ふつつかな悪女たち ―消えた蝶と二匹の鼠―   作:京安藤しーぷ

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第五章 から回る言い訳

御前の間に引き据えられた二人を、詠尭明は苦い顔で見下ろしていた。玉座の傍らには、昨夜と変わらぬ厳しい面持ちの冬雪も控えている。

 

「もう一度問う。玲琳をどこへやった」

 

先に応じたのは、玲琳を騙る慧月だった。昨夜とは打って変わり、丁寧な物腰と、涙を滲ませた声音を心得たように作っている。

 

「お兄様……わたくしが、玲琳にございます。どこへやったなどと、あんまりなお言葉です」

 

「ならば聞く。乞巧楼(きっこうろう)で何があった」

 

「突き落とされたのだと思います。落ちる前、背後に慧月様がいらしたことだけは、覚えております」

 

「では、朱慧月がお前を突き落としたと言うのだな」

 

「そこまでは……はっきりとは、分かりません」

 

慧月は言葉を濁す。断言はしない。ただ、疑いの種だけを、そっと蒔くように。

 

「ならば、なぜお前は朱慧月と同じ顔をしている」

 

「それは……わたくしにも、分かりません。ただ、あの方が、何かなさったのかもしれません」

 

「何か、とは。術の類か」

 

「わたくしには、なんとも……」

 

尭明の眉間の皺が、一段と深くなる。

 

「仮に、お前の言うとおり朱慧月が何かをしたとしよう。だが、それでは筋が通らぬ。お前が玲琳で、顔を奪われたのなら、奪った側が玲琳の顔をしているはずだ。だが、どちらも朱慧月の顔ではないか。玲琳の顔は、どこへ行った」

 

「玲琳様のお顔だけが、どこにも残っておりません」冬雪が、静かに口を挟んだ。

「ずいぶん都合の良い術ですこと」

 

「……それは」

 

慧月の視線が、ほんの一瞬泳いだ。想定していなかった問いだったのだろう。用意していた言葉の在庫が、そこで底をついたのが分かった。

 

「わ、わたくしにも、術のことは分かりかねます。あの方の力が、及ばなかったのかもしれません。途中で、失敗して……」

 

苦しい言い逃れだった。尭明の目に、明確な不信の色が浮かぶ。

 

「では、そちらに聞こう」

 

矛先が、玲琳へと向いた。

 

「お前は、あの女が何をしたか、見ていたはずだ。答えよ」

 

玲琳は、静かに息を吸った。ここで語れることは、多くない。だが、嘘をつく必要もなかった。

 

「わたくしには、何も分かりません。突き落とされたと思った直後に意識が途切れ、目を覚ました時には、見知らぬ天井を見上げておりました。その間に何があったのかは、覚えておりません」

 

「覚えていない、だと? 都合が良すぎるとは思わぬか」

 

「都合が良いとは思いません」

 

玲琳は、静かに続けた。

 

「もし術のようなものが用いられたのだとすれば、その最中の記憶が失われていても、不思議ではないでしょう。わたくし自身、こうして話しながらも、何一つ確かなことが言えぬのが、もどかしくてなりません」

 

それは、慧月を庇うつもりで発した言葉ではなかった。ただ、自分に分かっていることをそのまま述べただけだった。だが、その実直な物言いは、皮肉にも先の慧月の証言、つまり「術によって何かをされたのかもしれない」という筋書きに、意図せず沿う形になっていた。

 

尭明は、しばし黙り込んだ。二人の証言は、互いに食い違いながらも、どちらも決定打を欠いている。「術が使われたかもしれない」という一点でだけ、奇妙に噛み合っていた。

 

「……埒が明かぬ」

 

 

長い沈黙の後、尭明はそう吐き捨てた。

 

「獣尋の儀にかけるべきか」

 

その一言に、慧月がはっきりと顔を強張らせた。だが玲琳は、不思議と取り乱すことはなかった。物心ついた頃から幾度となく死の淵を覗き込んできた身にとって、死というものは、今さら怯えるほど目新しいものではなかった。ただ静かに、まだ何も終わっていない、と自分に言い聞かせるだけだった。

 

「お待ちください」

 

低く、しかし迷いのない声が割って入った。広間の端に控えていた武官の一人、尭明とは異母の間柄にあたる鷲官長の辰宇だった。

 

「今この状況で、どちらが玲琳様かも定かでない中、儀にかけても玲琳様は戻りません。無実の者を檻に放り込むだけになりかねません」

 

「無実ならば、獣は襲わないだろう」

 

尭明は、感情を押し殺した声で切り返す。

 

「ですがしかし」

 

辰宇は一歩前へ出た。その眼差しに、退く気配はなかった。

 

「万にひとつ、獣の気まぐれで無実の者が傷つけば、取り返しがつきません。それに、獣がどちらを襲おうと襲うまいと、それで玲琳様の行方が分かるわけではございません。手がかりを、自ら潰すことになりかねません」

 

尭明は、拳を握りしめたまま、しばし沈黙した。

腹の底では分かっていたのだろう。今この状況で儀を強行したところで、失われた玲琳が戻ってくるわけではないと。

 

「……分かった。儀は見送る」

 

尭明は、忌々しげに続けた。

 

「しばらくは、様子を見る。二人とも、朱駒宮にて謹慎とする。次に妙な真似をすれば、その時は容赦せぬ」

 

言い渡すと、尭明は踵を返した。それ以上、誰の顔も見ようとはしなかった。

 

御前を辞す道すがら、玲琳の隣を歩く慧月が、小さく舌打ちする声が聞こえた。

 

「……助かった、なんて、思ってないから」

 

誰に向けた言葉なのか、玲琳にもよく分からなかった。





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京安藤しーぷです。

6章からは隔日更新になります。

次回は10月3日ぐらいに投稿する予定です。

よろしければ、評価、感想等お待ちしております。

ここまでご覧になっていただきありがとうございます。
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