もう半袖で寝れないです。
ライアが空間魔法の穴の中へと姿を消し、この地下空間には激しい落下の風音と、ガラガラと崩れ落ちる岩の砕ける音だけが響いていた。
「……逃げられましたか。さて、このままだと確かに無事では済みませんね」
万全の状態であればそのまま着地しても助かっただろうが、今は胸に深い傷を負っている為、強い衝撃が加わると傷が裂ける恐れがある。
そして残念ながら、私の使える魔法でこの窮地を乗り越えるのに適している物に心当たりは無い。
そうこう考えているとついに地下空間の底が見え始め、いよいよ猶予が無くなってきた。
「仕方ありませんね……すみませんが皆さん、着地任せました」
打つ手が何も無いので素直に諦め、私はサーヴァント達に身を委ね、何もせず空中で体を横に向ける。
「当方は上の瓦礫を対処する」
「私はマスターの保護をします」
すると、聖杯の中からシグルドとケイローンが顕現し、それぞれの役割を果たすべく素早く動き出した。
真上から降り注ぐ巨大な岩塊や瓦礫の群れに対し、シグルドがグラムから魔力を放出して薙ぎ払う。凄まじい衝撃が迫り来る瓦礫を一瞬にして粉砕・蒸発させ、私の上に降り注ぐはずだった質量を綺麗に排して見せた。
一方、ケイローンは卓越した身体能力で空中を駆けるように跳躍すると、落下する私を傷口に障らないよう、驚くほど柔らかく滑らかな所作で抱きかかえ、見事に着地を決める。
「大丈夫ですかマスター?」
「はい、ありがとうございます。お二人のおかげで助かりました」
私はケイローンの腕から体を起こして立ち上がり、シグルドとケイローンにお礼を述べる。
2人にとってサーヴァントとしてマスターを守るのは当然の事ではあるのだろうが、感謝をしないのは無礼に当たる。
こうして何とか生き残った私だが、やはり先程の男が脳裏から離れない。
「あのライアと言う方……とんでもない強さでした。途中までは拮抗していましたが、まだ底があったとは」
ライア———彼の強さは間違いなく魔法騎士団の騎士団長とタメを張るレベルであり、膨大な魔力と、他者の魔法を模倣し、複数属性の魔法を自在に操る圧倒的な戦術の幅。
今回は相手も早期決着を望んでいたかつ、崩落というアクシデントがあったからこそ撤退してくれたが、万全の状態で本気を引き出されていたら、今の私一人では間違いなく命を落としていただろう。
戦闘状態が終わった事で集中状態が途切れ、途端に胸元の傷口から焼き尽くすような激痛と強烈な眩暈が襲いかかってきた。
「ぐっ……、そう言えば死にかけなのでした。アスクレピオスさん……治療をお願い出来ますか?」
私の呼びかけに答え、アスクレピオスが医療機器を持って興奮気味に私の前に現れる。
「待ちわびたぞ。光魔法による裂傷……どういったものか気になっていたのだ」
「患者を前にして随分と楽しそうですね……」
「当然だ。未知の症例は医学の発展に不可欠だからな。安心しろ、治療中に死なせるつもりはない」
私は苦笑いを浮かべながら、アスクレピオスの治療を受けるためにその場へ腰を下ろした。
シグルドは敵の増援を警戒して私のそばに立ち、ケイローンは地下からの出口が無いか捜索に向かってくれた。
「お願いがあるのですが、重傷の痕跡は残しつつ、命に別状はない程度に治療していただけませんか?」
「……ほう、珍しい注文だ。まぁ、理由は何であれ聞き分けのいい患者からの要望だ。可能な限り応えてやろう」
アスクレピオスはそう言うと、私の胸元に視線を落とし、手際よく医療器具を並べ、治療を始める。
麻酔なしなのでかなり痛いが、我慢できない程では無い為、私は隣にいるシグルドに声をかける。
「先程の戦闘を見ていたと思うのですが……皆さんを召喚していれば勝てましたか?」
私の質問に対してシグルドは少し考える素振りをすると、静かに口を開く。
「当方やケイローン殿、あるいは他の戦闘可能な英霊が一人でも加勢していれば、討ち取り捕縛することが出来たと考える」
シグルドの声には一切の誇張も慢心もなく、ただ揺るぎない事実として客観的な分析が示される。
サーヴァント達の力は長年共にしている私から見ても規格外であり、特定の条件や相性次第では恐らく魔法帝にすら匹敵する力を持っている。
「だがマスター。仮に我々が出て彼を捕縛出来たとしても、今度は我々の存在が露見する上に貴殿の立場が危うくなる事は明白だ」
「そこなんですよね……先の戦闘中も何度か考えましたが、一度でも誰かに知られたら、今の立場や秘密を守り通すことは難しいですからね……」
今回は英霊の力を借りる事なくライアの底力を知ることができたが、こちらは大きな代償を払う羽目になり、ライアを捕らえる事も出来なかったので、最善の結果ではなかったかもしれない。
「でも、それはそれとして、この負傷やこの遺跡の崩壊を上手く利用すれば、良い方向には持っていけそうです。何せ……私を含め魔法騎士団はこの組織について知らない事が多すぎますから」
「……成程、彼らの脅威を周知させる為か」
私の意味不明な言葉にシグルドは即座に理解を示し、先程アスクレピオスに傷を残すようにお願いした理由を言い当てた。
今回の任務で判明したライアの所属する組織は謎が多く、構成員の人数も、目的も、そしてどれほどの戦力を有しているのかも分かっていない。
しかし、そんな中で『黒の暴牛の副団長が重傷を負って命からがら生還した』という情報が入り、実際にこの遺跡の惨状を確認して貰えば、団長クラスに匹敵、あるいはそれ以上の脅威が潜んでいる敵対組織がいると上層部に認識させる事が出来る。
そうなれば騎士団本部は組織の調査に本腰を入れ始め、情報収集や警戒態勢の強化にも繋がり、組織の全貌が掴みやすくなる筈だ。
そうして話をしている最中に、アスクレピオスが完璧に治療を施し、その手に持っていた医療器具を片付けながら立ち上がる。
「よし、これで治療完了だ。傷跡も指定通り十分なものを残しておいたぞ」
「……ありがとうございます、アスクレピオスさん。また怪我をしたらお願いします」
私は胸元に残る凄まじい痛々しい傷跡を確認しながら、苦笑混じりに深々と頭を下げた。
アスクレピオスが淡い光となって聖杯へと戻ると同時に、地下空間の捜索に向かっていたケイローンが静かな足取りで戻ってきた。
「マスター、出口についてですが……向こうに地上へ繋がる通路がありました。この隠し空間自体、元々何らかの非常通路として機能していたようです」
ケイローンが指し示した暗闇の奥には、崩壊を免れた石造りのアーチ状の抜け道がひっそりと佇んでいた。
「助かります、ケイローン先生。では、地上まではその通路を使いましょうか」
「承知しました。……では、我々は役目が終わりましたので、聖杯へ戻らせてもらいます」
「ええ。お二人とも、迅速な救援ありがとうございました。本当に助かりましたよ」
「それが当方らの役目だ。マスター、次なる戦いまで息災でな」
シグルドとケイローンは静かに頷くと、その輝く肉体を粒子へと変え、再び聖杯の中へと姿を消していった。静寂を取り戻した広大な地下空間に、一人残された私の足音だけが静かに響く。
胸元の服は派手に切り裂かれ、その隙間からは痛々しい傷痕が覗いている。
治療のおかげで出血はしないが、外から見れば痛々しい姿そのものだ。
「よし……準備も完璧ですね」
私は小さく息を整えると、ケイローンの教えてくれた隠し通路へと足を踏み入れた。
長い螺旋階段を上り詰め、崩落の衝撃で半壊した地上近くの隠し扉を押し開けると、そこは先ほどまで戦っていた遺跡——その崩壊現場の目と鼻の先であった。
「あ、あそこ! 奥の扉から誰か出てくる!」
「待って……まさか、あの姿……!」
地上に出た直後、聞き覚えのある声が耳に届く。
視線を向ければ、青ざめた表情のフィンラルとヴァネッサが、信じられないものを見るような目でこちらを注視していた。
「……ヴァネッサさん、フィンラルさん……ご無事でしたか」
私は掠れた声を装いながら、フラつく足取りで二人の方へと歩み寄る。わざと膝の力を少し抜き、倒れ込むような素振りを見せると、二人は悲鳴に近い声を上げて駆け寄ってきた。
「ちょっと、大丈夫!?て、すごい血じゃないの……! 胸の傷、それ……!」
「重傷ではありますが、問題ありません……応急処置もしましたし、アジトにある回復薬を使えば数日で完治しますので、ご心配しなく」
ヴァネッサが慌てて私を支え、その手で胸元の酷い傷跡と血痕に触れて息をのむ。彼女の瞳には、私の無事に対する安堵と、想像を絶する死闘を物語る傷痕への戦慄が混ざり合っていた。
「この傷だとご飯には行けませんね……すいません、約束破る事になってしまって……」
私は自嘲気味に息を吐き出し、胸元の傷痕を隠すように力なく頭を下げた。
「本当に……バッカじゃないの!? 無事でいてくれただけで十分よ!」
「そうだよクリス君!ほんっとうに無事でよかった……! もし君がいなくなったら、俺、誰にナンパの尻拭い頼めばいいのか……っ!」
「フィンラルさん、最後の一言が台無しです……それに、私はそう簡単に死にはしませんよ」
二人は命がけで逃げ延びた私の無事を心から喜んでくれている。だが、私の心は逆に彼らに対する罪悪感で満たされていた。
「ごめんクリス君。俺たち……君の先輩なのに逃げる事しか出来なくて」
「全部アンタに背負わせて、何も……何もできなかった……!」
「自分を責めないで下さい。そもそもお二人に逃げるように命令したのは私なので、全て私の責任です」
静まり返った崩壊現場の空気の中、私は努めて穏やかな声でそう語りかけた。
「だけど……!」
フィンラルが言葉を詰まらせ、ヴァネッサも悔しそうに拳を強く握りしめている。
彼女たちの表情には、私を護れなかったことへの激しい悔恨が滲み出ていた。だが、私からすれば二人が無事に脱出し、敵の情報を持ち帰る目処が立っただけでも十二分に重い成果なのだ。
「悔しいのは理解しますが、それは私もですよ。今回の任務では敵の情報を十分に得られず、挙句の果てには相手を取り逃がしてしまいました。私としても、決して満足のいく結果ではありません」
正直に言って私は自身の強さに納得した事は一度もなく、今回のライアとの戦闘もまた、自分の未熟さを痛感させられる結果となった。
「……なので、私達はもっと強くなりましょう。……次に相見えた時、今度こそ後悔を残さないために」
静かに告げた私の言葉に、ヴァネッサとフィンラルは息を呑み、力強く頷いた。
二人の中にあった罪悪感は消えたわけではない。だが、その悔しさは確実に「強くなるための糧」へと変わっていた。
「貴方の言う通りね。こんなところで凹んでる暇があったら、もっと酒でも飲んで鍛え直さなきゃ……!」
「そうだね……! 俺も逃げてばっかりじゃなく、もっとみんなをサポートできるように空間魔法の腕を磨くよ!」
「ええ、その意気です。二人とも、素晴らしい心構えですよ」
彼らの眼光に宿る闘志を確認し、私はマスクの下で満足げに笑みを浮かべた。
役者は揃い、必要な種も蒔いた。あとはこの事実をしかるべき場所へ持ち帰るだけだ。
「それはそうとまずはアジトに戻りましょう。ヤミ団長にもこの件を報告しなければなりません」
「ええ、そうね。フィンラル、アジトへ繋ぐ空間魔法を出して」
「了解! アジトに着いたらすぐ休んでよね!」
そうしてアジトに戻った私だが、重傷で帰ってきた事で団員達から心配の声も上がり、珍しくヤミ団長も真剣な顔で報告を聞いてくれた。
ヤミ団長は素行は最悪だが、こういった有事における判断力や、団員を守るための決断力は確かなものがある。
普段の怠惰な振る舞いからは想像しにくいが、彼は魔法騎士団の団長を務めるだけの実力と器を持っているのだ。
その後は医務室に送られ、しばらく絶対安静という事で、書類仕事も一切禁止されてしまった。
その分ヤミ団長やフィンラル達が対応してくれていたが、普段からそれくらいの働きぶりを見せてくれれば、私としても非常に助かるのですが……まぁ、今回ばかりは素直に感謝しておきましょう。
◇
3日後
黒の暴牛のアジトにある私の執務室は、書類の山と静寂に包まれていた。
アスクレピオス特製の回復薬のおかげで胸の傷は綺麗に塞がり、日常生活に支障がない程度には動けるようになったので、本日から仕事を再開したのだ。
机の上には、本部の取調室から極秘裏に回されてきた報告書が広げられている。
(……やはり、捕獲した構成員たちは重要な情報は持っていませんでしたか。しかし、『白夜の魔眼』ですか……)
遺跡で捕らえた構成員たちは下っ端に過ぎず、組織の全貌は把握できなかったが、唯一判明したのは、白夜の魔眼という組織名と、クローバー王国に対する深い憎悪を糧に動いているという事実だけだった。
ひとまず組織名だけでも掴めたのは大きな進展だと言い聞かせ、残りの書類に目を通して行くと、1つの書類が目に止まった。
「これは三人が行った魔宮探索の報告書……ですか」
そこには、ラック、アスタ、ノエルたちが赴いた魔宮探索の顛末が詳細に記されていた。
実は私が医務室に連れていかれた後、しばらくして腹部に大きな怪我を負ったボロボロのアスタが運び込まれてきたのだ。
聞いた話では、魔宮内でダイヤモンド王国の魔導士と戦闘になり、合同任務として来ていた金色の夜明けの団員達との共闘によって打ち倒したが、最終的には魔宮が崩壊したとの事だ。
アスタは激闘の最中に重症を負ったものの、その場にいた金色の団員の回復魔法によって一命を取り留め、アジトへと送還されてきたのだった。
傷の方はアスクレピオスにも見てもらったが問題はないらしく、体力の回復のため、この3日間アスタは殆どの時間を睡眠で過ごしている。
(アスタさんも相当な死闘を潜り抜けてきたようですね。……ですが、ダイヤモンド王国の魔導士を退け、帰還したというのは実に素晴らしい成果です)
報告書を読み進める中で、私はある記述に目を留めた。
それは今回アスタ達が戦ったダイヤモンド王国の魔導士についてで、1人は奈落のロータスと呼ばれる煙魔法の使い手で、何度も侵略軍としてクローバー王国の魔法騎士達と渡り合ってきたベテラン魔導士。
そしてもう一人は、ダイヤモンド王国が誇る魔導学の非人道的な人体実験によって鉱石魔法と炎魔法を使えるように改造された魔導戦士のマルス。
彼について個人的に思う事はあるが、どれだけ悲惨な過去を持っていようと、敵対する存在であるならば容赦するつもりはない。ただ、アスタたちがその死闘を制し、無事に生還してくれたことだけは素直に喜ぶべきだろう。
報告書を綺麗に整えて机の脇に置くと、私は背もたれに深く体を預け、凝り固まった首を軽く鳴らした。
「きゃああああっ!?」
少し休憩しようとした矢先、外からノエルの悲鳴が聞こえた。私は即座に思考のスイッチを切り替え、椅子から立ち上がった。
「全く、休む暇もありませんね……今度は何の騒ぎでしょう」
仮面の奥で溜息を漏らしつつも、足取りには一切の迷いがない。扉を開けて廊下へ踏み出すと、騒動の中心地であるロビーからボカボカ、ドコドコと物騒な打撃音が響き渡っていた。
「パンはパンでも食べられないパンら!」
「変態に遭遇するなんて災難だったわねノエル」
「うぅ〜……」
「この変態野郎が、ウチの団員に何するつもりだったんだ?あぁ!」
「ご、誤解なんだ。追い剥ぎにやられて……」
そうしてロビーの様子を伺うと、そこには赤毛で半裸の変質者が全員からボコボコにされて縄で括られていた。
(どういう状況でしょうこれは……え?)
いつもとは違う展開に戸惑いつつも、私はその変質者の顔を見た瞬間、思わず思考が止まり、息が詰まったような衝撃を受けた。
(は!?……な、何で貴方が?見間違うはずがない……ファンゼル・クルーガー!何故貴様がこんな所にいる!)
ファンゼル・クルーガー。かつてダイヤモンド王国軍で指揮官を務めていた男であり、その実績と能力はクローバー王国の上層部にも知れ渡っており、超重要人物として記録されている。
そんな男が何故か半裸で縛られ、変質者として黒の暴牛の団員達からリンチに遭っている。
(マジでどういう状況ですか!?)
あまりにも予想外すぎる状況に、私は仮面の中で思わず絶句し、思考がフリーズして宇宙猫のようになってしまった。
危ね〜もうちょっとでそのまま王都編に突入してた。
暴牛の書読んで復習しなきゃ。