D.Gray-man ― DEALT HAND ―   作:からし明太子

7 / 9
第六話 夢の少女

 

 

「会いたかったよ、ジーク♡」

 

 窓の外から聞こえてきた明るい声に、俺はしばらく何も返せなかった。

 

 返したくなかった、という方が正しい。

 

 アレンとリナリーは交互に俺と窓の外を見ている。

 

 ミランダだけは状況が理解できず、不安そうに三人の顔を窺っていた。

 

「ジークさん」

 

「聞くな」

 

「まだ何も聞いてません」

 

「これから聞くだろ」

 

「じゃあ聞きますけど……あの子、誰ですか?」

 

「面倒な奴」

 

「ジーク~! 聞こえてるよぉ!」

 

「聞こえるように言ってる」

 

 窓辺へ近づく。

 

 通りの向こうに立つ少女は、記憶にある姿と何も変わっていなかった。

 

 制服姿に傘。

 

 褐色の肌。

 

 額に刻まれた聖痕。

 

 年若い少女にしか見えない外見と、その中にあるものがまるで釣り合っていない。

 

 ロード・キャメロット。

 

 ノアの一族。

 

 そして、昔から何故か俺を見ると機嫌が良くなる女。

 

「久しぶり」

 

 ロードがにこにこと手を振る。

 

「……そうだな」

 

「あれ? 今日はちゃんと返事してくれるんだ」

 

「無視したら余計うるさいから」

 

「ひどいなぁ」

 

 言葉とは裏腹に、楽しそうだった。

 

 アレンが俺の横へ立つ。

 

 その左眼が反応したのか、僅かに顔をしかめた。

 

「ジークさん」

 

 声が低くなる。

 

「この人……」

 

「ああ」

 

 俺はロードから目を離さないまま答えた。

 

「ノアの一族だ」

 

 部屋の空気が変わった。

 

 リナリーがすぐに構える。

 

 アレンも左腕を前へ出した。

 

「ノア……?」

 

 ミランダが青ざめる。

 

「ミランダ、俺たちの後ろに」

 

「は、はい!」

 

 彼女が慌てて下がる。

 

 ロードはその様子を眺めながら、わざとらしく頬を膨らませた。

 

「もぉ。いきなりそんな怖い顔しないでよ」

 

「ノアを見て笑顔になるエクソシストがいたら紹介してくれ」

 

「ジークは昔、私と一緒に笑ってたじゃん」

 

「記憶を捏造するな」

 

「ポーカーの時」

 

「笑ってない」

 

「伯爵からお金取った時、すっごく楽しそうだったよ?」

 

 アレンがゆっくりこちらを向いた。

 

 リナリーもだ。

 

「……ジークさん」

 

「今そこ拾う?」

 

「伯爵とポーカーしたって、本当だったんですか?」

 

「後にして」

 

「噂じゃなかったんだ……」

 

 リナリーまで。

 

「今は敵が目の前にいるから!」

 

 何故俺が注意する側になっているのだろう。

 

 ロードは腹を抱えて笑っていた。

 

「やっぱりジーク面白い!」

 

「お前が話をややこしくしてるんだよ」

 

「でもホントでしょ?」

 

「……証拠は?」

 

「あははっ!」

 

 駄目だ。

 

 余計喜ばせた。

 

 昔からこうだった。

 

 ロード相手には、適当に受け流そうとしても、強く拒絶しても、どちらにせよ面白がられる。

 

 だったら無視するのが一番なのだが、それすら追いかけてくる。

 

 非常に面倒な相手だった。

 

 ただ面倒だからといって、油断していい相手ではない。

 

「ロード」

 

「なぁに?」

 

「何しに来た」

 

 笑顔は崩れない。

 

「遊びに」

 

「帰れ」

 

「またそれ?」

 

「遊びで町一つ巻き込む奴と遊ぶ趣味はない」

 

 ロードの目が僅かに細くなった。

 

 俺は壁際の置時計へ視線を移す。

 

「時計がイノセンスだって分かってるんだろ」

 

「うん」

 

「千年伯爵も狙ってるな?」

 

「さあ?」

 

「誤魔化す時の顔だな」

 

「ジーク、私のことよく見てるね♡」

 

「長い付き合いだと嫌でも覚えるんだよ」

 

 言った瞬間。

 

 隣から妙な視線を感じた。

 

 アレンとリナリーだ。

 

「何?」

 

「いえ……」

 

「何でもないよ」

 

「絶対何かある顔だろ」

 

 二人とも答えない。

 

 ロードだけが嬉しそうに笑った。

 

 失敗した。

 

     ◇

 

「それよりさ」

 

 ロードが一歩進んだ。

 

 アレンとリナリーの身体へ緊張が走る。

 

 だが彼女が見ているのは二人ではない。

 

 俺だった。

 

「今日は取らないんだ?」

 

 指先が、自分の右目を指す。

 

 俺の手が無意識に眼帯へ触れた。

 

「……何を」

 

「それ」

 

 三点で留めた黒い眼帯。

 

 アレンの表情が変わった。

 

 リナリーも。

 

「ロード」

 

 俺の声が少し低くなる。

 

「余計なこと喋るな」

 

「どうして?」

 

「俺の話だから」

 

「秘密なの?」

 

「お前に関係ない」

 

「関係あるよ」

 

 ロードが笑う。

 

 ただ、さっきまでとは少し違う。

 

「ジークがそれを使うと、すごく変な感じするもん」

 

 胸の奥が僅かに冷えた。

 

 ノアだからなのか。

 

 それとも。

 

 ロードが「夢」を司るからなのか。

 

 以前から彼女は、俺の右眼に妙な関心を示していた。

 

 中身までは知らないはずだ。

 

 知られているなら、もっと直接的なことを言う。

 

 それでも、普通のイノセンスとは違う何かを感じているのだろう。

 

「自分の手札を見せびらかす趣味はない」

 

「ふぅん」

 

「残念そうにするな」

 

「だってあれ面白いんだもん」

 

「俺は全然面白くない」

 

 使えば頭痛。

 

 出血。

 

 最悪の場合、その場で六時間ほど意識を失う。

 

 娯楽で見せるようなものではない。

 

 ロードは少しだけ唇を尖らせたが、すぐに笑顔へ戻った。

 

「じゃあ、別の遊びにしよっか」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないよ?」

 

「お前から出てくる遊びにろくなのがないからだ」

 

「失礼だなぁ」

 

 ロードが傘を持ち上げる。

 

 その瞬間。

 

「ジーク!」

 

 リナリーの声。

 

 世界が歪んだ。

 

     ◇

 

 床が消えた。

 

 いや。

 

 正確には、部屋そのものが消えた。

 

 目の前にいたアレンも、リナリーも、ミランダもいない。

 

 足元には白と黒の市松模様。

 

 遠くまで続く奇妙な空間。

 

 上を見れば天井らしきものもなく、紫とも黒ともつかない空に、巨大な蝋燭や玩具が浮かんでいる。

 

「……やっぱりこれか」

 

 夢。

 

 ロード・キャメロットの領域。

 

 知識として知っていた。

 

 過去にも何度か引きずり込まれた。

 

 慣れたくなどないのに、嫌でも見覚えがある。

 

「ジーク!」

 

 遠くからアレンの声がした。

 

 振り返る。

 

 かなり離れた場所。

 

 アレンとリナリーがいる。

 

 ミランダも一緒だ。

 

「全員いるか!」

 

「います!」

 

 良かった。

 

 少なくとも分断されてはいない。

 

 そう思った瞬間。

 

 俺と三人の間へ巨大な壁が落ちた。

 

 轟音。

 

「……おい」

 

 目の前を完全に塞がれた。

 

「二度手間だろ」

 

「だって」

 

 背後。

 

「せっかく久しぶりに会えたんだもん」

 

 振り返る。

 

 ロードが浮いている。

 

 椅子にでも座るような姿勢で、何もない空中へ腰掛けていた。

 

「少しくらい二人で話したいなって」

 

「俺は話したくない」

 

「嘘」

 

「何を根拠に」

 

「だって逃げないじゃん」

 

 少しだけ、言葉に詰まった。

 

「逃がしてくれるのか」

 

「ううん」

 

「じゃあ選択肢ないだろ」

 

「あ、そっか」

 

「……」

 

 わざとだ。

 

 絶対。

 

 俺はカードケースを開く。

 

 五枚が手元へ滑り出る。

 

 ♠3。

 

 ♥6。

 

 ♦J。

 

 ♣4。

 

 ♣7。

 

「ドロー」

 

 ロードが楽しそうに覗き込む。

 

「今日はどんな手?」

 

「教えるわけないだろ」

 

「昔は見せてくれたのに」

 

「ゲームと戦闘を一緒にするな」

 

「一緒じゃない?」

 

「全然違う」

 

 ♣4を四方へ投げる。

 

「《スクエア》」

 

 白銀の線がカード同士を結び、四角い防壁を作る。

 

 まずは足場。

 

 ロードの空間では常識が通じない。

 

 自分の領域を少しでも確保しておいた方がいい。

 

「相変わらず慎重」

 

「お前相手に油断するほど長生きしたくないわけじゃない」

 

「ふふ」

 

 ロードが頬杖をついた。

 

「ねえ、ジーク」

 

「何」

 

「黒の教団、楽しい?」

 

 唐突だった。

 

「何で」

 

「だって帰るの嫌がってるじゃん」

 

 眉が動いた。

 

「……見てたな」

 

「さあ?」

 

「気持ち悪いな」

 

「ひどーい」

 

 俺の言葉など気にした様子もない。

 

「前から思ってたんだけどさ」

 

 ロードの視線が、俺の黒い団服へ落ちる。

 

「ヴァイスって、白って意味なんでしょ?」

 

「そうだけど」

 

「似合わないね」

 

「名前に?」

 

「違うよ」

 

 ロードが笑う。

 

「白なのに、黒いところにいるのが似合わない」

 

 言われて。

 

 一瞬。

 

 返答が遅れた。

 

 黒の教団。

 

 黒い団服。

 

 ただ、それだけの意味ではないことくらい分かる。

 

「……お前らのところにいる方が似合わないだろ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

「でもジーク、教団のこと信じてないじゃん」

 

 白銀のカードを持つ指に、僅かに力が入った。

 

 ロードは見逃さなかった。

 

「あ、当たり?」

 

「何の話だ」

 

「とぼけても分かるよ」

 

 いつもの笑顔。

 

 けれど声は妙に静かだった。

 

「ジークって、教団が正しいから戦ってるわけじゃないでしょ?」

 

「……」

 

「イノセンスが神様の力だから信じてるわけでもない」

 

 何故。

 

 そう思う。

 

 クロスにも似たことを言われたことはある。

 

 長く一緒にいた師匠だから分かるのは理解できる。

 

 だがロードとは敵同士だ。

 

 何度か遭遇し、戦い、時には――妙な事情で同じ卓を囲んだ程度。

 

「よく見てるな」

 

 結局、誤魔化すのをやめた。

 

 ロードが嬉しそうに目を細める。

 

「ジークのこと好きだから」

 

「軽いな」

 

「本当だよ?」

 

「はいはい」

 

「信じてない」

 

「お前の好きは、面白い玩具見つけた時の好きだからな」

 

「むぅ」

 

 珍しく、本気で不満そうだった。

 

「違うのに」

 

 その声は小さかった。

 

 聞き返そうか迷った。

 

 やめた。

 

 今は戦場だ。

 

「それより」

 

 俺はカードを構え直す。

 

「アレンたち返せ」

 

「やだ」

 

「即答するな」

 

「あの子も面白そうなんだもん」

 

 アレン。

 

 原作なら。

 

 ロードがここで強い興味を持つ相手。

 

 14番目の宿主だと、現時点でロードがどこまで知っているのか。

 

 俺にも分からない。

 

「アレンに手を出すな」

 

「どうして?」

 

「弟弟子だから」

 

「それだけ?」

 

「十分だろ」

 

 ロードが俺の顔を見る。

 

「大事なんだ」

 

「大事だよ」

 

 そこは誤魔化さなかった。

 

「昔から知ってる」

 

「へえ」

 

「だから」

 

 ♠3を指へ挟む。

 

「遊びで壊そうとするなら、止める」

 

 声を荒げたわけではない。

 

 殺気を撒き散らしたわけでもない。

 

 ただ。

 

 ロードの笑顔が、ほんの少しだけ変わった。

 

「そういう顔するんだ」

 

「どんな」

 

「私に会った時よりずっと怖い顔」

 

「お前に会った時は疲れるんだよ」

 

「ひどい!」

 

 空気が元へ戻る。

 

 ……ように見えた。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 無数の蝋燭が俺を向いた。

 

「じゃあ」

 

 ロードが微笑む。

 

「守ってみてよ」

 

「言うと思ったよ!」

 

     ◇

 

 蝋燭の先端から、黒い針が放たれた。

 

「♣7――《セブン・ミラー》!」

 

 七つの虚像。

 

 俺の姿が分裂する。

 

 針が次々に偽物を貫いた。

 

 残った本体が横へ跳ぶ。

 

「♦J――《ジャック》!」

 

 カードが変形する。

 

 白銀の拳銃。

 

 引き金。

 

 三発。

 

 ロードへ。

 

 彼女の前に奇妙な扉が開き、銃弾が吸い込まれた。

 

「相変わらず器用だね」

 

「師匠が何でもやらせるからな」

 

「クロス?」

 

「他に誰がいる」

 

「元気?」

 

「俺が聞きたいよ!」

 

 さらに撃つ。

 

 ロードは笑いながら避ける。

 

 遊んでいる。

 

 本気で殺すつもりなら、こんなものではない。

 

 だからこそ厄介だ。

 

「♣2が欲しかったな……」

 

 手元にない。

 

 《チェンジ》があれば壁の向こうへ強引に移動できる可能性がある。

 

 ただしロードの夢空間で正常に働く保証はない。

 

 今ある手札でやるしかない。

 

 ――配られた手札で。

 

「それ好きだね」

 

「……人の思考読むなよ」

 

「読んでないよ。顔に出てた」

 

「嘘だろ」

 

「ほんと」

 

 ロードが指を鳴らす。

 

 空間が上下逆転した。

 

「うおっ……!」

 

 身体が落ちる。

 

 上だった場所へ。

 

 咄嗟に♣4の防壁を傾け、足場へする。

 

 着地。

 

「危なっ」

 

「あはは!」

 

「楽しそうだな、お前!」

 

「楽しいよ!」

 

「こっちは仕事なんだよ!」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 ロードの笑い声が響く。

 

 だが。

 

 その途中。

 

 遠くから爆発音がした。

 

 ロードの笑いが止まる。

 

 俺も顔を上げる。

 

「……アレン?」

 

 壁の向こう。

 

 何かが起きた。

 

     ◇

 

 一方。

 

 アレンたちの側にも、異変は起きていた。

 

 ジークと切り離された直後。

 

 リナリーは壁へ蹴りを叩き込んだ。

 

「硬い……!」

 

 罅は入る。

 

 だが壊れない。

 

「僕がやります」

 

 アレンが左腕を構える。

 

「待って」

 

 リナリーが止める。

 

「ミランダさんを巻き込むかもしれない」

 

「あ……」

 

 三人のすぐ後ろには、怯えたミランダがいる。

 

「すみません」

 

「いいの」

 

 その時。

 

 暗闇から笑い声。

 

『見ーツケタ』

 

 アレンの左眼が反応する。

 

「AKUMA!」

 

 影から現れた。

 

 一体。

 

 二体。

 

 三体。

 

 ロードの遊びに混じって、千年伯爵側のAKUMAまで入り込んでいる。

 

「リナリー!」

 

「分かってる!」

 

 黒いブーツ。

 

 足元に緑色の光。

 

 リナリーが跳ぶ。

 

 天井など存在しない空間で、彼女だけが重力を無視するように駆ける。

 

 一体のAKUMAの顔面へ蹴り。

 

 アレンも前へ出る。

 

「イノセンス発動!」

 

 左腕。

 

 爪。

 

 一撃。

 

 AKUMAが砕ける。

 

 だが。

 

『アレ?』

 

 残る一体が、アレンではなく。

 

 ミランダを見た。

 

『ソレ、イノセンス』

 

「っ!」

 

 ミランダ自身ではない。

 

 抱きしめている置時計。

 

 AKUMAが突進する。

 

「ミランダさん!」

 

 アレンが割って入る。

 

 左腕。

 

 衝撃。

 

 吹き飛ぶ。

 

「アレン君!」

 

 身体が床へ叩きつけられた。

 

「大丈夫……です!」

 

 立つ。

 

 その時。

 

 左眼に。

 

 AKUMAの中の魂が映った。

 

『タスケテ』

 

 泣いている。

 

『苦シイ』

 

「……」

 

 アレンの表情が変わった。

 

 マテールでも見た。

 

 何度見ても慣れない。

 

「……救います」

 

 左腕を構える。

 

「あなたも」

 

 AKUMAが砲口を向ける。

 

「そこから!」

 

     ◇

 

 再び爆発。

 

「……」

 

 俺はロードを睨んだ。

 

「今のはお前?」

 

「違うよ」

 

 ロードも少しだけ不満そうだった。

 

「伯爵の子」

 

「だったら止めろ」

 

「どうして?」

 

「お前が俺をここに閉じ込めたんだろ」

 

「ジークなら出られるでしょ?」

 

「簡単に言うなよ」

 

 だが。

 

 時間を掛けている場合ではない。

 

 ロードの遊びに付き合っている間に、アレンたちへ何かあったら笑えない。

 

 カードを見る。

 

 ♠3。

 

 ♥6。

 

 使用済みの♦J。

 

 使用済みの♣4。

 

 使用済みの♣7。

 

 ドロー。

 

 一枚補充。

 

 ♣2。

 

「……来た」

 

 ロードが気づいた。

 

「あ」

 

「悪いな」

 

 俺は♣2を壁へ向かって投げた。

 

「《チェンジ》!」

 

 空間がねじれる。

 

 俺とカードの位置が入れ替わる。

 

 普通なら。

 

 だが。

 

「っ!」

 

 身体が途中で引かれた。

 

 ロードの夢が空間そのものを掴んでいる。

 

 耳鳴り。

 

 視界が二重になる。

 

「無茶するなぁ」

 

 ロードの声。

 

「お前が言うな!」

 

 カードとの位置関係を無理やり固定する。

 

 《アルカナ・デック》とロードの夢。

 

 二つの空間干渉が噛み合わない。

 

 吐き気が込み上げる。

 

 それでも。

 

「行け……!」

 

 白銀の光。

 

 一瞬。

 

 世界が切れた。

 

     ◇

 

「――っ!」

 

 次に足が床へ着いた時。

 

 俺は壁の反対側へ出ていた。

 

「ジーク!」

 

 リナリー。

 

 良かった。

 

 いる。

 

 ミランダも。

 

 アレンは――。

 

 前方。

 

 AKUMAと戦っている。

 

 左腕で攻撃を受け止め。

 

 魂を見ている。

 

 俺はそれを見て、動きを止めた。

 

 手を出す必要がない。

 

 いや。

 

 ここは。

 

 アレンがやるべきだ。

 

「アレン!」

 

 声だけ投げる。

 

 アレンが一瞬こちらを見る。

 

「ジークさん!」

 

「後ろは俺たちが見る!」

 

 一瞬。

 

 アレンの表情から迷いが消えた。

 

「お願いします!」

 

 それで十分。

 

 俺はミランダの前へ立つ。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい」

 

「時計離すなよ」

 

「でも私が持ってたら……」

 

「だから守りやすい」

 

 ミランダが息を呑む。

 

「失くしたら困るだろ」

 

 時計。

 

 イノセンス。

 

 そして。

 

 たぶん彼女の人生を変えるもの。

 

「……はい!」

 

 しっかり抱き直した。

 

「リナリー」

 

「うん!」

 

 残った一体が横から迫る。

 

 リナリーの蹴り。

 

 俺の♠3。

 

 同時。

 

 AKUMAの姿勢が崩れる。

 

「今!」

 

 アレンが飛び込んだ。

 

 左腕。

 

 白い光。

 

 AKUMAの身体を貫く。

 

『ア――』

 

 崩壊。

 

 粒子。

 

 そして。

 

 アレンにしか見えない魂が、解放される。

 

「……」

 

 俺には見えない。

 

 昔から。

 

 この瞬間だけは。

 

 少し羨ましいと思う。

 

 同時に。

 

 見えない方がいいとも思う。

 

 あの目で毎回魂の苦痛を見るアレンが、どれだけのものを背負っているのか。

 

 俺には完全には分からない。

 

「終わりました」

 

 アレンが振り返る。

 

「怪我は?」

 

「大丈夫です」

 

「本当?」

 

「ジークさんまでリナリーさんみたいになってますよ」

 

「悪い?」

 

「いえ」

 

 少し笑う。

 

「何か安心します」

 

 そんなこと言われたら何も言えない。

 

「……ならいい」

 

 その時。

 

 拍手が聞こえた。

 

 ぱち。

 

 ぱち。

 

 ぱち。

 

「すごーい」

 

 ロード。

 

 壁の上。

 

 いつの間にか座っていた。

 

 アレンの顔が強張る。

 

「あなたが……ノア」

 

「そ」

 

 ロードが足をぶらつかせる。

 

「ロード・キャメロット」

 

 アレンを見る。

 

「あなたがアレン?」

 

「……そうです」

 

「ふぅん」

 

 じっと見る。

 

 そして。

 

「クロスの弟子?」

 

「はい」

 

「ジークの弟弟子?」

 

「……はい」

 

 何故そちらを確認する。

 

 嫌な予感。

 

 ロードがにっこり笑った。

 

「じゃあ仲良くしよっか」

 

「何でそうなる」

 

 思わず割って入った。

 

「ジークには聞いてないよ」

 

「アレン。こいつの仲良くしようは信用するな」

 

「ジークさんが言うと説得力ありますね」

 

「どういう意味?」

 

「長い付き合いみたいなので」

 

「そこ掘り返す?」

 

 ロードが笑う。

 

「長いよねぇ」

 

「否定すると喜ぶからもうしない」

 

「じゃあ認めるんだ♡」

 

「……面倒くさい」

 

 リナリーが俺とロードを交互に見ている。

 

 何だ、その目は。

 

 アレンも似たような顔をしている。

 

「お前ら何か言いたいなら言え」

 

「後で聞きます」

 

「私も」

 

「……帰ったら忘れててくれない?」

 

 二人とも無言だった。

 

 絶対忘れない顔だ。

 

     ◇

 

 ロードの笑顔が、ふっと消えた。

 

 次の瞬間。

 

 空気が変わった。

 

 俺は反射的にカードを構える。

 

「来るぞ」

 

「何が?」

 

 アレンが聞く。

 

 答える前に。

 

 夢空間の奥から。

 

 重い足音。

 

 そして。

 

 陽気で。

 

 聞き覚えがありすぎる声。

 

「ロードォ~」

 

 俺は目を閉じた。

 

「……最悪だ」

 

「さっきも言ってましたよ」

 

「今回はさっきより最悪」

 

 闇の奥。

 

 巨大な影。

 

 丸い身体。

 

 帽子。

 

 特徴的な笑顔。

 

 千年伯爵。

 

 アレンとリナリーの緊張が一気に高まる。

 

 ミランダは声すら出ない。

 

 伯爵は俺たちを見る。

 

 まずアレン。

 

 次にリナリー。

 

 ミランダ。

 

 そして。

 

 俺。

 

 動きが止まった。

 

「…………」

 

 嫌な沈黙。

 

「久しぶり」

 

 一応、挨拶してみた。

 

 伯爵の笑顔が引き攣った。

 

「オマエェェェェェェ!!」

 

「うるさっ」

 

「ワタシのお金を返しなサァァァァイ!!」

 

 アレン。

 

 リナリー。

 

 ミランダ。

 

 三人の視線が。

 

 ゆっくり俺へ集まった。

 

「……」

 

 俺は数秒考えて。

 

「人違いだ」

 

「そんなワケあるかァァァァァ!!」

 

 ロードの笑い声が。

 

 夢の空間いっぱいに響いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。