D.Gray-man ― DEALT HAND ―   作:からし明太子

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第三話 最初の任務

 

 

 翌朝。

 

 黒の教団本部の食堂では、朝食の時間だというのに妙な人だかりができていた。

 

 原因は一つしかない。

 

「……また取られた」

 

 科学班の男が、呆然と自分の手札を見下ろしている。

 

 その向かいでは、アレンが申し訳なさそうな顔をしながら、卓上の硬貨を自分の側へ寄せていた。

 

「すみません」

 

「謝るなら返してくれよ!」

 

「賭けですから」

 

「笑顔で言うな!」

 

 周囲から笑いが起きる。

 

 俺は少し離れたところでコーヒーを飲みながら、その光景を眺めていた。

 

 昨日、食堂で「久しぶりにポーカーをやろう」と話した。

 

 それ自体はいい。

 

 問題は、朝食を食べ終わる頃には科学班の連中まで加わり、いつの間にか小さな賭場が出来上がっていたことだ。

 

「アレン君、また勝ったの?」

 

 リナリーが俺の隣へ座る。

 

「三連勝」

 

「強いね」

 

「俺が教えたからな」

 

「なんでちょっと自慢げなの?」

 

「弟弟子の成長は嬉しいものだろ」

 

「賭け事で?」

 

「……何事にも例外はある」

 

 リナリーの目が細くなったので、コーヒーを飲んで誤魔化した。

 

 卓上では次の勝負が始まっている。

 

 アレンの表情は穏やかだ。

 

 一見すれば、何を考えているのか分かりやすそうに見える。

 

 だが、あれは罠だ。

 

 昔からそうだった。

 

 最初の頃は、手札が良ければ嬉しそうにして、悪ければ困った顔をする、ごく普通の子供だった。

 

 ところが俺がブラフを教えた辺りから変わった。

 

 何度も負けて。

 

 俺の手元を観察して。

 

 相手の視線や指先の動きを覚えて。

 

 いつの間にか、笑顔のまま平然と嘘をつけるようになった。

 

 教育を間違えたという自覚は多少ある。

 

「ほら」

 

 リナリーが卓を指した。

 

 アレンがまた勝った。

 

「これで四連勝だね」

 

「調子に乗ってるな」

 

「止める?」

 

「いや」

 

 俺はカップを置いた。

 

「そろそろ教育してくる」

 

「教育?」

 

「現実を」

 

 席を立つ。

 

 アレンはこちらへ気づくと、僅かに笑みを深くした。

 

「ジークさんもやります?」

 

「そのつもり」

 

 周囲の科学班員がざわついた。

 

「お、おい。ヴァイスも入るのか?」

 

「弟弟子に負けるわけないだろ」

 

 アレンがカードを切りながら言った。

 

「昔の僕だと思わない方がいいですよ」

 

「言うようになったな」

 

「ジークさんに教えてもらいましたから」

 

「そこだけ聞くと師弟愛みたいに聞こえるな」

 

「違うんですか?」

 

「金が絡むと話は別だ」

 

 俺が席へ座ると、リナリーが呆れたようにため息を吐いた。

 

     ◇

 

 二十分後。

 

「…………」

 

 アレンが無言で自分の手元を見ていた。

 

「どうした?」

 

「納得いきません」

 

「何が?」

 

「おかしいでしょう」

 

 俺は卓上の硬貨をまとめながら首を傾げた。

 

「何もおかしくない。五戦五勝」

 

「僕がです」

 

「違う。俺が」

 

「分かってます!」

 

 珍しく声を大きくした。

 

 周りでは科学班の連中が笑っている。

 

 さっきまでアレンに負け続けていた連中なので、単純に溜飲が下がったのだろう。

 

「一度くらい僕の方がいい手札だったでしょう」

 

「いい手札なら勝てるゲームじゃないって、誰に教わった?」

 

「……ジークさんです」

 

「そういうことだ」

 

「絶対途中で何かしましたよね?」

 

「証拠は?」

 

「その言い方!」

 

 アレンが眉を寄せる。

 

 俺は笑った。

 

 このやり取りも懐かしい。

 

 旅の途中では何度もやった。

 

 もちろん、アレンが昔と同じ腕前というわけではない。

 

 正直かなり上達していた。

 

 普通の相手なら、今のアレンに勝ち続けるのは難しいだろう。

 

 だからこそ面白い。

 

「もう一回」

 

 アレンが言った。

 

「いいけど、何賭ける?」

 

「……」

 

 アレンの視線が、自分の側に残された僅かな硬貨へ落ちる。

 

「金ないだろ」

 

「まだあります」

 

「それ全部昼飯代じゃないのか?」

 

「…………」

 

「やめとけ」

 

「でも――」

 

 俺は一枚の紙を卓上へ置いた。

 

 アレンの動きが止まる。

 

「何ですか、これ」

 

「借用書」

 

「出た!」

 

 科学班の誰かが叫んだ。

 

 リナリーが俺を睨む。

 

「ジーク」

 

「冗談だよ」

 

 紙を引っ込めた。

 

「弟弟子から未来の給料まで巻き上げるほど落ちちゃいない」

 

 アレンがじっとこちらを見る。

 

「昔、他の人にはやりましたよね?」

 

「相手が続けたいって言ったから」

 

「やっぱりやったんじゃないですか」

 

「世の中には自己責任って言葉がある」

 

「便利な言葉に逃げないでください」

 

 リナリーまで頷いている。

 

 二対一になった。

 

 こうなると分が悪い。

 

「はい、終わり終わり」

 

 カードをまとめようとした、その時だった。

 

『アレン・ウォーカー、神田ユウ。至急、室長室へ』

 

 本部内の放送が響いた。

 

 周囲の空気が変わる。

 

 アレンも卓上から顔を上げた。

 

「僕?」

 

「ああ」

 

 俺には、何となく分かった。

 

 来たか。

 

 アレンの最初の任務。

 

     ◇

 

 コムイの執務室へ向かう途中、アレンは何度か俺の顔を見た。

 

「何だよ」

 

「いえ」

 

「言いたいことあるなら言え」

 

「ジークさん、さっきから少し変ですよ」

 

 鋭い。

 

 こういうところも昔から変わらない。

 

「弟弟子の初任務だからな」

 

「まだ任務だって決まってませんよ」

 

「室長が神田と一緒に呼んで、他に何がある」

 

「……確かに」

 

「不安?」

 

 聞くと、アレンは少し考えてから首を横へ振った。

 

「緊張はしてます」

 

「そうか」

 

「でも、クロス師匠のところでも何度もAKUMAとは戦いましたから」

 

「知ってる」

 

「それに――」

 

 アレンが自分の左腕を見る。

 

「そのために、僕はここへ来たんです」

 

 穏やかな声だった。

 

 だが、その奥には硬いものがある。

 

 アレンがエクソシストとして戦う理由を、俺は知っている。

 

 AKUMAの中に囚われた魂。

 

 自分が一度はAKUMAにしてしまったマナ。

 

 その罪も、悲しみも。

 

 全部抱えたまま、この少年はここまで来た。

 

 前世で漫画を読んでいた頃は、その決意を格好いいと思っていた。

 

 実際に隣で聞くと、そんな簡単なものではなかった。

 

「アレン」

 

「はい?」

 

「無茶するなよ」

 

「ジークさんに言われるとは思いませんでした」

 

「俺はちゃんと自分の身を守ってる」

 

「右目を使って倒れたこと、何回あります?」

 

「……」

 

 思わず足が止まりそうになった。

 

「誰から聞いた?」

 

「昔から知ってるでしょう」

 

「そうだった」

 

 アレンは、俺が眼帯を外した後に倒れたところを数度見ている。

 

 詳しい理由までは話していない。

 

 それでも危険なものだということは分かっている。

 

「とにかく」

 

 俺は話を戻した。

 

「お前と俺は違う」

 

「どこがです?」

 

「兄弟子の言うことは聞いとけ」

 

「便利ですね、その立場」

 

「こういう時のために兄弟子やってるんだよ」

 

「初めて聞きました」

 

 少し笑いながら、二人で執務室へ入った。

 

     ◇

 

 既に神田がいた。

 

 壁際に立ち、見るからに機嫌が悪い。

 

「遅ぇ」

 

「呼ばれてすぐ来ましたよ」

 

「お前に言ってねぇ」

 

 神田の視線が俺へ向く。

 

「何でてめぇまでいる」

 

「保護者」

 

「誰がですか」

 

 すぐ横からアレンに否定された。

 

「兄弟子」

 

「それならまあ」

 

「納得すんな」

 

 コムイが机の向こうで楽しそうに笑っている。

 

「仲良しだねえ」

 

 俺と神田が同時に、

 

「どこが」

 

 と言った。

 

 アレンが少し困った顔をする。

 

 リナリーまで来ていれば笑っていただろう。

 

「それじゃあ、本題に入ろうか」

 

 コムイの声が真面目になる。

 

 机の上に地図が広げられた。

 

「古代都市マテールで、イノセンスと思われる反応が確認された」

 

 来た。

 

 記憶の中にある名前。

 

 マテール。

 

 土翁。

 

 空夜のアリア。

 

 俺は何も言わず地図を見る。

 

「現地には先行してファインダーが入ってる。反応は遺跡の内部。ただ、問題があってね」

 

「AKUMAですか?」

 

 アレンが尋ねる。

 

「その可能性が高い」

 

 コムイが頷いた。

 

「敵側もイノセンスの存在に気づいているらしい。君たちには現地へ向かってもらって、イノセンスの確保をお願いしたい」

 

 アレンが真剣な顔で地図を見る。

 

 神田はいつも通りだった。

 

「俺一人でいい」

 

「駄目」

 

「足手まといはいらねぇ」

 

「誰が足手まといですか」

 

「お前だ、モヤシ」

 

「……」

 

 アレンの眉が動く。

 

 懐かしい。

 

 原作でもこんな感じだった。

 

 いや。

 

 実物を見ると本当に面倒臭いな、この二人。

 

「神田」

 

「何だ」

 

「初日から弟弟子を苛めるな」

 

「苛めてねぇ」

 

「アレンも乗るな」

 

「僕は何も言ってません」

 

「今から言う顔してた」

 

「ジークさん、僕のこと何だと思ってるんです?」

 

「付き合い長いから分かるんだよ」

 

 コムイが咳払いをする。

 

「とにかく二人で行ってもらうよ。神田は経験者としてアレンをフォローしてあげて」

 

「断る」

 

「即答しないでよ」

 

 神田は露骨に嫌そうな顔をした。

 

 だが命令そのものを拒否する気はないらしい。

 

 アレンは少し考えた後、俺を見る。

 

「ジークさんは?」

 

「俺?」

 

「一緒じゃないんですか?」

 

 聞かれると思っていた。

 

 コムイが答える。

 

「ジーク君には別件があるんだ」

 

「別件?」

 

「昨日持ち帰ったイノセンスについて、確認してほしいことが出てきた。それと周辺地域で別の異常報告もある」

 

 そういうことになっている。

 

 俺自身、昨日の時点では聞いていなかったが、今渡された資料を見る限り嘘ではない。

 

 それに。

 

 俺がマテールへ行かない方がいい。

 

 そう考えている自分がいることも否定できなかった。

 

 原作ではアレンと神田が行く。

 

 そこで二人はララとグゾルに出会う。

 

 そして。

 

 神田の身体についても、少しだけ明かされる。

 

 俺が同行すれば何かが変わるかもしれない。

 

 変わる。

 

 その言葉は、今の俺にとって希望であると同時に恐怖でもあった。

 

 良い方向へ変わるとは限らない。

 

「……今回は二人で行け」

 

 俺は言った。

 

 アレンが僅かに不満そうな顔をする。

 

「別にお前の実力を心配してるわけじゃない」

 

「そうなんですか?」

 

「多少はしてるけど」

 

「どっちですか」

 

「兄弟子だから心配するのは普通だろ」

 

 俺は肩を竦めた。

 

「でも、俺がいなくても任務はできる」

 

 アレンを見る。

 

「そうだろ?」

 

 数秒。

 

 アレンは俺を見返した後、小さく頷いた。

 

「はい」

 

「なら行ってこい」

 

 神田にも視線を向ける。

 

「ユウ」

 

「その呼び方やめろ」

 

「こいつ頼むな」

 

「断る」

 

「即答二回目」

 

 コムイが頭を抱えた。

 

     ◇

 

 出発準備は早かった。

 

 黒の団服。

 

 必要な荷物。

 

 現地までの地図。

 

 ファインダーとの合流地点。

 

 アレンは旅慣れている。

 

 クロスと一緒に散々歩き回ってきたのだから当然だった。

 

 正門まで見送りに行くと、神田が嫌そうな顔をした。

 

「何でついてくる」

 

「見送り」

 

「いらねぇ」

 

「お前の見送りじゃない」

 

「ジークさん」

 

 アレンが苦笑する。

 

 ティムキャンピーが頭上を飛んでいた。

 

 俺はアレンの団服を軽く見た。

 

「似合ってるな」

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「昨日は何も言わなかったじゃないですか」

 

「昨日は見慣れてなかった」

 

 黒の団服を着たアレン。

 

 前世では見慣れた姿だった。

 

 なのに今は妙な感じがした。

 

 クロスのもとで旅をしていた子供が、正式に黒の教団のエクソシストになった。

 

 時間が経ったのだと、今さら実感する。

 

「ジークさん」

 

「ん?」

 

「帰ってきたら、ポーカーの続きしましょう」

 

 俺は思わず笑った。

 

「懲りてないな」

 

「次は勝ちます」

 

「その台詞、昨日も聞いた」

 

「今度こそです」

 

「分かったよ」

 

 それくらいの約束なら、いくらでもする。

 

「じゃあ帰ってこい」

 

 口にした後、自分で少しだけ驚いた。

 

 アレンも一瞬目を丸くした。

 

 だから続ける。

 

「財布の中身、全部取り返したいんだろ?」

 

 アレンが笑った。

 

「もちろんです」

 

「なら死ぬな」

 

「はい」

 

 軽い。

 

 それでいい。

 

 大げさな別れではない。

 

 ただの初任務だ。

 

 数日もすれば帰ってくる。

 

 ――俺はそう知っている。

 

 知っている、はずだった。

 

「行くぞ」

 

 神田が先に歩き始める。

 

「待ってくださいよ」

 

 アレンも追う。

 

 少し進んだところで振り返り、

 

「行ってきます、ジークさん!」

 

 と言った。

 

 俺は片手を上げた。

 

「行ってらっしゃい」

 

 二人の背中が遠ざかる。

 

 それを見ながら、胸の奥に小さな違和感が残った。

 

 昔なら、アレンが原作通り任務へ行ったことに安心したかもしれない。

 

 これで原作通り。

 

 問題ない。

 

 そう思えた。

 

 でも今は。

 

「……」

 

 見えなくなった道を、しばらく眺めていた。

 

「心配?」

 

 横から声がした。

 

 リナリーだった。

 

「いたのか」

 

「少し前から」

 

「声掛けろよ」

 

「邪魔しちゃ悪いかなって」

 

「何の邪魔だよ」

 

 リナリーが俺と同じ方向を見る。

 

「アレン君、大丈夫だよ」

 

「分かってる」

 

 そう答えた。

 

 未来を知っている。

 

 少なくとも、今回の任務からアレンが生きて戻ることは知っている。

 

 なのに。

 

「……分かってるんだけどな」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 リナリーは何も聞かなかった。

 

 ただ隣に立っていた。

 

     ◇

 

 その日の午後。

 

 俺は科学班の一室で、昨日回収したイノセンスの記録を確認していた。

 

「適合者なし、か」

 

 結晶化したイノセンスが、特殊な容器の中に保管されている。

 

 俺が手を触れても反応しない。

 

 当然だ。

 

 俺には既に《アルカナ・デック》がある。

 

「お前の相手も、どっかにいるんだろうな」

 

 返事などない。

 

 それでも何となく呟いた。

 

 イノセンスは人間を選ぶ。

 

 何を基準に選ぶのかは、今でも完全には分かっていない。

 

 神の結晶。

 

 そう呼ばれている。

 

 だが俺には昔から、その名前を素直に受け入れられなかった。

 

 神が人間を守るために与えた力。

 

 それなら、なぜ適合しない人間を壊す?

 

 なぜ咎落ちが起こる?

 

 なぜ適合者は、戦う以外の道をほとんど与えられない?

 

『考えすぎるな』

 

 昔、クロスに言われたことがある。

 

 俺は、

 

『師匠がそれ言う?』

 

 と返した。

 

 あの人ほど、この戦争の裏を探っている人間もそうはいない。

 

「……」

 

 資料へ視線を戻す。

 

 だが文字が頭へ入らない。

 

 何度か。

 

 無意識に時計を見る。

 

 まだアレンたちが戻る時間ではない。

 

 分かっている。

 

「……集中しろ、俺」

 

 自分に言い聞かせた。

 

 今、俺にできることはない。

 

 アレンにはアレンの任務がある。

 

 神田もいる。

 

 あいつら自身が経験しなければならないものまで、俺が全部先回りする必要はない。

 

 それに。

 

 俺自身にも仕事がある。

 

 頭では理解している。

 

 でも。

 

 窓の向こうへ目を向ける。

 

 空は灰色だった。

 

 原作を知っているというのは、便利なようでいて。

 

 案外、ろくでもないものなのかもしれない。

 

 起きることを知っている。

 

 痛い目に遭うことも知っている。

 

 それでも、何もせず待たなければならない。

 

「……嫌な役回りだな」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

     ◇

 

 一方、その頃。

 

 荒野を進む二人のエクソシスト。

 

「遅ぇ」

 

 前を歩く神田が言った。

 

「神田が速すぎるんですよ」

 

「黙って歩け、モヤシ」

 

「アレンです」

 

「どうでもいい」

 

「よくありません」

 

 そのやり取りをしながらも、アレンは歩みを止めなかった。

 

 やがて遠くに、巨大な遺跡群が見え始める。

 

 かつて栄え。

 

 今は人の住まなくなった古代都市。

 

 マテール。

 

 アレンが僅かに目を細めた。

 

 ここが。

 

 黒の教団へ入ってからの、

 

 初めての任務。

 

 そして彼はまだ知らない。

 

 この廃墟で出会う二人の存在が、

 

 エクソシストとしての彼の心に、小さくないものを残すことを。

 

     ◇

 

 夜。

 

 俺は自室に戻り、カードケースを机の上へ置いた。

 

 銀色の蓋を開く。

 

 整然と収まった五十四枚。

 

 その一番奥。

 

 他のどの札とも違う、一枚の白いカード。

 

 《核札》。

 

 軽く指で触れる。

 

「……」

 

 ふと思う。

 

 俺にはカードがある。

 

 アレンには左腕がある。

 

 神田には六幻がある。

 

 みんな、自分に配られたものを使って戦っている。

 

 好きで選んだわけでもないのに。

 

「配られた手札、か」

 

 自分で昔から使っている言葉なのに、今日は少し違って聞こえた。

 

 俺はカードケースを閉じる。

 

 明日も仕事だ。

 

 アレンたちが帰ってくる頃には、追加の報告書も終わらせておこう。

 

 帰ってきた弟弟子に、

 

『まだ書いてないんですか?』

 

 などと言われたら、兄弟子の面目が立たない。

 

「……それだけは嫌だな」

 

 少し笑って、灯りを消した。

 

 けれど。

 

 眠りに落ちる直前まで、

 

 俺の頭の片隅には、

 

 古代都市マテールへ向かった二人の背中が残っていた。

 

 

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