのは、このゾンビの出処が不明という事です。賭けてみますか? あの女が生きているか否か。はたまた、能力の暴走か」

 

ジョルはこの世界に来るまでの経験。即ち、パッショーネのボスとして君臨していた頃の記憶を遡る。ジャン・ピエール・ポルナレフを名乗る謎の老人とそのスタンド。あるいは自身でさえ制御の効かぬ、黒々とした感情の渦の具現たるパープル・ヘイズか。

 

どちらにせよ、そのどちらもが『暴走』した事のあるスタンドであると言う事だ。厳密にはポルナレフのスタンドであるシルバー・チャリオッツは気高き精神に衰えし肉体が追いつかなかったまでの事であるが、パープル・ヘイズは違った。

 

本人にさえ制御ができぬ時もあれば、大人しく待機している時もある。カプセルから放たれる毒は強く、知的なスタンドマスターであるフーゴと対立しているように見える。おっと、話が脱線した。兎にも角にも──、

 

「なんにせよ、優先すべきは『逃亡』じゃろうて」

 

「──ですね」

 

──兎にも角にも逃亡。周囲のゾンビは眠り、一時的な安息を得た。が、本体が生きているにせよ、死んでいるにせよ、能力の解除条件が存在するはずだ。生きているとすれば本体の息の根を。そうでなければ、そうでなければ?

 

がしゃり、がしゃり、音が鳴る。重き金属が重力のままに地を踏み鳴らす音。鋭き刃が地に突き立てられながら、引きずられる音。

がしゃり、がしゃり、音を聞く。統率の取れた一定性のある足音。横並びに整列して『進行』するような連続性と威圧感のある音。

がしゃり、がしゃり、音が立つ。持続的な騒音は頭に刷り込まれ、精神にまで及ぶ悪魔の音。甲冑が擦れる音は戦の証。死を呼び覚ます死神の音。

 

「が、ぐ。この、スタ、ンド⋯⋯まるで弱点が見当たらない」

 

顔を殴ってみた。足を狙ってみた。有効となる生物がいるか、生み出せる動物があるか。植物は脱出の足がかりになるか。現状で行える様々な手段を講じ、行ってきた。が、策略は虚しくも失敗に及んだ。

 

無尽蔵に溢れ返す黒き騎士たちはさながら大海が如き、荒々しい勢いで物理的干渉を元に押し出してくるのだ。生物を生み出し、生存させる隙間がなければ、生誕させる為の無機物にさえ指をかける事ができない。

 

打撲による意識の混濁と出血による思考力の低下で肉体は再起不能寸前にまで追い込まれている。財団による増援及び支援は見込む事ができない。仮に来れるとして、現場に着く頃には自分らの命はとうになくなっている事だろう。もう、諦める他に道はない。

 

開かれた道も災害にて地がなくなれば意味はないのだ。足掻こうと、逃げようと、歯向かおうと、乞おうと、話そうと、怒ろうと、泣こうと、笑おうと、どうしようと。

 

「ワシらは⋯⋯詰、みじゃ」

 

黒い波が押し寄せる。几帳面(・・・)に用意された戦略が底なし沼のようにハマって足を抜け出させない。最初からそこにいたかのように突如と現れた騎士集団。

 

黒い波が押し寄せる。人の思考が関与した邪悪な罠が蟻地獄のように掴んだ首を逃さない。揉みくちゃに押し潰され、息苦しく胸が痛む。

 

黒い波が押し寄せる。誰であろうと押し潰す平等たる災厄が患者を締め付けるギブスのように粘りつく。押し倒され、地へと叩きつけられた背中が悲鳴を上げる。

 

黒い波が押し寄せる。床に落ちた獲物にまとわりつく蟻のように標的を死へと運び出す。倒れ込んだ体に覆い被さり、災害のように重量が増す。

 

────黒い波が押し寄せる。黄金も魔の手も速度でも。ありとあらゆる意思と尊厳を無視してまで押し寄せる。波が求めるのは混乱と破滅。破壊的な絶望を元に生み出される混沌を糧に黒い波は押し寄せる。

 

純粋なる悪は対象を選ばない。尊き幼子や神に教えを乞うシスターであったとしても。黒い波は押し潰す。全てを呑み込まんとする為に、世界を己が手にかける為に、主(しゅ)に救済の手を差し伸べられる為に。自分を産み、育ててくれた肉親であったとしても手をかけるだろう。強き欲望を満たし、深き不安の海を枯らし、安眠の地で眠る度に。

 

──黒い波が押し寄せた。

 

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

同時刻、アメリカのネバダ州に位置する某組織前にて。

 

「私を知っている者がこの世界にもいるとはな」

 

「貴方様の噂はかねがね伺っております。何分、知人が物知りでして。ああ、あと──」

 

『なんたって』と口を挟み、

 

「知人なのですからね。貴方様を呼んだのは」

 

「⋯⋯ほう。実に会ってみたいものだ。君の知人とやらに」

 

────歯車が目まぐるしく回転する。時を超え、世を超え、世界をやり直し(オーバーライド)する為に。

その為に呼ばれたのだ。ファニー・ヴァレンタイン大統領(・・・・・・・・・・・・・・・)と言う歯車が。

 

 




スタンド名:ザ・マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン
スタンドマスター : 黒き王女 (仮称)
破壊力 :無し
スピード :B
射程距離 :∞
持続力 :∞
精密動作性 :A
成長性 :無し
スタンドヴィジョン「黒装束/黒い布口面/左手に黒い頭蓋/右手に黒い杖」
スタンド能力「闇を行進させる」
詳細
⬇

杖を振りかざすと黒い瘴気を撒き散らす事が可能。
瘴気は空間と物質を黒く染め上げ、ウイルスのように広がってゆく。
瘴気に犯され、黒に染まりあがった生物は黒い部分の肉体をスタンドに支配される。
スタンド使いならばスタンドの部位も支配される。
また瘴気を一箇所に集めて硬め、瘴気でできた騎士(全身黒統一/鎧の形をしていて瘴気ででできた黒い剣を持つ)を生成可能。
瘴気は光で消す事が可能であり、スタンドまたは騎士への攻撃は光を浴びさせた状態でのみ有効。

闇を歩む黒き王女に死角はない。その周囲を従順たる騎士にて囲い、全てを切り伏せるからだ。たとえ、光が満ちる光でさえも。

ジョルノの手によって生み出された毒蛇で死亡。死後、その能力を暴走させ、発生させた軍団によって街を襲った。

元ネタ:海外バンドのQueenより『The March of the black queen』


スタンド名:ブレイクダウン
スタンドマスタ : 博洋
破壊力 : 無し (本体依存)
スピード : B (スタンドの出現速度)
射程距離 : E (本体の肉体から僅か1m)
持続力 : ∞ (分解の効果時間及びスタンドの出現時間)
精密動作性 : A (分解の細さ)
成長性 : 無し
スタンドヴィジョン「黒い砂」
スタンド能力「分解と構築」
詳細
⬇

スタンドである黒砂に触れたあらゆる物質を分解する能力。分解された物質は空中に浮かすor重力のまま落とす事ができ、浮かせながら物質を操作し、再構築する事ができる。分解によって起きる物質のズレで出血・即死する事はない。

歪んだ心に、絶望の雨から身を守る屋根はない。穴だらけのボロ小屋は荒んだ人生のように水滴を通し、塞ぐ事のできぬ怪我からゆっくりと染み込み、体を汚染する。人間が崩壊する過程など、緩やかな物なのだから。

元ネタ:ミュージシャンのTom pettyより『breakdown』


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