逃れられぬ運命   作:緑ちょこ

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第4話「黒き王女の進行曲 その③-終わり」

時に、皆さんは幽霊と言うものを信じているだろうか。悪霊、生霊、地縛霊。呼び方はなんたっていい。死して、あるいは魂だけの存在でこの世に顕現する非科学的事象。

魂だけの存在と、そういう捉え方をすればスタンド(・・・・)もまた幽霊として見えるだろう。実際、スタンド使いでなければ、目視する事は叶わぬのだから。

それはさておき、本題へと話を戻す。幽霊を信じる者やそうでない者がいるように、物事には価値観の違い(・・・・・・)がある。幼少期の頃に死んでしまった兄は馬乗りで、その背中を見て育った自分は同じく馬乗りに憧れたのだ。

実際、成長してからは馬乗りになったし、馬乗りとして成功し、一番だったという自負がある。過去形なのは今はそうでないから、と自認があるからだ。

ともあれ、物事には価値観の違いがある。一番になり、引き継ぐに値すると思った馬乗りは死んでしまった兄の、生前に履いていたブーツを形見として求める。が、父親はそう思わなかったらしい。

馬乗りの弟は形見を与えるに足らず、あるいは父親が兄に依存していたのかもしれない。ともかく、馬乗りの弟はブーツを貰えなかった。

それが理由で誰かが死ぬ。死んだ事を気にするヤツもいれば、そうでない者もいる。それこそが価値観の違い(・・・・・・)だ。

しかしながら、この事象についてはどうか誠だと信じてほしい。唯一の希望を持ちながら、震える指に力を入れて執筆しているのだから。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

バリィ!

 

「くらえ大統領──は! ここは⋯?」

 

轟雷。刹那の如き、稲妻が体を襲い、視界を奪う。直後、波に囲まれ、底の砂が見えていた海辺とは程遠き街並みが目に入る。

馬引き無しに一人でに動く馬車──否、馬がいないのだから、言うなれば車か。そんな車や、あるいは普通では考えられぬような空にも届かんとする高く飛び出た建物。

異なる世界や時を跨いだかのような感覚。実際、道中で彼が人ずてに聞いた話では現代の西暦は1989年。彼のいた元の場所の西暦は1890年(・・・・・)なのだ。

約100年にも及ぶ時間のズレが、異なる世界であるが故か、時が加速でもしたのかと疑問の渦で脳が悩まされる。

ただでさえ、憎き敵との戦闘中に異なる場所へと転移されたのだ。それがたとえ、同じ時かつ同じ世界であったとして、動揺しない者などいるはずがない。故に、だ。

 

『ジョースターの血筋を──』

 

「⋯⋯! 誰かが追って来ているのか?」

 

同じ世界であれば、ただ時を重ねただけであれば、だ。ジョースター(・・・・・・)の血はとうに途絶えているはずだ。約100年の時が流れているのだ。つまるところ、完全なる異世界である可能性が非常に高いと言えるだろう。

話をしていたのはアジア系と見られる老人と白人の金髪青年の二人組。大統領の刺客であるとすれば、老人のような者は技術などが高く、人生経験も豊富で暗殺や殺人に適していると言える。無論、若いが故に処理が楽という観点で青年が刺客だとしても納得の行く所はある。

しかし、大統領の刺客のどれもが異国ではなく、母国の者が大半であったはずだ。故に刺客でない可能性もあるにはある。が、動揺している現状で脳がまともに働く訳もない。

 

「少しばかり距離を置こう。いつ攻撃してきても、いつ行動しようとしても、即座に対処(・・)できるように。老人の方は特にマークしておかなくては」

 

師でもあり、友であった男の死から彼の精神は覚悟を決する事を厭わない。自分の中で必要だと判断したのなら、たとえ肉親であったとしても手にかける事を迷わない。だからこそ、ひっそりと隠れながら見極める必要性がある。

二人組が手を汚すに値する人物か、無視すべき小物か。その判断を正確に行わなくてはならない。失う物がないと言う事は、盾になる物も尻拭いしてくれる者も何一つとしてないのだから。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

時に、皆さんは幽霊と言うものを信じているだろうか。──おっと、この始まり方は被っていて、蛇足と言えるだろうか。ともあれ、物事には価値観の違いがある。⋯⋯この始まり方も被っている。やれやれ、自分には文章の才能と言う物が一切とないらしい。

それはさておき、物事には価値観の違いがある。何をもってして他者を『悪』や『正義』だと判断するか、それらの定義の基準でさえ、人によっては大きく変えてしまう事がある。

過ぎ去った時を巻き戻す事はできない。否、過去に出会ったスタンド使いには短いながらも時を戻すスタンドがいた。

その能力が何かに役に立つとは思わないが、とにかく、過ぎ行く時を止める事も、過ぎ去った時を巻き戻す事も、それは等しく不可能な事象だ。少なくとも、人の手で行うのは。

 

「『納得』なんだ。僕はただ自分にとって『納得』のいく答えが知りたいだけ。⋯⋯なぜ、なぜ彼は死ぬ必要があったのか」

 

──価値観は人によって変わる。良くも悪くも、誰かの死を厭わぬ者や気にもせぬ者。あるいは深く落ち込み、絶望の雨に沈み込む者。そのどれもが、それぞれ『納得』のいく答えを欲している。価値観こそ違えど、求めている物は一緒。

だからこそ、真に見極めなくてはならないのは殺生の判断なんて惨めで愚かな行為なんかじゃあない。そう、真に見極めなくてはならないこと、それは 、

 

「自分が『納得』の行く答えを得られるか、だ」

 

男は思う。自分は思い描いた未来の通りに歩めているのかと。時々、ふと悩む事がある。尊敬する友のように、自由人が如き、人生を謳歌しているかと。敬意を持つ師のように、己の中に用意したルールを厳守できているかと。

結局のところ、未来の事なんて誰にも分かる訳なんてない。だからこそ、ただ欲望に忠実なまでに一つの願いを求める。

 

『ジャイロの死には意味がある』と。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「──ぁ。意識が、飛んでいた。何秒⋯⋯何秒だ? 意識が飛んでいたのは」

「空気。──空気じゃ。隙間を探して、何か行動できぬか」

 

数時間に渡る奮闘でジョルノ達の精神は崩れていた。否、正確には経過した時間は36分である。暗闇に呑まれ、その大群に押し流されるようにして上下左右も分からぬまま、視界が塞がっていた二人は外の景色が分からぬ故、時間感覚が狂っていたのだ。

 

数秒の意識昏倒による時間経過の感覚のズレ。一度だけでなく、その回数は数度にも渡る数。動けぬ空間に肉体は疲労し、筋肉は硬直を開始。表面の肉や脂肪部分は打撲による晴れと内出血。甲冑との衝突具合による数箇所の複雑骨折。内臓圧迫による機能不全は徐々に肉体を死へと誘う。

 

──この黒き波は厳密には渦ではない。死したはずの『黒き王女』による能力『黒き騎士』の大群が並列して戦のように一斉に走り出しているだけ。重要なのは黒に塗り潰された兵士達は急接近を行う事で視界を奪い、情報を制限する事ができる。そして狭き空間では拳を振るう事もできはしない。

 

『ゴールド・エクスペリエンス』

 

故に振るうのは拳ではなく生命力。生み出すのは服のボタンから生成された通常のカエル。植物色の緑に染めた小さな体が器用に隙間を通り抜け、黒き騎士の大群──通称『黒き渦』の上を波乗りサーフィンのように移動し続ける。

 

小さき体が故に誰かの目に止まる事は少ない。しかし、真っ黒に染められたこの場において、数少ない緑色は一際目立って周囲に見える。黒き渦があること自体が異常ではあるものの、スタンド能力を持っている者からすれば、スタンドの仕業と言う事で『納得』は行くし、なんら問題はない。

 

が、そんな黒き渦に一滴の雫が如き、緑が添えられていたら? 黒ばっかりだから彩りを添えよう、だなんて粋なことをするスタンド使いなら話は別だ。が、戦闘中や能力行使による犯罪行動等の最中にそんな事を気にする者はいない。もっとも、サイコキラーのような特殊な変態であれば別だが。ともあれ──、

 

「反応がない。博洋さんの声も聞こえなくなった。もう、終わりか」

 

────反応なし。当然ながら、こんな災害が襲っていれば、一般市民なら巻き込まれているし、スタンド使いなら目視できるのだから恐れて近づく事なんてしないだろう。それこそ、財団へと援軍を求めて呼びかけるべきだったのだ。

 

何から何まで行動するのが遅く、迂闊すぎた。任務で探し求める『謎のジョースターの血筋』に固執したのがダメだった。探すのを遅らせるにしろ、変に野良のスタンド使いを追いかけるべきではなかったのだ。

 

結局、元の世界に戻る事も叶わず、自分は渦に沈み込む。黒に大きく塗り潰された大海──黒き渦に。手は打った。策は講じた。その全てが正解に至らぬか、あるいは行う前に作戦を潰された。おしまい、絶望だ。もう終わ──、

 

────『終わり』と、そう言いかけた時だった。

 

「僕が欲しかったのは『納得』だったんだ。それを得る為に僕は助ける」

 

ドンッ!!

 

螺旋状の『回転』を描いて発射された弾丸。銃器から飛び出た訳ではないが故、弾丸と言う表現は適切ではないかもしれない。──指から発射された爪弾、名を牙(タスク)。

 

特徴的な星柄のシャツを細身の体に着こなし、ジョッキーが被っているヘルメットのような水色のニット帽。──BEAKER(ビーカー)を頭に乗せている人物。

 

騎手のような格好は格好だけに留まらない。ここまでの移動手段は馬を用いてしたものであり、今もまた同様に馬に乗っているのだから。

 

「牙(・)は狙った者だけを食い殺す。もっともっと、気高く飢えなくては。────大統領を殺す為に、もっとだ」

 

爪弾によって黒き渦もとい黒き騎手の軍勢は消え去った。否、一本の牙(タスク)によって噛み殺されたと言うべきか。ともあれ、救世主的な活動の反面、口にしている言葉はえらく物騒な物だ。

 

そも、その瞳の中には今(・)を見ている雰囲気が存在しない。まるで、遠い先の未来だけ(・・)を考えているかのような、危ない視線と思考。それに────、

 

「依頼された任務⋯⋯博洋さんの言っていた特徴と一致している」

 

──姿と格好。そのどれもが突如と現れた『謎のジョースター家の血筋』と合致している。謎の能力で黒き渦を一掃したのはこの際、どうでもいい。命を平等かつ大切に扱おうと努力しているジョルノだが、あの状態になっては洗脳された市民を救う事は不可能に近いだろう。

 

問題はその状態を知らず、ただの障害(・・)として認識して物のように破壊する残忍さ。あるいは、本人すら自覚していない無邪気な意思なのかもしれないが、聞いていた話とは真反対のジョースター家だ。

 

気高く、あるいは、汚れていながらも一滴の真水のような純潔さを持っている一族。少なくとも、パッショーネのボスとして就任した後に隠れたNo.2から聞かされた話はそうだった。偽物なのかもしれないが、それはそれで問題が発生する。故に──、

 

「助けてくれた恩人に失礼だとは思います。ですが、1つだけ⋯⋯姓はジョースターですか?」

 

「僕の名前はジョニィ⋯ジョニィ・ジョースター。君の言う通りにジョースターだが、何か用でも? これでも僕は急いでいる。君らが僕の目的に対して協力してくれるのなら話は別だけど」

 

──成功。引き止めと取引までに持ち運ぶのには成功した。運良く、彼も何かしらの物を求めていたらしい。彼がジョルノと同様に別世界や別時間軸から迷い込んだとして、元の世界に戻りたいだとか、何が成し遂げないとならぬ事があると思ったのだ。

 

もっとも、人間は生きていれば、誰しも成し遂げなくてはならない事があるはずだ。それこそが人間の生き方であり、理性を得た生命体としての義務のような物だから。ともあれ、

 

「もちろん、構いません。代わりに手伝ってもらいたい。────世界を支配しようとするDIOの討伐を」

 

──歯車は動く。ポルナレフの知らぬ所で。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

1月22日、午後2時32分。例の依頼(・・・・)から帰宅したジョルノと博洋から受けた報告の内容は好ましい物だった。が──、

 

「それで、彼の目的に付き合わなければならないと?」

 

「残念ながら、そういう事になります」

 

──好ましい事だけではない。依頼した任務は謎のジョースター家の血筋である人物を探す事で、その目的はDIO討伐の為の助力を求める為。無論、無償で助けを貰おうとは思っていない。

 

可能ならば財団の財団を、あるいは用意できるならば相応の品を。少なくとも、ダムドはなんらかを対価にしてDIOを討伐できるのなら、それで問題は無いと思っていた。実際、DIOを放置していれば世界はただではすまないだろう。

 

「肝心の目的とはなんです? 国を作る⋯だなんて、言われてもすぐには出来ませんよ」

 

「すぐに⋯ッ! おい、待て。時間さえあればできるのか!? ⋯⋯いや、違う。僕の目的はそんなんじゃあない。確かに、国は欲しいけれど⋯⋯ッど! 僕が求めるのはただ1つ! ファニー・バレンタイン大統領の殺害だけだ!!」

 

声を荒らげた青年──ジョニィ・ジョースターはそう語る。本来の目的は違うと、しっかり伝えてきているものの、その言葉を紡ぐまでに若干の躊躇があったように思える。それは自分だけの国と言う魅力的な提案からの逡巡に見えた。

 

とりもなおさず、時間さえあれば『国』を提供できるという圧倒的な財力に畏れ驚いたのだろう。事実、ダムドでさえ、最初は驚いていたのだから。ともあれ──、

 

「不審な行動は愚か、名すら記憶の端にすらありません。世界規模の情報改変を可能とするスタンドか。⋯⋯あるいは、ジョニィさんの経歴及び存在がまるで別世界から来た者(・・・・・・・・)のように不透明であるのと同じように、その大統領とやらも平行世界⋯⋯いわゆるパラレルワールド(・・・・・・・・)から来たのでは?」

 

「⋯⋯嘘だ冗談だと嘲笑されるよりは随分とマシな真実だな。仮にそうだとして、大統領もこっちに来ているはずだ。僕の歩んだ道筋にはいくつもの痕跡があった。大統領のスタンド能力──D4C(Dirty Deeds Done Dirt Cheap)の複製跡が」

 

真実とは捉え難い可能性の一つを提示しても顔一つ歪まぬ青年。若きながら、未熟ながらも卓越した精神。問題なのは超次元的な事象を現実とする危機を目前に揺らがぬ意志を持った者がいるということ。

 

つまるところ、その揺らがぬ意志を、一塁の道を貫こうとする頑固さを持つ者の発言する内容は真なるものである可能性が高い。仮に、DIO以外の脅威が現れているとして。そのどちらにも対応していては時間が差し迫るというもの。

 

可能性の一つとして、その大統領を名乗る者がDIOと接触している可能性もゼロではない。ジェット機内にて財団員に扮していていたハイジャック者であるが、ポルナレフを襲ったという結果だけ残り、その者の身分等は不明である。

 

同様に、今回の任務で博洋とジョルノが戦闘を行った黒き王女(仮称)も未だに組織への加入であったり、傘下だった等の犯罪経歴及び実績も判明していない。

 

そも、何者であるかさえ判明していないのだ。付け加え、未だ、両者2名の身元は捜査中。その事からもDIOの刺客なのか、大統領の刺客なのかすらの区別すらする事はできない。

 

もっとも、ポルナレフ奇襲事件の犯人であるライアン・ジャクソン(財団取締役代行)に関しては時系列的に大統領の刺客であるはずがないのだが。

 

「その話はひとまず後にしましょう。⋯⋯ともかく、任務は成功で、謎の刺客による奇襲こそあれど、死者数はゼロ。取り掛かるべき優先事項は刺客2名の身元解明と情報の漏洩元の捜査。何より、送り込まれているのかもしれませんからね。──スパイが」

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

同日、午後4時22分。早ければ夕日が落ち、そのオレンジ色を空に轟かせている時刻の頃。

 

「んだよぉ! もう1枚入れた方がいいだろ! カオスで!」

 

「いえ⋯⋯ですから、ルール的にはジョーカーは2枚もいれない方がいいんですよ」

 

「ルールがなんだってんだ! 変えりゃあいいだろ!!」

 

アメリカのネバダ州に位置する座標不明の基地にて、不満げに我儘を叫ぶ黒人に対して丁寧な説明を行おうとする老人。黒スーツと言う堅苦しい風貌ながら、遊んでいるゲームは『ババ抜き』である。

 

要望はババ抜きに追加のジョーカーを入れる事であるが、子供の遊戯であれ、ゲーム性が崩壊して成り立たなくなるのは些か問題である。何より、率先してババ抜きを開始した老人はスムーズにことを進めたい。

 

簡単ながらも僅かな知能を使い、ポーカーフェイスなどの肉体的な物もありながら、心理戦を少しだけ行うお遊び。ババ抜きというのはスパイ潜入に近しいワクワク感とスリル感を味わえる。素晴らしいバランス感覚である。

 

「──んな事よりよォ、俺のスタンドを用意させる意味はねェんじゃあねェの? 既にいるんだからよォ」

 

「おっと、ババを引いてしまった。⋯⋯ライアン殿の言い分は確かです。確かに、用意させるのに特に重要な意味はない。少しでも詮索及び身分判明を遅らせる為の遅延なのです。ふふ、ババはお返ししましたよ、ケイオスくん」

 

『キィイ! 畜生が!』と叫びながら引いたババを机に叩き付ける黒人──ケイオスが不満げにカードを整える。奇想天外かつ既存のルールに縛られないという点で、ことスタンドバトルには向いていると言える性格。が、冷静な判断能力と見合った万が一に起きた自体を鎮火できる戦闘能力の両立がなくては間諜員として向いているとは言えないだろう。

 

ともあれ、その点についてはなんの問題もない。自分自身、この世に存在する物たちの価値は『適材適所』であると認識しているからだ。あらゆる分野における『強弱』や『優劣』と言うのは『適材適所』であり、特定の出来事に対して特化していると言える。

 

それが故、ケイオスの不安定さを欠点とは思わないし、自由人さが長所だと誇張する事もない。ケイオスには別の物事が向いていて、今回の場合はそうでなかっただけのこと。無論、悪態をつきながら渋々とババ抜きに参加してくれているライアンに対しても同様だ。

 

「まぁ天下のフェラートさんがそう言うなら従うがよォ。⋯⋯チッ、今度は俺がババかよ。で、肝心の大統領さんは?」

 

ケイオスから引いたババを憎たらしく見つめながらシャッフルを行い、言葉を紡ぎ、会話を続けるライアン。それに対し、どこか上機嫌そうな顔で老人──フェラートはカードを切る。

 

「ファニー・バレンタイン。名前は言うまでもなく、西暦までもが完全不明の圧倒的な不審者。⋯⋯ええ、交渉相手としては申し分のない怪しい相手と、そう言った所です。重要なのはボスの意見なので、私からは直接と言える事はありません」

 

喉の奥に突っかかるような気がかりを老人はバレンタインに対して抱いている。それは自らの不安を案ずる、自衛的な感情でもあるし、逆に新しい展開が巻き起こる、そんな事に対して湧く少年的な好奇心であったりもする。

 

この年齢にして少年的な好奇心、だなんて若々しい事を胸張って言える訳がない。だから、だからこそだ。その感情を公に口には出さず、不安を案じて誰かに警告を行う事すらできないのだ。

 

好奇心と不安。その2つが均衡を保っている以上、老人の口から何かの言葉が紡がれる事はない。現状、少なくともフェラートはそう決心した。間諜は済み、頭脳は洗練され、戦士は数多くと息を巻いている。招くのは災害でも、敗北でもない。この手に握られ、主へと渡される物は──、

 

「勝利だけだ」

 

────圧勝。老人の口から発せられる言葉には自信と勇気が満ち足りていた。死が迫り来るほど近いから失う危機を感じていないとか、そういう野暮な物ではない。言葉に乗せ、頭に浮かべるは純粋なる勝利者宣言のたった一言だけなのだから。

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

1月23日。同一の対象と同じ訓練を行っていても非効率と言う事で新しい教官がポルナレフの訓練へと宛てがわれた。同様に訓練による十分な成果を確認次第、日本へのフライト及び仲間の選任を行う事が決定。スタンド能力抜きによる純粋な肉体強化を並行として開始。

 

ポルナレフの肉体を徐々に完璧にしていくと言う考えの元、ここ最近まではずっとダムドとの訓練が行われていた。が、全文で言っているよう、今日から行われるは複合訓練。スタンドあり、スタンドなし、ハンデあり等の特殊的状況下における限定的な戦闘を主軸にその訓練内容を組み立てている。

 

火照る体に貫く光。官能的表現であるのではなく、純粋なる熱による肉体の火照り。外側から照射された太陽の熱に加え、有酸素運動と無酸素運動の中間とされる格闘技等の瞬間的かつ持続的な動きから持たされる体内の運動熱量による影響が関係している。さて、栄えある訓練の1回戦は──、

 

「ケビン・エヴァンズにJP・ポルナレフ。スタンド使用付き戦闘訓練を行います。両者、準備の程は問題ありませんか?」

 

「ああ、問題ねえぜ」

「いつでも始めちゃっていいよ」

 

────スピードワゴン財団の役員として働いているケビン・エヴァンズ。審判として立ち会っているダムドの準備完了の確認の声に対し、返る返事はほぼ同時に発せられる。

 

インバネスコートにディアストーカーハットを着こなす白人成人男性。身長は多く見積って170前後の平均的なサイズで筋肉量と脂肪量は比較しても平均以上。通称、探偵服と称されるコートに身を包み、想像以上に細身に思える肉体。

 

が、反対に肩等から伺える膨らみからは思いのほか、筋肉質であるのかもしれない。少なく見積もっても花京院レベルの筋肉はあるだろう。年齢の若さと肉体的な事を考え、そのタフネスさとスタミナの多さも同様程度と予測される。

 

「それでは合意の元、戦闘訓練を開始します。──始め」

 

「お──先にっだァ!」

 

ダムドから発せられる開始の合図。予測していたよりも早めの掛け声に尻込みしかけたが、相手──ケビンよりも一足早めに足を踏み込む事に成功。走り込みと同時にスタンドを出現させては攻撃のパターン及び標的箇所が疑われる。故に戦闘の始まりにおいては予期せぬ、予測できぬ一撃を重視。

 

速度と攻撃力が高く見込まれるシルバー・チャリオッツにおいて、一撃とは何よりも力を入れるべき大きなアドバンテージなのだ。若干の遅れを元に相手であるケビンも助走をつけているが、未だスタンドの出現なし。今回の勝負の条件は能力ありの互いに10mの距離を離してのスタート。

 

近づいてきている事から遠距離能力である可能性と条件達成型系の中距離型スタンドである事が選択肢から消去される。近づく事を、あるいは接触する事をトリガーとする能力ならば速度が早いチャリオッツに分があり、近距離パワー型であるとすれば、またこちらに分があると十分に言える。

 

1歩、また1歩と距離を縮めて至近距離接近まで約3m。チャリオッツの有効射程距離が約1mから2mであり、操作可能距離が5mから10m程度。射撃であれば、余裕を持って初期位置から行えていたが、先程も言った通りに一撃を命に戦闘を構築すべきだ。

 

「──! 『シルバー・チャリオッツ!!』」

 

そうこう考えを巡らせている間に有効射程距離の範囲内にケビンが入る。それ即ち、ケビンのスタンドも同様にこちらの体へと届いてくるというもの。スタンドを、あるいは本体を攻撃してくるかの2分の1であるが、防御を兼ねてカウンター狙いでスタンドを攻撃するのがもっとも有効的である。

 

有効射程距離内かつ互いの距離僅か1m。腕を伸ばせば指が触れ、絞め技による組み伏せすらも狙えるほどの至近距離。が、未だに互いにスタンド出さず。やはり、相手も同様、こちらと同じくカウンター狙いとされていたか。こうなってくると射撃のタイミングと言うのが難しくなってくる。

 

もはや互いに距離という概念は無いに等しく、スタンドの出現を見てから反撃というのも困難だ。それ故に先手が有利に思えるが、それは違う。一太刀を観測され、見極められてしまっては一巻の終わり。故に互いに手出しができない。とすれば──、

 

「しィ、しゃァあらぁ!」

 

ブォン!

 

「なっ⋯!」

 

大振りの回転蹴り。右を軸に左足を円上に振るい、回避や防御を誘う一撃。スタンドによる初撃後の後隙を苦悩するぐらいならば、本体による攻撃で対象を動かすが早いだろう。スタンド使用による戦闘訓練による1戦。その開幕は平凡な蹴りによって始まる。足首に直撃、痛みと運動エネルギーの変動にてバランスの崩壊。そして──、

 

シャンッ!

 

『シルバー・チャリオッツ!!!』

 

────刃は抜かれ、狙いを定める。行うは一撃、狙うは圧勝。勝敗はいかに。

 

 

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