D.Gray-man ― DEALT HAND ―   作:からし明太子

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第二話 弟弟子

 

 

 翌朝。

 

 黒の教団本部の食堂で、俺は久しぶりにまともな朝食を取っていた。

 

 焼いたパンに卵、薄めのスープ。それに、どういうわけか異様に苦いコーヒー。

 

 長期任務の途中では、食べられる時に食べられるものを口へ入れるのが基本になる。硬い保存食だけで一日を済ませたこともあれば、野宿の火で適当に炙った肉が夕食だったこともある。

 

 そう考えれば、温かい料理が決まった時間に出てくるだけで十分ありがたい。

 

「……苦いな」

 

「砂糖入れれば?」

 

 向かいに座っていたリナリーが言った。

 

「コーヒーに砂糖入れると負けた気がする」

 

「何と戦ってるの?」

 

「分からない」

 

 自分でも分からなかった。

 

 リナリーが呆れたように笑う。

 

 昨日帰ってきたばかりなのだから、今日くらいは休んでもいいと思うのだが、朝から既にコムイから追加の報告書を渡されている。

 

 書いた。

 

 提出した。

 

 終わった。

 

 そう思っていた。

 

 ところが、

 

『この地域で確認したAKUMAについて、もう少し詳しく書いてほしいな』

 

 などと言われた。

 

 昨日提出した報告書だけでも、それなりの枚数があったはずなのだが。

 

「やっぱり師匠方式が正しいんじゃないかと思えてきた」

 

「クロス元帥方式?」

 

「報告書を書かずに逃げる」

 

「駄目よ」

 

「即答だな」

 

「ジークまでクロス元帥みたいになったら困るもの」

 

 俺はカップを口元まで持ち上げたまま止まった。

 

「……俺、そこまで信用ない?」

 

「借金を他人に押しつけるところは似てきてると思う」

 

「誤解だ。俺は自分の借金を押しつけたことはない」

 

「クロス元帥の借金を押しつけてるんでしょう?」

 

「俺のじゃないんだから当然だろ」

 

「もう、そういうところ」

 

 何が悪いのか分からない。

 

 師匠が勝手に作った借金を弟子が払う道理などない。

 

 アレンにも昔から何度も教えてきた。

 

 クロス・マリアンから金銭関係の紙を渡された時には、その場で中身を確認しろ、と。

 

 もっとも、アレンは妙なところで素直だから、最初の頃は何度か引っかかっていたが。

 

「そういえば」

 

 リナリーがパンをちぎりながら顔を上げた。

 

「昨日言ってた弟弟子さん、今日来るの?」

 

「予定通りなら、今日か明日くらいだと思う」

 

「名前、アレンだったよね」

 

「ああ」

 

「ジークより年下?」

 

「年下。十五歳だったかな」

 

「じゃあ私とそんなに変わらないんだ」

 

「そうだな」

 

 答えながら、昔の姿を思い出した。

 

 クロスが連れてきた頃のアレンは、今よりずっと小さかった。

 

 髪は既に白く、左腕も異質で、何より人の顔をまともに見ようとしなかった。

 

 俺自身、あの頃はどう接すれば正解なのか分からなかった。

 

 だから食事だけ置いた。

 

 声を掛ける時も、必要以上には踏み込まなかった。

 

 それでも少しずつ話すようになり、旅の途中では隣を歩くのが当たり前になった。

 

 アレンが笑うようになった時のことも覚えている。

 

 ポーカーで初めて俺から一枚取った時だった気がする。

 

 ……そこを思い出すと、教育方針を間違えたような気もする。

 

「どんな子なの?」

 

 昨日も似たことを聞かれた。

 

「礼儀正しい」

 

「うん」

 

「よく食う」

 

「それも聞いた」

 

「意外と負けず嫌い」

 

「へえ」

 

「あと、カードをやらせると財布の中身全部持ってかれるから気をつけろ」

 

 リナリーが瞬いた。

 

「ジークが教えたんじゃないの?」

 

「……まあ」

 

「何を教えてるの?」

 

「生きていくための技術だ」

 

「絶対違うと思う」

 

 否定できなくもない。

 

 ただ、旅をする以上、金は必要だ。

 

 クロスの弟子をやっていればなおさら。

 

「それに」

 

 俺はパンを一口食べてから続けた。

 

「俺ほどじゃない」

 

「何が?」

 

「カードの腕はな」

 

 リナリーがじっとこちらを見た。

 

「……伯爵に勝ったっていう噂、本当なの?」

 

「朝から嫌な話をするな」

 

「今、すごく自然に話逸らしたよね?」

 

「気のせいだ」

 

「ジーク」

 

「コーヒー冷めるぞ」

 

「ジーク?」

 

 そこへ。

 

 突然、本部内へ警報音が響いた。

 

 耳を刺すような甲高い音に、食堂の空気が一瞬で変わる。

 

 談笑していた団員たちが立ち上がり、食器が鳴った。

 

 俺も反射的に腰のカードケースへ手を置く。

 

「何?」

 

 リナリーも立ち上がった。

 

 次いで、廊下の向こうから誰かの叫び声。

 

「正門で異常反応!」

 

「AKUMAか!?」

 

「侵入者だ!」

 

 椅子を引く音が重なる。

 

 俺は食堂の入口へ向かいながら眉を寄せた。

 

 こんな朝から本部へAKUMAが正面突破?

 

 いくらなんでも雑すぎる。

 

 それに――。

 

 嫌な予感がする。

 

 昨日から続いている、妙な胸騒ぎ。

 

「リナリー」

 

「うん」

 

「門だな」

 

 二人で走った。

 

     ◇

 

 黒の教団本部の正門付近は、既にちょっとした騒ぎになっていた。

 

 守衛。

 

 団員。

 

 駆けつけた科学班。

 

 そして、その中心。

 

「だから違います!」

 

 聞き覚えのある声。

 

 俺の足が止まった。

 

 人だかりの向こう。

 

 大きな旅行鞄。

 

 白い髪。

 

 頬に浮かぶ赤い逆さ五芒星。

 

 左腕を覆う手袋。

 

 肩の近くを飛ぶ、小さな金色のゴーレム。

 

 間違えようがない。

 

「……本当に来た」

 

 思わず呟いた。

 

 リナリーが俺を見た。

 

「あの子?」

 

「ああ」

 

 アレン・ウォーカー。

 

 随分背が伸びた。

 

 顔つきも以前より大人びている。

 

 それでも、焦った時に少し眉尻が下がるところは変わらない。

 

 アレンの周囲では団員たちが警戒している。

 

「門がAKUMA反応を示した!」

 

「僕はAKUMAじゃありません!」

 

「だったらその反応は何だ!」

 

「これは――!」

 

 アレンが困ったように自分の左目へ触れる。

 

 なるほど。

 

 原因はそれか。

 

 マナの呪い。

 

 普通の人間にはないものを抱えているのだから、教団の防御機構が妙な反応をしても不思議ではない。

 

 原作でも、確かこんな流れだった。

 

 ぼんやりそう思った時。

 

 人垣の向こうから、黒い影が飛び出した。

 

「――!」

 

 刀。

 

 神田。

 

 六幻の刃が、真っ直ぐアレンへ向かう。

 

「ちょ――」

 

 声を上げるより先に、アレンが反応した。

 

 旅行鞄を放り出し、左腕で刃を受ける。

 

 金属音。

 

 火花。

 

 刃が止まった。

 

「何するんですか!」

 

「黙れ」

 

「説明もなしに斬りかかっておいて黙れはないでしょう!」

 

「門が反応した。なら斬る」

 

「話聞いてくださいよ!」

 

 ……懐かしいな。

 

 いや。

 

 懐かしがってる場合じゃない。

 

 神田がもう一度六幻を振るう。

 

 アレンが下がる。

 

 俺はため息をついた。

 

「♣2」

 

 腰からカードを一枚抜く。

 

 クラブの2。

 

 指で弾く。

 

 カードが二人の間へ飛んだ。

 

 次の瞬間。

 

「《チェンジ》」

 

 視界が切り替わる。

 

 俺はカードのあった場所へ移動し、代わりにカードが自分のいた場所へ現れた。

 

 神田の刀を、手袋越しに横から押し止める。

 

「そこまでだ」

 

 神田の眉間に皺が寄った。

 

「どけ、ヴァイス」

 

「朝から物騒だな、お前」

 

「そいつからAKUMA反応が出てる」

 

「知ってるよ」

 

 背後から息を呑む気配。

 

 アレンが俺を見る。

 

 一瞬。

 

 驚いたように目を見開いた。

 

「……ジークさん?」

 

 久しぶりに聞いた。

 

 その呼び方。

 

 少しだけ胸の奥が軽くなる。

 

「よう」

 

 振り返る。

 

 ちゃんと生きている。

 

 知っていた。

 

 来ることも。

 

 ここで死なないことも。

 

 それでも、実際に顔を見るまでどこか落ち着かなかった。

 

「久しぶりだな、アレン」

 

「ジークさん!」

 

 表情が一気に緩んだ。

 

 その反応が、昔のアレンと重なる。

 

 俺も自然と笑っていた。

 

「背ぇ伸びたな」

 

「ジークさんこそ……って、いつ戻ったんですか?」

 

「昨日だ」

 

「昨日!?」

 

「ああ」

 

「僕、クロス師匠から何も――」

 

「師匠がお前に俺の予定を伝えると思うか?」

 

 アレンが黙った。

 

 数秒後。

 

「……思いません」

 

「だろ」

 

 師弟揃って、よく分かっている。

 

 そこで神田が六幻を引いた。

 

「知り合いか」

 

「昨日話した弟弟子だよ」

 

 俺が答える。

 

 神田がアレンを見る。

 

 次に俺を見る。

 

 そして明らかに嫌そうな顔をした。

 

「またクロスの弟子かよ」

 

「その言い方やめろ」

 

「お前で十分面倒なんだが」

 

「アレンは俺よりまともだ」

 

「ジークさん、それ褒めてます?」

 

「あぁ、褒めてる褒めてる」

 

 たぶん。

 

 リナリーがようやく人垣を抜けてきた。

 

「神田!」

 

 まずそちらを睨む。

 

「いきなり斬りかからないで!」

 

「門が反応した」

 

「だからって!」

 

 いつもの二人。

 

 アレンは少し驚いている。

 

「ジークさん、この人……」

 

「神田ユウ。愛想は悪いけど悪い奴じゃない」

 

「余計なこと言うな」

 

「ほら、愛想悪いだろ」

 

「殺すぞ」

 

「初対面の弟弟子の前で兄弟子を殺そうとするなよ」

 

 リナリーが呆れたように息を吐いた。

 

 周囲にも少しずつ緊張が解けていく。

 

 けれど、門の反応については説明が必要だ。

 

 俺はアレンの左目を見る。

 

「呪いか?」

 

 アレンが僅かに目を伏せた。

 

「たぶんそうだと思います」

 

「そっちまで反応拾うのか。面倒だな、この門」

 

「門に文句言うな」

 

 神田が言う。

 

「お前は門の味方なの?」

 

 俺が返すと、リナリーが小さく吹き出した。

 

 アレンも笑った。

 

 その笑顔を見て。

 

 俺は一瞬だけ、昔の姿を思い出した。

 

 何も食べなかった子供。

 

 死んだような顔で俯いていた少年。

 

 今は、自分の足でここまで来た。

 

 クロスのところを離れ。

 

 一人で。

 

 黒の教団まで。

 

「……よく来たな」

 

 気づけば口にしていた。

 

 アレンが瞬く。

 

「え?」

 

「何でもない」

 

「今、何か言いませんでした?」

 

「聞こえてたなら聞くな」

 

「相変わらずですね」

 

 少し嬉しそうに言う。

 

「お前もな」

 

     ◇

 

 騒ぎが一段落した後、俺たちはアレンを連れて本部内部へ向かった。

 

 リナリーが案内役。

 

 俺はその隣。

 

 アレンは物珍しそうに周囲を見ながら歩いている。

 

 ティムキャンピーは相変わらずアレンの周りを飛んでいた。

 

「ティムも久しぶり」

 

 指を出すと、ティムがこちらへ飛んできて頭へぶつかった。

 

「痛っ」

 

 そのまま髪を噛む。

 

「こら、やめろ!」

 

「ティム、ジークさんのこと覚えてるみたいですね」

 

「覚え方がこれか!?」

 

 アレンが笑う。

 

 リナリーがティムを珍しそうに見ていた。

 

「その子、ゴーレム?」

 

「はい。ティムキャンピーです」

 

「クロス師匠のだよ」

 

 俺が補足する。

 

「正確には師匠がアレンに持たせてる」

 

「元帥のゴーレムなんだ」

 

 リナリーが近づくと、ティムが彼女の周囲を一周した。

 

「可愛い」

 

「見た目だけはな」

 

 俺が言うと、ティムがこちらを向く。

 

「冗談だ」

 

 噛まれる前に訂正した。

 

 アレンが不思議そうに本部を見回している。

 

「ジークさんは、いつもここにいるんですか?」

 

「まさか」

 

「ですよね」

 

「何で即答なんだよ」

 

「ジークさんもクロス師匠と同じで、じっとしてないでしょう?」

 

「一緒にするな。俺は数ヶ月に一回は帰る」

 

 リナリーが横から、

 

「手紙は三ヶ月来なかったけど」

 

 と差し込む。

 

 アレンが俺を見る。

 

「ジークさん……」

 

「その目やめろ」

 

「僕には『連絡はちゃんとしろ』って言ってましたよね?」

 

「……そうだったかな」

 

「言ってました」

 

「昔の話だろ」

 

「数年前ですよ」

 

 何故、再会して早々説教されているのか。

 

 兄弟子としての威厳が消えていく。

 

「アレン君」

 

 リナリーが楽しそうに笑う。

 

「ジークの昔の話、後で聞かせて」

 

「もちろんです」

 

「おい」

 

 アレンまで笑う。

 

 ……まあ、いい。

 

 こうして笑っているなら。

 

     ◇

 

 コムイの執務室。

 

「初めまして、アレン・ウォーカー君!」

 

「初めまして」

 

 アレンは丁寧に頭を下げた。

 

 コムイは昨日俺へ見せた推薦状を持っている。

 

「クロス元帥から推薦状は受け取っているよ。長旅、大変だったでしょう」

 

「いえ」

 

「それと――」

 

 コムイが俺を見る。

 

「ジーク君の弟弟子だって聞いてびっくりしたよ」

 

「俺が先に弟子になっただけだけどな」

 

 アレンがこちらを見る。

 

「先に、っていうには結構長いですよね」

 

「そうか?」

 

「僕がクロス師匠のところに来る前からいたでしょう」

 

「まあな」

 

 コムイが興味深そうな顔をした。

 

「どれくらい前から?」

 

「師匠がマナとアレンを――」

 

 そこまで言いかけて、止めた。

 

 アレンの表情がほんの少し変わったからだ。

 

 マナ。

 

 今でも簡単に触れていい名前ではない。

 

「……昔からだよ」

 

 言い直す。

 

 コムイも何かを察したのか、それ以上追及しなかった。

 

「なるほどね」

 

 推薦状へ視線を戻す。

 

「それじゃあ、まず正式な登録と検査を済ませようか」

 

「はい」

 

「リナリー、案内お願いできる?」

 

「もちろん」

 

「ジーク君は?」

 

「俺?」

 

 嫌な予感。

 

「アレン君の知り合いなら、一緒にいてあげれば?」

 

「別に子供じゃないぞ、こいつ」

 

「でも初めての本部だよ?」

 

 アレンが言う。

 

「僕は大丈夫ですよ」

 

「ほら」

 

「ジークさんは報告書がありますし」

 

「……何で知ってる?」

 

「さっきリナリーさんが」

 

 裏切り者。

 

 リナリーを見ると、にこりと笑われた。

 

「ちゃんと書いてね」

 

「はいはい」

 

 コムイまで笑っている。

 

 この教団には俺の味方が少ない気がする。

 

 アレンたちが部屋を出ようとしたところで、俺はふと思い出した。

 

「アレン」

 

「はい?」

 

「師匠は?」

 

 アレンの足が止まった。

 

「……分かりません」

 

「やっぱりか」

 

「僕も探してるんですけど」

 

「推薦状だけ寄越して本人は消えた?」

 

「はい」

 

「通常運転だな」

 

「通常運転ですね」

 

 師弟二人でため息をつく。

 

 コムイが、

 

「クロス元帥ってそんな感じなの?」

 

 と聞いた。

 

 俺とアレンは同時に答えた。

 

「もっと酷い」

 

 一瞬。

 

 顔を見合わせる。

 

 アレンが吹き出した。

 

 俺も笑った。

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 追加の報告書を片づけて食堂へ行くと、アレンは既に山のような皿を前に座っていた。

 

「……相変わらずだな」

 

 俺は立ち止まった。

 

 皿。

 

 皿。

 

 皿。

 

 積み上がっている。

 

 リナリーが向かいに座っている。

 

「ジーク!」

 

「これ全部アレンが?」

 

「はい」

 

 アレンが普通に答える。

 

「旅の途中でちゃんと食ってたのか?」

 

「食べてましたよ」

 

「絶対足りてなかっただろ」

 

「そんなことないです」

 

「じゃあ何で到着初日に食堂の在庫を減らしてんだ」

 

「大袈裟ですよ」

 

 厨房の方から、

 

「追加できたぞ!」

 

 と声。

 

 まだ食うのか。

 

 俺は向かいの空いている席へ座った。

 

「ジークさんは?」

 

「もう取ってきた」

 

「少なくないですか?」

 

「お前基準で考えるな」

 

 食事を始める。

 

 昨日まではリナリーと二人だった席に、今日はアレンがいる。

 

 ほんの一人増えただけなのに、妙に賑やかに感じた。

 

「そうだ」

 

 アレンが食べながら言う。

 

「ジークさん」

 

「何」

 

「カード、まだやってます?」

 

「イノセンスか?」

 

「そっちじゃなくて」

 

 嫌な笑顔。

 

 俺も意味を理解する。

 

「……あぁ、そっちか?」

 

「はい」

 

 リナリーが顔を上げる。

 

「やるの?」

 

 アレン:

 

「久しぶりに」

 

 俺:

 

「いいけど」

 

 アレンの笑顔が少し深くなる。

 

「今度は勝ちますよ」

 

「言うようになったな」

 

「昔とは違いますから」

 

「誰に教わったと思ってる?」

 

「先生を越えるのが弟子ですよ」

 

「それクロス師匠にも言えるのか?」

 

 アレンの表情が消えた。

 

「……カードの話にしましょう」

 

「賢明だ」

 

 リナリーが笑っている。

 

「私も見たい」

 

「やめた方がいいぞ」

 

「どうして?」

 

 俺はアレンを指差した。

 

「こいつ、人から容赦なく巻き上げるから」

 

「ジークさんにだけは言われたくありません!」

 

「俺は節度がある」

 

「相手が賭けるものなくなったら借用書出させた人が?」

 

 リナリーがゆっくり俺を見る。

 

 しまった。

 

「……アレン」

 

「はい?」

 

「兄弟子を売ったな?」

 

「事実を話しただけです」

 

「リナリー、違う。あれは相手がまだやるって言うから」

 

「ジーク?」

 

「……」

 

 逃げ道がなくなった。

 

 こういう時に限って、使えるクラブの2は腰にある。

 

 一瞬、本気で《チェンジ》して逃げようか考えた。

 

 さすがにやめた。

 

「詳しく聞かせてもらおうかな」

 

「食後でいい?」

 

「うん」

 

「……長くなりそうだな」

 

 アレンが楽しそうに食事を続けている。

 

 こいつ。

 

 昔より性格悪くなってないか?

 

 誰の影響だ。

 

 ……考えたくない。

 

     ◇

 

 夜。

 

 自室へ戻った後も、しばらく眠れなかった。

 

 ベッドに横になり、天井を見る。

 

 本部の中は静かだった。

 

 昼間の騒がしさが嘘のようだ。

 

 アレンが来た。

 

 予定通り。

 

 原作通り。

 

 教団へ到着し、神田と揉め、本部の仲間たちと出会った。

 

 ここまでは、俺が知る物語から大きく外れていない。

 

 それなら、この後も。

 

 マテール。

 

 ララ。

 

 巻き戻しの街。

 

 ロード。

 

 クロウリー。

 

 スーマン。

 

 方舟。

 

 次々と記憶が蘇る。

 

「……」

 

 右目の眼帯へ触れた。

 

 知っている。

 

 それは強みのはずだ。

 

 危険を避けられる。

 

 未来を変えられるかもしれない。

 

 けれど同時に。

 

 知っているからこそ、怖い。

 

 前世で読んでいた時は、ページをめくれば次があった。

 

 誰が生きるか。

 

 誰が死ぬか。

 

 どんな結末になるか。

 

 少なくとも、そこまで描かれた出来事には答えがあった。

 

 今は違う。

 

 アレンが俺と再会して笑った。

 

 リナリーが隣で笑っていた。

 

 神田は相変わらず不機嫌だった。

 

 全員、生きている。

 

 漫画の登場人物ではない。

 

 明日になれば腹が減るし、怪我をすれば血が出る。

 

 死ねば――戻らない。

 

「……面倒だな」

 

 小さく呟く。

 

 何が面倒なのか、自分でも分かっている。

 

 もう俺は、

 

『原作だから』

 

 という理由だけで、この先を眺めていられない。

 

 それでも。

 

 全部を変えようなどとも思えなかった。

 

 俺が一つ手を出したことで、もっと悪い未来になる可能性だってある。

 

 原作知識があることと、未来の全てを知っていることは同じではない。

 

「……まあ」

 

 目を閉じる。

 

「今考えても仕方ないか」

 

 数日後には、アレンにも最初の任務が下る。

 

 そこから先は。

 

 その時、考えればいい。

 

 少なくとも今日は。

 

 弟弟子が無事にここへ着いた。

 

 それだけで十分だった。

 

 そう思うと、ようやく少し眠気が来た。

 

 意識が落ちる直前。

 

 ふと、昼間のアレンの言葉を思い出した。

 

『今度は勝ちますよ』

 

「……十年早い」

 

 誰も聞いていない部屋で呟いて、俺は目を閉じた。

 

 翌日。

 

 ポーカーでアレンから財布の中身を全部巻き上げることになるのだが――。

 

 それはまた、別の話だ。

 

 

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