ふつつかな悪女たち ―消えた蝶と二匹の鼠―   作:京安藤しーぷ

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第六章 旧食糧庫と逃げる慧月

案内に立った女官は、二人を先導しながら振り返り、そこで初めて足を止めた。同じ顔をした朱慧月(しゅけいげつ)が、二人並んでいる。信じ難いものを見るように、女官の目が幾度も往復した。

 

「……お二人、とも……?」

 

掠れた声だった。だが、それ以上の詮索は許されなかったのか、あるいは自ら呑み込んだのか、女官はすぐに表情を引き締め、何事もなかったかのように歩みを再開した。

 

「あなたのお名前は」

 

玲琳が静かに問うと、女官の眉が、わずかに不服そうに動いた。この一年、仕えてきた主(あるじ)から、今さら名を尋ねられるとは、思ってもみなかったのだろう。

 

「あなたの側付きの女官よ。名前は確か。り・・・・・・」

 

答えかけて、やはり覚えていないのか途中で慧月は黙ってしまった。

 

「あんたにとって私はその程度だったんですね。・・・莉莉(りーりー)です。」

 

「あっ。そうそうそんな名前だったわ。」

 

 

無地の衣を纏った、もう一人の慧月は悪びれもせずに言ってのける。莉莉が答えあぐねているのを見かねてか、あるいは苛立ちを紛らわすためか、ぶっきらぼうな口調だった。

 

 

莉莉は、二人の慧月を交互に見やった後、諦めたように小さく息をつくと、再び先へと歩き出した。

 

朱駒宮(しゅくぐう)の門をくぐってすぐ、莉莉は表の御殿とは真逆の方向へと二人を導いた。

 

「ちょっとどこに向かってるのよ。朱慧月の部屋に案内しなさいよ。」

 

「案内しますよ。大人しく着いてきてください。」

 

行き着いた先は、朱駒宮の端に忘れられたように建つ、旧食糧庫だった。

 

「……ここが?」

 

慧月の声には、隠しきれない苛立ちがあった。

 

「謹慎の身の上でございますので。本殿にお部屋をご用意するわけには参りません」

 

莉莉は、抑揚のない声でそう告げると、扉の前に立ったまま、動こうとはしなかった。

 

扉を開けた先は、埃と黴の匂いが立ち込める、荒れ果てた小屋だった。棚には朽ちかけた木箱が積まれ、床の隅には、いつからか放置されていたらしい麻袋がいくつも転がっている。その隙間から、力なく伸びた蔓のようなものが、白い芽を覗かせていた。

 

「冗談じゃないわ」

 

慧月は吐き捨てるように言うと、身を翻して外へと駆け出した。行き先は明らかだった。かつての自分の部屋――今は誰も住んでいないはずの、本来の居所だ。

 

「お待ちください、慧月様!」

 

「玲琳よ」

 

莉莉が慌てて後を追う。追いついたのは、旧食糧庫からさほど離れていない渡り廊下のところだった。莉莉が腕を掴むと、慧月は苛立たしげにそれを振り払おうとする。

 

「離しなさいよ!」

 

「離しません。戻っていただきます」

 

そう言った莉莉の声には、それまでの機械的な響きとは違う、剥き出しの棘があった。

 

 

「いい加減にして、あんたが事件を起こしたせいで、あたしにも迷惑がかかってんだよ。あんな廃屋で世話をしろって言うの? これじゃあ、私まで死ねと言われているのと同じだわ」

 

「な、何よ、それ」

 

「どうせ、黄麒宮の雛女様(ひめさま)を突き落として、始末しようとしたんでしょう。その挙句がこの有様」

 

「ひっ・・・」

 

「今さら怯えたような顔しないでよ」

 

莉莉は、堰を切ったように続けた。

 

「私のこと、散々馬鹿にしてきたじゃない。卑しい踊り子の娘だ、下賎の血が交じった女官風情が、って。それが今度は、自分が痛い目を見る番になったら、そんなに怯えるの? 何驚いてんのよ、おかしいでしょう、それ」

 

慧月は、言葉に詰まった。図星を突かれたのか、あるいは単に予想外の反撃に怯んだのか、その顔からは判じかねた。

 

「……知らないわよ、そんな昔のこと」

 

「昔のことじゃないわ。ついこの間のことよ」

 

莉莉は、それ以上言葉を重ねなかった。ただ、掴んだ腕を離さぬまま、無言で慧月を引き摺るようにして、旧食糧庫の方角へと歩き出した。

 

旧食糧庫が見えてくる少し手前で、莉莉は足を止めた。

 

莉莉は、慧月の顔を見据えて、低く続けた。

 

「逃げたければ、お好きにどうぞ。ただし、尭明(ぎょうめい)殿下は、次に妙な真似をすれば容赦しないと仰せでした。謹慎の身で持ち場を離れたと知れれば、今度こそ獣尋(じゅうじん)の儀ですよ」

 

慧月の顔から、さっと血の気が引いた。反論しようと開いた唇は、しかし何の言葉も結べないまま、悔しげに噛みしめられる。もとより、逃げ込める場所など、どこにもなかった。

 

「……分かったわよ。待てばいいんでしょう」

 

吐き捨てるように言うと、慧月は戸口の脇にしゃがみ込み、膝を抱えた。逃げ出す気力は、もう残っていないようだった。

 

莉莉は、その姿を確かめてから、一人、もと来た道を少し戻った。忘れ物でもしたような素振りだったが、実のところ、行く手の古い建物の陰で白練の衣が揺れているのに、先ほどから気づいていた。それが上級女官の色であることも、莉莉は知っていた。

 

近づくと、人気のない古い建物の陰に、白練の衣の主が立っていた。

 

「莉莉、と言ったかしら」

 

声をかけてきたのは、金家に連なる家柄という、上級女官の雅容だった。莉莉はぎくりと肩を強張らせ、深く頭を垂れる。会うのは、これが初めてのことだった。

 

「あの二人の様子を、少し見てほしいの。……ああ、それと」

 

雅容は、扇の陰でわずかに口角を上げた。

 

「少しばかり、居心地を悪くして差し上げなさい。何、大したことじゃないわ。雛宮のドブネズミが、これ以上図に乗らないようにね」

 

雅容は懐から、細工の施された簪を一つ取り出し、莉莉の方へ差し出した。

 

「これで、足りるかしら」

 

莉莉は、それを見て一瞬たじろいだ。分不相応な品だと、すぐに分かった。得体の知れない厚意を受け取ることの恐ろしさの方が、勝った。

 

「……身に余ります。頂戴するわけには」

 

「そう」

 

雅容は、興が削がれたように呟くと、一歩、莉莉との間合いを詰めた。かすかに香が匂い立つ。そのまま懐から小さな布袋を取り出し、莉莉の足元へ無造作に放った。かさりと乾いた音がして、袋の中身――米だと、莉莉にはすぐに分かった。

 

「なら、こちらの方が性に合うでしょう」

 

言うだけ言うと、雅容は音もなく建物の陰へと消えていった。莉莉は、放られた袋を拾い上げることもできぬまま、しばしその場に立ち尽くしていた。

 

やがて我に返り、米の袋を懐に押し込むと、莉莉は待たせていた慧月のもとへと戻り、再び旧食糧庫への道を歩き出した。

 

 

 




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追記のあとがきです

いつもご覧になってくださってありがとうございます。

活動報告にも書きましたが、





申し訳ありません。3日後ずつ投稿になるかもしれません。



7章 10月6日 ほぼ内容は固まっている 本文もある 追加訂正 キャラクターの訂正があるか

8章 10月9日? ほぼ内容は固まっている 本文もある

9章 10月12日? 量が少ない、 仮本文がある

10章 10月15日? 量が少ない、 仮本文がある 


数字は今後遅くなる可能性があります。
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