アスタが入団した次の日、私は夜まで自室にこもって溜まった書類の処理を行なっていた。
「おかしいですね。確か半分くらいは片付けたはずなのですが……」
机の上に視線を落とすと、そこには依然として鎮座する大量の書類。依頼報告、被害補償、備品申請、個人的なやり取り、そして新たに提出される始末書。特に最後のやつは大体ヤミ団長が原因だ。あの人団長なのに何してんだろう。
これ以上の労働は明日に響きそうなので、最低限の緊急性の高い書類だけを整理していると自室の扉が開かれ、入ってきたのはマグナだった。
「マグナさんが来るとは珍しい、何か私に用ですか?」
「夜遅くにすんません。クリスさんに渡したい物があるんすけどいいっすか?」
「渡したい物ですか、その手に持っているローブと関係が?」
私がそう尋ねると、マグナは肯定するように手に持っていた黒の暴牛のローブを差し出して来た。
「実は今回入団した王族の野郎がこんな団願い下げだって……ローブを捨てて行きやがったんです」
「確か、ノエル・シルヴァさんでしたか?」
ノエル・シルヴァ――クローバー王国王族の1つシルヴァ家。その現当主であり魔法騎士団"銀翼の大鷲"の団長、ノゼル・シルヴァ団長の3つ下の妹との事だ。
そんな彼女だが、何故かノゼル団長から黒の暴牛に入れて欲しいと頼まれており、謝礼金も貰えるとの事なので団長が入団を許可したのだ。(なお、その謝礼金はすでにギャンブルで消えたらしい)
「ノゼル団長からの頼みな上、謝礼金ももらってる以上、下手に団を抜けさすのは難しいですね。とりあえずこのローブは私が預かって、明日彼女と話してみます」
「すみませんクリスさん。お忙しいのに負担をかける事になって」
「気にする必要はありません。彼女とはまだ直接会っていないので丁度いい機会です。とりあえずこの件は私に任せて今日は休んで下さい」
「はい!クリスさんもお疲れです!」
軽く笑みを浮かべながらマグナからノエルのローブを受け取った私は事務室に戻って空いた机にローブを置いた。
とりあえずはノエルがどうしたいのか知る事が大事だ。事情は知らないが銀翼の大鷲では無くこちらの団に入れられている時点で訳ありだろうし、そこら辺も込みで明日に話を聞けたらいいだろう。
そう決めた私は軽く書類を整理した後、風呂で体を洗い流し、ベッドに横たわって眠りについた。
◇
次の日の朝、セットしためざまし時計の音で目が覚める。睡魔に襲われながらも私はベッドから起き上がって服を着替えて軽く部屋を掃除していると、昨日マグナから貰ったノエルのローブが目に止まった。
彼女が黒の暴牛を抜けたいと言うなら意志を尊重して止めはしないが、彼女の入団はノゼル団長の意思でもある為ややこしい所である。
「どうしたものですかね……ん?」
ローブを手に取り考えに耽っているとアジトの外から膨大な魔力を感じ取り、何事かと思い外を見ると、巨大な水の塊が周りを無差別に破壊しているのが確認出来た。
一瞬アジトへの襲撃とも考えたが、あの魔力量であれば皆が寝ている夜中に攻撃すれば甚大な被害を出せた筈なのでその可能性は低いだろう。
そしてあの感じ、魔力を制御出来ずに暴走している可能性が高い。
「一体誰ですか?朝っぱらからこんな派手に……」
状況確認をしようとローブを持ったままアジトを出ると、黒の暴牛の面々も既に様子を見に来ており、水の塊に目を向けると中に少女が1人飲み込まれていた。
恐らくこれは彼女の魔法のはずだが、やはり制御出来ていないようだ。
(この圧倒的な魔力量にシルヴァ家特有の銀髪。彼女がノエルさんでしょうか?いや、今はアレを何とかしないとまずいですね)
ノエルの魔力自体は凄まじいが、現状は完全に制御不能。このままでは彼女自身が溺死するか、魔力の暴走に耐えきれず身体が壊れてしまう。
もちろん、周りの森やアジトへの被害も無視できない。かと言って下手に攻撃すれば、中にいるノエルもただでは済まない。
「フィンラル、空間魔法であいつだけ取り出せない?」
「無茶言わないで下さいよヤミさん、あれじゃ近づけないですよ!」
「ならクリス、お前水属性に相性良いんだから何とか出来ねぇの?」
「やりようはありますが、彼女の安全は保証出来ません。ヤミ団長の魔法でも流石にアレは吸収できませんよね?」
「無理だな、どこかに魔力を無効化出来るヤツとかいればな……」
「あ〜〜〜れ〜〜〜!」
どうしたものかと悩んでいると、アスタが何故か上空から飛んできた。それを掴み取ったヤミ団長が丁度良いとアスタにあの水の塊をどうにかしてこいと命令した。
確かに、アスタのあの剣であれば魔法を無効化できるので適任だが、あそこまで届かせる方法を彼はヤミ団長に問いかけている。
「ゴチャゴチャ言うな。今ここで限界を超えろ!」
ヤミ団長はアスタを持った手を振りかぶって、水の塊に目掛けてそのままアスタを放り投げた。
「オオー!」
とんでもない膂力で投げ飛ばされたアスタはその勢いのまま剣を取り出して見事に水の塊の中心を切り裂き、巨大な水は霧散するかのように周囲に飛び散った。
ノエルは水から解放されたが、重力に従い虚ろな表情で落下していく。
(あ、死んだ……)
それはアスタも同じでありこのままでは2人とも自由落下でお陀仏になるだろう。
「フィンラルさん!」
「わかってるよ!」
すると、空中にフィンラル先輩の空間魔法が現れて2人を飲み込み、アジトの空間と繋がり横滑りで2人が現れた。
「グエ〜〜〜ッ!」
地面を転がった2人だが、地面に叩きつけられる前に無事にフィンラル先輩の魔法で救出されたのだ。
アスタは即座に起き上がりフィンラル先輩にお礼を言っているがノエルは魔力暴走の反動かすぐに起き上がれないようだ。
「成程……」
その姿を見て私は何と無くだがノエルが黒の暴牛に入れられた理由がわかった。
私は彼女に近づき、自身の推察を皆に聞こえる様に言い放つ。
「王族の方々は生まれつき圧倒的な魔力とそれを扱うセンスのある者ばかりですが、貴方は明らかにその限りでは無い。つまり、魔力コントロールが出来ない王族の出来損ないとして、厄介払いで黒の暴牛に入れらたという訳ですか?」
「ッ!」
私の予想を聞いたノエルは心当たりがあるのか少し体がピクリと震えた。
前にも言ったがこの世界では魔法が全てであり、魔力に関する能力が高ければ高いほど認められる。その逆も然りで、魔力に関する才能が無いほど周りからは軽蔑される。
そんな世界で1番才能を持って生まれる王族でありながら魔力のコントロールが出来ない者がいれば、その人物が周りからどう扱われるなど語るに及ばないだろう。
「おい、お前!」
アスタがノエルに向かって何か言いたい事があるのか呼びかける。
(またバカにされる……)
ノエルの脳裏に恐怖と屈辱の色が浮かんだ。これまで散々経験してきた、王族でありながら「出来損ない」と蔑まれる瞬間だ。彼女は身を固くして、続くであろう冷たい言葉を怯えて待った。
「お前なんちゅう魔力持ってんだよ!すっげぇな!」
「えっ?」
ノエルは思わず顔を上げる。彼女の予想とはかけ離れた、純粋な驚きと賞賛が込められた言葉だった。
「特訓して自在に扱えるようになれば無敵だな、ノエル!」
アスタのまっすぐで淀みのない言葉に、ノエルは完全に虚を突かれていた。彼女を罵るでもなく、軽蔑するでもなく、純粋に彼女の持つ確かな素質を褒めていた。
生まれてから何一つ認められなかった彼女にとってそれは信じられない事だった。
「何だ魔力がコントロール出来なかっただけかよ。早く言えよ出来損ない王族」
ノエルの境遇を聞いたマグナや黒の暴牛の面々が歩いてくる。
「俺達は出来損ない集団"黒の暴牛"だぞ。テメーの欠点ごとき、どーってこたねぇんだよバカタレ」
そう言われたノエルは顔を上げて私たち黒の暴牛の団員達を見つめる。
「とにかく無事でよかったねぇ~ところで美味しいパスタの店があるんだけど今度一緒にどう?」
「その前にとりあえずコレ食べてみ?な?」
「私も魔力のコントロールだけは超得意だから教えてあげるわよぉ~あと大人の女のテクニックとか❤️」
ここには誰1人としてノエルを馬鹿にする者はいない、なにせ黒の暴牛は問題児しかおらず、魔力のコントロールが出来ないなんて些細な違いでしかないのだから。
「先程は失礼な事を言ってしまい申し訳ございません。貴方を侮辱するつもりは無かったのですが……不快な思いをさせてしまいました」
私はノエルに近づいて謝罪しながら預かっていた彼女のローブを渡す。
「なので……これを捨てた件は今回の非礼でチャラにいたしましょう。着けるかどうかは貴方次第です」
私の言葉にノエルは受け取ったローブと、目の前にいる私たち団員を交互に見つめた。
とまどいながらも、どうやら心は決まったらしく黒の暴牛のローブを身につけた。
「これからよろしくな、ノエル」
「よろしくお願いします」
差し出されたアスタの手を、ノエルは戸惑いながらもぎゅっと握り返した。
◇
その日の夜
「それでは、これからアスタとノエルの歓迎会を行います。それでは皆さん、新しい仲間に乾杯!」
「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」
私の号令と共にアジトの食堂に、鼓膜が震えるほどの怒号とジョッキのぶつかり合う音が響き渡る。
「うおーすげぇー!こんな大量の料理を好きなだけ食べて良いんですか⁉︎」
「もちろんです。と言うか早く食べないとチャーミーさんが全部食べ尽くしてしまいますよ」
私とアスタの視線の先ではチャーミーがアスタを上回る速度で次々と料理を口に入れており、その小柄なお腹のどこに入っているのか不思議でしか無い。
「でも、クリス副団長はさっきからそのあいすくりーむ?しか食べて無いっすよね。肉とか食べなくて大丈夫なんですか?」
私はスプーンでアイスを一口すくいながら、アスタの疑問に肩をすくめた。
「これは私の好物でしてね。1日3食が全てアイスクリームでも私は生きていけますよ」
「いつか病気になるんじゃないですか……」
「なったとしても後悔は無いですね」
そう答えつつ、私は溶けかけたアイスをもう一口すくう。甘味よりも、喉を冷やす感覚の方が心地良い。
ふと視線を巡らすと、ノエルが少し離れた席で既に酔っ払っているヴァネッサさんに絡まれているのが見えた為、フォローに向かう。
「ねぇノエル〜、あんたさぁ〜真面目すぎなのよぉ。若いんだから、もっとこう……ぐいーっと人生楽しまなきゃ」
「ちょ、ちょっと……近いわよ!それに私まだお酒を飲める歳じゃないし!」
完全に絡まれている。ノエルは顔を真っ赤にしながら必死に距離を取ろうとしているが、酔ったヴァネッサさんにその理屈は通じない。
「はいはい、そこまでですヴァネッサさん。ノエルさんが嫌がっていますよ」
私は2人の間にさりげなく割って入る。
「え〜?クリス副団長かたいなぁ〜。将来絶対モテないわよ?」
「余計なお世話です」
ヴァネッサさんは「もう、つまんない男ねぇ」と言いながらも、別の獲物――主にヤミ団長の方へふらふらと歩いていく。
助かった……とでも言いたげに、ノエルは小さく息を吐いた。
「ありがとう……えっとその……」
「ん?……ああ、自己紹介がまだでしたね」
私は軽く咳払いをして姿勢を正す。
「黒の暴牛の代理副団長を務めている、クリス・サンドレッドです。改めてよろしくお願いします、ノエルさん」
「だ、代理副団長!?」
ノエルは驚いたように目を見開いた。
「代理ではありますが、呼び方がややこしいので副団長なり、好きな呼び方で呼んで下さい」
私は近くにあった椅子を持って来てノエルの前に座る。
「色々ありましたが、入団おめでとうございます。今後は黒の暴牛の団員として一緒に頑張りましょう」
「……ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」
ノエルはまだ少しぎこちない表情であり、気丈には振る舞っているが、どこか自信がないような雰囲気だ。
「何か不安な事でもありますか?」
ノエルは少し言葉を選ぶように間を置きながらも答える。
「不安、というより……貴方達が私のことを受け入れてくれたのはとても嬉しいの。でも、足手纏いにしかならない気がして……」
彼女は視線を落としたまま言葉を止めた。
その声は小さく、周りの騒ぎにかき消されそうなほど弱かった。
「正直に言いますと……今の貴方は魔力の制御が出来ない為、戦力として頼りにならないのは事実ですね」
ノエルの肩がびくりと震えた。
やはりそう言われるのか、とでも言いたげな表情だ。
「ですが、その分私達が貴方の分まで頑張れば良いだけなので、心配しなくて大丈夫です」
「で、でもそれじゃぁ……私が迷惑をかけるだけじゃない」
ノエルはどこか悔しそうにしている。
恐らく初めて出来た仲間に迷惑しかかけれない事実が受け入れ難いのだろう。
「なら……迷惑をかけて助けてもらった分、強くなって今度は私達の事を助けて下さい」
「え?」
「自分の失敗や出来ない事は誰かが尻拭いをして、逆にその人が困った時は自分が助ける番になる。よくある人間関係の形です」
人間である以上完璧な人なんてどこにもいないし、だからこそ、足りない部分を補い合うのだ。
「それでいいの?」
「もちろんです。だからノエルさんには期待していますよ。いつか私たちを守れるくらい強くなって下さい」
私の言葉に、ノエルはゆっくりと顔を上げた。
「ふん、そこまで言われたらしょうがないわね。……王族である私が貴方達を守ってあげるから期待していなさい!」
「頼もしいですね。ではその言葉、忘れないようにしておきましょう」
その瞳にはまだ不安が残っている。だが、ほんの僅かだが、確かな光が宿っていた。
それに、ここまでの啖呵を切れるのなら、心の方には問題は無いだろう。
「それではこんな隅っこでは無くて、皆さんのいる場所に移動しましょうか」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ……!」
私が立ち上がると同時に、ノエルの腕を軽く引いて半ば強引に輪の中へと連れていく。
「お!クリスさんがノエルの奴を連れて来たぜ!」
「おーいノエル!こっち来いよ!肉もいっぱいあるぞ!」
「ほらほら遠慮しないでぇ〜!」
「ちょ、ちょっと……!」
周囲から次々と手を引かれ、料理を押し付けられ、ノエルは完全に飲み込まれていった。
最初こそ戸惑いと困惑の色を隠せなかったが、やがて――
「王族である私にそんなに一度に渡さないでちょうだい!」
「いいじゃねぇか減るもんじゃねぇし!」
皆と打ち解けたように、そんなやり取りをしながら、少しずつだが表情が柔らいでいく。
私はその様子を眺めながら満足し、団員達と歓迎会を楽しむのであった。
これは余談だが、宴会後に自室へ戻ると、机には大量の書類が積まれており、1人寂しく徹夜をするクリスの姿があったとかなかったとか……
ちなみにクリスが言っていた「食事が全部アイスクリームでも生きていける」という発言は半分本気です。
かつて仕事があまりにも忙しくなった際、効率的という名目で本当に一日三食アイスクリームだけで生活したことがあり、数日後に栄養不足と過労で倒れました。
ヤミ団長曰く、「仕事しすぎて倒れる奴はいるが、飯をアイスにして倒れる馬鹿は初めて見た」とのこと。