メガコーポは一日にして成らず ~転生特典と未来技術で始める巨大企業創業記~ 作:すすぺっと
「では、この世界についてお話しします」
ヴェラがそう言ってから、俺はしばらく黙っていた。
本当に別の世界へ転生した。
そこまでは、どうにか理解した。
理解したというより、目の前にある事実を受け入れるしかなかった、という方が正しいかもしれない。
俺は日本で死んで、気づけばアメリカ人のエリック・ウォーカーになっていた。しかも西暦2038年。
国や企業、歴史の大部分は俺の知っている世界とよく似ている。
それでも、完全に同じではない。
なら次に知りたいのは当然だった。
俺はテーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取った。
「それで、具体的には何が違うんだ?」
「国や社会制度、文化、一般的な技術については、あなたがいた世界と大きく変わりません」
「じゃあ、一番大きな違いは?」
ヴェラは少し考えるような間を置いた。
「1つ挙げるなら、DBSでしょうか」
「DBS?」
聞き覚えがない。
略称だけなら会社員時代にも腐るほど聞いた。部署が違えば同じ3文字でも意味が変わるし、取引先が独自用語を当然のように使ってくることも珍しくなかった。
だが、ヴェラの口調からして、そういう類ではないらしい。
「
「……次元?」
嫌な予感がした。
俺はスマートフォンを操作し、DBSと入力する。
検索結果は一瞬で埋まった。
政府機関。大学。研究所。ニュースサイト。動画。企業の技術紹介。学術論文らしいものまである。
少なくとも、ヴェラだけが言っている話ではない。
「人類が開発した、人工的な世界間接続技術です」
「世界間接続」
「簡単に言えば、別の世界へ通じる扉を人工的に作る技術ですね」
簡単に言えば、で流していい内容じゃない。
俺は検索結果を何度か上下させた。
基礎研究の開始時期。
空間異常の観測。
無人機による探査。
有人探査。
2034年。
指が止まった。
「有人で向こうへ行ったの、4年前じゃないか」
「はい」
「しかも民間への本格開放は……2037年?」
「昨年ですね」
冗談みたいな話なのに、画面の中にはそれを当然の前提として書かれた記事がいくつも並んでいる。
俺がいた世界なら、こんなニュースが出た時点で何年も世界中が大騒ぎしていたはずだ。
「これ、誰でも作れるのか?」
「理論そのものは公開されています。ただ、実用規模となると話は別です。建設にも維持にも、相応の資金と技術基盤が必要になります」
「作り方を知っていても、作れるとは限らないってことか」
「その理解で問題ありません」
なるほど。
そこだけは妙に現実的だった。
俺は記事を1つ開いた。
画面に映ったのは巨大な施設だった。
中央にある設備の詳しい構造までは分からない。ただ、研究施設か工業施設かと思うほど大掛かりな機械群の向こうに、明らかに周囲とは異質な空間が形成されている。
映像が切り替わる。
今度は車両がそこを通過していた。
「……本当に通ってるな」
「そういう設備ですから」
「いや、分かってるけどな」
理屈として説明されるのと、トラックらしき車両が普通に異世界へ消えていく映像を見るのとでは話が違う。
俺は動画を巻き戻した。
空間の向こう側にも地面がある。
空がある。
そして、その先には人間が建てたらしい施設群が並んでいた。
低い建物。
倉庫らしい構造物。
通信設備。
作業車両。
人間もいる。
そこまでは地球側の工業団地や研究拠点と、そう変わらないように見えた。
だが、その外側が違った。
施設の向こうには、見慣れない植生が広がっている。
森と呼んでいいのだろう。
遠目なら地球の森林にも見える。だが映像を拡大すると、葉の形も幹の構造も、俺の知っている植物とは微妙に違う。
そのさらに向こうには、人間の建物が見当たらない。
ただ自然だけが続いていた。
「ここが、その別世界か?」
「はい」
俺は動画の横に表示されている資料へ目を移した。
政府機関の報告書。
大学の研究資料。
企業向けの開発情報。
そのどれにも、同じ文字列が記されていた。
EDW-01。
「このEDW-01っていうのは?」
「研究機関や政府が使用している正式な識別名です」
「何の略だ?」
「
ヴェラが淀みなく答える。
「人類がDBSによって安定した接続に成功した、最初の本格的な異世界です」
俺はもう一度、画面の文字を見る。
EDW-01。
「でも、普通はそう呼びません」
「じゃあ、何て呼んでる?」
ヴェラが別の資料を開いた。
政府資料でも研究論文でもない。
ニュースサイトの特集記事だった。
画面の中央に、大きな文字が表示される。
「――Eden」
俺は、しばらくその文字を見つめた。
知っている言葉だった。
旧約聖書に登場する『エデンの園』。
詳しい宗教知識があるわけじゃない。それでも、人類最初の楽園として知られる名前くらいは俺でも知っている。
EDW-01。
Extra-Dimensional World 01。
そんな無機質な識別番号で呼ばれていた異世界に付けられた名前が、Eden。
「……ずいぶん大層な名前を付けたな」
「そう思います?」
「そりゃな。楽園だぞ」
もう一度、画面を見る。
Eden。
その名が、妙に頭に残った。
少し間を置いてから、俺は口を開いた。
「……人は住めるのか?」
「少なくとも、現在開拓されている地域では。重力、大気、液体水など、人間が活動するための条件は比較的良好です」
「比較的、か」
「地球ではありませんから」
さらりと言われた。
そりゃそうだ。
俺は別の映像を開いた。
今度は上空から撮影されたものらしい。
人間の拠点が小さく映り、その外へ延々と自然が続いている。
「で、現地人は?」
「現在までの探査範囲では、知的文明は確認されていません」
「いない?」
「確認されていない、です」
ヴェラが言い直した。
「都市、道路、文字、人工建造物、通信など、文明の存在を示すものは今のところ見つかっていません。ただし――」
「全部調べたわけじゃない?」
「はい」
その答えを聞いて、俺は検索欄へ戻った。
探査範囲。
調査状況。
地図。
いくつか記事を開いて、数字を探す。
やがて、少し意味の分からない数字が出てきた。
「詳細探査済み……1%未満?」
「現時点では、そう評価されています」
「1%?」
思わず聞き返した。
「はい」
俺はもう一度、映像を見る。
さっきまで十分に広大に見えていた景色が、急に別物に思えてきた。
あれで1%どころか、その一部。
ほとんど何も分かっていないに等しい。
「よくそんな状態で企業まで入れたな」
「危険性が比較的低く、調査の進んだ地域から順次開放されています」
「そりゃそうか」
民間開放といっても、好き勝手に未開地へ突っ込めるわけではないらしい。
その辺まで無法地帯だったら、むしろ怖い。
俺は画面に映る景色をしばらく眺めた。
青い空。
地平線まで続く自然。
人間が活動できるだけの大気と水があり、それでもまだほとんど手つかずの世界。
旧約聖書に出てくる楽園。
もちろん、本当に楽園なのかどうかはまだ分からない。
それでも。
「……Edenなんて名前を付けるだけはあるな」
「そう思います?」
「ああ。少なくとも、最初に向こうを見た人間がそう呼びたくなる気持ちは分かる」
広すぎる。
俺が画面越しに見ているのは、この世界のほんの一部分にすぎない。
それでも、目の前に広がるものが新しい世界なのだということだけは分かった。
俺は画面を下へ送った。
地質調査。
生物研究。
資源探索。
現地設備。
見慣れた単語と、聞き慣れない単語が混ざって流れていく。
その中で、妙に何度も出てくる言葉があった。
「……Aether?」
読み方くらいは分かる。
だが、記事の使い方がおかしい。
エネルギー研究。
生物反応。
材料特性。
濃度測定。
何かの物質か?
「ヴェラ。これ何だ?」
俺が画面を向けると、彼女は一目見て答えた。
「
「未知のエネルギー」
「大気、水、土壌、鉱物、生物など、Edenの環境に広く存在しています」
なるほど。
未知のエネルギー。
それだけなら、まあ分からなくはない。
別世界なのだから、地球で知られていない現象くらいあっても――
「一般には『魔力』と呼ばれています」
「待て」
思わずヴェラを見る。
「今、何て言った?」
「魔力です」
聞き間違いじゃなかった。
「魔力って、あの魔力か?」
「どの魔力を想定されているか分かりませんが、おそらくその魔力です」
「そんな雑な説明あるか?」
ヴェラの口元が少しだけ緩んだ。
俺は笑えなかった。
DBSまではまだいい。
よくはないが、人類がとんでもない物理技術を完成させた、と言われればそういう世界なのだと無理やり飲み込める。
だが魔力となると話が違う。
「俗称ってだけじゃないのか?」
「名称については俗称です。ただし、現象そのものは実在します」
ヴェラが別の記事を示した。
俺はそれを開く。
研究施設らしい場所で撮影された映像だった。
透明な隔壁の向こうにEden由来と説明された生物がいる。正確な種類までは記事を読まないと分からない。
研究員が何かを操作する。
測定機器の数値が変化した直後、その生物の周囲で明確な放電現象が起きた。
俺は映像を止めた。
「……これ、ただの生体電気じゃないのか?」
「その可能性は当然検証されています」
「で?」
「従来の生物学だけでは説明できませんでした」
再生する。
今度は映像より、横に表示されている解説へ目を通した。
Aether反応。
エネルギー変動。
生体組織。
測定。
俺には専門的な部分までは理解できない。
だが、少なくともオカルト番組の記事ではないことくらいは分かる。
研究者が、本気でこれを測っている。
「じゃあ……魔法もあるのか?」
「一般的には、Aetherを利用して起きる現象をそう呼ぶことがあります」
「人間も?」
「使える人はいます。かなり個人差がありますが」
俺は額を押さえた。
朝起きた時点では、自分が死んだことを受け入れるだけで精いっぱいだった。
それが今では、異世界を科学で開いて、その先には魔力まであると言われている。
「ちなみにDBSも魔力で動いてる、とかじゃないよな?」
「違います。DBSはAetherの発見以前から続く次元物理研究を基礎にしています」
「そこは科学なのか」
「Aetherも科学的な研究対象ですが」
「そういう意味じゃない」
ヴェラが少し笑った。
俺はため息をつき、再び検索結果へ視線を戻した。
そこで、ようやく別のことに気づく。
Aetherを研究しているのは大学や政府機関だけではなかった。
民間企業。
Eden向けの計測機器。
特殊材料。
現地作業用設備。
資源調査。
物流。
記事を辿るほど、企業の名前や投資額、共同研究、実証試験といった言葉が増えていく。
「もう商売になってるのか」
「なり始めています」
ヴェラの返事は短かった。
俺は無意識に記事をいくつか開く。
有人探査から4年。
民間への本格開放から1年。
詳細探査1%未満。
しかも、地球には存在しなかった資源と自然現象がある。
考えてみれば当然だ。
人間が行けるなら、物を運ぶ必要がある。
拠点を作るなら建材がいる。
機械もいる。
電力もいる。
通信もいる。
壊れれば直す必要があるし、人が働くなら食料も医療も要る。
未知の鉱物があれば調べる会社が出てくる。
使えそうなら加工する会社も出てくる。
それを運ぶ会社も、測る会社も、守る会社も必要になる。
異世界という言葉ばかりに気を取られていたが、画面の向こうで始まっているのは、もっと現実的な話だった。
新しい産業だ。
それも、まだ始まったばかりの。
「……エリック」
「ん?」
「さっきまで魔力に驚いていたのに、企業の記事になった途端、読む速度が上がりましたね」
俺は指を止めた。
「悪いか?」
「いいえ。分かりやすい方だと思っただけです」
「何が」
「あなたが何に興味を持つ人なのか」
そう言って、ヴェラは何でもないことのようにコーヒーを口にした。
妙に観察されている気がする。
もっとも、俺を支援するために用意されたという話が本当なら、それも仕事のうちなのかもしれない。
俺はスマートフォンをテーブルへ置いた。
2038年。
DBS。
Eden。
詳細探査1%未満。
Aether。
魔力。
そして、その全部を利用しようと動き始めている国家と企業。
異世界へ転生したと思ったら、その転生先の人類まで異世界へ進出していた。
しかも、向こうには魔力がある。
「……朝から情報量がおかしいだろ」
「まだ朝ですからね」
「そういう問題じゃない」
ようやく少し笑えた。
少なくとも、1つだけ分かったことがある。
この世界は、俺がいた世界の単なる未来じゃない。
見た目は似ていても、とんでもないものがいくつも混ざっている。
そして、その違いを俺が1人で調べるより、目の前の女に聞いた方が圧倒的に早い。
まだ何者なのか全部納得したわけじゃない。
それでも、ヴェラが俺の敵ではないという感覚だけは、少しずつ強くなっていた。
「とりあえず、世界の違いは大体分かった」
「それはよかったです」
「これ以上あると、今日は処理しきれないぞ」
「そうですね」
ヴェラは素直に頷いた。
だから俺も、ようやく一息つけると思った。
「それと、エリック」
嫌な間だった。
俺はヴェラを見る。
彼女は相変わらず落ち着いた顔をしている。
「あなたには、もう1つ用意されたものがあります」
数秒、言葉が出なかった。
「……まだあるのか?」
ヴェラは笑った。